94.言葉で応えるには、まだ勇気が足りない ― 弟が悩む、優しさの返事
尚人は、スマホの画面を見つめていた。
@RINA_cos のコメント。
あの“におわせ”の言葉が、胸の奥でずっと余韻を残している。
「静かなカフェで向かい合って、
こんな話をしてみたいな、って思ってしまうことがあって。」
(あの人……本当に、俺に会いたいって思ってくれてるのかな)
胸が苦しくなるほど、うれしかった。
でも同時に、怖さもあった。
(まだ、名乗ることもできない俺が、
この“気持ち”に応えていいのかな)
スマホを握ったまま、返信コメントを書こうとしては、消す。
書いては、また消す。
「僕も、会って話せたら――」
× やめた。
それじゃあ、踏み込みすぎる。
「この距離も好きだけど、会いたい気持ちも、わかるような気がします。」
× あいまいすぎる。
ちゃんと、自分の気持ちをのせたい。
尚人は、ノートを取り出して、ペンを走らせた。
「“会ってみたい”って思ったこと、
実は僕も、ずっと前からあったんです。」
「でも、名前も顔も知らないままでいるからこそ、
ここまで素直に、言葉を交わせていたのかもしれないな…って。」
「それでも、
こうして想いを交わしているうちに、
“もし、どこかで出会えたら”って、思ってしまっている自分がいます。」
書き終えたページを、そっと閉じる。
(まだ、コメントとして送るには早いかもしれない)
(でも、“気持ちを返したい”って思えたことは、本当だから)
画面をもう一度見つめて、
一言だけをコメント欄に打ち込んだ。
「もし、そんな場所で会えたとしたら――
きっと、あなたはやっぱり笑顔で、優しく迎えてくれるんだろうなって、
ちょっとだけ想像してしまいました。」
ぽん、と投稿。
やさしくて、ほんの少しだけ“会いたい”がにじんだ言葉。
それは、今の尚人が届けられる、精一杯の返事だった。