2.尚人の視点 ― 秘密の推しと、ほんの少しの罪悪感
「今日も、おつかれ…」
部屋の鍵を閉めて、ジャケットをソファに放る。
会社帰りの尚人は、靴も脱がずにそのまま床に座り込んだ。
なんてことのない、いつもの平日の夜。
でも、ひとつだけ違うのは――心がずっと、ざわざわしている。
原因は分かっていた。
スマホの中の通知。
RINA_cosの新しい投稿。
スレンダーな身体にぴったりフィットした、軍服風のコスチューム。
鋭い眼差し。完璧な再現度。
「推し」という言葉では、もう言い表せないくらい、憧れていた。
(はぁ…やっぱすごい…)
画面をスワイプしながら、“いいね”を押す指が止まらない。
このアカウントを見つけたのは、もう半年以上前だった。
きっかけは偶然、アニメのハッシュタグからだったけど、あっという間に心を奪われた。
名前も顔も知らない。
でも、どこか「親しみ」があった。
どの写真を見ても、なんだか――懐かしいような、安心するような感覚があった。
(…なんでだろ。もしかして、前に会ったことあるのかな?)
そう思ったことは、何度もある。
でも、まさか。
スマホを伏せて、深いため息をつく。
最近、姉のことりと会うたびに、胸の奥がモヤモヤするようになっていた。
ことりは、優しくて気配り上手で、ちょっとお節介で……
でも、昔からどこか不思議なところがあった。
高校生の頃、誰にも言わずに美術系のコンクールに出していたり、
深夜にパソコンで“何か”を編集していたり。
もしかして――って考えることすら、おかしいと思っていた。
だって、“あのコスプレイヤー”が、姉だったら?
(いやいや……いくらなんでも、それはない)
頭では否定しても、心のどこかがざわつく。
「あの表情、見たことある気がする」
「あの言い回し、ことりに似てる気がする」
そんな些細な共通点を見つけるたびに、どうしようもなく気になってしまう。
でも、確認する方法なんてない。
そもそも、確認したくないのかもしれない。
自分の“推し”が、姉だったら。
姉の投稿に“いいね”を押していたのが、自分だったら。
「…やだな、これ以上、考えたくない…」
でも、画面には通知がひとつ。
RINA_cosさんが、ストーリーを更新しました。
尚人は、ためらいながらも指を動かす。
それが、運命の歯車を回す音だとは知らずに――。