第11話:王都のスパイとサトイモの秘密
ハーレインの秋は、冷たい朝霧と色づいた木々の葉で静かに過ぎていた。
オルティア王国の辺境の村は、ニーナ・ホンヘルのサトイモ祭りと絵本作りで、初めて活気と笑顔に満ちていた。
広場のランタンの光、子供たちの「サトイモ姫」の物語、村人たちの温かな笑い声――それらが、村に新しい風を吹き込んでいた。
ニーナは、ふわっとした栗色の髪をポニーテールにまとめ、麻のエプロンに袖を通し、畑で次の作付けの準備をしていた。
彼女の手帳には、初級鑑定スキルの記録と、図書室の夢を書き込んだメモがびっしり詰まっていた。
「サトイモ畑、もっと広げたいな。図書室の資金も、サトイモで稼げたらいいのに!」
ニーナはシャベルを手に、土をほぐしながらつぶやいた。
サトイモ祭りの成功で、隣町ベルリングの商人が興味を示し、村人たちの心も開き始めていた。
だが、彼女は気づいていなかった。
ハーレインの小さな変化が、王都ルミエールの貴族たちの耳に届き、思わぬ波紋を広げていたのだ。
ある朝、ニーナが畑でサトイモの芽をチェックしていると、見慣れない男が村に現れた。
灰色のマントをまとい、帽子を深くかぶったその男は、商人風の装いだったが、どこか不自然な雰囲気を漂わせていた。
男は広場で村人たちに話しかけ、サトイモの話を聞き出そうとしていた。
ニーナは遠くからその様子を眺め、初級鑑定スキルをそっと発動した。
視界に浮かぶ透明な文字が、男の荷物に隠された「偽造身分証」を示した。
「この男……怪しい。王都の商会と繋がってる? サトイモ畑を狙ってるのかも!」
ニーナは胸に嫌な予感が広がり、ルークに相談しに行った。
ルークは広場で木材を運んでいたが、ニーナの真剣な表情を見て眉をひそめた。
「ニーナ、なんだよ? また芋の話か?」
「ルーク、違う! あの男、見た? なんか変な感じなんだ。サトイモ畑、狙ってるかもしれない!」
ニーナが男を指差すと、ルークは目を細めて男を見た。
男は子供たちに近づき、サトイモの育て方をさりげなく聞き出そうとしていた。
ルークの顔が険しくなり、拳を握った。
「ニーナ、そいつ、畑を燃やす気じゃねえか? 王都の奴ら、妙な芋が金になるって気づいたんだろ」
ニーナは息をのんだ。
サトイモは彼女の宝物であり、ハーレインの希望だった。
それを奪われるなんて、考えられなかった。
彼女はルークと目を合わせ、決意を固めた。
「ルーク、村のみんなと協力して、追い出そう。この村、守るよ!」
二人は村長のマリアに相談し、村人たちを集めた。
マリアは男の不自然な行動を聞き、鋭い目で頷いた。
「ニーナさん、ルーク、任せな。ハーレインは貧しいが、仲間は固い。あの男、追い出してやる」
その夜、ニーナとルークは村人たちと作戦を立てた。
男が夜中に畑に近づくのを待ち、動きを監視することに。
ニーナは初級鑑定スキルで男の荷物を再度調べ、火をつけるための油と火打ち石を見つけた。
彼女の胸に怒りがこみ上げた。
「サトイモを燃やすなんて、絶対許さない!」
月明かりの下、男が畑に忍び込む。
ルークと村の若者たちが影から飛び出し、男を取り囲んだ。
ニーナが前に出て、鋭い声で叫んだ。
「あなた、誰? サトイモ畑に何の用?」
男は慌てた様子で後ずさり、言い訳を口にした。
「わ、私はただの商人だ! 芋に興味があって、見に来ただけ……」
だが、ニーナは初級鑑定スキルで男の嘘を見抜いていた。
彼女は冷静に、しかし力強く言った。
「嘘つかないで。あなた、王都の商会の手先でしょ? サトイモの秘密、盗みに来たんだ!」
村人たちが一斉に声を上げ、男を追い詰めた。
ルークが男の荷物を奪い、油と火打ち石を広場に投げ出した。
「こいつ、畑を燃やす気だった! ニーナの芋、村の希望を潰す気だ!」
村人たちの怒りが爆発し、男は青ざめた顔で逃げ出した。
マリアが杖を手に、厳しい声で言った。
「二度とハーレインに来るな! ニーナさんのサトイモは、俺たちの宝だ!」
男は馬車に飛び乗り、夜の闇に消えた。
村人たちは広場で肩を叩き合い、笑顔を交わした。
ニーナはサトイモ畑を見やり、静かに微笑んだ。
「サトイモ、ありがとう。あなたは私の宝物。ハーレインの宝物。この村、絶対守るよ」
彼女は手帳にメモを書き込んだ――「王都のスパイ、追い出した! サトイモと村、守れた! 次はもっと強い畑を!」。
翌日、村は再び日常を取り戻した。
子供たちは畑で遊び、トミとサラが「サトイモ姫がスパイをやっつけた!」と新しい物語を作り始めた。
ルークはぶっきらぼうにニーナに話しかけた。
「ニーナ、お前、ほんと無茶するな。けど、悪くなかったぜ」
ニーナは笑顔で答えた。
「ルーク、ありがとう。一緒に戦ってくれて、嬉しいよ!」
ルークは照れくさそうにそっぽを向き、畑の手伝いを続けた。
ニーナは手帳に小さなメモを加えた――「ルーク、頼もしい! サトイモ仲間、最高!」。
この事件で、ニーナはハーレインのリーダーとしての自覚を強めた。
サトイモは、ただの作物ではなく、村の絆を繋ぐ象徴だった。
彼女は星空の下、畑の端でサトイモの葉を撫でた。
月光に照らされた葉が、静かに揺れる。
「サトイモ、あなたのおかげで、村が一つになったよ。もっともっと、みんなの笑顔を守りたい」
彼女の手帳に新たな夢が書き込まれた――「ハーレインを守る。サトイモで、もっと強い村を!」。
ハーレインの夜は、静かだが力強かった。
ニーナのサトイモは、村の未来を明るく照らし始めていた。