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サトイモ令嬢のスローライフ  作者: 海老川ピコ
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第16話:サトイモの交易と商人の誘惑

 ハーレインの冬は、冷たい風が畑を固め、静寂を村に閉ざしていた。

 ニーナ・ホンヘルは厚手の麻エプロンをまとい、ポニーテールにまとめた栗色の髪を揺らし、藁に覆われたサトイモ畑を点検していた。

 彼女の手帳には、初級鑑定スキルの記録、図書室の夢、そしてサトイモで村をさらに強くする決意がびっしり書き込まれていた。

 神官との対立を乗り越え、村は団結を深め、サトイモは希望の象徴となっていた。


「サトイモ、寒さに負けないでね。春にはもっと大きな畑で、みんなを笑顔にするよ!」


 ニーナは冷たい土に手を触れ、つぶやいた。

 白い息が朝霧に溶け、遠くでカラスの鳴き声が響く。

 彼女の心は、サトイモ祭りの笑顔や「サトイモ姫」の絵本、エリザとの和解、リリィの編み物教室で温まっていた。

 だが、その穏やかな朝、広場に馬車の音が轟いた。

 隣町ベルリングの商会を名乗る一団が到着し、リーダーのサーニルが堂々と降り立った。

 革の外套に銀の鎖を輝かせ、商人というより貴族のような威圧感を放つ男だ。

 背後に控える従者は、鋭い目で村を見回す。

 村長のマリアが杖をつき、疲れた顔で迎えた。


「ようこそ、ハーレインへ。何用で?」


 サーニルの唇に薄い笑みが浮かんだ。

 彼はサトイモ畑を指し、自信たっぷりに言った。


「噂のサトイモだ。隣町の市場で評判が広がってる。取引を提案しに来た」


 村人たちがざわめく中、ニーナはサーニルの荷物に初級鑑定スキルをそっと向けた。

 視界に「契約書」「搾取条項」「王都商会への報告書」の文字が浮かび、胸に冷たい警戒が走る。

 ルークが畑の端でニーナに耳打ちした。


「ニーナ、こいつ、めっちゃ胡散臭いぞ。サトイモを安く買い叩いて、王都でボロ儲けする気じゃねえか?」


 ニーナは頷き、目を細めた。


「ルーク、きっとそう。サトイモは村の宝だもん。簡単に渡さないよ」


 マリアはサーニルを村長の家に招き、慎重に話を聞くことにした。

 村人たちは広場に集まり、ざわめきながら見守る。

 会議室は、粗末な木のテーブルと薪の火がパチパチ鳴る暖炉だけの簡素な空間だ。

 サーニルはゆったりと椅子に座り、契約書を広げた。


「ハーレインのサトイモ、商会で扱えば王都で高値で売れる。毎月、大量に買い取る。利益は山分けだ」


 だが、彼の提案は利益の八割を商会が取り、村にはわずかな分け前しか残らない法外な条件だった。

 ニーナはテーブルに身を乗り出し、冷静に言った。


「サーニルさん、サトイモは村の食卓を支えるもの。売るなら、村がちゃんと潤う取引にしたい」


 サーニルは鼻で笑い、契約書を差し出した。


「小娘が生意気だな。商会が扱えば、王都の貴族が金を積む。村にだって金が入るぞ?」


 ニーナは契約書を受け取り、初級鑑定スキルを密かに発動。

 紙の裏に隠された条項が視界に浮かぶ――「サトイモの独占販売権」「村の畑管理権移譲」「生産量の強制増量」。

 彼女は息をのんだ。


「この契約、村のサトイモを全部奪う気ね! 畑まで支配するなんて、ありえない!」


 彼女は契約書をテーブルに叩きつけ、サーニルを睨んだ。


「サトイモはハーレインの宝。搾取するような取引、絶対に受けられない!」


 サーニルの顔が一瞬歪み、すぐに嘲るような笑みに戻った。


「田舎者が! 商会を敵に回せば、ハーレインなんて潰れるぞ!」


 ルークが立ち上がり、拳を握って前に出た。


「ニーナのサトイモは俺たちの希望だ。てめえなんかに渡さねえ!」


 マリアが杖を地面に突き、静かだが力強く言った。


「サーニル殿、公正な取引なら歓迎する。だが、村を食い物にするなら許さん」


 村人たちが会議室の外に集まり、サーニルを取り囲むように睨んだ。

 トミとサラが子供たちを連れて叫ぶ。


