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翳りゆく、町

作者: 大浦 怪法
掲載日:2026/03/08

「はぁ・・・五年ぶりか・・・」

父は、プラットホームに降り立つと、伸びをしながら感慨深げに言った。

その顔には、三つ先の駅にある仕事場まで、片道二時間半の通勤時間を覚悟する表情が滲み出ている。

社宅から二時間、通勤時間の下見を兼ねての鉄道の旅だったが、やはり遠かった。


父はいそいそとプラットホーム際のフェンスに行き、東側の地に目を馳せた。

 東側の地は、線路から二百メートルくらい離れた、線路とほぼ並行に流れる川を境に、線路側の地と、川向こうの地に分かれている。

 線路側の地は、荒野のような広大な土地に未舗装の幅広の道が線路に沿って一本、

其処から五十メートルくらい離れて幅広の道がもう一本平行に走り、駅前を基点に、その二本の道を繋ぐように通る三本の縦の道に沿って、二十軒ほどの住宅が建っている。

北のはずれには、川と線路の高架橋が交差するところに、楕円形の皿をひっくり返したように土が盛られた丘があり、その丘を取り囲むように崩れかけた柵が見える。

「お父さん、あれは、なに?」

と言いながら、僕はあの丘を指差していた。

「あぁ、あれはな、坊主山と言ってな、他の家のご先祖の墓なんだ。」

「ふ~ん。」

僕には、あの丘だけが、陽炎のようにぼーっとして烟っているように見えたのだった。


 川向うの地は、道路に沿って葉桜茂る樹々が立ち並び、その合間合間に住宅が見える。

背後には小高い山々の連なりが川の手前まで低い稜線を繋ぎ、川は線路の高架橋と交差し、西側のさらに向こうへと流れが続いている。

北側と南側の二ヵ所に、車がすれ違いできるくらいの幅の橋が架かり、線路側の地へ繫がれ、二つの橋の真ん中あたりには、歩行者専用の幅狭の橋が架けられている。

 反対側の西側の地に目を移せば、北側から南側まで、緩やかな斜面に格子状に走る舗装された道路に沿って、盤上の駒のように住宅が建っている。

「ここに、越すぞ。」

父は、来る前から決めていたように言うと、母を振り返り見た。

社宅から一日でも早く抜け出したかった父にすれば、伯父から誘いはまさに渡りに船だったのである。

ましてや、その地が父の郷里であれば、尚更だった。

「・・えぇ、そうね、此処にね。」

母は、少し翳りある表情で返事をした。

「うむ。よし、行こう。」

 

 改札を出て、東側の地に通じる通路を歩き長い階段を降りていくと、父と五つ違いの伯父、慎一の姿があった。

「おう! 真吾、絹江さん、久しぶりだな。元気そうで良かった。雅人、大きくなったな。」

と、伯父は満面の笑みを浮かべて言った。

 七年前に某大手ゼネコンを辞めた伯父は、義伯母と川向うの地にある実家で工務店を営んでいる。

 伯父が目星を付けていた土地は、駅から七~八分歩いた道沿いにある、造成したての百二十坪ほどの土地だった。丁度、駅からあの丘との中間辺りに位置する場所である。

僕らは伯父の車に同乗して、候補地を下見しながら伯父の事務所に向かった。

駅前に建つ三十軒ほどの住宅の前を通り過ぎ、北へ進んでいく。

「どうだ、結構広いだろ。」

伯父は、候補地沿いに車を停めて言った。

「そうだね。確かに、広い。」

「しかも、整形地だからな。どんな家でも建つぞ。」

「うむ。それで、道路工事は、いつ頃入るんだい?」

「一年以内には入れるだろう。」

「一年か・・何か事情があるようだね。」

「うむ、実はな・・・」

と、伯父は話しはじめた。


 線路側の地の開発の目途が立った去年のはじめ、再び開発を請け負った大手ゼネコンが開発前の土壌質調査に入った。

土壌質調査は駅前周辺の住宅地を除く定点調査方式で行われ、どの地点でも土壌質に問題はなく、調査は進行していた。

ところが、終盤となり、坊主山に近い北側周辺の調査に入っていくと、古い人骨の一部や刀剣、鎧の端切れのようなものが十数点出土されたのである。

行政から調査を依頼された遺跡調査専門会社が出土品の年代鑑定をしたところ、五百年ほど前のものである事が分かり、行政から、調査のために工事の延期要請があったというのである。

地方の未開発地では何例かあるようだが、未知の古戦場遺跡の可能性があるため、一定期間、調査をしたいという事だった。

特に、遺跡調査専門会社の興味を引いたのが、線路側の地の坊主山周辺に限られ遺品が出土した事だった。

 十年前、西側の地の開発に入る前にも土壌質調査は行われたが、人骨や装具の類は出土しなかった。

駅前周辺の開発に入る前に土壌質調査を行った際にも、出土することはなかったのである。

遺跡調査専門会社は、坊主山も調査の対象とするよう行政に要請したが、坊主山は地元名士の先祖の墓ということを理由に、検討すらされず却下されたという。

 こうして、調査は坊主山と駅前周辺の住宅地を除く線路側の地とし、二年の期間、開発工事は中断されたのである。

但し、坊主山を基点に南側へ0.3km以内区域以外については、事前届け出申請によって戸建て住宅の建築は認められたのだった。


「でも、坊主山の周辺だけに古い人骨の一部や刀剣やらが出るなんて、不思議だよね。」

「確かにな。だが、調査に入ってかれこれ一年余りになるが、土壌質調査時の発掘以来、ほとんど出ないらしいからな。

俺は、余り歴史には詳しくはないんだが、五百年前というのは、戦国時代に入った頃だろう?

戦国時代の古戦場だったとしたら、古い人骨や刀剣の類がそれなりに出るんじゃないか。

不思議なのは、その頃といえば、この辺りはだだっ広い野っぱらか畑だったろうに、坊主山周辺だけに出るわけだからな。何か薄気味悪ささえ感じるな。」

「そうだね。でも、古戦場だった可能性はあるわけだよね。」

「うむ。遺跡調査の専門家は、古戦場ではなかったと断定はできない、とも言っていたからな。」

「そう言えば、中学生くらいの頃だったか、此処は古戦場だったという噂を聞いたことがあったな・・・。」

父は記憶を辿るように言った。

「ふむ、俺が大学に入る少し前頃だったかな・・確かに、あった、な・・・」

伯父はそう言いながら、何か思い当たったような表情を見せた。

「何という名前だったかな・・此処が古戦場だったと言って、何十年も研究している郷土史家がいて、こっちで仕事を始める前に自治会長に挨拶に行った時、その郷土史家が書いたパンフレットを渡された覚えがある。

年に何回か郷土史研究の会合をやっているとかで誘われたんだが、俺は余り興味がなかったから行ってはいないがな。」

僕は、この伯父と父の会話を聞いて、この郷土史家に興味を持ったのだが、母も、同じように興味を持ったらしい。母の表情が、一瞬変わったのだ。

「その郷土史家の人は、西側に住んでいるのかしら?」

と、母は話に入って言った。

「うむ、確か西側の住人だったな。絹江さん、郷土史に興味があるのかい?」

「えぇ、ちょっとね。」

母はそう言って、微笑みを作った。

「そうか・・西側の公民館に行けば、誰だか分かるかと思うよ。

今でも、公民館で会合をやっているようだからね。公民館は駅前にあるから、すぐに分かるよ。」

「そう、ありがとう。」

「自分の故郷が古戦場だったか、そうではなかったのか、興味あるところだけれど、いずれにしても、調査が早く終わって、工事がはじまるといいんだがな・・・。」

父は、独りごとのように言った。

「なぁに、もうしばらくの辛抱だ。工事が終われば、銀行や郵便局、コンビニやら何やら、生活に便利な施設ができてくる。二、三年の内には、見違えるほどの町になるさ。

絹江さん、しばらくは不便な思いをするかも知れないが、工事が終われば住みやすくなっていくから。」

「ううん、そんなこと。でも、ちょっと贅沢かも。」

「贅沢? いいや、今が買い時ってことだよ。」

伯父がにこやかに返す中、僕はフロントウィンドー越しに、ぼーっと烟るあの丘に見入っていた。此処から見ると、崩れかけた柵の様子がよく分かる。

隣りの母も、坊主山の様子をじっと見ているようだった。

「雅人、どうした? 何か気になるのか?」

伯父は、バックミラー越しに言って、僕の視線の先を追った。

「・・ああ、あの丘は、この辺りじゃ、坊主山と言われていてな。」

「ごぜんぞのおはか、なんだよね?」

「うむ、そうだ。他所の人のご先祖のお墓なんだよ。」

「・・こふん、みたいだね。」

僕には、幼稚園で見た古代史の絵本にある、古墳と同じように見えたのである。

「古墳だって? 雅人、良く知ってるな。」

父が振り返って言い、母はにっこりと微笑んだ。

「はっははは・・そうだな、確かに古墳みたいだな。」

伯父は高笑いしながら言った。

 その時、だった。

 ぼーっと烟る坊主山の中で、何かが微かに蠢いている光景が、見えたのだ。

『はっ!』

だが、見えたのはほんの一瞬だった。

「雅ちゃん・・・」

母の囁くような声も、僕には聞こえない。

「よしっ、早速、打ち合わせだ。お望み通りの家を、建ててやるからな。」

伯父が上機嫌に言うと、父と母は笑顔を返した。

僕は、伯父の溌溂とした声で我に返った。


 伯父の自宅兼事務所は、南側に架けられた橋を渡って、川向うの葉桜並木を過ぎたすぐのところにある。

義伯母の佐和子さんが出迎えてくれ、父と母は義伯母とにこやかに挨拶を交わし、義伯母は僕の顔を見て、にこっとした。

「それで、着任はいつなんだ。」 

伯父は、事務所の黒いソファーに坐るなり言った。

僕ら三人は、ガラスのテーブルを挟んで伯父と対面に坐る。

「来月の十日だよ。」

「そうか。通勤に二時間くらいか?」

「正味、二時間半くらいかな。」

「二時間半か・・まっ、こっちに越してくるまでの辛抱だな。」

「まぁ、そうだね。」

「ふむ。それにしても、あんな、でかいショッピングセンターの責任者とはな、大した出世じゃないか。」

「違う、違う。責任者は別の人だよ。俺は、ショッピングセンター内にある店舗の店長だよ。」

「そうか? 同じようなものなんじゃないのか、はっははは・・・」

 伯父の笑い声からはじまり、次から次へと淀みなく、話題は尽きず、部屋中に響く笑い声は、仲の良い兄弟犬が吠え声を上げながら、ジャレ合っているようだった。

 

 伯父の家は建坪五十坪ほどの総二階の建物で、一階が住居を改装した事務所、二階が叔父夫婦の住まいだ。

母屋の隣は、建築の道具や機材が置かれている三十坪ほどの倉庫。

母屋には、伯父と父二人ともが大学を卒業し都心の企業に就職し家を出た後は、祖父母二人で住んでいた。

だが、祖父が七十歳の声を聞いて間もなく突然の病で亡くなり、祖母は自宅で一人きりになってしまう。

 いずれは郷里で工務店をと考えていた伯父が、二年後を目途に工務店を立ち上げる決心をしたのは、祖母が一人きりで暮らすことが気掛かりだったからである。

伯父が郷里での工務店の立ち上げを義伯母に相談すると、義伯母は快く賛成してくれたそうだ。

祖母に話した時には、涙ぐみながら喜んでくれたという。

 立ち上げまで二年の間、伯父は、郷里に通い、関係業者への挨拶回りや、職人の手配等の足場固めに動き、義伯母は、専門学校に通い、インテリアコーディネーターの資格を取った。

こうして、工務店を立ち上げて七年が経った頃には、施主の意向を尊重し誠実に丁寧に仕上げてくれるという評判が定着し、家を建てるなら神代さん、と言われるまでになったのである。

