1.プロローグ ― それぞれの秘密、それぞれの夜
カレンダーをめくると、今日は偶然にも――「姉と弟が最後に会った日」から、ちょうど1ヶ月だった。
日曜日の夜。
弟・尚人は、薄暗い部屋の中でノートPCを膝に乗せ、ベッドに寝転がっていた。
画面に映っているのは、とある人気コスプレイヤーのSNSアカウント。
「RINA_cos」という名前で、どこか凛とした雰囲気の女性が、さまざまなアニメキャラに扮して投稿している。
「やっぱり、この人の衣装と表情、すごいなぁ…」
尚人は頬杖をつきながら、小さくつぶやいた。
日常では誰にも話せないこの趣味。
会社でも、友達にも、もちろん――姉のことりにも、言えるはずがない。
一方その頃、姉・ことりの部屋では――。
ちょうどウィッグを外したばかりの彼女が、スマホを手にソファへ腰を下ろしていた。
「ふぅ…今日の撮影、うまくいったかも」
SNSの通知欄には「♡いいね」が並ぶ。
その中に、見慣れたアカウント名がちらりと混じっていたような気がして、思わず指が止まる。
「…ん?このアカウント、たまにコメントもくれてるな。どこかで見たような……気のせいか」
ことりはスマホを横に置き、お茶をひとくち。
日常では誰にも話せないこの趣味。
会社でも、友達にも、もちろん――弟の尚人にも、絶対に秘密。
そして、数日後――。
ことりから尚人にLINEが届く。
「今週末、久しぶりにごはんでも行こうか?」
「うん、いいね。楽しみにしてる」
その週末、いつも通りの姉弟として。
何気ない会話のなかに、それぞれの“秘密”はそっと隠されたまま、交差していく。
でも、この物語は、少しずつ動き出す。
だって――
“推しのコスプレイヤー”が、“実の姉”だったなんて。
そして――
“SNSでいつもいいねしてくれるフォロワー”が、“実の弟”だったなんて。
ふたりはまだ、知らない――。