10.再会のまえに ― 心を整える時間
【尚人の準備】
あの夜、メッセージを送ってから。
ことりの「ちゃんと会おうね」という返信を見た尚人は、
胸の奥で、静かに――何かが決まったのを感じていた。
(姉ちゃんが、“隠さないで”って言ってくれた)
それだけで、どれほど心が軽くなったか。
でも同時に――自分も、もう隠せない。隠れられない。
尚人はノートを開いて、ひとつのメモを書き始めた。
それは、姉へのメッセージでもあり、
ずっと“推し”に伝えたかった気持ちでもあった。
「俺、いつも写真ばっかり見てたけど、
あなたの言葉が、どれだけ支えになってたか……気づくのに時間かかった。」
「それが、姉ちゃんの言葉だったなんて。
…たぶん、もっと前から気づいてた気がする。」
「でも俺、あの世界のあなたも、現実の姉ちゃんも、
どっちも同じくらい大切だったんだ。」
書いているうちに、涙がにじんだ。
でも、それは悲しさじゃない。
ただ、やっと――向き合える気がしたから。
(次に会ったとき、ちゃんと伝えよう)
【ことりの準備】
「ふぅ……」
ことりは、衣装ラックの前で腕を組んでいた。
これまで着たコスチュームの数々が並ぶ中。
ひとつ、あの“軍服”の衣装をハンガーに取り出して、そっと眺める。
(この衣装で、尚人に会うのもアリかもって思ってたけど……)
でも、今は違う。
“コスプレイヤーRINA”じゃなく、
“ことり”として、ちゃんと会いたい。
たとえ化粧もウィッグもなくても。
彼の前で素直に笑えたなら――
それがいちばん、強くてやさしい姿だって思えたから。
クローゼットの奥から、少しだけラフなワンピースを取り出す。
鏡の前に当ててみる。
「うん。これが、いまの私」
鏡の中の自分は、特別な衣装も、魔法のメイクもしていない。
でも――確かに、美しかった。
(尚人、ちゃんと会おうね。
お姉ちゃんじゃなく、“ことり”として)
【ふたりの夜、別々の空の下】
同じ時間。違う場所。
けれど、ふたりは同じ気持ちで空を見上げていた。
(あと数日。
きっと、大丈夫。だって――もう、隠してないから)
心の準備は、もう少しだけ必要かもしれない。
でも、それでも、進むって決めたから。