 伯父夫婦が工務店を立ち上げてからは、出入りする職人の世話や、施主、取引業者の接待を甲斐甲斐しくやっていた祖母。

そんな優しく社交的な祖母だったが、伯父が工務店を立ち上げて二年後、病気で倒れて入院してしまう。

半身麻痺が残りほとんど寝たきりになってしまった祖母が、自ら望んで隣町の介護施設に入所したのは、伯父夫婦に負担を掛けまいとする祖母の親心だった。

 この家は、伯父と父が、両親のぬくもりを感じながら育った場所だった。

 この家のあちらこちらに、祖父母が神代家を護り継ぎ、懸命に働き、伯父と父を育ててきた証があった。それを今、伯父夫婦が引き継いでいる。


 僕は、事務所の中をぐるっと見渡していた。

奥の台所で、湯を沸かし、茶を淹れている義伯母の姿がある。

上の方に目をやると神棚があり、神棚の横に、年配の男の人の写真が飾られている。

その写真に、僕は見覚えがあった。

僕が幼稚園に通いはじめた頃に、母に見せられたアルバムの祖父の写真だった。

 神棚の右隣りには、艶のある黒色の額縁が飾ってあり、

三匹のオタマジャクシが追っかけっこしているような丸い柄紋様と、その下に神代工務店と黒字で書かれた金色の色紙が入っている。

これが、三つ巴という神代家の家紋であることを、僕は後で知った。

 伯父と父にお茶を配膳し終えた義伯母が、隣のテーブルに湯飲み茶わんとコップがのった盆を置いて、手招きする。

義伯母は、母の前には湯飲み茶わん、僕の前にはコップを置いた。

「はい、どうぞ。雅ちゃんは、オレンジジュースね。」

「ありがとう。」

母は湯飲み茶わんを取ってすすり、僕はグラスを両手で取って一口飲んだ。

「あの二人、話が盛り上がっちゃって、いつ打ち合わせがはじまるのか分からないわね。」

義伯母は、ひそひそと言った。

「ふふふっ、お義母さんの入院以来だから、五年ぶりね。積もる話があるのよ。きっと。」

母は皮肉っぽく言った。

「そうね。まっ、仕方ないか。」

と言って、義伯母はお茶を飲む。

「・・ところで、お義母さんはどう? 変わりない?」

「えぇ。変わりないわよ。」

「ごめんなさいね。なかなか来れなくて。いつも、気になっているのだけれど。」

「大丈夫よ。お義母さんは、真吾ちゃんたちが元気やってくれていたらそれでいいと思っているし、私たちも、気持ちは同じよ。

それに、こっちに越して来たら、いつでも会えるじゃない。」

「うむ、そうね。本当に、ありがとう。」

母が言うと、義伯母は笑顔を返し、僕を見る。

「それにしても、雅ちゃん、大きくなったね。五年前に会った時は、こんなに小さかったのにね。」

義伯母は床から、自分のお腹の高さくらいに手を上げて言った。

「えぇ、来年の四月から小学生よ。」

「そっか、雅ちゃん、一年生になるんだ。」

義伯母はくすっと笑いながら、テーブル越しに僕の右頬を人差し指でつんとした。

僕は、えへっとして笑顔で返した。

と、その時、事務所のインターフォンが鳴った。

「来たようだわね。そのまま待っててね。」

そう言いながら、義伯母は席を立った。

義伯母は、玄関先で訪問者と二言三言話すと、風呂敷に包んだものを抱えて二階の住まいに上がっていった。


「そろそろ、お昼食をいただきましょうか。」

義伯母は言いながら、二階から降りてきた。

「おぅ、飯だ、飯だ、二階へ、二階。」

と、伯父は手招きしながら言うと、父はいそいそと二階に上がって行く。

母と僕は、義伯母に付いて二階の住まいに上がった。

「三年前に、リノベしたのよ。」

 

 二階の住まいは、三十畳ほどの広さのリビングを囲んで、北側にオープンキッチン、その前にダイニングテーブル、右回りに南側にかけて、浴室・洗面所、トイレ、伯父夫婦の寝室、クローゼット、六畳の洋間と八畳の和室がある。

八畳の和室は、祖母が居た部屋だった。

南側の壁面にはテレビとオーディオセットがあり、その前には、淡いグリーンの丸いラグが敷かれ、同じグリーンの三人掛けのソファーが置いてある。

全体に淡いグリーンを基調にしつらえられた空間に、僕は何とも言えない心地良さを覚えた。


「あぁ、いいわね。すごく、落ち着くわ。」

と、母が溜め息をつくように言うと、義伯母はにこっと笑顔をつくった。

 皆でダイニングテーブルを囲み、お茶を飲み、寿司を頬張りながら、伯父と父の昔話は一向に衰える気配を見せなかった。

僕は、義伯母が取り分けてくれた、玉子やイクラ、かっぱ巻きなどを食べながら、伯父と父の様子を見ていたが、二人の話は切れ目がなく、放っておけば、あと何時間でも、話し込む威勢だった。

 義伯母が、

「さぁ、そろそろ、打ち合わせをはじめませんか。」と、

半ば呆れ顔で言って、伯父と父がようやく腰を上げた時には、午後三時近くになっていた。

結局、その日は、主だった家具や調度品、家電製品は新調すること、吹き抜けの構造でバルコニーがあることや外壁と屋根の色ぐらいしか決められなかった。

 それから毎週日曜日、僕ら家族は、伯父の事務所に通って打ち合わせをすることになった。

 着任してからというもの開店準備の仕事に忙しい父は、打ち合わせを途中抜けし、仕事場に向かうということが度々あった。

「俺が居ないところで勝手に決めるなよ。」

と母に言い残して、父は仕事場に向かうのだが、結局、母が決めたことに従うのである。

屋根の形とバルコニーの形状を決める時も、そうだった。

父は、見映えのいい片流れ屋根に南側に広いバルコニーにこだわったが、方形の屋根に南東から北側に回り込むアーチ状のバルコニーを造りたかった母は、

「南側ならば日が照って洗濯物が乾きやすいし、横に広ければ、洗濯物とお布団の同時干しに都合がいいのよ。」

と、主婦ならではの理屈まで繰り出して、

広々したバルコニーで夜空の星を見ながらバーベQで一杯、などという安直な父の意見を押し切ったのである。

 義伯母は、いつもにこにこして父と母の論戦に耳を傾けながらも、

「パパとママはなかなか決まらないようだから、雅ちゃん、先に決めちゃおっか。」

と、僕に耳打ちし、子供部屋の内装や、ベッド、勉強机等の家具や調度品のカタログを見せながら僕が分かるように説明し、

僕が「これ、これ・・・」と、指差して選んだものをマークしていった。

そして、義伯母は、

「雅ちゃんは、これが良いって選んだよって、おばちゃんからパパとママに伝えておくからね。」と言って、いつも、僕の頭を愛おしそうに撫でるのだ。

 こうして、母主導の打ち合わせも八月中旬には終わり、我が家は、九月上旬に地鎮祭、九月中旬には建て前の日を迎える運びとなったのである。


 我が家の完成を一番待ちわびていたのは、父だった。

 伯父が、「いつ来てもいいぞ。」と言ってくれたのにかこつけて、毎週日曜日に、我が家の建築の進み具合を、自分の目で確かめに行くと言い出したのである。

だが、財布のひもをしっかり握っている母は、三週間に一度と譲らなかった。

そして、母は、視察を終えた後は、祖母に面会に行くことを父に約束させたのである。

母は、打ち合わせで通っていた際に、祖母の面会に行けず仕舞になった事を気にしていた。

父は、行ける時に行けば良い、などと軽く考えていたが、母はそうではなかった。

母は、この機会に面会に行くと決めて、三人で祖母の様子を見て置きたかったのである。

 

そうして、祖母を訪ねたその日―

 祖母は、思いのほか元気だった。

「おぅ、おぅ、よく来てくれた。」

と、はっきりとした口調で言いながら、この上ない喜びの表情を見せる。

そして、掛け布団を左の腕で捲り上げ、ベッドの横に立った、僕の頭を、身体を、何度も何度も撫で擦りながら、涙をこぼすのである。

父は言葉少なに祖母の右手を握り、母は深い安堵の表情を見せていた。

それから、僕は、この地に引越してきたからも、月に一度は、母と一緒に祖母に会いに行くようになった。

 

 建て前から三カ月ほどが過ぎた頃、四回目の視察に行った時だった。

回廊に繋がる階段が完成し、三尺幅の回廊が、双方向に全周の四分の一くらい通されていた。

日曜日にも関わらず、数人の大工さんがリビングの各部屋の建付け作業に入っていて、二人の業者さんが、回廊のリフトの製作に取り掛かっている最中だった。

 フロアから吹き抜けの天井の梁に掛けて設置された支柱に、真ん中が支柱の太さに合わせくり抜かれた回廊の同じ材質のリフトがフロアに着けられ、若い職人さんが、配線取りの作業をしていた。

「おっ! これがリフトか。」

と、父は興味深々に、年配の職人さんに声を掛けた。

支柱の上に取り付けたモーターに繋がれたチェーンが駆動し、リフトを上げ下げする仕掛けだと、年配の職人さんは言った。

「もう四十年この仕事をやってきて、いろんな現場を見てきているけどね、一戸建てで、吹き抜けの天井を一周する回廊ははじめてだよ。しかもリフト付きとはね。洒落てるね。」

と、年配の職人さんは感心しきりに言う。

 

 回廊は、もともと母が言い出した事だった。

 何回目かの、打ち合わせの時だった。

「回廊が、あるといいわね。」

と、母が唐突に言った。

「回廊?」

と、父はそう言って少し考え、

「うむ、面白いかもな。」

と返し、簡単に決まったのだが、これは、母の特別の、そして大切なこだわりだったのだろう。

「ほぅ、回廊か。」

伯父は二人の会話を聞いて、早速、ノートに回廊のイメージイラストを描きはじめた。

 翌週に打ち合わせに行った時、伯父は、父と母に回廊を入れ込んだ図面を見せた。

 図面では、バルコニーに通じる階段を上がると回廊につながり、其処から吹き抜けの天井に沿ってぐるっと廻れるようになっていて、回廊の上がり口の近くの壁面にいくつかの収納庫が設けられていた。

「兄さん、これは何だい?」

と、父は図面上にマス目状におとされた箇所を指差して言った。

「それは、リフトだ。」

「えっ、リフトだって!」

父は目を丸くして言った。

「うむ。荷物を上げ降ろしする時に便利だぞ。使わない時は、回廊に収めておけばいいんだ。」

「こりゃぁ、便利だ!」

父が大喜びしている傍らで、母はびっくりした顔をしている。

「いやいや絹江さん、気にしない気にしない。これは、俺たち夫婦からの新築祝いだよ。」

察しの良い伯父がそう言ってにっこりすると、義伯母もにっこりとして頷いた。

僕は、この回廊に上がる事が、楽しみになった。

 

そして、五ヵ月以上が過ぎ―

 その日は、数人の職人さんが休日を返上して、母が選んだシステムキッチン一式と、父と母二人で選んだ風呂場の浴槽の据え付けの真っ最中だった。

母は、最新のシステムキッチンを見て目を輝かせ、父は大きな浴槽を見て感嘆し、空浴槽の中に入って一人悦に入っていた。

見るからに嬉しそうな父と母に向かって、職人さんは言った。

「明後日の火曜日には、ライティングデスクや書籍棚、二段ベッド、勉強机などの家具や調度品、家電品が運ばれて来て、木曜日か金曜日には据え付けが終わりますよ。」


 こうして、着工から半年後の三月中旬、我が家は完成した。

 誇らしげに建つ、我が家。

「これが、我が家か。」

父は嬉しそうに言った。

母は、傍らで、

「そうね。」と言って、微笑んだ。

観音開きになる大きく白い玄関扉、グリーンの屋根に淡い紫色の外壁、真っ白くつやつやのサッシ、リビングにある、大きく開放的な窓や洒落たステンドグラスを配した三角の出窓、

南東から北側に回り込むように造られた、アーチ状のバルコニーが目の前にある。

伯父は、父に家の鍵を渡す時、

「我が神代工務店が手掛けた最高傑作だ。」

と、自慢げに言った。

「ありがとう、兄さん、義姉さん。」

と、父はしみじみと言った。

母は父の隣で、「ありがとう。」と言って、頭を下げる。

伯父と義伯母は、笑顔で、ただ黙って頷く。

 我が家を手掛けた伯父夫婦に、儲けが入らないどころか、かなりの持ち出しがある事が分かっていた父と母は、身内から儲けようとしない伯父と義伯母の心意気に、感謝の気持ちで一杯だったに違いない。

