第6話:サトイモ料理の試行錯誤
ハーレインの夏は、乾いた風と強い日差しに支配されていた。
オルティア王国の辺境の村に、緑は少なく、畑はまだ痩せたままだった。
だが、ニーナ・ホンヘルの小さなサトイモ畑は、日に日に活気を帯びていた。
朝露に濡れたサトイモの葉が、朝陽に照らされて鮮やかな緑を放つ。
ニーナは、ふわっとした栗色の髪をポニーテールにまとめ、麻のエプロンに袖を通し、畑の世話に励んでいた。
彼女の手帳には、初級鑑定スキルで確認した土の状態やサトイモの成長記録がびっしり書き込まれている。
「よし、今日も順調! もう少しで、もっとたくさん収穫できそう!」
ニーナはシャベルを手に、芽の周りの土を軽くほぐした。
前回の小さな収穫で作ったサトイモサラダは、村の子供たちに大好評だった。
あの笑顔が、彼女の心を奮い立たせていた。
だが、ハーレインの貧しさは、食材の乏しさと直結していた。
チーズやバターは手に入らず、調味料も塩と乾燥ハーブが頼り。
ニーナは前世の知識を総動員し、サトイモの可能性を広げることにした。
「サトイモは万能だよ。煮る、焼く、蒸す……次は何に挑戦しようかな?」
彼女は小屋の小さな台所で、サトイモを手に考え込んだ。
ハーレインの市場には、黒パンや薄いスープ用の野菜しかない。
だが、彼女にはサトイモと、子供たちの笑顔をもう一度見たいという情熱があった。
ニーナは目を輝かせ、鍋を取り出した。
「よし、サトイモポタージュ、初挑戦!」
彼女はサトイモを蒸し、丁寧に皮をむいて潰した。
ハーブと塩を加え、村で手に入る薄いスープの素を少しだけ混ぜる。
前世で母が作ったポタージュの味を思い出しながら、彼女は薪ストーブの火を調整した。
鍋から立ち上る湯気とハーブの香りが、小屋を温かく包む。
ニーナはスプーンで味見し、頷いた。
「うん、いい感じ! 滑らかで、ほのかな甘み……これ、いける!」
夕方、ニーナは子供たちとルークを小屋に呼んだ。
トミとサラが先頭に立ち、他の子供たちが後ろでそわそわしている。
ルークはいつものぶっきらぼうな態度で、腕を組んで立っていた。
「ニーナ、なんだよ、また変な芋料理か?」
「変な、じゃないよ! サトイモポタージュ、最高のスープだよ! ほら、食べてみて!」
ニーナは木のボウルにポタージュを盛り、子供たちに配った。
だが、最初の試作は塩気が強すぎた。
トミが一口飲んで顔をしかめた。
「うわ、しょっぱい! お姉ちゃん、これ、芋の味がわかんないよ!」
ルークもスプーンを口に運び、眉をひそめた。
「ニーナ、こりゃ塩のスープだ。芋が死んでるぞ」
ニーナは肩を落とし、頬を膨らませた。
「うっ、ごめん! 塩、入れすぎちゃった……次は控えめで再挑戦する!」
子供たちは笑いながらもボウルを空にし、ニーナにエールを送った。
サラが小さな手でニーナのエプロンを引っ張った。
「ニーナ姉ちゃん、失敗しても美味しいよ! 次、絶対楽しみ!」
その言葉に、ニーナの心が温まった。
彼女は子供たちにウインクし、手帳にメモを書き加えた――「ポタージュ、塩多すぎ。次はハーブ多め、塩控えめ。スープの素も調整!」。
数日後、ニーナは改良版のポタージュに再挑戦した。
今度はサトイモの甘みを引き立てるため、塩を控えめにし、ハーブを丁寧に選んだ。
村の市場で手に入れた乾燥ローズマリーとタイムを細かく刻み、少量のスープの素でコクを加える。
鍋をかき混ぜながら、彼女は前世の母の料理を思い出した。
里芋の味噌汁を作りながら、母が笑顔で語った言葉――「料理は心だよ、ニーナ。食べる人の笑顔を思えば、味はもっと良くなる」。
「うん、今回は絶対いける! みんなの笑顔、もっと見たい!」
試食会の日、ニーナは小屋の前に木のテーブルを出し、ポタージュを並べた。
子供たちがわいわいと集まり、ルークも渋々やってきた。
トミがボウルを手に、恐る恐る一口飲んだ。
「うわ、ニーナ姉ちゃん、これ、めっちゃ美味しい! 芋がスープになってる!」
サラも目を輝かせ、ボウルを両手で抱えた。
「ふわっとした味! 黒パンよりずっといい!」
ルークは無言でスプーンを口に運び、驚いたように目を丸くした。
「なんだこれ……滑らかで、甘みがちゃんと出てる。ニーナ、こりゃ本物だな」
ニーナは得意げに笑った。
「ふふ、成功! ハーブがいい仕事してるでしょ? 次はサトイモプリンに挑戦しようかな!」
子供たちが歓声を上げ、テーブルは笑顔で溢れた。
ニーナはサトイモの甘みを活かした新しいレシピを思いつき、手帳に書き込んだ――「サトイモプリン、試作予定。甘み強め、ハニソス少量でデザートに!」。
試食会の後、子供たちはサトイモポタージュの話を村中に広めた。
トミとサラが市場で他の子供たちに興奮気味に話し、村人たちの好奇心が少しずつ動き始めた。
ある日、村長のマリアが小屋を訪ねてきた。
皺だらけの顔に、珍しく柔らかい笑みが浮かんでいる。
「ニーナさん、子供たちがうるさいくらい芋のスープを褒めてるよ。あんた、ほんとに変わった娘だね」
「マリアさん、ありがとう! サトイモ、もっと育てて、みんなで食べたいな!」
マリアは頷き、遠くを見るような目で言った。
「この村、長いこと笑顔が少なかった。あんたの芋が、なんか変えてくれそうでね」
その言葉に、ニーナの胸が熱くなった。
彼女はサトイモを手に、マリアに笑顔を向けた。
「絶対、もっと美味しいもの作ります! ハーレイン、笑顔でいっぱいに!」
夜、ニーナは小屋の外で星空を見上げた。
サトイモの芽が月光に揺れ、静かな美しさを放つ。
彼女は前世の記憶を思い出した。
家族で囲んだ食卓、里芋の味噌汁をすすりながら笑い合った時間。
ハーレインでは、彼女がその温もりを子供たちや村人に届けている。
サトイモは、ただの作物ではなく、希望を繋ぐ懸け橋だった。
「サトイモ、ありがとう。あなたのおかげで、私、がんばれるよ」
ニーナはつぶやき、手帳に新しい夢を書き加えた――「サトイモで村を変える。次は、みんなで大きな収穫を!」。
彼女の心は、子供たちの笑顔とサトイモの可能性で満ちていた。
ハーレインの貧しさはまだ変わらないが、彼女の小さな試みが、村に新しい風を吹き込んでいた。
彼女は知らなかったが、このサトイモポタージュが、村の未来を変える大きな一歩となるのだ。