30話 不穏な森
「ホルン……なぜ?」
シオンにナイフを投げつけた青年は、シオンを庇った魔獣の姿に目を見開いた。
(ホルン……この魔獣の名前か?)
ホルンはナイフを咥えたまま、ゆっくりと青年のもとへ歩み寄る。
そして、彼はホルンの身体に巻かれた包帯に気づいた。
「これは……あんたたちがやったのか?」
「そうよ。その子は、私の患者だって言ったでしょ?」
シオンの言葉に、青年は無言で膝をつき、ホルンの頭を撫でた。
同時に、シュルシュルと音を立てながら、ナイフとワイヤーを器用に回収していく。
「お前さん、そいつのことを"家族"って呼んでいたが……どういう意味だ?」
「そのままの意味だ……」
(そのままって、魔獣と家族だってことか?)
「まぁ、お前さんにとっても大事な存在だってことは分かった。だからって、いきなりけしかけてくることはないだろ?」
(あのナイフさばき、並大抵の技量じゃないが……本当に何者なんだ?)
「そうよ、家族の命の恩人に襲いかかるなんて何考えてんの?」
フラムは少し怒りを滲ませながら詰め寄る。
「それは、悪かった……ホルンを助けてくれて、ありがとう」
青年はシオンを真っ直ぐに見つめて感謝を述べると、そのまま踵を返してホルンとともに森の奥へと進んでいく。
「おい、待てって!お前さん、名前は?ここで何してる?」
ディランの呼びかけに、少しだけ振り向き呟いた。
「……リィン、俺たちはここで生活してる」
(この森で?ゼラルドぐらいの歳の若者と魔獣が?)
「リィンね……あんたたち、こんなとこでどうやって生活してるの?ここに集落や村はなかったはずだけど」
フラムが怪訝そうな顔で尋ねると、リィンの瞳に怒りの色が滲み出る。
「……ホルンを連れて人里で暮らすのは無理だ。魔獣だと騒がれて襲われる」
(確かに、魔獣を連れていればそうなるか)
「まさか、この傷は人間に?」
「いや、この傷は……魔人にやられた」
「魔人…って何だ?」
「私も聞いたことないけど」
聞いたことのない言葉に、フラムとディランは首を傾げる。
その様子を見て、リィンは補足するように言葉を続けた。
「俺が、そう呼んでるだけだ。人の……子供の姿に、魔獣の身体を縫い付けたような」
その説明を耳にして、シオンは目を見開いた。
「その話、詳しく教えてくれる!?」
シオンの勢いに、リィンは少したじろぎながら答える。
「少し前、俺はホルンと狩をしていた。その時に、見たことのない奴に襲われて、傷を負った。そいつが魔人」
「特徴は?意思疎通はできたの?」
「いや、何か苦しんでるみたいだったが、ホルンに駆け寄ったら逃げていった」
「そう……」
シオンは目を細めて、口元に手を当てると、ぶつぶつと呟きながら考え始めた。
「なあ、フラム…子供の姿をした魔獣なんているのか?」
「……縫い付けられた…でも、まさか……」
ディランの言葉が耳に入っていないのか、フラムも真剣な表情で何かを呟いていた。
「おい、フラム?」
「……っ、え?何か言った?」
「何か考え込んでたみたいだが、リィンの話に心当たりがあるのか?」
「ええ、十年近く前の話になるんだけど、この森の調査依頼を受けたことがあるの」
「調査依頼?」
「調査といっても、私は護衛でついて行っただけなんだけど、その時に見た魔獣が合成獣みたいだったのよ」
「キメラってことは、魔獣と何かを合成させたってのか?」
「調査に同行した特任教授は、人為的に作られた生き物って言ってたけど」
「ねぇフラム、今回の件もあの時と同じかもしれない……」
途中からフラムの話を聞いていたのか、シオンも会話に入ってきた。
「確かに、十年前の話と似ているかもしれないけど…確証はないのよ?」
「わかってる。だから、まずはカレドニアで情報を集める。あなたはギルドや警備隊から話を聞いてみて」
「それから」と、シオンはリィンに向き直り声をかける。
「リィンも、一緒に来てくれる?その魔人っていうのを見たのはあなただけだし、戦闘技術も十分にあるみたいだから」
「……断る、俺は関係ない。ホルンだって怪我してるんだ」
「だからよ、ホルンの傷はまだ治ってないんだから私と一緒にいた方がいいわ」
「……」
どうするか迷っている様子のリィンに、ホルンが頭を擦りつける。
「ホルン……わかった、俺も行くよ。お前の鼻なら魔人を追うのに役立つだろう」
「よかった、二人ともありがとうね」
「それじゃ、街に戻ろう」
――ディランたちは、リィンとホルンとともに森の入り口へと戻り、ディアの荷台に乗り込んでいった。
ディアがリィンとホルンに対して一悶着あるかもしれないと思っていたが、意外にもすんなりと迎え入れてくれた。
北の森からカレドニアへの道中。
「それで、リィン?お前さんとホルンが家族だって言ってたが、魔獣が家族ってどういうことなんだ?」