「よし。じゃぁ、引っ越し日が決まったら教えてくれよ。」

伯父はにこりとして言って、義伯母とともに、手掛けている現場に戻って行った。

 父は、ゆっくりと玄関に足を運び、扉を開けた。

「さぁ、入るぞ。」 


 家の中にも、こだわりが詰まっていた。

 父と母がこだわった梁がむき出しの吹き抜け天井と南側にある大きく開放的な窓、

北側にはアンティーク調の対面式システムキッチン、

北側から東~南側にかけて、浴室と洗面室、トイレット、そして一目置いて父と母の寝室、収納庫とつながり、

西側は、玄関側から客間、クローゼット、父の書斎、僕の部屋に仕切られ、客間にはシングルベッドと化粧台、半畳分の収納庫、父の書斎にはアンティーク調のライティングデスクと書籍棚、僕の部屋には樫木の二段ベッドと勉強机と洋服箪笥が置かれる。

 そして、回廊。

 父と母と僕は、早速、出来上がった回廊に上がってみた。

「こりゃぁ、最高だ! 夜には星が観れるぞ。」

父は破顔一笑。東西南北にたたみ半畳文の天窓があって、そこから空が見通せる。

早速、父は、社宅を引っ越す前に、寝そべれるリクライニングチェアを買い込んだのである。

 父が、リフトの上げ下げ試しをしている間、僕は、『危ないから走っちゃだめよ。』という、母の言葉を聞かず、回廊をバタバタバタ・・・と駆け足で走り出した。

 一つ目の角を、曲がろうとした時だった。

隅っこに、高さが一メートルくらいの黒色の三角柱の木箱があるのに気が付き、僕は、はたと立ち止まった。

見れば、木箱の表面には、何かの文字のような、模様のようなものが彫られている。

回廊をぐるっと回っていくと、同じ木箱が、三つの隅っこにも据えられている。

後追いしてきた父も木箱に気が付き、母に訊くと、

「慎一さんの仕事仲間の建具屋さんに、造ってもらった収納箱よ。」と、返した。

「あの模様は、何か意味があるのかい?」

父が言うと、

「この新しい家で、みんなが幸せに暮らせるように、ちょっとした御呪いよ。」

母は、そう言って微笑んだ。

 父は、一日中、出来立てホヤホヤの我が家を見ていたい様子だったが、そんな父の心情を見抜いた母に促されて、その日は引き上げた。

 こうして、三月下旬、トラック一台分の引っ越し荷物と一緒に、僕ら家族は、意気揚々とこの地に越してきたのだが・・・。


 新築、引っ越し祝いを済ませ、新居での生活がはじまると、僕ら親子はすぐさまこの地の洗礼を受けることになる。

とにかく、この、土煙粉塵。

 風の強い日は砂漠の中の町さながらに粉塵が舞い、電信柱、電線、道路標識、生垣、樹木等、ありとあらゆる存在に厚ぼったく埃化粧を施し、毎日の洗濯物を干すのも一苦労、ちょっとでも雨が降ればレインシューズを履かなきゃ出かけられない、という有様だった。

 母は、はじめのうちはさすがに困惑した様子を見せてはいたが、

そこは、いつもポジティブな母の事、

「恙なく暮らせることが、なによりの幸せ。」と、

埃まみれになった玄関やベランダ、窓枠などを散水機でこまめに掃除し、

小さな洗濯物はリビングに簡易物干しを置いて干し、大きな洗濯物は回廊の手摺にロープを張って干し、日用品は一週間に一度、隣り町の大型スーパーまで行ってまとめ買いし、

小学校一年生になった僕を、一緒に登下校する他の生徒がいないから心配と言って、線路向こうの西側の地域にある学校まで、片道一.二キロの道のりを一日二往復するという生活を、苦もなくこなすようになったのである。

 父は、さすがに最初のうちは文句の一つも言っていたが、そのうち、埃で黒革靴が真っ白になろうが、雨の日は泥でレインシューズが真っ黒になろうが、平々と仕事場と家を往き来するようになった。

 僕はといえば、晴れの日は、土煙が立つようにわざわざスニーカーをずって歩き、雨の日は、レインシューズで泥土をこねくり回してぐちゃぐちゃにし学校に通うという、悪戯ぶりだった。

 母は、言う事を聞かない僕の悪戯行状に堪りかね、眉をひそめて、

「校舎に入る前に、靴は叩いて、レインシューズは外の水道で洗って下駄箱に入れるのよ、いいわね、分かった!」

と、母が学校の門前で強面で言った時は、僕は、しばらくは大人しく学校に通ったのである。


 そんな日常の暮らしの中、ある日のこと―

 時折、風がひゅーっと吹く、よく晴れた日のことだった。

 僕は、小学校から帰る道すがら、いつになく母の手をぎゅっと握りしめていた。

 誰かが、ふっと、息を吹きかけたような風が僕の頬を掠め、粉塵が、僕の目の前、そして母の腰上あたりで舞った、丁度その時だった。

ずんぐりとしてぼうぼうとささくれ立った『椰子の実』のような物が、どこからともなく現れ出でて、風に玩ばれる回転草のように、道端を転がりはじめたのだ。

そのあとから、粉塵が帯状の筋となって、椰子の実をカムフラージュするかのように、包み込みこんでは追い立てる。

風の勢いが急に滅すると椰子の実は転がりを止め、角の丸いサイコロようにゆらゆら揺れていた。

「お母さん、あれ、な・・・」

僕は椰子の実を指差しながら、口をあんぐり開けていた。

「どうしたの? 雅ちゃん。」

母が辺りを見渡しても、それは、既に消えていた。

「何でもないわ。お家に帰るわよ。」

母は何事もなかったように、にこりと笑顔をつくった。

母には見えなかったのだろうか、あの、陽炎のようにめらめらとした、

白目を剥いた『生首』が。

 

その次の日、だった。

 突然、絵本で見た鎧武者が僕の目の前に姿を現わしたのである。

だが、その鎧武者には首が無かった。

僕は悲鳴を上げ、咄嗟に母にしがみ付いた。

母はその場で立ち止まり、震える僕をギュッと抱き寄せ、

「大丈夫よ。さぁ、帰りましょう。」

と、何気なしに言う。

恐る恐る目を開けて辺りを見ると、首のない鎧武者は消えていた。

 それからというもの、首のない鎧武者は、僕が行く所どこにでも姿を現わすようになったのである。

 

 それ以来、僕は、一人で外出しなくなった。いや、一人で外出出来なくなったのだ。

学校へ行く時は勿論、何処かに出掛けるにしても、いつも母と二人。

 ただ、僕の目の前に現れるのは、首のない鎧武者ばかりではなかった。

人の死に出くわしたり、人の死を知った時、生前のままの姿をしたその人が見えることがあった。

そして、まだ生きているはずなのに、その人の姿が目の前に現われることも・・・。

母は、心配げな眼差しで僕を見るだけで、何も言わない。

父とは、たまに休みで家にいる時でも、ほとんど会話らしい会話をした事がなかった。

 そんな父が、今度はシンガポールにある、自社傘下の大型ショッピングセンターのゼネラルマネジャーとして赴任することが決まった時だった。

「雅人、友達とは、上手くやれているのか。勉強ができるだけじゃ、上手くいかないぞ。

何か、自分が夢中になれる事を見つけるんだ。

それが、友達の感心を引く事にもなるからな。」

と、父は言ったのである。

 父は、常日頃から、僕の学校生活の様子を気にしていたのだ。

 父からみれば、僕は、学校に行っている時以外はいつも家に居るし、休日に、遊園地でも他の何処へでも、父や母に連れて行けとせがみもしない、子供らしくない子供だったのだ。

 僕は、ただこう言っておくしかなかった。

「大丈夫だよ、心配しなくっていいよ。」

僕が言うと、父は僕の肩に手を添え、そうか、そうかと言って微笑んだのである。


 二週間後、父は、シンガポールに発った。

ショッピングセンターの店長の任についてまだ一年、

父は、今度は、きちっと正面を向きにこりとして、

「六、七年で戻ってくる。その後は、本社務めだ。分かっている。決して無理はしないし、毎年、夏休みには帰ってくるから。」

と言って、一先ず母を安心させたのである。

 

 奇妙なことに、首のない鎧武者は、学校に居る間は現われることはなかった。

 ところが、僕が二年生に上がった頃からだった。

それが、学校でも現われるようになったのである。

 教室、廊下、階段・・・所かまわず、首のない鎧武者は現われる。

いきなり階段の踊り場に、おぞましい姿をさらけ出したかと思えば、

下駄箱の上で仁王立ちしていたり、僕の後を付けて現れては消え、消えてはまた現われるという態様を繰り返す。 

ある日の、国語の授業中の事― 

教壇に立つ先生の背後に、ボロ衣のような鎧直垂にほころびだらけの鎧をまとい、

左目を潰され顔中血だらけの、何ともおぞましい別の鎧武者が現われたのである。

 僕はびっくり仰天し、

『ぎゃぁー!』と、大声で叫びそうになるのを必死に我慢し、

心臓をバクバクさせながら、『消えろ、消えろ、消えろ・・・』と、心の中で何度も言い続けたのである。

 しばらくして目を開けてみると、鎧武者は消えていた。

周りを見ると、皆、真剣に先生の話に耳を傾けている。

僕は、ほっと、安堵の息をついた。

この出来事以来、僕は四六時中びくびくしながら、心が休まる事の無い学校生活を強いられるのである。

それでも、僕は登校拒否にはならなかった。

登校拒否になれば、一番悲しむのは母、母を悲しませるわけにはいかない、僕はそう思い、必死で学校に通ったのである。

だが、そういう僕を、さらに精神的に追い込む事態が起きる。

 

一学期の最終の登校日だった。

二学期から集団登下校を徹底するように、学校から母あてに連絡があったのだ。

その頃、他の地域で、一人下校中の児童が不審者に襲われ怪我をするという事件が起きていたのである。

「仕方がないわね。」

母はそう言いながら、心配げに僕の顔を覗き込む。

「大丈夫だよ。」

僕は心ならずも強がりを言った。

こうして、僕は、近所の家の子たち四人と、学校に通う羽目になってしまうのである。

 

四人は、道沿いに建った六軒の内の四軒の家の子たちで、班長は五年生の子、他の三人は僕と同じ二年生だったが、別のクラスだった。

 僕が、遅れ足で身構えながら歩いていると、今度は顔面蒼白の鎧武者が、突然、僕の目の前に現われる。

僕が生け垣の傍まで逃げると、今度は生け垣の向こうに現われる。

僕がぎょっとした瞬間に消え、またすぐに前を歩く四人の横に現われ、そして消える、これを繰り返す。

 その四人は、僕が急にぎょっとした顔をしたり、急に歩みを止めて立ち尽くしたりという姿を見て、

『何なんだあいつ、変な奴。』という、まだその程度で済んでいた。

だが、どうにも居たたまれず、その場から脱兎のごとく走り出し、そのまま学校に駆け込んだことがあった。

その事がクラス中に知れて、『かけこみがえる』などと揶揄われ、変人扱いされるようになったのである。

登校し教室に入る度に聞こえる、くすくすという笑い声。

机にチョークで、『へんじん』、『かけこみがえる』などと書かれたことも、一度や二度ではない。

僕は、どうしようもなく落ち込み、学校に行く気力を失いかけていた。

僕は無言で帰宅し部屋に入ったきり、ベッドにもぐり込み悶々としていても、母は、一、二度、僕の部屋の扉を開けて様子を見るだけで黙っている。

僕は、何処にも身の置き所が無い気がして将来をも悲観し、『もう、どうにでもなれ!』と、捨て鉢になってしまった。


 ・・・と、扉が開く音がする。

「雅ちゃん、ご飯よ。」

母は、普段通りの口調で言った。

「今は、食べたくない。」

僕は、布団の中で、ぶっきらぼうに言った。

慰めの言葉一つかけてくれず、知らんぷりしている母を、恨めしく思ったのである。

「そう・・・食べたくなったら、来なさい。」

母は怒りも驚きもせずといった口調で言い、静かに扉を閉めた。

 

