28話 緋蚊熱
スウェード村からカレドニアへ出発して、三時間が経ち、道程の半分ほどの辺りで一行は休息を取ることにした。
フラミアから出発時に受けとったパンや携行食を食べながら、フラムやチュチュリーゼと他愛無い話をしていた。
「フラムのお母さんたちも相変わらずだったねー」
「相変わらずって言うか、会う度に同じことばっかり言われても困るわよ」
「でも、フラムがおじさんの部屋から出てきた時はビックリしたなぁ……で?本当のところはどうなの?」
「どうって、別に何も無いわよ。カレドニアに着いてからのこととか、ハンターと傭兵の仕事とかについて説明してただけよ」
「ふ〜ん……どうなの?おじさん」
フラムに聞いてもダメだと判断したのか、ディランに詰め寄るチュチュリーゼ。
「どうって、フラムの言う通り、仕事探しについて相談させてもらってたんだよ」
(嘘じゃないしな……迷い人関連の話は避けないと)
「むー面白くないなぁ、フラムが男の人の部屋から出てくるなんて、絶対なんかあると思うんだけどなー」
「だから、なんにも無いって言ってるじゃないの。そんなことより、チュチュこそどうなのよ?」
「えー、ウチは……」
と女性陣で話始めたところで、ふと左手に違和感を感じて目をやると、小さな赤い蚊がとまっていた。
(これは、蚊か?)
ペチン、と叩いて確認してみると、既に血を吸われた後だったようで少し血が滲んでいた。
「あとで痒くなりそうだなぁ」
と、その時は考えていたのだが……
移動を再開してから暫く経つと、赤い蚊に刺された左手は手の甲が赤く腫れ、痺れ始めてきた。
(さすがにこれは、ちょっとまずいか?)
蚊に刺されたにしては症状がおかしいと感じ始め、そこへちょうどフラムがチュチュと御者を交代して荷台に戻ってきた。
「ディラン?自分の手をじっと見つめてどうしたのよ……って、なにそれ?腫れてるじゃない」
「ああ、さっき昼飯の時に赤い蚊に刺されたみたいなんだが、ちょっと痒くなるだけかと思ってたら、こうなった」
「赤い蚊って、血を吸うやつよね?それならそこまで腫れるなんてこと……いや、でも……」
何か思い当たることがあったのか、考え込む様子のフラムに首を傾げる。
そして、急にディランの前にしゃがみ込み額や首を触り始めた。
「っ!な、なんだ?」
「黙って……やっぱり、少し熱が上がってきてるわね、その左手、痺れたりしてない?」
「あ、ああ、少し前から痺れてきた。それに、身体の節々が少し痛くなってきた気もするな」
「そう……あたしの知る限りなら、これは緋蚊熱ってやつよ。小さい子供が初めて蚊に刺された時にこんな症状がでるんだけど」
「子供の時に一度は発症する熱病みたいなもんか……ヤバいのか?」
「わからないわ。大人になってから発症するなんて、見たことがないもの。なんにしても、早く薬を手に入れないとダメね」
「マジかぁ……なんか寒気がしてきた」
ディランの身体は小刻みに震え、呼吸も早くなってきていた。
「大丈夫!?寒いのよね、とにかく毛布を……ほら、横になって」
荷台の上で横になり、毛布や布で寒気を抑えようとするが、身体中の関節の痛みや手の痺れも伴い、かなり苦しい状況だった。そして、ディランはそのまま意識を失ってしまった――――
――――目が覚めると、布団の中に身体が沈んでいた。
額には冷えた布がかけられ、隣には知らない女性が立っている。
「ここは……あんたは?」
「起きたみたいね。ここはカレドニアの治療院の中よ。私は、シオン……薬師よ」
「薬師……カレドニア?」
(確か、走車の中で熱を出して…そのまま)
「そうだ、俺は熱を出して……フラ…他の者は?」
「フラムなら消化に良さそうな食べ物を買いに行っているわ。それより、あなた……歳は?」
「歳?35だが……」
「その歳で緋蚊熱にかかるなんて……緋蚊に刺されたのは初めてなの?」