ディランの問いかけに、リィンはふっと視線を向けただけで目を閉じてしまう。
「ねぇ、リィン…会ったばかりで警戒されるのは仕方ないと思うけど、少しだけでも事情を教えてくれない?」
シオンもディランと同じように尋ねると、リィンはおもむろに口を開いた。
「……俺とホルンは、この森のさらに北の集落に住んでたんだ」
「さらに北ってことは、クロイツ教会の近くにある集落かしら」
「そうね、あの辺りは教国との境も近いから、開拓は進んでなかったはずだけど」
「ああ、集落の人口は少なかったが、皆で家畜を育てながら、畑を耕して何とか生活していたんだ」
リィンは、寂しさと怒りが入り混じった様相で続ける。
「だが、三年前……家畜たちが急に魔獣化して暴れ始めた。その時、放牧犬として飼ってたホルンも家畜たちと同じように魔獣化したんだ」
「それじゃ、もともとは普通の犬だったってことか?」
リィンは頷きながら答える。
「魔獣化したと言っても、ホルンは理性を無くしたりしなかったんだ……むしろ、魔獣になって集落の皆に襲いかかる家畜たちと戦い、守ってくれた」
「それなのに……っ!」
リィンの声音に怒りが込められていく。
「父さん、母さん、集落の皆も……ホルンを攻撃したんだ、一匹だけで魔獣化した家畜たちから守ってくれたコイツを!」
怒りの感情を膨らませる彼に、ホルンが身を寄せて何かを訴えるように頭を擦り寄せる。
「ホルン……だから、俺はコイツを連れて集落を出たんだ」
「そうだったのか……魔獣化しても、共存できるやつがいるんだな」
「そうね……」
「関係あるかはわからないが、家畜たちが魔獣化する数日前に、黒いローブのやつを何度か見かけた」
「黒いローブ?」
ディランが首を傾げる。
「教国の信者でしょうね。これまでにも、魔獣が出現した地域の近くで目撃されることがあったから」
「だとしたら、魔人のことも教国が関係してると考えるべきね」
「ええ、何だか嫌な胸騒ぎがするわ」
――カレドニアに戻ったディランたちは、まず傭兵ギルドで情報を集めた。
だが、どの噂も断片的で、核心に触れるものは少ない。
ギルドの掲示板を見上げながら、ディランが低くつぶやく。
「行方不明者の捜索依頼……十数件も出てるぞ?」
そこへ警備隊の隊士が声をかけてきた。
「……ここ数か月で子供の失踪が相次いでいる。警備隊の方でも調査を続けているのですが、いまだに犯人を掴めていない」
その隊士の方を見てみると、見覚えのある顔が目に映る。
「アルフテッドさん、どうしてここに?」
「いえ、行方不明者の調査も兼ねて、依頼内容の詳細を確認させていただこうと思いまして」
「なるほど、俺たちもその調査をしようとここへ情報を集めに来たところで」
「ほぅ、ディラン殿やフラム嬢が……それなら…」
アルフテッドは一瞬目を細めたかと思うと、ディランへと向き直る。
「先ほども申しましたが、我々も行方不明者の情報は掴みきれておりません。しかし、大規模な調査を行うと、相手に気取られるでしょう……そこで、あなた方の力をお借りしたい」
「もちろん、子供たちのためにも協力させていただきたい」
ディランが答えると、フラムは静かに頷き、シオンは一歩前へと進み出た。
「子供たちの行方については、何か手掛かりはないの?」
「はい、残念ながら……これが、我々の調査した資料になりますが、有力な情報は得られていません」
ディランはアルフテッドから数枚の調査資料を受け取った。
「これは?」
「ディラン殿たちも目を通してください……機密事項と言える内容も書いておりませんので」
「助かります」
「いえ、では私はここで…協力に感謝いたします」
――アルフテッドと別れ、宿に戻った一行は、集めた情報を整理していた。
「失踪した子供は十数名。全員、親と離れて遊んでいる時か、目を離した隙に行方をくらませた……」
シオンが調査資料を机に広げる。
「十年前の"キメラ"調査と繋がるなら、実験施設が残っているはず」
フラムは真剣な表情で呟いた。
リィンはホルンの毛並みを撫でながら、険しい目で言葉を続ける。
「……あの魔人は苦しんでいた。もし、攫われた子供がそんな姿にされてるなら……許せない」
「ああ、だが……手掛かりは、リィンが北の森で魔人と遭遇したことと、教国の関係者だと思われる黒いローブ」
ディランは、椅子の背に身体を預けて天井を仰ぐ。
「とにかく、北の森へ行って……それから、クロイツ教会でも何か把握していないか確認してみましょう」
「クロイツ教会なら、あの二人か」
「ええ、アルデルトさんとモニカなら何か知ってるかもしれない」
シオンとフラムの会話から、教会の関係者らしき二人の名前があがる。
「その二人も知り合いなのか?」
「十年前、一緒にキメラの調査に行った二人よ。頼りにしていいと思うわ」
(十年前か……キメラの実験施設の話も出てたし、物騒なことにならなきゃいいが)