・・・悶々として時間は過ぎ・・・腹の虫はグー、グーと鳴り続け・・・一晩中こうしててやる、学校も休んでやる、と意地を張り続けて数時間・・・

僕は、ふっと、至極、当たり前のことに気が付く。

死霊は僕にしか見えず、他のクラスメイトには見えない。僕以外には、誰も見えないのだ。

第一、今まで、死霊に、悪さをされたことだってないではないか、と。

皆が僕を変人扱いするのも、僕が、他の誰にも見えないおぞましい鎧武者が見えて、独りよがりに恐がる姿を見せるからだと・・・。

 だが、彼奴等が目の前に現われれば、それだけで足が竦み震える僕が、どうやったら、彼奴等と正面きって、向き合う事が出来るようになるのだろうか・・・と、不安に苛まれ、

学校に行けば、また、クラスメイトに揶揄われる・・・こんな事が、一生続くのか・・・などと、ただただ、考えが悪い方に傾き、落ち込む一方だった。


『ダメだ・・どうしよう・・・』

と、諦めかけた時だった。

『自分が夢中になれる事をみつける・・・』

という、あの父の言葉・・・


「はっ・・・」

僕は、掛け布団をよけて起き上がっていた。徐にベッドから降り、扉まで行く。

扉を少し開けキッチンを覗き見ると、シンクの前に立つ母の後姿が見える。

キッチンテーブルまでとぼとぼと歩き、バツが悪そうに椅子に坐る。

テーブルには、僕の好きなトンカツ、そして、ポテトサラダが並べてある。

「起きたのね、雅ちゃん。」

母は背中を見せながら、普段と同じように言い、茶碗を取ってご飯をよそる。

「トンカツは温めてあるから、冷めないうちにね。」

と言って、母は湯気が立つご飯茶碗を、僕の前に置いた。

「う、うん。」

僕はトンカツを一切れ箸で取り、口に運ぶ。いつもと同じように柔らかくて美味しかった。

母は何も言わず、僕が食べる姿を優しい眼差しで見ている。

母に当たっても仕方がない。僕は、心の中で母に謝っていた。

この忌々しい能力と、どう向き合って生きていくかは、自分で決めてやるしかない、僕は子供ながらにそう思ったのである。

「ねぇ、母さん。明日一緒に本屋さんに行ってくれる? 欲しい本があるんだ。」

いつもと変わらない母の姿に気持ちがほぐれ、僕は言った。

「うん、いいわよ。学校で、待ち合わせする?」

「うん。」

「じゃぁ、下校時間に門で待っているわね。」


 翌日、母に昆虫図鑑を何冊か買ってもらうと、僕は、その日から読み漁った。

読めば読むほど、湧く疑問。その度に、図鑑や本は増えていった。

学校帰りに、町の図書館にも通った。

机に、何冊もの図鑑や本を広げて調べ、必要な所をノートに書き写すうちに、ノートは何冊にもなっていた。

 

僕が行く所、何処にでも現われる鎧武者。

路上でも、本屋でも、図書館でも・・何処にでも、僕の目の前に、背後に現われ、付きまとうのである。

 最初に、図書館に入ろうとした時である。

図書館に入るのを阻むかのように、入口にあの鎧武者が立っている。

僕はびっくりして、咄嗟に足を止めた。

図書館に入っていく人たちが、棒立ちしている僕を見て、

『この子はどうして中に入らないのだろう』と、不思議な顔をして、僕の傍を通り過ぎていく。

その時、僕は、鎧武者を、ギッと睨みつけていたのである。

そう、いつも目を伏せ縮こまり震え、逃げていた僕が、脚を震わせながらも、睨みつけていたのだ。

それからというもの、鎧武者が目の前に現われる度に、目を逸らさず、睨みつけてやった。

そうして、二カ月、三カ月が過ぎ、

何度も、何度も、何度も、何度も・・・睨みつけているうちに、彼奴等は、呻き声を上げて消えるようになったのである。


 僕は、しゃにむに昆虫について学習し、昆虫の種類や分類はもちろん、その生息域、習性など、様々な知識を身に付けていった。

 通学の時でも、四人の後ろを歩きながら、地を這う昆虫や生け垣にとまる昆虫を見つけ、身に付けた知識と照らし合わせる。

判別できない昆虫に出会った時は、調べるのである。

この繰り返しが、僕の昆虫に関する知識を深めていった。

前の方で、くすくす笑う四人組の声が聞こえても、僕はもう、気にしなかった。

 

 或る日、四人の内の二人が、『こいつ、一体、何をしているのだろう』という怪訝な顔をして、僕に近付いてくる。

僕が捕まえた昆虫を見せながら知識を披露すると、この二人は偉く感心し、其処ら辺に這いずり回る昆虫を捕まえては、僕に訊くようになった。

他の二人も、仲間外れにされてはと入り込んできて、僕は手に捕まえた昆虫を持った四人に囲まれ、質問攻めにあったのである。

 そのうち、僕が、あたりをきょろきょろ見るのも珍しい昆虫を探すため、

一目散に駆け出したのは、毒バチに追いかけられたからなのだと、四人は自然に思うようになった。

この四人から、隣のクラスに昆虫博士がいると聞きつけた昆虫好きの生徒が、捕まえた昆虫を手にクラスに押し掛けるようになった。

僕が、彼らが捕まえた昆虫の名前や習性を説明している姿を見て、クラスメイトの僕を見る目が少しずつ変わりはじめ、声を掛けられるようになった。

神山へ昆虫採集にも誘われたが、最初のうちは誘いを断っていた。

神山に行けば、鎧武者の死霊は、ここぞとばかりに姿を見せるだろう。

だが、何度も何度もしつこく誘われると、さすがに断わり切れなくなり、僕は、五、六人の昆虫好きの男子生徒と一緒に、神山に昆虫取りに出掛けたのである。

 神山に分け入りながら、彼らに昆虫が隠れて居そうな場所を指さしで教えていると、案の定、背後に彼奴等死霊の気配を感じる。

 突然、正面の樹上に、真っ青な顔をした鎧武者が現われる。

きっと睨みつけていると、『うぅー』と低い呻き声を上げて消えた。

繁みの中に全身に矢を撃ち込まれ顔中血まみれの武者が現われ、上目遣いに睨みつけてやれば、呻き声を上げて消える。

無論、この呻き声は僕以外に聞こえてはいない。

 僕が昆虫と虫との違いや、地球上には百万種もの昆虫が存在することや、見つけた昆虫の名前を言いながら説明する間、みんな、目を輝かせて聞き入る。

それは、もう、爽快な気分だった。

僕は、死霊の存在など気にならないくらい、説明に夢中になっていた。

 昆虫採集を終えると、僕は彼らを家に誘った。母から、昆虫採集が終わったら、誘うように言われていたのである。

彼らは、回廊がある我が家を羨ましがり、

母の手作りのおやつの持て成しは彼らを喜ばせ、おやつを目当てに、友達が我が家に遊びに来るようにもなった。

 僕が学校の内外で、友達付き合いできるようになったことに、母は目を細めていたが、僕は、それで、心の安寧が得られたわけではなかった。

この忌まわしい能力を、一生背負って生きて行かなければならないのかという憂欝が、心に重くのしかかるのである。



      二



 その年の九月だった。

 義伯母が、仕事に向かう途中に我が家に立ち寄った。

十一月から、線路側の土地区画、道路の整備工事がはじまるという。


 工事は、十一月中旬からはじまり、

一カ月くらい掛けて地ならしが終わると、アスファルトが敷き詰められていった。

周辺の土地の区画整理が、同時進行していく。

 二ヵ月後には、道は、坊主山の柵の手前にあるブロック止めまで、黒く固い絨毯に覆われ、

たった二カ月前まで荒野だった地とは思えないほど、拓かれた地に変貌したのである。

 土地区画、道路整備工事が終わるや、道筋に銀行、郵便局、コンビニの建設工事と並行して、戸建住宅の新築工事が進行していく。

 多くの建築業者が入り込んで、工事はラッシュのような様相で、あれよあれよという間に、五軒、十軒・・・と、戸建て住宅が建ち上がっていった。

伯父夫婦の工務店も、常に数軒の戸建ての建築を請け負って、毎日忙しく立ち回っていた。

 周辺には木材の香りが漂い、カンナで木材を挽く音、ノコギリで木材を切る音、金槌で釘を打ちつける音、職人が織り成すこれらの音が空間に鳴り渡り、独特の音楽を奏でていた。

 駅周辺に占める和風の建物とは違って、広々としたルーフバルコニーのある西欧風の建物、屋根に煙突のあるキャビンハウスのような建物などなど、外壁の色彩もホワイトやライトブルー、ライトグリーンを基調にした建物が多くを占め、この町は、明るく艶やかなイメージ、雰囲気が定着していった。

 だが、世間に、新しいタイプの新興住宅地などともてはやされている最中、僕には不可思議で、不気味に思える事があった。

この土地区画、道路整備工事がはじまってから、死霊は姿を現わさなくなっていたのである。


 そんな、ある日―

 

 その家は、外壁が真っ白でルーフバルコニーがあって、僕が好きな家だった。

子供がいない夫婦が住んでいたその家は、建ち上がってから一年も経たないうちに空き家になっていたが、僕は、学校帰りに、ルーフバルコニーで、洗濯物を取り込んでいる女の人をよく見かけた。

その女の人は、僕の姿を見かけると、手を振って優しい微笑みをくれるような人だった。

 学校帰り、友達と別れ、その家の前を通りかかった時だった。

 誰もいないはずの家のルーフバルコニーに、突然、白いブラウスを着て白いスカートを穿いた、黒い髪の毛が胸あたりまである女の人の姿が見えたのだ。

あの、女の人だった。

「あっ!」

それは、あっという間の出来事だった。

女の人は、すーっと動き手摺の前に立つと、そのまま上半身を前のめりに折り曲げ、音も無く、まっ逆さまに落っこちたのだ。

僕は、夢中でルーフバルコニー側のフェンスに駆け寄った。

目の前にある枯れ果てた花壇のあたりを見回しても、当然、あの女の人はいない。

僕は、急に、涙が溢れてきた。

女の人の悲しそうに泣く声が、僕の心に入り込んで来たのである。

 

 家路についた足取りは、鉛底のスニーカーを履いているかのように重く、気分はぼーっとして、家に着くまで、何処をどう歩いたか覚えていない。

 帰りが遅い僕を心配し、玄関先に立つ、母のホッとした表情が目に入った。

母は、訳も聞かず、ただ優しい眼差しを向けて僕の肩を抱き寄せた。

 

僕は、この家が空き家になった理由を知っていた。

この家が空き家になって間もない頃、母が話してくれたのだ。

 そう、女の人の亭主は、以前から浮気が絶えなかった。

この家を建てて越してきたのも、夫婦関係をやり直すためだった。

だが、亭主の浮気は収まらなかった。その事を悲観して、女の人は、発作的にルーフバルコニーから飛び降りたのだ。

僕の目の前に現れたのは、一人寂しく亡くなっていった妻の魂、亡霊だったのである。

 

 その日は、雨が降っていた。

 亭主は、翌日朝帰りをして花壇の中で冷たくなった妻を見つけた。

女の人は、飛び降りてからしばらくの間は生きていたのだが、亭主は浮気相手の女の所に居て発見が遅れ、冷たい雨に打たれながら亡くなったのだ。

さすがの浮気亭主も、妻を非業に死なせてしまった後ろめたさで居た堪れなくなったのだろう。妻の葬儀を済ませた後、逃げるように越していったという。


 僕は、次の日の学校の帰り、この家の門前に立った。

 門前にある白地に、売り家、と黒字で書かれた看板がやけに目立っていた。

 僕は手を合わせながら、

ただひたすら、『迷わずに眠ってください。』と心内に祈り、そのまま庭に足を踏み入れた。

 真っ白な外壁、洗濯物がないガランとしたルーフバルコニー、いまだ新緑色の残る屋根、真っ白いレースのカーテンがあった窓、色艶やかなステンドガラス模様が張り付けられた出窓、玄関脇にいまだに置いてあるステンレス製のお洒落なパイプ製の傘立て、そして、金色に縁取りされた大きな表札がぶら下がっていた扉・・・。

