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ふたりで灯す、やさしさのかたち  作者: 流浪の旅人
第1章 それぞれの秘密、それぞれの夜 — 推しが、姉でした。
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6.再会のごはん ― いつもの顔で、秘密の裏側

土曜の午後、どこか春の終わりを感じさせる穏やかな空気。

駅前の小さな洋食屋で、尚人は先に席についていた。


手元の水に指先をくぐらせながら、落ち着かない心をなだめる。


(ふつうに会うだけ。ふつうに……いつもみたいに、ただ、姉ちゃんとごはんを食べるだけ)


けれど、胸の奥には“あのやりとり”がずっと残っていた。

彼女の最後のひとこと――「そのお姉さん、きっと素敵な人ですね」

まるで、自分の正体を知っているような、あたたかな言葉だった。


「…尚人?」


その声に顔を上げると、ことりが軽やかなワンピース姿で立っていた。

いつもより、少しだけ大人っぽい。けど、笑顔は変わらない。


「ごめん、待った?」


「ううん、今来たとこ」


テーブルに向かい合って座るふたり。

けれど、その間には――たったひとつの秘密をはさんで、微妙な静けさが流れていた。


「最近どう?仕事忙しい?」


「まぁ…それなりに。姉ちゃんは?」


「んー…忙しいけど、趣味に逃げてるかも。ちょっと、凝ってることがあってね」


ことりは笑いながら言ったけど、尚人はドキッとした。


(趣味……?まさか、それって――)


「へぇ。どんな趣味?」


何気ないふりをした問い。

でも尚人の声には、わずかに揺れがあった。


「…んー、秘密♪」


ことりは少しおどけた表情でスプーンを口に運ぶ。

けれど、その目は――尚人の瞳を、まっすぐに見ていた。


(知ってる……? 尚人)

(まさか……気づいてる……? ことり姉ちゃん)


気づいているのに、言えない。

言いたいのに、言わない。


まるで、お互いの心に手を伸ばしながら、ガラス越しで触れようとしているような感覚。


「そうだ、今度〇〇の展示やってるんだって。行ってみる?」


ことりが、話題を変えるように言った。


「…うん、いいね。たまには姉弟でお出かけも悪くない」


その言葉に、ことりは少しだけ笑みを深くした。


「じゃあ……次は、ちょっとオシャレしてこよっかな。どんな服が似合うかな?」


「…そうだね、例えば……軍服とか。意外と似合うかもよ?」


尚人のその一言に、ことりの手がピクリと止まる。


沈黙。ほんの数秒の沈黙。


でも――ことりは笑った。


「そっかぁ、似合いそう? 嬉しいな」


まるで、答え合わせのように。


ごはんを食べ終え、ふたりは並んで歩く。

駅までの短い道。沈む夕日と、少し冷たい風。


「じゃあ、またね。次は展示、行こっか」


「うん。楽しみにしてる」


電車に乗る尚人の背中を見送ってから、ことりはぽつりとつぶやいた。


「――やっぱり、気づいてるよね」


でも、それでよかった。


今はまだ、“姉と弟”という名前の役を――

ちゃんと、演じきろう。

きっと、それもやさしさだから。

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