間話 イスフィール王国
《イスフィール》視点
迷宮でディランが消失した後、クリス達はすぐに迷宮から脱出した。それから程なくして、迷宮は消失し、迷宮の入り口があった周辺には虚な大地が広がっていた。
「消えちまったな……無事に核は破壊出来てたみたいだが」
イグニスが呟き、クリスの方に視線を送る。
「ええ、任務は完了した。王国に戻って報告しましょう」
何も無い大地を見つめながら、感情の読み取れない表情で答えるクリス。
その様子を見て「やれやれ」といった様子で、イグニスは隊の方へ振り返る。
「任務は完了だ!これより王国へ帰還する!」
「『はっ!』」
隊員達が応え、イスフィール王国へと帰還すべく動き出す。
その隊員達の合間を縫って、ティナが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?クリスさん……少し、その、表情が暗いですが」
「あ……大丈夫よ、ありがとう」
(ダメよ、クリス……隊長がいないなら、私が尚更しっかりしないと)
「そう、ですか。それならよいのですが」
そのやりとりを横で眺めながらイグニスは呟く……
「まったく、大丈夫そうに見えないから心配してるんだろうが」
――イスフィール王国、謁見の間にて
「……以上が、今回の迷宮攻略の報告です」
クリスは片膝を地面に付けた状態のまま、玉座に座る国王、レグナス・イスフィールとその側に控える騎士団長、ヴァルター・ヴァルフォードに報告を終えた。
「ふむ、ディランが迷宮に飲み込まれたか。惜しい男をなくしたものだ……クリスであったな?今回の任務、ご苦労だった。しっかり休養を取るとよい」
国王からの言葉を受け、首を垂れながら応える。
「はっ、お心遣い、感謝致します」
「うむ。ヴァルターよ、後は任せる」
「はっ!では、クリス。今回の任務で殉職した者達の補充と、ディランの代わりを任せられる者を考えねばならんな……人員についてはこちらで調整し、後日召集をかける。今日のところは帰るといい」
「了解しました……では、失礼致します」
――謁見の間から出たところで、イグニスとティナが待っていた。
「お、報告ご苦労さん。お偉方に何か言われたか?」
「ちょっと、イグニスさん、こんなところでそんなこと聞いちゃいけませんよっ」
イグニスの遠慮のない一言に焦って周りをキョロキョロするティナを見て、思わず笑みを浮かべてしまう。
「っふふ、いや、大丈夫。殉職した隊員の調整を検討してくれるそうよ。追って通達があるから、それまでしっかり休むように言われたわ」
「ってことは今から休暇ってことか。お前達は、どうするんだ?」
「私は、迷宮攻略についての記録を調べてみようと思う。隊長に、あの迷宮で何が起きたのか知りたい……」
「え、と……私は、今回の攻略で消費した道具や薬の補充をしに街へ行こうと思っています」
「それなら、イグニスに荷物持ちでも手伝ってもらうのはどう?」
「……いや、俺はやることがあるからパスな。代わりに何人か隊員に声かけとくわ」
「やること、ねぇ。どうせ酒飲んでだらだらするだけでしょ?ティナの仕事も手伝いなさいよ」
「はぁ〜、うるせぇなー、余計なお世話だっつの」
そう吐き捨てながら手をヒラヒラと振りながら去っていった。
「まったく、あいつはいつも」
「まぁまぁ、やることがあるなら無理強いは出来ませんよ」
「ティナは優しいわね。私も調べ物が終わったら手伝いに行くわね」
「それは助かりますが、私から見れば、二人ともお優しいですよ」
「そうかしら?」
首を傾げながらそう言うクリスを見て、ティナも笑みを浮かべる。
「ふふ、優しい人は皆そんな反応をされますよ」
そんなやりとりをしながら二人も、それぞれの目的の場所へと向かっていった……
そして、クリスは城にある書庫へと足を運ぶ。
ディランに何が起こったのかを調べるために。
「さて、調べるにしても何から調べたらいいのか」
そう呟きながら、攻略の記録や迷宮に関する書棚の索引欄に目を通していく。
『迷宮の発生要因』
『迷宮の攻略方法』
『迷宮に侵蝕された土地の復元についての考察』
『侵蝕とは何か、その対策』
――など、色々なタイトルが目に入るが、なかなかそれらしい記録が見つからず、両目を押さえながら索引欄から顔を離した。そこで目を開けると……
『迷宮に飲み込まれた者はどうなるのか』
クリスは思わずその記録を手に取り、くまなく読んでいった。
――結論から言うと、迷宮に飲み込まれた者がどうなるのかは不明であると記録されていた。
「そりゃそうよね。それが分かっていたら、前線で戦ってる私達に知らされないはずがないもの……はぁ、これ以上調べても収穫はなさそうね」
パラパラと記録を見直していき、開かれたページに書かれていた文字に目を通していく。