そのすべてが、一瞬、ぼーっとして見えた時、あの女の人の悲しくも優しい呼び声が、聞こえたような気がしたのである。


 最後の建築工事が終わっても、死霊は姿を現わすことはなかった。

だが、死霊は決して居なくなったわけじゃない。

僕の胸騒ぎは収まるどころか強くなるし、不穏な念が、僕の胸の奥を突き刺すからである。

 僕は、それが何を意味しているのか、坊主山に行けば分かるかも知れない、そう思ったものの、行く事に躊躇いがあった。

 僕が坊主山に行ったのは、それから三年以上経った中学校に上がって最初の夏休み、地元郷土史研究家が主宰する研究会に、母に付いて行った時である。

僕が、テーブルにあった『次回のテーマは坊主山の由来』と書かれた母宛ての案内状を見ていると、

「どうしたの、何か、気になるの?」

と、母が訊く。

「刈米さんて、郷土史の冊子を書いた人だよね。」

「そうよ。興味あるの?」

「うん。この研究会、僕も行っていい?」

と、僕が言ったものだから、母は少し驚いたような表情を見せた。

「えぇ、いいわよ。」


 坊主山は、川と線路の高架橋が交差した、八百坪くらいある歪な三角形をした土地の中にある、楕円形の皿をひっくり返したような形をした丘。

丘全体に、丈の短い雑草がはえ、坊主頭のように見えることから、坊主山を呼ばれている。

 成人男性の背丈くらいの木製の外柵が、あちこちが朽ち果て崩れ落ちてからは、誰でも容易に出入りできるようになってしまった。

 簡単に入れて、しかも誰も注意する人はいない。

心無い大人たちの散歩コース、そして、子供たちが山登り競争や、鬼ごっこをするうってつけの場所になっていたのである。

 その壊れていた柵が造り直されたのは、二カ月前に起きた地震の後だった。

柵は、高さ三メートルほど、硬く頑丈そうな黒い木で格子状に組まれ、誰も入れないようになった。

 この柵に造り直されてから、僕は、町全体に、どんよりと澱んだ気が漂う感じがするようになったのだが・・・。

 

 公民館に入ってすぐ右手に、広さ十坪ほどの小会議室がある。

演台の他に長机が縦に三列、パイプ椅子が長机一つに二脚ずつ合計六脚置いてあり、すでに一列目は先客で埋まっていて、母と僕は二列目に坐った。

「神代さん。久しぶりですね。今日は、息子さんとご一緒ですか?」

前席に坐る男性が、振り返って言った。

「えぇ、雅人です。」

母がにこやかに言うと、僕は挨拶をした。

「こんにちは。私は宇津木、お隣りは前島さんです。よろしく。」

と、宇津木さんが言うと、前島さんはにこりとした。

宇津木さんは、年の頃は六十歳くらい、前島さんは八十歳くらいというところだった。

「あの地震以来、地主の周辺では、坊主山の話でもちきりですよ。観音神社の宮司の先祖も関係しているようで・・・」

宇津木さんが話していると、上唇と顎に白髪交じりの無精髭を蓄え、藍色の作務衣を着た、年の頃は七十歳くらいの男性が姿を見せた。

「刈米です。よろしく。」

その男性は、演台に立つと無愛想に言った。


 刈米さんは、西側の地に住まいを構える郷土史研究家で独身、都心の資産家の親の下に生まれ、東京の某大学の工学部の教授までなった人らしいが、両親がともに亡くなった二十年前、突然、大学を辞めこの西側の地に移住し、郷土史研究家に転職(?)した人で、この土地が古戦場だったと主張し研究している人物だった。

僕は、この郷土史研究家が著した郷土史冊子の全てを読んでいた。

 地元では異端で知られているが、俗っぽく言えば偏屈の変わり者で、霊に関する怪しげな研究もしているという噂があった。

この地に伝わる故事来歴はもとより、異聞・醜聞・風聞から郷土史を独自の視点で深堀していく姿勢には目を見張るものがあるようだが、その言動は時に過激で突拍子がなく、この郷土史研究家を支持する住民は少ないらしい。

だが、母は、その事実をあからさまにしていく姿勢に興味を惹かれたようで、年に三、四回開かれる研究会に、いつも参加していたのである。


「今日は見慣れない人が来ておるが、神代さんの息子さんだな。」

「雅人です。」

母が言うと、僕はその場で、刈米さんに挨拶をした。

「ふむ。もう互いに挨拶は済んでいると思うが、前島さんは元自治会長、宇津木さんは現自治会長なのでな、念のため。」

刈米さんは言って、手提げ袋から資料と古い巻物、いかにも古く分厚い二冊の冊子を取り出し、演台に置いた。

「さて、先般起きた地震によって、坊主山の正体が明らかになったことは、新聞記事を読んでご存じであろう。

今日の研究会のテーマを坊主山の由来としたのは、それが所以だ。

坊主山はどうして出来たのか、この地を治めていた鏑木家に何が起きたのか、そして側近だった馬場家との関係は等々・・これらを記録、史実に基づいて掘り下げ、皆で共有したいと思っておる。」

「うむ。坊主山にまつわる事実を、出来るだけ詳しく知りたいね。

以前から、総鎮守の観音神社と、地元名士である馬場家が互いに行き来が無いことを不思議に思っていたんだが、今回、事が発覚して、両家が主従の関係だったことが分かって、尚更、奇妙に感じるからね。」

前島さんは言った。

「そうですね。何か、両家の間に奥深い因縁を感じますし、是非、詳しく知りたいですね。」

宇津木さんは言った。

「うむ、心得た。

それでだ・・・

先ず、先月の地震の後、坊主山の柵が造り直されたのだが、もちろん、知っておるな。」

刈米さんは言って反応を窺った。

「えぇ、地震のあと、造り直されていましたね。」

宇津木さんが言うと、前島さんが頷いた。

「うむ。あの地震の後、しばらくして、真夜中に、このあたりじゃ見かけない職人が二十数人、大型トラックに部材を積んでやってきて七、八時間ほどで造り直したのだが、たまたま散歩をしていて、その場に出くわした近隣の睡眠障害の住人が、その職人たちは作業中一言もしゃべらず、静かに、休むことなく作業をして、その手際の良さ、無駄のない動きは、まるで崩れた巣穴を修復する働き蟻のようだと、感心しきりに言っておった。」

と、刈米さんは淀みなく言った。

「これは、なかなか、興味深い現象でな。」

と、刈米さんはにたっとして意味深に言ったものの、宇津木さんと前島さんは、ただぽかんとしていた。

「ふふっ、じゃぁ、本題に。

いつものように、わしから要点を説明し、あとは皆の質問、意見で深めたいので、よろしく。

ただ、わしが説明している時でも、疑問や聴きたい事があれば質問して構わんのでな。」

刈米さんは言うと、参加者に三枚に閉じ込んだ資料を配った。

見れば、ナンバーが振られた表題が並び、一行ほどでポイントが記されている。

「なお、本来ならば、冊子を配るべきところなのだが、編集が間に合わず、今日の会に配付出来ないことをお詫びしたい。

今日の話の内容含めて編集し、次回の研究会の折渡すことにしたいので了解願いたい。」

そう言って刈米さんは、こっくりと頭を垂れた。

「それから、いつもの確認事項だが、わしが説明した内容、出た意見、質問、そして議論した内容は、口外せんように。良いかな。」

と言うと、刈米さんは演台へと踵を返した。

「さて、坊主山とこの地は一体のものとして考えねばならぬ。

先ずはこの理解を深めるために、古の昔から、この地一帯に開発の手が入るまでの歴史的経過について、説明しておくとしよう。

これは、古くは室町時代まで遡り、それから五百年以上の時を経て、この地が開発計画に上った三十年前へとつながるのだが・・・」


 この地は、室町時代後期の千五百年頃、この地を治めた鏑木家が没落して以降、二百数十年、荒れ果てた状態が続いていたが、江戸時代中期、幕府の農地拡大政策によって灌漑工事が行われ、肥沃な大地へと変貌する。

この灌漑工事を請け負ったのは、この地を治めていた鏑木家の側近、馬場家だった。


「馬場家が灌漑工事を請け負う経緯は、後ほど、鏑木家との絡みで説明するが・・・」

と、刈米さんは前置きして続ける。


 灌漑工事は、S川から水を呼び込むために二キロに及ぶ支流を築く大規模な工事で、完成まで二十年以上の年月を要し、工事期間中多くの犠牲者を出した過酷な工事でもあった。

 灌漑工事が完成したこの地に、多くの農民が入植し営農に努めるようになる。

 当時は、川を境に、川東の地と川西の地に区分けされ、入植した農民は川東の地に居を得て、農地として開放された川西の地で農業を営んだのである。

川東の地は、背後を山に囲まれ、当時から緑豊富な帯状の地で、後々の世まで、代々農業を営む人たちの集落となった。 

 

 時代は大きく移り変わり、明治維新に地租改正が行われ、土地の個人所有が認められようになっていく。

 西側の地、線路側の地、そして、川向うの地と呼ばれるようになったのは、戦前に都心に向けて地方鉄道が敷かれてからであったが、当時、駅建設と鉄道敷設に関わる用地買収の際、三人の地主の間で揉め事が起きていた。

西側の地の三分のニを所有する地主甲と、西側の地の三分の一と線路側の地の三分の一を所有する地主乙が、国から委託を受けた開発業者に、鉄道敷設用地だけでなく自所有地すべての売却交渉をはじめたのである。

鉄道が敷かれ駅が開設されるとなれば、土地価格が上昇する事を見越しての事だった。

開発業者としても、鉄道敷設、駅開設後の周辺開発の計画が立てられ、好都合であった。

 線路側の地の坊主山を除く三分の二と、川向うの地を所有する地主丙は、営農の継続が難しくなるとして反対したのだが、金に目が眩んだ二人に地主は、農地を縮小して再配分すれば良いと身勝手な言動に終始し、頑として譲ろうとしなかった。

 やがて、開発業者、そして地主甲、乙対地主丙、そして全農家を巻き込み、マスコミにも取り上げられる騒動に発展したのだが、地元の有力者、馬場家の仲介で決着をみたのである。

 馬場家は、昭和の初期、当時の十八代目当主が繊維産業を興し、戦前から戦中にかけて時の軍需も重なり巨万の財を得て以降、地元名士としてその威光を放ち続けていた。

その馬場家十八代目当主が仲介に入ったとなれば、事が収まらぬはずはない。

 最終的には、開発業者が、地主乙が所有する西側の地の三分の一の買収額を上乗せすることと引き換えに、線路側の地の三分の一の土地の権利を放棄し、地主丙が線路側の地すべての権利を取得することで事態は収拾したのである。

こうして、西側の地は開発業者の管理下となった訳だが、縮小した農地を再配分された農家の失望の声は大きかった。

ひいては、営農意欲の減退はやむを得ない事だったのである。

 

 それから十五年後―

 戦後の農地改革を通じて、小作人への農地の権利移転を契機に、線路側の地を巡り大きな動きがあった。

鉄道敷設用地買収の問題で仲介に立った馬場家十八代目当主が、突然、線路側のすべての農地を買い占め、世間を驚かせたのである。

 農家の人たちの目の前に、馬場は、相当の大金を積んで説得したらしい。

ただ、その頃は、農業だけでは生活が成り立たず、兼業農家が大半を占めており、ほとんどの一家が『もう潮時』と漏らしながら、すごすごと農地を手放したという。

農地の売却後、高齢の人は引退し、若い人は会社勤めを生業とするようになった。

自宅をも売却し、他の地に転居していった一家もあったという。

 一方、西側の地は、大戦前の戦時体制下、軍需産業の振興が最優先され、戦後は、経済的、社会的復興が何よりも優先される中で、企業利益優先の開発行為は自粛せざるを得ない情勢であった。

結局、戦後、東京で空襲被害に遭い自宅を失って、安住の地を求めて転居してきた人々の戸建て住宅が、二十数軒ある程度だったのである。

開発業者は、西側の地の開発の目途が立たず苦慮する中、地価が下落傾向を示した事を契機に見切りをつけ、買値の三分の二で売却したのだった。


 高度成長期に入っても、西側の地の開発は進展をみなかった。

投資は見返りの多い都心部に集中し、一地方市の一地域に過ぎなかった西側の地は、地価が高騰していく都心部から、我が家を希求した人達を施主とする戸建て住宅十数軒の建築にとどまり、九割以上は手付かずの状況が続いていたのである。


この線路側の地と西側の地が開発地域の対象に上ったのは、一九八十年代半ばであった。

時代はB景気到来直前、都心部の地価高騰を背景に、比較的都心に近く、地価が手頃なこの地域に、大手ゼネコンが目を付けたのである。

西側の地は、戦後、幾度かの売買行為、権利移転を経て、開発計画に上った当時、四人の地権者が存在していた。地権者の内訳は、不動産会社が二社、個人が二人であった。

 線路側の地は、戦後、馬場家に買い占められた後は、荒地という有様だった。

広大な荒地の中に、鉄道の高架駅が聳えるさまは、誰の目にも異様に映った。

当時、川向うの地から、古びた木橋を渡り、伸びきった野草の間を抜くあぜ道を通り駅に向かうく人々の姿は、そこはかとなく物悲し気だったという。

それは、今もって消えることの無い深い因業を象徴していたのかも知れない、と刈米さんが話すと、前島さんはゆっくりと頷いた。


「まぁ、そういう歴史的経過、因業の中にあって、立場も考え方も様々な地権者を相手にする訳だからな、交渉が難航することは分っていたはずなのだが、ゼネコンともあろうものが、余程構えが甘かったのだな。交渉は、難航するどころか・・・」

