2.そっと踏み出す1歩目 ― 撮影の手伝い、はじめての気配
【日曜の朝】
「ねぇ尚人、ちょっと頼みがあるんだけど…」
休日の朝。ことりからLINEが届いた。
「今度の撮影、カメラマンさん都合つかなくて…
三脚で頑張ろうと思ってたんだけど、うまくいくか不安で…。
尚人、ちょっとだけ、撮ってくれないかな?」
尚人は少し迷った。
コスプレの撮影現場に行くなんて、
ほんの少し前なら、想像すらしていなかった。
でも、今は違う。
(姉ちゃんの“好き”を、ちゃんと知ってる。
だから――支えたいって思える)
「いいよ。俺でよければ、喜んで。
…その代わり、うまく撮れなかったら許してね?」
「ふふっ、ありがとう。
尚人なら大丈夫って思ってた♪」
【撮影当日・午後】
場所は人の少ない公園の奥、春色が残る小さな広場。
風が吹くたびに、ことりの衣装のリボンがふわりと揺れた。
尚人は、ことりが“RINA_cos”になる様子を、静かに見守っていた。
ウィッグを整える横顔。
カラコンを入れる瞬間――瞳の印象が、一気に変わる。
(あぁ……姉ちゃん、やっぱすごいな)
シャッターを押す指先に、緊張が走る。
でも、それ以上に――誇らしさがあった。
撮影の合間、ことりがふと尋ねた。
「ねぇ尚人…こういうの、見てるだけってどう? つまんない?」
「ううん。ぜんぜん。
むしろ、見てるとちょっと――
あぁ、俺もやってみたらどんな感じなんだろう、って思っちゃった」
言ってから、顔が少し熱くなった。
でも、ことりは驚くでもなく、ふわっと笑った。
「そっか…その気持ち、大事にしてね。
今すぐじゃなくていい。
“やってみたい”って思えるって、すごく素敵なことだから。」
その言葉に、尚人は心がふっと軽くなるのを感じた。
(焦らなくていいんだ。
このペースで、一歩ずつ…)
撮影を終えて、ふたりは並んで歩いた。
今日の陽射しは、どこかやわらかかった。
「尚人、ありがとうね。すごく助かった。
それに…今日の写真、きっと“いつもよりいい顔”してる気がする」
「…それなら、俺も嬉しい」
ことりの“好き”の世界に、初めてちゃんと入った日。
そして、尚人の“新しい好き”が、そっと芽吹いた日だった。