「ニーナ姉ちゃんのサトイモ、渡さないよ! サトイモ姫はハーレインの誇り!」


 サーニルは圧倒され、たじろいだ。

 だが、彼は不敵な笑みを浮かべ、突然提案を変えた。


「ふん、熱い連中だな。なら、そのサトイモの味を見せてもらおう。噂の料理、さっさと振る舞え」


 ニーナは警戒しつつ、サーニルの笑みに何か企みを察した。

 彼女はリリィと目を合わせ、頷いた。


「わかった。サトイモの力を、ちゃんと見せてあげるよ」


 ニーナは小屋に戻り、サトイモチップスと煮物を用意した。

 薪ストーブで丁寧に蒸したサトイモを薄くスライスし、貴重なオリーブオイルでカリッと揚げる。

 煮物にはハーブと塩で味を整え、野草の彩りを加えた。

 広場に木のテーブルを並べ、村人たちと協力して料理を並べる。

 サーニルがチップスを手に取り、口に運んだ。

 彼の目が見開かれた。


「この芋……何だ、この食感! 驚くべき味だ!」


 彼は煮物を食べ、ホクホクの食感とハーブの香りに言葉を失い、不敵な笑みを浮かべた。


「こいつは王都で金になる。貴族が舌鼓を打つぞ。取引、考え直す価値があるな」


 ニーナはサーニルの笑みに冷や汗を感じた。

 彼の目には、欲と計算が見えた。

 彼女はリリィに囁いた。


「リリィ、サーニル、サトイモを独占する気だよ。村を守らないと」


 リリィが頷き、提案した。


「お嬢様、村主体の取引を押し通しましょう。私、ホンヘル家で交渉術を少し見てました」


 ニーナは村人たちを集め、サーニルに新たな取引案を提示。

 サトイモの余剰分を売り、利益を村で均等に分け、畑の管理権は村に残す。

 サーニルは不満げだったが、村人たちの団結とニーナの鋭い視線に押され、渋々同意した。


「ふん、いいだろう。だが、商会はサトイモの価値を最大限に引き出すぞ」


 翌日、ニーナ、ルーク、リリィは隣町ベルリングの市場でサトイモを売り始めた。

 屋台にはチップス、煮物、ズイキ炒めが並び、子供たちが「サトイモ姫」の歌を歌って客を惹きつける。

 客がチップスを食べ、驚きの声を上げた。


「こんな芋、初めてだ! 王都でも絶対売れる!」


 初回の売上は図書室の資材費に充てられ、村人たちは笑顔で屋台を囲んだ。

 だが、ニーナは市場の隅でサーニルが別の商人と密談する姿を目撃。

 初級鑑定スキルで書状を覗くと「王都独占計画」「サトイモ生産の掌握」の文字が浮かんだ。

 彼女はルークに囁いた。


「サーニル、諦めてない。王都でサトイモを独占する気だよ」


 ルークが鼻を鳴らした。


「なら、俺たちで先に動く。ニーナ、お前なら商会に負けねえだろ?」


 ニーナは頷き、村人たちを集めた。

 リリィが交渉術を教え、トミとサラが市場で歌い、村人たちがサトイモの魅力を客に伝えた。

 マリアが屋台のそばで笑った。


「ニーナさん、商会なんかに負けんよ。あんたの芋は、俺たちの魂だ」


 その夜、ニーナは小屋で手帳を開き、メモを書き込んだ――「サーニルとの取引、成功! サトイモ守れた! 次は王都に負けない交易を! 図書室の資金、もっと集める!」


 星空の下、彼女は畑の端で藁に覆われたサトイモを撫で、つぶやいた。


「サトイモ、ありがとう。あなたのおかげで、村が強くなってる。商会にも、負けないよ」


 次の日、ニーナは市場での成功を祝う小さな宴を広場で開いた。

 子供たちがサトイモ形の紙ランタンを持ち、村人たちがサトイモスープを囲む。

 ルークがぶっきらぼうに言った。


「ニーナ、ったく無茶するなよ。けど、悪くなかったぜ」


 リリィが笑いながらスープを配った。


「お嬢様、このスープ、王都でも人気出ますよ!」


 トミとサラが歌いながら走り回る。


「サトイモ姫、商会をやっつけた! ハーレイン、最高!」


 ニーナは笑顔で手帳に追記した――「村のみんな、最高! サトイモで、もっと未来を切り開く!」


 ハーレインの夜は冷たく、だが熱い希望に満ちていた。

 ニーナのサトイモは、村の未来を明るく照らし、商会への対抗心を燃やしていた。



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