と、刈米さんの説明は続く。


 開発交渉は、この大手ゼネコンが一手に引き受け、西側の地の地権者に対する開発説明会を皮切りに、その後個別の交渉に入っていった。

地権者が馬場家十九代目当主一人という線路側の地は、西側の地と同時並行して交渉を進めることにしたのだが・・・。

 西側の地は、地権者の多さから、交渉が難航することを予想はしていたものの、膨大な利益が見込まれる大プロジェクトなだけに、ここぞとばかりに、えげつない欲深ぶりを見せる不動産会社の社長や、高齢の地権者に付いた親族や委任を受けた立会人が条件の上乗せを迫るなど、思いの外、波乱含みのスタートだったという。

 線路側の地は、当初から、開発交渉を途絶させた事情があったという。 

その事情が、坊主山だった。

 坊主山が地主の先祖の墓と知ったゼネコン側は、坊主山を除く東側の土地の売却を前提とした条件を用意し交渉を打診したが、馬場家十九代目当主は、

『坊主山と土地は一体のもの、その土地に手を加える事は先祖の墓を侵すと同じである。』

と言い張って交渉を拒否、その後、何度交渉を打診しても、頑なに応じない態度を取り続けた。

その上、馬場家十九代目当主は、ゼネコンの交渉担当者を、出入り禁止にしてしまったのである。

 西側の地の交渉も、相場以上の地権者側の要求に折り合いを付けられず、暗礁に乗り上げたまま月日だけが無情に過ぎていく。

ゼネコン側に、交渉不成立という絶望感が支配的になるのも無理はなかった。

こうして、交渉開始後わずか一年ほどで、地権者に対し、交渉の中断を申し出ざるを得なくなったのである。


交渉が中断し、二年が経過しようとしていた。

この間、ゼネコン側は、水面下で交渉の再開を模索していたが、再開の糸口を手繰り寄せることは出来なかった。

この時点で、ゼネコンは交渉再開を断念、開発交渉は、完全に立ち消えとなったのである。


 交渉が再開されたのは一九九〇年初頭、交渉開始から十年が経過していた。

 当時、あらたに開発を手掛けたのは地元建設会社であった。この建設会社は、撤退したゼネコンの関係業者であった。

地元建設会社は、西側の地から交渉を再開する。

B景気で土地相場の高騰を背景に、相変わらず欲深で癖の強い地権者を相手に、地元建設会社側は、譲歩案を示し粘り強く交渉を続け、ようやく進展をみたのだが、すべての地権者との交渉が決着するまで、二年以上の歳月を要している。

 線路側の地の開発交渉は、地権者の馬場家十九代目当主が取り付く島もないほどに頑なに交渉を拒否し、もはやお手上げの状況だったという。

 関係する業者の中には、先代の十八代目当主が、何故、活用するつもりもない農地を買い占めたのか不思議に思う者や、先祖の墓を護り継いできていると言うわりには、

十年以上前に柵が造り直されただけで、供養塔は風化し、墓石どころか、墓碑すらない事に不審を抱く者もいたようである。

 ところが、西側の地の交渉が決着して半年、道路土地区画整備工事が完了した頃だった。十九代目当主が原因不明の病に倒れ急死すると、状況は一転する。

二十代目当主となった息子が地権者となると態度を一変させ、坊主山を除く土地の開発について、条件付きで承諾すると言い出したのである。

その条件とは、坊主山の手前でブロックを立てて仕切った上で、坊主山を取り囲むように柵を造り直すことだった。

 二十代目当主は、

『この条件を呑んでくれれば、他の土地の売却はやぶさかではない。』と、言ったという。

 地元建設業社は、この地主の条件を応諾し、線路側の地の交渉はようやく決着をみたのだが、西側の地、線路側の地の開発は頓挫してしまう。 

地元建設会社は、B景気の終息を契機に経営難に陥り、手を引いてしまったのである。

 その後を引継いだのは、二十年前に開発を手掛けながら撤退した大手ゼネコンだった。

ゼネコンは、道路土地区画整備工事が完了していた西側の地の開発を先行し、線路側の地に本格的に開発に取り掛かったのは、結局、それから十年後のことだった。

 こうして、開発が先行した西側の地は、早々に、銀行やコンビニ等の建設を皮切りに、戸建て住宅の建築がはじまり、盤上の駒のように住宅が建ち並ぶ景観となったという訳である。 

 ただ、当時、線路側の地に開発の手が入らなかったわけではなかった。

開発を手掛けた地元建設会社は、二十代目当主と、坊主山を除く土地の交渉が決着すると、坊主山を囲む柵を建築した後、駅前周辺を土地区画整備し戸建住宅建築に着手していたのである。

それは、線路側の地の開発を聞きつけた一部近隣住民から受けていた要望に応えたもので、地元建設業者ならではの対応であった。

それが、駅前周辺に二十軒ほどの戸建て住宅が集中している理由だった。


「十九代目が坊主山を盾に頑なに交渉を拒否したのに比べて、跡を継いだ二十代目がいとも簡単に開発を承諾したことに、当時の業者は拍子抜けしたようでな。」

「ふ~む、目が眩んだな、金に。ともあれ、相当な大金が動いたんだろうな。」

「さよう。B景気でもあったし二十代目の懐には莫大な金が入ったようだ。

噂では、数十億といわれておるな。」

「しかし、あれだけの財があっても、まだ欲しいとはな。人間の欲とは、恐ろしいもんだな。」

「・・でも、十九代目の地主が売却をあれほど拒んだのに、二十代目の地主はすんなり売却してしまったのは、何故なのですかね。」

「ふむ。二十代目は、坊主山の正体を知らなかったのだな。」

「知らなかった・・と、いうのは?」

と、宇津木さんが訊き返す。

「つまり、十九代目は、二十代目にそこまで伝えきれずに、事切れたのだ。」

「なるほど。急死した十九代目は、そこまで言い遺す事が出来なかった、ということですか・・・。

でも、二十代目にすれば、坊主山の正体を知る前に大金を手にする事が出来て、これ幸いだったのじゃないですかね。」


 地主の条件通り、坊主山の手前をブロックで仕切り、柵は造り直されたわけだが、開発行為を拒むように柵で囲われた坊主山の景観は、誰の目にも異様に映ったのだった。

それから二十年の年月が流れ、坊主山を囲む柵は、見る影もなく、崩れ落ちてしまう。


「さて、ついに、その坊主山の正体が、明らかになる日が来るのだが・・・」

と、刈米さんは続けた。


 線路側の地の開発時、出土した人骨、刀剣の類から、遺跡調査専門家はこの地が古戦場だった可能性を指摘していた。

だが、それを裏付ける証拠がなかった。

 ところが、である。

歴史の因縁は、今を生きる人々に、昔日の恐ろしい怨念の祟りを知らしめずにはおかなかった。

先月起きた大地震をきっかけに、この土盛りされた土地の正体が明らかになった。

この地が古戦場であり、坊主山は、敵武者のみならず、女子供、赤ん坊まで一族皆殺しにし投棄された穴だったことが、白日の下に晒されたのだ。

坊主山は、情け容赦なく殺され棄てられた、躯の巣窟だったのである。

 

 室町時代中期、川向うの地の北側の、神山と呼ばれる小高い山の中腹に、領主鏑木家の屋敷はあった。

鏑木家の屋敷は五百年前の出火によって焼失したが、観音堂は奇跡的に残り、その後代々の宮司によって護り継がれてきていた。

 その観音堂に祀られている観音菩薩の座像の下の石造りの土台が、先月の大地震で半壊した時だった。

後始末の手伝いに来ていた観音堂保存会の人間が、半壊した土台の空洞から硯箱を発見したのである。

その硯箱の中には、硯、筆、墨と一緒に古文書が納められていた。

 古文書には、この地で起きた戦の事、敵武者のみならず、一族の女子供、赤ん坊まで皆殺しにし躯を穴に棄てた事、それが原因で、恐ろしい祟りに遭い死人まで出来した災禍に関する詳細な記録とともに、古文書に挟まれて、符が発見されたのである。

観音神社の宮司は、この硯箱を手に取った瞬間、恐ろしいまでの魔性に触れたという。


「わしは、事が発覚してすぐに、馬場家の二十代目に会いに行ったのだが、二十代目は声を震わせて言っておった。

『坊主山は、決して立ち入ってはならぬ、決して掘り返してはならぬ。掘り返さば、必ず祟られる。決して他言してはならぬ。他言すれば、馬場家の名声は失墜する。

そう書かれた札を、先代の今わの際に見せられた。』とな。

札に書かれた文言は、次代の地主になる者だけに申し送りされてきたもののようだ。

二十代目は、先代から、女子供、赤ん坊まで皆殺しにして棄てた穴だったとは聞かされていなかった、とも言っていたが、嘘ではないだろう。

やはり、先代から、そこまで話されていなかったのだな。

だがな、ここで分かった事がある。

その札を見せてもらったのだが、後半部分の『掘り返さば、必ず祟られる。決して、他言してはならぬ。他言すれば、馬場家の名声は失墜する』の部分が、比較的新しい時代に加筆されたような跡があってな。

何代か前の地主が、坊主山の正体を知り、加筆したことは間違いない。」

そう言い終えると、刈米さんは一息ついた。

「ふふっ、なるほど、そういうことか・・・。」

前島さんは悟ったように言った。

「・・・でも、自分の先祖が惨事に関わっていたことが、世間にバレるのを恐れる気持ちは分かりますが、そんな姑息な小細工をしてまで、自分の立場を護りたかったのですかね。」

「まっ、我々平民には理解し難いところだが、

名門という高座に一度胡坐をかいた人間は、其処から簡単には降りられず、それを護るためなら、常軌を逸したような事でもやりかねない、ということなんじゃないのかな。」

と、前島さんは皮肉った。

「ふ~む、そういうものですかね・・・。」

「まぁ、いずれにしても、それを加筆した時点で、実質的に、馬場家の名声は失墜したのは確かだな。」

刈米さんは言った。


「それで・・刈米さん、その古文書の解読は、すすんでいるのかい?」

と、前島さんは興味深々に言う。

「ふむ、古文書の中身については、あとで説明するとして、馬場家に伝わる札に加筆された経緯について話しておきたいのだが、良いかな。」

刈米さんが言うと、前島さんは頷いた。

「さて、先ずは、当の地主が坊主山の正体をどうやって知り得たかという事だが、こうとは考えられぬかな。

つまり、

強欲で疑り深い上に詮索好きだった当の地主は、漑

『一族の ”英霊の墓” か何かは知らぬが、大金を掛けて柵を造り直す意味が何処にあるのか。どうせ、大した意味などないはずだ。つきとめて、こんな無駄な事は自分の代で止めてやる。』

