8.確信の温度 ― 名前を呼ばずに、心を呼んで
【ことりの投稿】
「展示会、行ってきました!
すごく素敵な空間で、いろんな人と話せて幸せだった☺️
ちょっと勇気を出して、自分でも“挑戦”した1日。
その中に、誰かがいてくれた気がして――
たぶん、見つけてもらえた気がしたんだ。ありがとう。」
添えられていたのは、展示会場の遠景。
全体の空気感を映した写真で、顔は写っていない。
けれど、そこには軍服コスのシルエットが、すっと立っていた。
尚人は、その写真を見た瞬間、スマホを持つ手が止まった。
(間違いない……あの場所、俺もいた。
あの時間、同じ空間に、いたんだ)
気づかれないように、遠くから見るだけのつもりだった。
けれど、彼女はちゃんと、誰かが見てくれていたことに――気づいていた。
@nao_cam_photo:
「その空間にいた人は、きっと勇気をもらったと思う。
いつもより少しだけ近くで、でもそっと見てた。
ちゃんと、見つけられたよ。」
ほんの少しの言葉。
でも、それだけで、ことりの心は大きく揺れた。
(やっぱり……あれ、尚人だったんだ)
ことりは、スマホを見つめながら、深呼吸をひとつ。
そして、短く、でもとても大切な言葉で返信した。
「見つけてもらえて、よかった。
あの場所で背中を押してくれたの、あなたでしょ?」
まるで言葉遊びのように――
でも確かに、お互いに名を呼ばずに、心を呼んでいた。
【尚人の夜】
その返信を見たとき、尚人の目から、すっと涙がこぼれた。
それは、なにかが壊れたわけでも、終わったわけでもない。
ずっと張っていた“心の緊張”が、やさしくほどけたから。
「…うん。背中を押したのは俺かもしれないけど、
本当は、ずっと押されてたのは俺のほうだったんだ」
ことりのスマホに、そのメッセージが届いた。
画面の光に照らされた顔は、あたたかな涙で少し濡れていた。
(もう、“尚人”って呼んでも、いいのかもしれないね)
けれど、今はまだ――
この“やさしいすれ違い”を、もう少しだけ楽しみたかった。
「じゃあ、次は私の番だね。
あなたの背中を、もう一歩、押してみたい。」
ふたりは、言葉を交わしながら――
名前を使わずに、お互いの存在を確かめ合っていた。
まるで、“誰か”としてではなく、
“心”として、触れ合っていくように――。