『迷宮が発生してから数百年の時が流れ、その歴史の中で迷宮に飲み込まれた者も少なくない。せめて、その者達の名前を記録に残しておきたい』
(飲み込まれた者……隊長の名前もここに残されるのかしら)
そんな事を考えながら、名前を読み進めていく。
『ドニ・クロイツ(第1小隊所属 神官部隊 隊員)』
『タイニー・ムッツォ (第6小隊所属 魔術師部隊 隊員』
『サンマール村 迷宮化に巻き込まれて消失 行商に来ていたローレンス商会の者も行方不明となる』
『カルディナ・ローレンス (行商人 ローレンス商会代表の長女) サンマール村の消失とともに行方不明』
『ナイル・ガイル (ローレンス商会 護衛) サンマール村の消失とともに行方不明』
『トルキオ村 迷宮化に巻き込まれ消失』
――迷宮に飲み込まれた村や人物たちについて書き連ねられていた。
だが、そこからどうなったのかまではどうしてもわからない。戻って来た者がいない以上、当然ではあるが……
「今日のところは、もう帰ろう。ティナの手伝いに行かないと」
クリスは重い足取りで城下町へ向かって行った。
――城下町に着いたら物資の買い出しに来そうな繁華街や商業区を歩きながらティナ達を探す。
(ティナはどこかしら?回復薬の補充ならこの辺りに……と、見つけた)
「ティナ!遅くなってごめん、私も手伝うわ」
ちょうど、道具屋の中から二人の隊員と大量の荷物を買い出してきたティナを見つけ、声をかける。
「クリスさん、ありがとうございます。結構買い込んでしまったので、運ぶのを手伝っていただけると助かります」
「わかったわ。イグニスは……やっぱり来てないのね」
「はい、我々がイグニス分隊長より物資の補充を手伝うよう言われましたので」
申し訳なさそうにそう告げる隊員に、クリスが答える。
「いいのよ、あなた達もありがとうね」
その様子を複雑そうな面持ちで見つめていたティナが、口を開いた。
「あの……皆さん、そろそろ行きましょう。少し遠回りになりますけど、居住区の方から城に向かいましょう」
「居住区を?私は構わないけど」
「ええ、我々も問題ありません」
「では、行きましょうか」
商業区を抜けて居住区に入ったクリス達だったが、しばらく歩いていくと、怒鳴り声と叫びが混じった声が聞こえてきた。
「なんだ、揉め事か?」
「あ、待ってください」
クリスが向かおうとしたが、それをティナが止めた。
「え?どうしたのよ?」
「あの、その角からそっと、様子を見てください……」
「?……うん、わかったわ」
クリスはそっと、路地の角から声のする方を窺う。
――
「そんな言葉などいりません!栄誉の戦死?そんなものより主人を……夫を返してください!」
哀しみや怒り、様々な感情が入り乱れ、行きどころのない気持ちをぶつける女性の声が響き渡る。
その言葉を一身に受ける男、その後ろ姿には見覚えがあった……
「イグニス?」
「イグニスさんは、任務で怪我をした隊員や、命を落とした隊員がいると、こうやって家族の方のもとに報告に来られて、お見舞いの品や生活費などを渡しているんです……」
「そう、だったの……ティナは、知ってたのね?」
「はい、イグニスさんが分隊長になった頃からずっと、続けてらっしゃいましたので」
「知らなかった……」
(私は、自分のことばかりで、隊員やその家族の事を考えたことなんて……)
「さぁ、イグニスさんに見つかる前に、私たちは城に戻りましょう」
「……ええ」
――クリスたちは、その場を離れ、城へと戻って行った。購入した物資を詰所に補充し、解散となったが……
「さて、そろそろ帰って来られる頃でしょうか」
騎士団の詰所の椅子に腰掛けながら、ティナは入り口の扉を見つめる。
ガチャリ……
静かに扉が開き、イグニスが詰所に入ってきた。既に詰所の中にいたティナに気付き、声をかける。
「なんだ、まだ残ってたのか?買い出しの手伝いが出来なくて悪かったな」
「ええ、買い出しの方は大丈夫でしたよ。ちょうど今、物資の補充が終わったところです」
「そうか……それで、何か話でもあるのか?」
「いえ、そう言うわけではないのですが……ただ、お伝えしたいことがあったので」
「ん?なんだ?」
「イグニスさん、いつもありがとうございます」
「?改まってなんだよ……」
「前からお伝えしたかったんですが、隊の皆さんやその家族のことまで、あなた一人で背負い込むことはないんです。もっと、頼ってください」
「知ってたのか……まぁそういう役目は俺一人で十分だ。頼ってくれって言うなら、一緒に呑みにでも行かないか?」
「あら、いいですよ。でも私、弱いですよ?」
「いいんだよ、酒をあてに俺の話に付き合ってくれ」
――そして、二人は城下町の灯りの中へ溶けて行った。