と、詮索をはじめる。

いろいろと探りを入れ、最後に観音堂に行きついた当の地主は、夜陰に乗じて観音堂に忍び込む。

あちこち探しているうちに、観音菩薩を祀る祠に目を付け祠の扉を開けた。

すると、菩薩の座像の下に石造りの土台がある。

当の地主は、悪びれもせず、菩薩を避け土台をどけると、そこに硯箱を発見する。

硯箱の中にあったのは、硯と筆と墨、そして古文書だった。

古文書には、符が挟み込まれている。

古文書を手にし、広げ見る当の地主。ミミズが這ったような字が並び、読み取れない。

ただ、唯一識別できる、文末の『鏑木・・・』という苗字を見て、この古文書を書いた人物が、遠く昔の時代の馬場家の主の名をいう事が分かる訳だ。

当の地主は古文書を持ち出し、解読に取り掛かる。

知り合いの専門家にでも、解読を手伝わせたかも知れぬな。

そして、坊主山の恐ろしい事実を知ることになる。

当の地主は、さぞ驚き恐れたことだろう。同時に、怒りも感じたかも知れぬな。

自分の先祖が、この惨たらしい事件に加担していたにも関わらず、今まで知る由もなかった訳だからな。

 解読し事実を知った当の地主は、震える手で古文書と符を硯箱に戻し、観音菩薩座像の下の石造りの土台の中に硯箱を戻した。

そして、朽ちそうになった柵を即座に造り直し、一族の先祖の墓などと嘘を言って世間に公言し権威付けした、とな。

そうして、当の地主は、財力にものを言わせて線路側の地を買い占めた、という訳だ。

後継ぎとなる息子には、加筆した札を見せながら、懇懇と言い聞かせたに違いない。」

「なるほど、犯人は十八代目だったという訳か。

柵を造り直し、一族の威光を示すために先祖の墓などと嘘を言って、坊主山に手を入れられないようにしたという訳だな・・・。」

前島さんが言うと、刈米さんは頷いた。

「ふむふむ、なるほど、なるほど・・・

でも、線路側の全地を買い占めるなど、考えてみれば妙ですよね。

坊主山はもともと地主の土地ですから、売らなければ事が露見することはないでしょうし・・・。」

「ふむ。とにかく、十八代目は心底恐れていた。

将来、線路側の地の開発をきっかけに坊主山に目が向けられ、万が一にも事が公になれば、馬場家の名声に傷がつくからな。

されば、誰にも手を付けられないように、線路側の地を買い占めたのだ。

ただ、天変地異が惨たらしい史実を暴き出すとは、考えもしなかっただろうがな。」

「ふふっ、名声に傷がつくか。自分の不心得を棚上げして、思い上がりも甚だしい限りだな。」

前島さんはそう皮肉った。


「さて、この古文書だが・・・」

刈米さんは言いながら、古そうな巻物を掲げた。

「観音神社の宮司から、研究のためにと断って拝借願った。

この古文書には、この地で起きた戦の事、敵一族の女子供、赤ん坊まで皆殺しにし穴に棄てた事、其れがもとで祟られ酷い目に遭った事が詳細に記されておってな。」

刈米さんは言うと、掲げた古文書を演台に置き紐を慎重にほどき、丁寧に広げて見せた。

「ご覧の通り、この字体を見るだけでも、いかに領主の精神状態が尋常でなかったか分かるだろう。」

確かに、その字体や行には、一見して酷い乱れがあった。

「ほぅ! これが、五百年前に書かれた古文書か・・どれどれ・・う~む、確かに酷いな。

まるで、ミミズが這ったような字体だ。」

「そうですね。いかに昔の字体とはいえ、素人の私が見ても、尋常な神経の人が書いたものとは思えないですね。」

宇津木さんと前島さんは、よくよく見ながら言った。

母は、何も言わず、古文書を見ながら表情を曇らせている。

「内容は、文脈が不整然な箇所があり読み取りにくいが、特に、どれほど恐ろしい祟りに遭っているか詳しく記されておって、苦しみもがく領主の姿が良く分かるのだな。」

と言い終えると、刈米さんは、古文書を丁寧に巻き戻して演台に置いた。

「ふむ。それほどに、恐ろしい祟りか・・いったい、どういう祟りに遭ったのですかね。」

と言って、宇津木さんは表情を曇らせた。

 

 僕は、小学校一、二年生のころ目の前に現れた、鎧武者の事を思い起こしていた。

鎧武者は、鏑木一族に滅ぼされた武者の幽霊だったのだろうか。

彼らは、僕に、そのおぞましい姿を見せ驚かすだけで、僕を襲うことはしなかった。

その時でさえ、これ以上ないくらい恐れ慄き、自分の将来をも悲観したほどだった。

 僕が、もし、誰かの深い怨みの対象であったならば、同じような目に遭ったかも知れない、そう思うと、人の怨念の恐ろしさに震えたのである。


「ふむ。世は戦国時代、敵対する頭領の首を取って、領地を拡大していくことが当たり前だった時代、それが美化され評価された時代だったとはいえ、首実検の後は、敵武者の骸は供養するのが道理であった時代でもあったわけだ。

それは、自分が手に掛けた一族に、祟られないためでもある。

だが、この領主は、勝者の誤った論理を振りかざし、道理を無視し、女子供、赤ん坊まで情け容赦なく皆殺しにした挙句、供養もせずに、穴に棄て埋めた訳だからな。」

「まぁ、祟られても仕方がないという訳だな。」

前島さんは呟くように言った。

「だが、ここで、こういう疑問が湧く。

何故、この領主は、精神が尋常でなくなっていく中で、自らの身が滅ぶ悲惨な経験を書き残し、札と一緒に観音菩薩に納めたのか、とな。」

「それは、祟りが自分の代限りで終わり、子々孫々に及ばぬことを願い納めた、という事なんじゃないのかな。

鏑木家の息子はその遺志を果たすべく、観音神社を開いたんじゃないのかい?」

「私も、そう思うのですが・・・えっ? それとも、別に、何かあると・・・」

「まぁ、これについては、もう少し、紐解いていく事にしよう。」


「さて、ここまで、よいかな・・・

では、その恐ろしい祟りなるものについて、順を追って説明していくとしよう。

先ずは、領主が除霊を試みるところからだ。」

と言うと、刈米さんは資料を捲り、話しはじめた。

 

 古文書の記録によると―

 領主は、都から高名な陰陽師を呼び寄せ霊障を探らせると、其れは、己自身が無惨に殺した土豪一族の怨霊という。

この時、領主はいたく狼狽し、戦の勝者が、何故、敗者に祟られなければならぬのかと、地団駄を踏みながら、陰陽師に除霊を急がせるのである。

 そうしている間にも、次々と起きる異常事象。

原因不明の病に倒れる者、突然発狂し刀を振り回す者、そして、ついには死者が・・・。

 人々の心中は疑心暗鬼に満ち、城中は混乱を極めた。

恐れの余り逃げ出す奉公人は後を絶たず、その中には、金目の物を持ち出し逐電する者も現われる。 

 除霊の準備が整い、鋭意闘心をもって、領主は、陰陽師とともに除霊に取り掛かるのだが、怨霊の余りの念の強さに押し負かされ、失敗するのである。

 除霊がどのようにして行われたか、詳細の記録はない。

だが、それがどれほど過酷なものであったかは、

領主は三日三晩、陰陽師は四日四晩、生死を彷徨い続けたという記述から推察が出来る。

 そして、『除霊は最早凶事を惹起し忌避すべき故に、誠心なる供養をもって霊を鎮めるを徳と成す・・・。』との件は、除霊はもはや不可能という、恐れをなした陰陽師の事実上の敗北宣言であった。

 

 除霊が失敗し、一族がさらに恐ろしい目に遭ったことが、古文書から読み取れるという。

 領主は、藁にもすがる思いだったに違いない。

 陰陽師が、怨霊を鎮めるために、『観音堂を建立し呪入りした観音菩薩の安置』を進言したのは、そういう時であった。

 領主は、側近に命じて、すぐさま資材を集めさせ、破格の報酬を提示し腕の良い十数人の宮大工を雇い入れて、観音堂の建立に着手させた。

宮大工達は、泊まり込みで、昼夜問わず掛かりっきりで建築に従事、わずか一カ月ほどで観音堂は建立し、西方の名だたる彫師に彫らせた観音菩薩座像を観音堂に安置、これで、祟りは鎮まろうと、領主は期待したのだが・・・。


「領主は陰陽師の進言に従い観音堂を建て、観音菩薩を安置した訳だが、祟りは一向に鎮まる気配をみせない。」

「ふ~む。除霊に失敗したから、今度は怨霊の鎮静化だって? もう、無茶苦茶だな。

しかし、領主も領主だな。陰陽師のそんな世迷言に踊らされるとはね。」

「呆れますね、本当に。でも、当時、そんないい加減な陰陽師が都にいたのですかね。

仮にも、高名な陰陽師だったのでしょう?」

「まぁ、位だけは高い陰陽師だったかも知れぬな。」

と言って、刈米さんはにやりとした。


「さて、八方塞がりとなった陰陽師は、土壇場まで追い込まれる訳だが、

いつ領主に殺されやも知れず、領主の配下に監視され逃げることも出来ぬ中、苦し紛れにとんでもない事を思いつくのだな。」

「とんでもない事、というと?」

「領民は、坊主山の供養を行っていたようでな。

領主一族の身を案じての事だろうが、いつ自分たちの身に降りかかるかも知れないという怖れがあったのだろう。

領民が坊主山の供養をしている事を知った陰陽師は、これを利用したのだよ。

つまり、墓場を刺激することが、祟りが鎮まらぬ原因と言い出し、

『坊主山に柵を巡らせ、一切、人を近づけぬよう手立てするが最善の策』

こう、進言したのだ。

領主は、この愚にもつかぬ進言を真に受け、坊主山を取り囲むように柵を造り、領民に対し坊主山に近づくことを禁じてしまった。

この沙汰が、領民の感情を逆撫でしてしまったのだな。」

と、刈米さんはコップの水を一口含み続けた。

「その上、柵に番人を配し監視させ、禁を破った領民には重罰を科す、という触れまで出しおった。」

「領主は追い詰められて、領民の善意まで踏みにじり、ついに、そっぽを向かれる訳だな。」

前島さんは言った。


領主のこの仕打ちは、領民をこの土地にしがみ付かせる大義を、失わせたのである。

もともと、川が無く痩せた土地柄で、農作が困難を極めたことが領民の遁走に拍車をかけた。僅か数週間の内に、ほとんどの領民が、新天地を求めて四方に散っていってしまったのである。


「無論、そうまでした所で、怨霊が鎮まるはずはない。

さすがに領主は怒り狂い、陰陽師を呼びつけようとした。

だが、陰陽師は、その時すでに、柵造りの混乱の最中、監視の目が緩んだ隙に都に向け逃げ出していた、という訳だ。」

 卑怯にも陰陽師は都に逃げ帰り、領民が去っていく中、郎党も領主を見限り次々と出奔、忠実な側近だけが残った。

その後、領主の屋敷は観音堂を残し焼失、その際、領主と妻は共に炎に包まれながら、この世を後にしたのである。


「もしや、領主は、絶望の末に屋敷に火を付け、妻を道づれに自死したとか・・・」

「まぁ、そういう事だな。」

「ふむ、やっぱりな・・だが、鏑木家の息子は、生き残った訳だよな・・・」

刈米さんは前島さんの話を聞き、古文書とは別の冊子を一枚、一枚丁寧に捲りはじめる。

「ふむ。これに関係する古文書の記述と、馬場氏の暦日録の記録を見るとだな・・・

先ず古文書だが、領主が、妻を刺し殺すことを予告する記述を最後に終わっておる。

一方、馬場氏の暦日録には、

『主の御姿無きに、屋敷中を御捜し申し候所、火中の寝所なるに、主と明乃御前を御見付候

とも、すでに絶命せり。御前の御膝元にて泣くる御嫡子を抱きかかえ、御連れ申し候』という件がある。

それから推察するに、領主の鏑木は、自ら手を掛けないまでも、我が子を道づれにしようとしたことに、疑いを挟む余地はない。」

「う~む、そうか・・・我が子まで道づれにしようとしたとはな・・・

と、すると・・古文書と符を隠した理由は、何なんだ・・・」

前島さんは言うと、宇津木さんと顔を見合わせた。

「ちょっと、いいかしら。その符というのは、呪符ではないかしら。」

母は言った。

「呪符って、あのまじないのかい?」

「えぇ。でも、呪符は、その人の思惑によっては、呪いの札にもなるのよ。」

「えっ! 呪いの札、ですか・・・」

「うむ。それなのだがな・・・」

と思わせぶりに、刈米さんは話しはじめたのだが・・・。



      三



「それにしても、側近の馬場氏と、鏑木家の息子のその後が気になりますね。

馬場家は、T家の時代に、この地の灌漑工事を請け負うほどの藩主になったのですよね?」

宇津木さんが言うと、前島さんは頷く。

「そうだな。では、領主滅亡後の観音堂と坊主山、つまり、鏑木家と馬場家のその後を説明するとしよう。

紹介が遅れたが、これから話す内容は、当時の鏑木家の嫡子の手になる暦日録と、さっきも触れたが、側近だった馬場氏の手になる暦日録を元にしておる。

其れが、この二冊だ。これも、研究の為と断って、両家から借り受けた。」

と言って、刈米さんは二冊の分厚い暦日録を手に取った。

「尚、この両家の暦日録は、五百年もの間、誰の目に触れることなく、双方の家の蔵の奥のまた奥の片隅に隠されていたものだ。

あの地震の後、古文書と同時期に両家で発見されたのだが、発見された時の状況を鑑みれば、鏑木家の嫡子と馬場氏のどちらも、誰の目にも触れさせたくなかった、という心情が窺えるな。」

