1.プロローグ ― ゆっくり歩き出す日常の1ページ
【ある日の午後・ことり視点】
休日の午後。
ことりは久しぶりに部屋の掃除をしながら、ベランダに干していたコスプレ衣装に目をやった。
(あの日から、もう2週間か……)
再会の日。すべてを伝え、すべてを受け取って。
そのあと、ふたりは不思議と、今まで以上に自然に連絡を取り合うようになっていた。
でも、会話の中で「コスプレ」や「SNS」の話題は――
なんとなく、お互いがまだ少し遠慮しているような空気があった。
(尚人、気を使ってるのかな……)
スマホを見ると、未読のメッセージがひとつ。
【尚人】
「姉ちゃん、この前話してた新作アニメ、見始めたよ!
あれ、普通に泣いたんだけど……!ズルい!」
ことりは、ふっと笑った。
【ことり】
「ふふっ、ね?あの回、私も泣いた~。
ちなみに、そのヒロインの衣装、今度作るつもりなんだ…まだナイショだけど♪」
【夜・尚人視点】
その返信を見た尚人は、ちょっとだけドキッとした。
(あ、前より“RINA”の話、普通にしてくれるようになった……)
どこかで、あの日を境に“分けていた”気がしていた。
姉と、RINA。
でも今は――
ひとりの中に、両方がいるって、素直に感じられるようになっていた。
(姉ちゃんが、楽しそうにしてるって、それだけで嬉しい)
尚人はキーボードの前に座り、ふと画面のフォルダを開いた。
そこには、過去にことりの投稿を参考にして描いた、
“コスプレ姿のキャラクターのラフスケッチ”が何枚かあった。
(もし俺が、コスプレするなら……)
そう思った瞬間、自分でも驚くほど自然に、その未来を想像していた。
【ふたりの、変わらないやりとり】
【ことり】
「そういえばさ、今度の週末、展示会またあるんだよ〜。行く?」
【尚人】
「行く!ていうか、それ絶対に姉ちゃん出るやつでしょw」
【ことり】
「ふふっ、バレたか。
でも今回は……こっそり覗くだけにしようかな。お客さんとして。」
【尚人】
「……じゃあ俺、もし姉ちゃんが出てたら、“いいね!”って言いに行くよ。
リアルで。」
【ことり】
「…それ、ちょっと反則じゃない?(笑)
でも、ありがとう。そう言ってもらえると、がんばれる気がするよ。」
ふたりの日常は、以前と同じようで、
でもどこか、お互いの“好き”に少しずつ踏み込める関係になっていた。
まだ“新しい何か”は始まっていないけれど――
心の距離が、ほんの少しずつ、やさしく縮まっていく。
それが今の、ふたりのペースだった。