第10話:子供たちとのサトイモ絵本
ハーレインの秋は、涼しい風と色づいた木々の葉で穏やかに過ぎていた。
オルティア王国の辺境の村は、ニーナ・ホンヘルのサトイモ祭りの成功で、初めて希望の光に照らされていた。
広場での賑わいから数日、村人たちの会話には「サトイモ」や「ニーナ姉ちゃん」という言葉が頻繁に登場し、子供たちは畑の周りで笑いながら走り回っていた。
ニーナは、ふわっとした栗色の髪をポニーテールにまとめ、麻のエプロンに袖を通し、畑の片隅で次の作付けの準備をしていた。
彼女の手帳には、初級鑑定スキルの記録と、サトイモ祭りの成功を祝うメモがびっしり書き込まれていた。
「サトイモ祭り、すごかったな……次はもっと大きな畑で、もっとたくさんの人に食べてもらいたい!」
ニーナはシャベルを手に、土をほぐしながら微笑んだ。
サトイモの茎や葉を使った料理が村人たちを驚かせ、野草のハーブが食卓を豊かにした。
あの夜の笑顔と歓声が、彼女の心を温かく満たしていた。
だが、彼女の頭には新たなアイデアが浮かんでいた。
祭りで子供たちが作ったサトイモ形のランタンを見て、彼女は思いついたのだ――サトイモをテーマにした物語を、子供たちと一緒に作ることを。
ある朝、ニーナが畑で水やりをしていると、トミとサラが他の子供たちを連れて駆け寄ってきた。
トミが泥だらけの手で興奮気味に叫んだ。
「ニーナ姉ちゃん! サトイモの話、作っていい? 絵本にしたいんだ!」
サラが目を輝かせて続ける。
「サトイモ姫が、魔王をやっつける話! かっこいいよね!」
ニーナは目を丸くし、笑顔が広がった。
「え、めっちゃいいアイデア! サトイモ姫、最高! どんな話にする?」
子供たちは広場の木陰に集まり、わいわいとアイデアを出し合った。
トミが大きな声で提案した。
「サトイモ姫が、ホクホクの芋の魔法で村を救うんだ! 魔王は、黒パンの化け物!」
サラが手を叩いて笑った。
「で、ズイキのムチで魔王をしばくの! 葉っぱのスープで、村人に元気を与える!」
ニーナは子供たちの想像力に感心し、手帳にメモを書き込んだ――「サトイモ姫の冒険、子供たちと創作。物語は魔王退治、ズイキと葉も活躍!」。
その日から、ニーナと子供たちは絵本作りに没頭した。
ハーレインの識字率は低く、ほとんどの子供が字を読めなかったが、物語を口で語り、絵で表現することに夢中になった。
ニーナは前世の記憶を頼りに、簡単な絵本の作り方を教えた。
村で手に入る粗末な紙と、木の枝を削って作ったペンを使い、子供たちが絵を描く。
ニーナはサトイモ姫の挿絵をスケッチし、ホクホクの芋で輝く姫や、ズイキのムチを振る姿を生き生きと描いた。
「ほら、トミ、サラ! サトイモ姫、こんな感じはどう?」
ニーナがスケッチを見せると、子供たちは目を輝かせた。
「めっちゃかっこいい! ニーナ姉ちゃん、絵うまい!」
トミが興奮して叫び、サラが頷く。
「サトイモ姫、ニーナ姉ちゃんにそっくり!」
ニーナは照れ笑いを浮かべ、子供たちと一緒に物語を書き進めた。
物語はこうだ――「サトイモ姫は、貧しい村を救うため、ホクホクの芋の魔法で黒パンの魔王を倒す。ズイキのムチで敵を追い払い、葉のスープで村人に力を与える」。
子供たちは、魔王の声を演じたり、姫の台詞を叫んだりして、広場は笑い声で溢れた。
数日後、絵本「サトイモ姫の冒険」が完成した。
粗末な紙に描かれた色とりどりの絵と、ニーナが丁寧に書いた簡単な文字。
村の子供たちを集め、ニーナは広場の木の下で読み聞かせ会を開いた。
ランタンの光が揺れる中、彼女は大きな声で物語を読み上げた。
「サトイモ姫は、ホクホクの魔法を放ち、魔王をやっつけた! 村は笑顔でいっぱいになったんだ!」
子供たちは目を輝かせ、拍手と歓声を上げた。
サラが立ち上がり、叫んだ。
「ニーナ姉ちゃん、もっと読みたい! サトイモ姫、続編作ろう!」
トミも興奮して続ける。
「次は、サトイモ姫がフローズン・リザードと戦う話!」
ニーナは笑いながら頷いた。
「いいね! サトイモ姫、もっと冒険するよ! みんなで作ろう!」
読み聞かせ会の後、子供たちは絵本を手に、村中にサトイモ姫の話を広めた。
村人たちも、子供たちの熱意に引き寄せられ、絵本を覗き込む。
ある老婆が、ニーナに笑顔で話しかけた。
「ニーナさん、子供たちがこんな楽しそうに話すの、初めて見たよ。この芋、ほんとすごいね」
ニーナは胸が熱くなり、答えた。
「ありがとう! サトイモは、食べるだけじゃなくて、みんなの心も繋ぐんだよ!」
その夜、ニーナは小屋で手帳を開き、メモを書き込んだ――「サトイモ姫の絵本、大成功! 子供たち、夢中! 次は図書室、作れたらいいな」。
彼女は、子供たちが物語を通じて学ぶ喜びを知ったことに気づいた。
ハーレインの貧しさは、知識や教育の機会も奪っていた。
絵本は、その第一歩になるかもしれない。
翌日、ルークが畑にやってきて、ぶっきらぼうに話しかけた。
「ニーナ、子供たちがうるさいぞ。サトイモ姫だのなんだのって、騒ぎすぎだ」
ニーナは笑顔で答えた。
「ふふ、ルークもサトイモ姫、読んでみる? あなた、魔王役にぴったりかも!」
ルークは顔を赤らめ、そっぽを向いた。
「バカ言うな。俺は芋掘るだけでいい」
だが、彼はこっそり絵本を手に取り、子供たちと一緒に読み始めた。
その姿を見て、ニーナは手帳にメモを加えた――「ルーク、実は子供好き? サトイモ姫、仲間入り!」。
絵本作りを通じて、ニーナは教育の大切さに気づいた。
子供たちが字を学び、物語を楽しみ、夢を持つ場所が必要だ。
彼女は新たな夢を抱いた――ハーレインに小さな図書室を作る。
サトイモが村の食卓を変えたように、絵本と知識が子供たちの未来を変えるかもしれない。
星空の下、ニーナは畑の端に座り、サトイモの葉をそっと撫でた。
月光に照らされた葉が、静かに揺れる。
彼女はつぶやいた。
「サトイモ、ありがとう。あなたのおかげで、子供たちの笑顔が増えたよ」
彼女の手帳には、新しい夢が書き込まれた――「図書室計画、始動! サトイモと一緒に、子供たちの未来を!」。
ハーレインの夜は、静かだが希望に満ちていた。
ニーナのサトイモと絵本は、村に新たな光を灯し始めていた。