91.心だけじゃ足りないと思った夜 ― 姉が願った“ほんとうの出会い”
あの返信を読んでから、
ことりの心はずっと、静かにあたたかかった。
画面を閉じても、
胸の奥に、彼の言葉がずっと灯っている。
「今日の“ありがとう”は、
僕の方からも、あなたに贈りたい言葉です。」
その言葉を思い出すたびに、
ぽっと胸の奥が、やさしくあたたかくなる。
机の上には、あの夜に書いた手紙。
誰にも見せないはずだった気持ちのすべてが、そこに詰まっている。
ことりは、それをそっと手に取った。
(“会ってみたい”って、思ってしまった)
目を閉じると、
彼がどんな人なのか、自然と想像してしまう。
優しい声。
丁寧なしぐさ。
そして、写真と同じような――
どこか包み込むような、あたたかなまなざし。
(言葉のやり取りだけじゃ、足りないって、
思ってしまったのは、わたしのわがままかな…)
(でも、
この想いが“本物”なら――
いつか、ちゃんと“言葉を声にして”伝えたい)
ことりは、手紙の最後のページに、
そっと小さく、ひとことだけ付け加えた。
「あなたに、いつか“ちゃんと”会って、
『ありがとう』って言えたらいいな。」
その一文を見つめて、
また少しだけ、胸が切なくなった。
でも――後悔はなかった。
(この気持ちは、“本当”だから)
スマホに手を伸ばし、
画面をなでるように見つめながら、
ことりは心の中で、そっとつぶやいた。
「trace_naoさん……
もしも会えたら、
わたし、あなたにいっぱい話したいことがあるの」