5.ひとりの夜 ― はじめての検索履歴
夜。部屋の明かりを消して、ベッドに潜り込む。
スマホの画面だけが、布団の中でぼんやり光っている。
(姉ちゃんは、もう寝てるかな……)
尚人は、スマホのブラウザを開いた。
指先が、ホーム画面の検索窓をゆっくりとタップする。
「男の娘 コスプレ 初心者」
「男でもできる 可愛いキャラ」
「コスプレ 始め方 男性」
「初心者 ウィッグ 選び方」
「メイク 男 女装 自然」
検索履歴に、次々と並んでいく言葉たち。
(こんなの、誰にも見せられないよな……)
でも――心のどこかでは、ワクワクしていた。
“検索してる自分”が、すでに変わりはじめていることを、ちゃんと感じていた。
「メイクって……下地とか、ベースって何?」
「カラコンって安全なの…?」
「衣装って買うもの?作るの?」
「足の毛って……やっぱ処理するの?」
知らない言葉ばかり。
でも、不思議と怖くなかった。
画面の向こうには、同じように悩んで、でも楽しんでいる人たちがたくさんいた。
そして、その中には――あのRINA_cosの姿もあった。
(姉ちゃんも、最初はきっと不安だったんだよな)
(なのに今は、堂々としてて、すごく輝いてて……)
だからこそ。
自分も、少しずつでいいから近づいてみたい。
尚人は、お気に入りに登録していたRINA_cosの過去投稿を何度も見返す。
衣装のシルエット、メイクのバランス、ポージング……。
画面の中の“姉”は、いまも美しく笑っていた。
そしてその笑顔が、尚人の背中を、誰よりもそっと押してくれていた。
(いつか――俺も)
その夜、尚人はそっとメモ帳アプリを開き、こう打った。
【やってみたいことリスト】
・メイク道具を知る
・自分に合いそうなキャラを探す
・ウィッグの種類を調べる
・衣装の買い方を調べる
・姉ちゃんに、いつか…言えるようにする
画面を閉じて、スマホを胸に抱きしめる。
(……秘密。だけど、今だけの“俺だけの夢”)
静かな夜の中、
ひとつの未来が、そっと芽吹いた。