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サトイモ令嬢のスローライフ  作者: 海老川ピコ
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第13話:王都からの来訪者

 ハーレインの冬は、冷たい風と風花で静かに訪れていた。

 本格的な雪は降ることはないが、風花という小さな雪が舞うことがあった。

 オルティア王国の辺境の村は、ニーナ・ホンヘルのサトイモ畑とその成功で、かつてない活気を取り戻していた。

 サトイモ祭りの笑顔、「サトイモ姫」の絵本、王都のスパイを追い出した団結、そして村人たちの間で囁かれる「サトイモ令嬢とルークの恋物語」の噂――これらが、村に温かな希望を灯していた。

 ニーナは、ふわっとした栗色の髪をポニーテールにまとめ、麻のエプロンに袖を通し、畑で冬越しの準備をしていた。

 彼女の手帳には、初級鑑定スキルの記録と、図書室の夢や村を守る決意がびっしり書き込まれていた。


「サトイモ、寒いけど頑張ってね。春になったら、また大きな収穫しよう!」


 ニーナはシャベルを手に、藁を敷き詰めた畑を見回しながらつぶやいた。

 村は少しずつ変わり始めていた。

 サトイモ畑は広がり、新しい家や小さな店が建ち始め、市場ではサトイモが硬い黒パンと並んで売られていた。

 子供たちは「サトイモ姫」の歌を口ずさみ、ルークはぶっきらぼうながらも畑の手伝いを続けていた。

 そんな平穏な日々に、突然、王都からの来訪者が現れた。


 その日、ニーナが畑でトミとサラにサトイモの世話を教えていたとき、馬車の音が村に響いた。

 見ると、ホンヘル家の紋章が描かれた豪華な馬車が広場に停まった。

 扉が開き、金髪を優雅に巻き上げ、深紅のドレスに身を包んだエリザが降り立った。

 彼女の姿に、村人たちはざわめき、ニーナは目を丸くした。


「姉さん!? なんでここに?」


 エリザは扇子を手に、村を見下すような視線で辺りを見回した。

 彼女の後ろには、付き添いのメイドたちが数人、馬車から降りてくる。

 エリザはニーナに近づき、鋭い声で言った。


「ニーナ! こんな田舎で何してるの!? 妙な芋で金儲けしてるって聞いて、ホンヘル家の名を汚す気?」


 ニーナはシャベルを手に、静かに答えた。


「汚してないよ、姉さん。私はただ、みんなが幸せになるようにサトイモを育ててるだけ」


 エリザの取り巻きのメイドの一人が、嘲るように笑った。


「サトイモ? そんな泥臭いもので、貴族の名が保てると思ってるの?」


 村人たちがざわめき、ルークが前に進み出た。

 彼の目は怒りに燃えていた。


「ニーナのサトイモは、俺たちの希望だ。あんたらに何がわかる!」


 村長のマリアも杖を手に、毅然と言った。


「ニーナさんは我々の恩人だ。あんたに、彼女を悪く言う権利はない!」


 エリザは村人たちの団結に言葉を失い、取り巻きのメイドたちも気まずそうに顔を見合わせた。

 ニーナはエリザを見つめ、穏やかに言った。


「姉さん、ホンヘル家の名は汚してないよ。この村のみんなが、私のサトイモで笑顔になってる。それが、私の誇り」


 エリザは扇子を握りしめ、しばらく黙っていた。

 やがて、彼女は取り巻きたちに下がるよう手で合図し、ニーナを広場の端に連れて行った。

 二人きりになると、エリザは目を伏せ、小さな声で話し始めた。


「ニーナ……あの時、ネックレスのこと、本気であなたが盗んだなんて思ってなかった」


 ニーナは目を丸くした。

 エリザは唇を噛み、続けた。


「あなたが庭で楽しそうに芋を掘ってるのを見て……少し、羨ましかったの。社交界では、いつも笑顔でいなきゃいけない。取り巻きに囲まれて、疲れることも多いのに、あなたは自由で、輝いてた。それが、妬ましかった」


 ニーナは息をのんだ。

 エリザの言葉には、初めて見る弱さが滲んでいた。


「取り巻きに焚きつけられて、ついあなたを責めた。でも、今更訂正もできなくて……ごめん、ニーナ」


 エリザの声は震え、目を逸らした。

 ニーナは驚きながらも、姉の心の内を初めて理解した。

 彼女は笑顔でエリザの手を握った。


「姉さん、謝ってくれてありがとう。社交界、大変なんだね。でも、姉さんだって輝いてるよ。私のサトイモ、食べてみる?」


 エリザは顔を真っ赤にして扇子で顔を隠した。


「や、やらないわ! そんな泥臭いこと、貴族の令嬢がするわけないでしょ!」


 だが、彼女の目はちらちらと畑のサトイモに注がれていた。

 ニーナはくすっと笑い、エリザを畑に誘った。


「姉さん、芋掘り、楽しいよ。一回やってみる?」


 エリザはさらに顔を赤らめ、扇子をパタパタ振った。


「絶対やらない! そんなこと、似合わないわ!」


 だが、彼女は畑の端に立ち、子供たちが泥だらけでサトイモを掘る様子をじっと見つめていた。

 その視線に、ほのかな憧れが混じっていた。

 ニーナは手帳にメモを書き込んだ――「姉さん、実は芋掘り興味あり? サトイモで仲直り、できるかな?」。


 その夜、ニーナはエリザにサトイモの煮物を振る舞った。

 広場の焚き火を囲み、村人たちが見守る中、エリザは渋々スプーンを口に運んだ。

 彼女の目は驚きで見開かれた。


「……これ、美味しいじゃない……!」


 村人たちが笑い、ルークがニヤリと言った。


「だろ? ニーナのサトイモは、最高なんだよ」


 エリザは顔を赤らめ、黙って煮物を食べ続けた。

 ニーナは笑顔で姉を見つめ、胸が温かくなった。

 翌日、エリザは馬車で王都に戻ったが、彼女の態度は少し柔らかくなっていた。

 ニーナは見送りながら、つぶやいた。


「姉さん、また来てね。サトイモ、いつでも待ってるよ」


 エリザの馬車が去った後、村人たちはニーナを囲み、感謝の言葉を口にした。

 マリアが笑顔で言った。


「ニーナさん、あんたのサトイモは、家族まで繋ぐんだね」


 ニーナは照れ笑いを浮かべ、手帳にメモを書き込んだ――「姉さんと仲直り! サトイモ、家族も繋ぐ。次は王都でサトイモ、広まる?」。

 星空の下、ニーナは畑の端でサトイモの葉を撫でた。

 月光に照らされた葉が、静かに揺れる。

 彼女はつぶやいた。


「サトイモ、ありがとう。あなたのおかげで、姉さんとまた話せたよ」


 彼女の手帳に新たな夢が書き込まれた――「サトイモで、もっとたくさんの人を笑顔に。王都にも、届けたい!」。


 ハーレインの夜は、冷たくも温かかった。

 ニーナのサトイモは、村を超え、遠くの未来を照らし始めていた。



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