11.そして、ふたりは向き合う ― 名前を呼び合う時
約束の日。
午後、少し肌寒い風が吹く中、尚人は約束の場所――川沿いの小さな公園に着いた。
ベンチの横には、大きな木と、小さな売店。
春の終わり、風が葉を揺らす音だけが聞こえる。
尚人は深呼吸をひとつ。
スマホを取り出して確認すると、メッセージが届いていた。
「ごめんね、ちょっとだけ遅れる。
もうすぐ着くから、ベンチで待ってて。」
彼はスマホをしまい、ベンチに腰を下ろした。
(ふぅ……来るんだよな、“ことり姉ちゃん”が。
でも、きっとそれだけじゃない。
今日は、“RINA”としての彼女にも、ちゃんと会う)
数分後、足音が近づく。
スニーカーの軽い音、風に揺れるスカート。
ふと顔を上げた先に、そこにいたのは――
――ことりだった。
ウィッグも、レイヤーメイクもない。
けれど、尚人がこれまで画面越しに見てきた“RINA_cos”の面影が、確かにそこにあった。
「…お待たせ」
ことりは、いつもの優しい声で言った。
でも、尚人は思わず言葉が詰まる。
「あ……えっと、その……」
「ふふっ、大丈夫。私のほうが、先に話すよ」
ことりは尚人の隣に座る。
少し間を置いて、柔らかく笑った。
「ずっとね、隠してたの。
でも、もうちゃんと伝えたくなったの。
私が“RINA_cos”だって。
SNSで、あなたとたくさん話してたこと、全部――嬉しかった。」
尚人の目に、涙が浮かぶ。
「俺も……なんとなく気づいてた。
でも、信じたくない気持ちもあった。
“こんなに近くに推しがいるわけない”って」
「でも、本当に近くにいたんだよ?」
ことりの声は、冗談めいてやさしい。
尚人は小さく笑いながら、頷いた。
「…姉ちゃんのこと、前よりもっと好きになったよ。
“お姉ちゃん”としても、“RINA”としても。
両方、俺の大事な人だって……今はちゃんと思える。」
「ありがとう……」
そう言って、ことりは小さな封筒を取り出す。
中には、手書きのカード。
「大切な人へ。
これからも、“好き”を大切にしてね。
誰よりも、その気持ちを応援してるよ。――ことり」
尚人はカードを受け取り、胸にそっと抱きしめた。
沈む夕陽が、ふたりの影を長く伸ばしていく。
風が、そっと吹いた。
でも、もう隠れる必要はなかった。
お互いのすべてを知って、認め合った、やさしい関係のはじまりだった。
(“好き”を共有できるって、こんなにあたたかいんだ)
尚人はそう思った。
そして、ことりもまた――
(弟であり、フォロワーであり、
わたしにとって、いちばん大切な存在)
静かに、手を伸ばした。
ふたりの手が、そっと、ふれた。