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29話 薬師と森の魔獣

 ディランが緋蚊熱で倒れた翌日には、シオンの薬のおかげで体調もすっかりよくなっていた。


「おじさん、元気そうだね?」


 そして、ディランの治療室には今、チュチュとフラムの二人が顔を見せに来ている。


「高熱で意識は朦朧としてたけど、薬を飲んだらすぐ元気になったものね」


「診てくれた薬師の腕が良かったんだよ」


 ――ガチャリ…と扉がゆっくりと開いた。


「そう言ってもらえると嬉しいわね」


 扉の向こうからシオンが入ってくる。


「シオンさん、おはようございます」


「シオンでいいわよ、体調はどう?」


「おかげさんで、すっかり良くなったよ。これから北の森に行くのか?」


「ええ、そのつもりよ」

「それじゃ、俺も行こう。もともと俺の治療費の代わりにって話だったしな」


「え?あなたは病み上がりでしょ?それに、フラムがいれば十分だと思うけど」


「シオン?はぐれの魔獣がどんなやつかはわからないけど、十年前のことを思い出してみなさいよ?」


 (十年前……二人はそんなに前からの付き合いなのか)


「ああ、学院からの調査依頼の……確かに、あんなのが出てきたら困るわね」


 シオンは何かを思い出すように口元に手を当てて目を細める。

 (これは彼女が何かを考える時の癖なんだろうか?)


「あの時はなんとかなったけど、人手は多いに越したことはないわ……ディランも、動けるのよね?」


「ん?おう、問題ないぞ。むしろ、鈍った身体を動かさないとな」


「じゃあ、決まりね。三人で行きましょう」


「チュチュは行かないのか?」


「ウチ?ウチは行かんよ。店の仕事も手伝わないといけないからね」


 (ああ、確かご両親の店があるんだったか)


「そうか、そりゃ仕方ないか。仕事、頑張れよ」


「ありがと、おじさんも無理しないでほどほどにね」


「おうよ!さぁ、俺もいつでも行けるぜ」


 ディランはそう言って身体をほぐすように準備運動を始めた。


「そうね、それじゃ早く行って仕事を済ませましょ」

「ふふ、早く行きましょ。薬草が私を待ってるわ」


 (シオン……本当に薬草が好きなんだな)




 ――カレドニア周辺、北の森

 カレドニアの街道を外れ、三人は北の森の入り口に立った。


「ここから先は森ね。気を引き締めていきましょう」

 シオンは胸いっぱいに息を吸い込む。湿った土と草葉の香りに満たされ、目はすでに薬草を探す輝きに染まっていた。


 街のざわめきはもう届かない。代わりに聞こえるのは、風に揺れる枝葉のざわめきと、虫や鳥のさえずり。陽射しは高い木々に遮られ、昼だというのに森の中は薄暗かった。


「ずいぶん雰囲気が変わるな……街道とは別世界みたいだ」

 ディランは盾を腕に取り付けながら呟いた。病み上がりの体は軽いが、どこか胸の奥にざらりとした緊張が残る。


 ふと、フラムが足を止める。

「……静かすぎる」

 彼女の言葉通り、先ほどまで聞こえていた小鳥の声がいつの間にか消えていた。


 シオンはそれを気にする様子もなく、茂みに身をかがめる。

「見て! この辺りは良質な薬草が多いわ」


「シオン、気をつけて……様子が変だわ」


 フラムの呼びかけで、シオンは辺りを見回す。


「え……あれ、なにかしら?」


 シオンは少し先の茂みの中を覗き込み、気になるものを見つけた。


「どうしたの?」

「これ、血の痕だわ……奥に続いてるみたい」


 シオンはそのまま、痕跡を追って奥へと進んで行ってしまう。


「待って!一人で行っては…っ!もういないし!」

「危険だと分かってるのに、肝が座ってるというか、危機感が無いというか……」


 フラムとディランは一人で突っ走る依頼主の愚痴をこぼしながら、急ぎ足で跡を追った。

 血痕を辿っていくと、少し開けた空間へと抜け……その中心にシオンが座り込んでいた。

 二人はそこへ駆け寄ろうとして、気づいた。


 (あれは、白い…犬?それにしては大きい……)

 

「待て!そいつは魔獣じゃないのか!?」


 ディランはシオンの足元に伏せているものに見覚えがあった。

 (こいつはウルフタイプの魔獣だ!こんな毛並みの種類は見たことがないが、迷宮でこんなやつの相手は山ほどした)