(緋色の蚊に刺されたのは初めてだが……どう答えるべきか)
「俺のいたところには、黒い蚊はいたんだが……緋色のやつは初めて見たよ」
「黒い?いや、環境の変化によって生息する生き物の特性や毒性も変わる可能性はある……」
変に疑われるかとも思ったが、このシオンという薬師は口に手を当てながら…ぶつぶつと喋り始めてしまった。
(適当なことを言っちまったが、下手に質問されるのも困るしな)
そこで、部屋の扉を叩く音が響いた。
「入るわよ、あ、ディラン!目が覚めたのね」
ディランの姿を見るなり、安心した表情を見せるフラム。
「おう、世話をかけちまったな。この薬師の嬢さんのとこまで連れてきてくれたのか?」
「ええ、大変だったんだから」
「フラム、戻ったのね。ほんと、あんたが取り乱して治療院に駆け込んでくるから、何事かと思ったわよ」
「薬師で頼れるのはあんたぐらいしかいなかったのよ。まだカレドニアにいてくれて助かったわ」
「まぁね、この時期に北の森で群生する薬草を取りに行きたかったんだけど……ちょっと面倒なことになってるみたいでさ」
(彼女、フラムと仲が良いみたいだな)
「面倒なこと?」
「なんでも、はぐれの魔獣が森に入り込んだって噂でね……流石に一人で薬草採取に行けなくなったわけよ」
「なるほどね、討伐依頼は出したの?」
「魔獣の討伐依頼は警備隊やギルドにも出されてるわよ?盗伐されるのを待つよりも、誰か護衛についてくれないかなぁ?」
シオンが目を細めながらフラムを見つめる。
「わかったわよ。だけど、彼の治療費の代わりってことでいいかしら?」
「それでいいわ、それじゃ早速行きましょう」
「ちょっと待ちなさいよ、シオン。この時間からは流石に無理よ?」
外を見てみると、夕陽が差し込み、もうすぐ陽が沈む頃合いだった。
「ちゃちゃっと行って帰るだけよ?」
「ダメよ、あんたは薬のことになると無茶し過ぎなのよ」
「薬草の鮮度だって大事なのよ。まぁ、フラムに言っても分からないか……わかったわ、出発は明日の朝。これでいい?」
まだ納得した様子ではないが、渋々といった表情でシオンは提案した。
「それでいいわ。彼の治療も済んだし、私は帰るわよ」
「ええ、ありがとう。助かったわ……明日の朝はここで集合よ」
「あ、シオンさんだったね?治療してくれてありがとう」
「気にしないで、それじゃ、また明日ね」
シオンはそのまま治療院から出て行き、部屋の中にはフラムとディランの二人だけが残された。
「フラムも、ありがとう……面倒をかけたみたいだな」
「別に、礼なんていいわよ。運んだのはディアだし、治療したのもシオンだから」
「ディアにもお礼を言わないとな。そう言えば、シオンという薬師とは知り合いみたいだったな」
「ああ、彼女とはハンターになった時から何かと縁があってね、薬師としても優秀だから頼りにしてるの」
「へぇ、あの若さで大したもんだな」
(二十代半ばぐらいの印象だったし、フラムが認めるなら腕も確かなんだろう)
「まぁね、家のことで苦労してたみたいだし……彼女も小さい頃から努力したのよ」
「家のこと?」
「クロイツ教会の……まぁ、私の口から言う話じゃないわね」
(クロイツ……家の事情ってことなら、深く聞くべきじゃないか)
「そうだな、とりあえずお腹も空いてきたし、フラムが買ってきてくれたやつをいただこうかな」
「そうね、弱った時は果物が良いって聞くから……皮、剥いてあげるわ」
徐にナイフを取り出して果物を手に取るフラムに、ディランは焦り気味に声をかける。
「待て待て、大丈夫だ!熱も引いたし、それぐらいは自分でできる」
「心配ないわよ、私にも皮ぐらい剥けるわ……多分」
「おい、多分て言ってんじゃねぇか!」
「うるさいわね、黙って寝てなさいよ」
――ディランの抵抗も虚しく、前に出てきた果物は実の半分が皮ごと切られ、歪な形をしていた。




