3.ことりの視点 ― 秘密のメイクと、気づきたくない気配
「ん〜…今日も、たくさん見てくれてありがと…」
鏡の前でメイクを落としながら、ことりはぽつりと独り言をこぼす。
お気に入りのレイヤー用ウィッグを外し、つけまつげを丁寧に剥がして、素の顔に戻っていくこの瞬間――
ちょっぴり、さみしい。
休日に撮影して、夜に編集して、SNSに投稿するのがことりの“日常”。
“RINA_cos”の名前で活動をはじめて、もう1年が経つ。
はじめは、ただの遊びだった。
でも、いつの間にか“評価”を求めるようになっていた。
とくに最近は、あるアカウントの反応が気になって仕方がない。
@nao_cam_photo
アイコンは風景写真。フォローもしていない、いわゆる“見る専”の人っぽい。
でも、その人だけは、どの投稿にもほぼ欠かさず“いいね”をくれる。
時には「この衣装、再現度高くて好きです」と短いコメントをくれることも。
(…なんだろ。ちょっと、嬉しい)
SNSにはたくさんの“いいね”がある。
けれど、なぜかこの人のアクションだけは、心に残る。
ある日の夜、ふとした瞬間に思った。
(…なんだか、尚人に似てるなぁ…)
投稿の時間帯も、文体も、趣味の雰囲気も。
最初は、ただの偶然だと思っていた。
でも、最近その“偶然”が重なりすぎていて、ちょっと……こわい。
(…いや、まさかね)
弟が、コスプレに興味あるなんて、聞いたこともない。
それに、もし本当に彼だったら――
「私の“推し”が、弟なんて」
そう思った瞬間、思わずクスッと笑ってしまった。
でも、ほんのすこしだけ、胸の奥がチクリと痛んだ。
なぜかって?
ことりは、正体がバレるのが怖いのではなく――
自分が、弟にバレてもいいって思い始めていることに、気づいてしまったから。
スマホの通知が鳴った。
@nao_cam_photo さんが、いいねしました。
あぁ、まただ。
今日の写真にも、ちゃんと反応がある。
(ありがとう)
そう呟いた声は、どこか優しくて、どこか寂しかった。
お風呂上がりの髪をタオルでくるんで、ソファに座り直す。
LINEを開いて、少し迷ってからメッセージを打ち込む。
「尚人、今週末ひさしぶりにごはんでもどう?」
「うん、いいね。楽しみにしてる」
画面の返信を見て、ことりはちょっとだけ安心する。
(いつも通りでいてくれる。…でも、もし、何かに気づいてるとしたら?)
知らないふりをする優しさに、気づきかけている姉は――
そっと目を閉じて、思った。
いつか、お互いの“秘密”を、笑って話せたらいいな。