「シオン!」

「静かにして!」


 二人の声を遮るように、シオンの声が凛と発せられた。


「怪我をしているの、それに…この子からは敵意も感じないわ」


 シオンは肩にかけていた鞄を広げると、慣れた手つきで道具を準備し始める。

 そのまま、治療に必要な薬草をいくつか取り出すと、すり潰し、ドロっとした塗り薬を作り出した。


「ちょっと、シオン?あなたまさか!?」

「大きな声を出さないで、警戒されてしまうわ……よしよし、賢い子ね。もう大丈夫よ、傷口を見せて」


 白い狼のような魔獣は、自分に触れようとするシオンに対し、警戒するように牙を剥き、小さな唸り声をあげた。

 しかし、シオンの言葉を理解しているかのようにゆっくりと、項垂れ、傷口を見せたのだ。


「おいおい、どういうことだ?」

 (魔獣化した生物は知力、体力、力、全てが向上する傾向があるが……こいつは人の言葉を理解しているみたいだ)


「良い子よ……傷は、ここね」

 シオンの視線の先、白狼の左の脇腹には何かに裂かれた痕があった。

 その傷口から、じわじわと血が滲み出ている。


 シオンは傷口の状態を確認すると、綺麗な布を取り出し、手持ちの薬を染み込ませる。


「傷の周りを消毒するわ、少し染みるわよ…」


 そう言って傷口の周りに優しく布を当て、薬液を滲ませるようにゆっくりと押さえた。

 白狼は体を少し強張らせながら鼻に皺を寄せ、小さく唸っていた。


 (消毒液が傷口に染みるんだろう……だが、大人しく我慢している。シオンが何をしようとしてるのかもわかってるってのか?)


 その間にもシオンは傷口に薬を塗り、包帯を巻いていく。


「……よし、これでいいわ。血が止まるまで大人しくしているのよ」


 シオンが治療を終え、立ちあがろうとした瞬間…

 木陰から二本のナイフが飛来した。


「なっ!」

 フラムとディランは即座に反応し、剣と盾でそれを弾き落とす。


 乾いた音を残してナイフが草に転がる。

 しかし、その柄に結ばれた細い糸がピンと張り、音もなく後方へと引かれた。


 木陰から一人の青年が姿を現す。

 二本のナイフを再び指先に踊らせ、冷たい瞳で告げた。


「……そいつから、離れろ」


「そいつって、この魔獣のことか?」

 ディランが低く問い返すが、シオンはすでに一歩前へ出て両手を広げていた。


「嫌よ。この子は怪我をしているの。私の患者に手出しはさせない!」


 その強い声音に、ディランは思わず目を細める。

 (魔獣相手でも身を挺して守ろうとするか……)


「心配するな、シオン…お前()()に手は出させねぇよ」

 そう言ってディランが盾を構えると、青年は顔を歪めた。


「……お前たちは何者だ」

「その前に答えろ。この魔獣に傷を負わせたのは、お前か?」


 ピクリと青年の眉が動く。

 次の瞬間、怒りをあらわに叫んだ。


「こいつは……俺の家族だ!」


 ナイフが宙を裂き、光の筋となってディランへ殺到する。

 盾で一本を弾いた瞬間、もう一本が蛇のように軌道を変え、彼の腕に絡みついた。


「ちっ、厄介な……!」

 フラムが剣を振り下ろし糸を断ち切ろうとする。

 だが、火花を散らして剣先が弾かれた。


「……金属?」


 驚く間もなく、次々とナイフが襲いかかる。

 鋼の糸が縦横に走り、二人を絡め取っていく。


「くっ……こいつ只者じゃないわね」

「ああ、こりゃちょっと面倒だ……!」


 そこへ、シオンが二人の前に駆け出し啖呵を切る。


「いい加減にしなさいよ!あんた、何が目的!」

「……邪魔だ」


 シオンの言葉を意に介さず、ナイフを投げつける。


「シオン!くそっ」

 (身動きが取れない、身体強化を……!)


 ディランが足に魔力を込めようとした瞬間、背後から白い影が駆け抜けた。


 キンッ…短い金属音が響く。

 三人の前に風を切るように白狼がナイフを咥えて佇んでいた。


「っ!ホルン……」


 青年は、その魔獣の姿に目を見開いた。

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