「なるほど・・そうかと言って捨てられなかった、ということだな・・・」

前島さんは言った。


 領主滅亡後、隣国に逃れた側近の馬場氏と鏑木家の嫡子は、山中で獣を糧にしながら暮らしていた。だが、それも長くは続かなかった。

二人の存在は、辺り一帯を支配する土豪の頭領の知るところとなったのである。

 配下に囲まれ、頭領の前に跪かされた馬場氏は、

『我ら親子は西方の地から参り東方の地へ向かう折、この地で一時の休息を得るために立ち寄った由である。貴殿の領内に立ち入ったことはお詫び申し上げる。

近々に立ち去るゆえ、見逃してはいただけぬか。』

と言上し、頭領に土下座し許しを請うが、二人は曲者として捕らえられ、土豪の頭領の屋敷に軟禁されてしまう。

 四六時中監視され、しかもいつ殺されるとも知れぬ中、日々の食い扶持だけを与えられ、無為なる月日を過ごす側近と主の息子・・・。

 季節が冬から春へと変わる頃、頭領の屋敷で、武芸大会が開かれることになった。

 武芸大会は、配下の者どもが、頭領の前で己が腕を競い合う、いわば御前試合であった。この武芸大会に勝利した者は、頭領に認められ高く用いられる。

配下の者どもは、この機会を我がものとするために、この上なく意気込むのである。

 或る日、頭領が馬場氏に、武芸大会に出場し勝利すれば開放する機会を与えると、ほのめかす。

馬場氏は、疑心暗鬼を生ずるも、拒否する事は出来ず、

『勝つも負けるも、我らの命は無いものと思わねばならぬ。』と覚悟の上、応じたのである。

 武芸大会の折、馬場氏は、一本の棒切れを渡され試合に臨むのだが、透きの無い構えから繰り出される見事な刀体さばきは、屈強ぞろいの頭領の配下を圧倒し、悉く打ち負かしてしまう。

馬場氏は、武技に秀でた達人だったのである。

 馬場氏の思惑に違い、頭領は馬場氏を大いに気に入り、自分の娘と夫婦になり、後々この地を治めて欲しいと懇願する。

馬場氏は困惑するが、断れば、今度こそ、二人とも命はないことは分かっていた。

是が非でも主の息子は護らねばならぬ、となれば、頭領の娘と夫婦になり、此処に留まること以外、選択肢はなかった。

 やがて、夫婦となった馬場氏と土豪の頭領の娘の間に男子が生まれ、鏑木家の嫡子とともに育てていく。

 それから、数年後、馬場氏は時折坊主山を訪れては、様子を窺うようになった。

 強固に造られた柵は、いまだに、人獣に踏み荒らされることを断固として拒否しているかのように、異様な風情を保ち聳えている。

 半年、一年、坊主山に通い様子を見続けているうちに、馬場氏は、皆殺しにした一族の霊は復讐という本懐を遂げ、祟りは鎮まってきたかのように思えたのだが・・・。

 一族が、僅かな期間で滅ぼされるような恐ろしい祟り、

いつまた祟りに遭うやも知れぬ、馬場氏はそう考え直し、さらに歳月を掛けて坊主山を見守り続けたのである。

 それから七年の歳月が流れ、頭領が身罷り、その遺志を継ぎ馬場氏が二代目の頭領となった。

この頃、馬場氏は、人を介して、崩れかけた柵を造り直している。

 それから、また十年が過ぎた或る日のこと―

病の床に臥せり、自らの命が長くないことを悟った馬場氏は、二人を別々に自分の枕元に呼び、自らの嫡子には、馬場一族の長となり、永代に栄える礎を築くように言い、また、坊主山を一族の英霊の墓と言い聞かせ、供養碑を建て、柵を造り直し、

『決して立ち入らせてはならぬ、決して掘り返してはならぬ。』とし、後の世まで供養し護り継いでいくように諭し、

鏑木家の嫡子には、実の父親は、戦で殺した敵武者の死霊に祟られ滅んだと話し、

『父が死霊に祟られ滅んだ事は決して他言してはならぬ。観音堂を護り、供養しなければならぬ。』と、諭すのである。

 数カ月の後、馬場氏と死別した鏑木家の嫡子は、育ての母と弟に別れも告げず、観音堂に出向く。

そして、この地の戦の事、祟りで父親が滅んだ事は語らぬと決心し、先人の霊を供養し、観音堂を護り継いでいく誓いを立てたのである。

 その後、十年に及ぶ諸国巡業修行を重ね宮司となった鏑木家の嫡子は、馬場氏が預かり護ってきた父親が遺した資財を投じて、観音神社を開き、以後、代々の者が護り継ぐようになったという。

こうして、観音神社は、領民の暮らしの安定と安全を願う拠点として、役割を果たしてきたのである。


「そうか・・・鏑木家の息子と馬場氏の息子が、兄弟として育てられたとはな、びっくりだな。しかし、何故、物別れになったんだろう・・・。」

「ふむ、そこなのだが・・・

先ずは、馬場氏は、鏑木家の嫡子には、事実を話したのではないか、とな。」

「えっ、じゃぁ、実の父親が、自分まで道ずれにしようとした事実を知ったと?」

「さよう。鏑木家の嫡子は傷つき、そして、親が犯した罪に自分が犯した罪のように苛まれ、馬場家を巻き込んだ負い目に苦しんだのではないか、とな。

そう解釈すれば、鏑木家の嫡子の、その後の行動も理解が出来る。」

「なるほど、そうか・・そういう事、だったのですね・・・」

宇津木さんは頷きながら言った。

「そして、全てを己の胸の内にしまい込み、封印したのだな。」

「うむ、うむ、なるほど・・それで、馬場氏の息子は、どう受けとめたんだろうか。」

「うむ。馬場氏の息子は、こう思ったに違いない。

何故、突然、坊主山を一族の英霊の墓などと言って、供養するように言うのか、とな。

しかも、兄は、無言で自分と母の元を去ってしまった。

今わの際にある父親に、詰問したかも知れぬ。

何故、いきなり坊主山を供養せよなどと言うのか、何故、兄は、無言のうちに我らの元を去ったのか、とな。だが、馬場氏は、何も語らずに息を引き取った。

無言で去った兄に対しても、強い怒りの感情があっただろう。

そして、馬場氏の息子も、同じ様に封印したのだな。」

「なるほど、それで、二人は互いに相容れぬまま、関係は断絶するという訳ですか・・・。」

「うむ。この事件以来、兄弟として育った二人が一切の接触、関係を断っている事を考えれば、鏑木家の嫡子の親に殺されかけたという衝撃、贖罪意識と負い目、そして馬場氏の息子の疑念と怒りという心奥に根付いた感情が、どれほど二人に暗い影を落とし、深い溝を生じさせたか、容易に理解できるのではないかな。」


 惨劇から五百年、死霊は不穏な気を餌にくすぶり続け、不埒で浅はかな人間の無下な所業の陰で、その力を増してきている。

これを放置しておけば、いずれ強大な怨霊と化し、この地を不浄な瘴気で覆い尽くすことになるであろう。

そうなったとしても、それは人間の本性を因とする宿命であり、自業自得。

果たして、人間は幾度輪廻の業を繰り返せば、己の愚かさに気が付くのであろうか。


「ともあれ、互いに関係を断ったとしても、二人の息子は馬場氏の遺言に従った訳だが、

今の時代となって、鏑木家は代々宮司として、地域民の安寧を願う活動を続け深く感謝され、

かたや、馬場家は、地元の名士と言われながら、神社への寄進はおろか、町内会、自治会の催事への援助も無視するほど吝嗇極まりなく、

坊主山を自ら先祖の墓と言いながら、供養するどころか、柵は崩れ、人に踏み荒らされようが何をされようが放置し続け非難を浴びる、明暗は分かれたな。

特に今の代になって、馬場家に対する突き上げが酷く、地元名士としての名声も地に堕ちた感がある。」

前島さんは、淀みなく言った。

「そうですね。しかも今回の事件ですからね。

そもそもの事を言えば、鏑木家の息子は、覚悟の上に厳しい修行を経て宮司となり観音神社を開き、観音堂を護り継ぐという大義が立ちましたが、馬場家は、特にここ最近の当主は、評判の悪さと言い、今の坊主山の状況を見ただけでも、大義が立つどころではありませんからね。」

「まぁ、今さら言っても仕方がない事を承知で言うが、

そもそも、馬場氏は、鏑木家側近として、自分の嫡子に対して、事実を包み隠さず話すべきだったのだ。

その心がけが善意なるうちは良いが、永代に続く家系の中には、往々にして、偏屈で傲慢な者や、己の利得にのみ執着する者が、必ずや現われるものだ。

そういう者に、ただ坊主山を護れ、供養しろと言ったところで腹に落ちる事はないであろう。

つまり、馬場氏は、鏑木家側近、家臣として、己の嫡子に、累世に亘り主を護る覚悟をさせるために、事実をありのままに話し、

二度と鏑木家に禍いが及ばぬように坊主山を護り供養するよう、言い聴かせるべきだったのだ。合わせて、それが、己が身をも護る術でもあることもな。」

「嘘偽りを言ってその場は取り繕われても、いずれそのツケは、後代の者に廻り来る、因果は巡るということなのですかね・・・。」

「歴史とは未来への警鐘、という事もある。

人が成した悪事や善事などの事象は、生滅、変化を繰り返しながら、人の心に、時間の経過の中にしっかりと事実として刻みつけられる。

同時に、それが順繰りに後の世に反映され、その世に生きる人間に影響を与えることになる。

歴史とは、良くも悪しくも、人が生きて来た足跡、証。

それは、誰も覆すことも、無にすることも出来ぬ。

今を生きる我等は、過去の因業によってその身に火の粉が降り掛かる事になれば、それを払いながら生きていくしかないのだよ。」

「歴史とは、人が生きて来た足跡、証ですか・・・」

と、宇津木さんが呟くように言うと、前島さんは頷いた。


「さて、では、その馬場家のその後だが・・・」

と、刈米さんは続ける。


馬場家は、農作物を安定的に収穫するために、土壌を改良し、新しい作物の育苗に励み、農作物の増産を計りつつ、領民の生活の安全と安定を重視する政策を施し、領民の信頼を得ていく。

戦国時代末期、後に天下統一し、長きに渡り安定の世を築き上げるT家に仕え、天下分け目の戦いでは大いなる功勲をなし、幕政下で、小藩ながら大名として取り立てられたのが、三代目であった。

其の後も、領民の生活の安全、安定のために、幾多の善政を施したことが、当時の名主や庄屋の暦日録、家録(日記)に見ることが出来るという。

 馬場家に、幕府からこの地の灌漑工事の命が下されたのは九代目の時であった。

S川の支流として、坊主山の東側近接を通過しニキロメートル南に位置する湖に流れを引き込むという、当時、実現不可能とまで言われた工事だった。

 その言評に違わず、灌漑工事は過酷を極めた。

嵐、大雨の度に堤が崩れること十数回、その修復工事の度に激流に流される者、倒壊した堤の下敷きになる者と、多くの犠牲者を出したのである。

 水流の調節管理、堤の強度など、幾度となく、技術的試行錯誤を繰り返しながら、ようやく完成をみた時には、二十年以上の歳月が流れていた。

 工事完成後、多くの農民がこの地に移り住み、営農に励むようになった。

多くの者の犠牲の上に、肥沃な大地へと変貌したこの地は、現在でも、米の一大産地となっている。

 馬場家は、この功績をもって石高を大きく加増され、その後、幕末まで幕政の重職に就いていたが、これは、幕政日記、大名総覧にみることが出来るという。


「そうですか・・馬場家が、代々、幕政の重職に就くほど出世していたとは、驚きですね。

それに、領民の生活の安定を第一に考えて執政する名君でもあったとは・・・。」

「うむ。戦国の世、T家に仕え始めた二代目の時、情勢の優劣を的確に判断し立ち回り、期待以上に働き出世の糸口をつかむ。

領地では、領民の生活の安定を第一に、数々の農政改革を行って領民の生活は潤い、そして領地も潤う、まさに馬場家成功絵巻だな。」

「ふむ、まさに、そうだな。

時代を超えて生き残っていく者には、何か共通のものを感じるな。

二代目は、自らの苦心の境遇に屈せず、時代を先見し抜け目なく立ち回るというかな・・・。

坊主山を、等閑にすることもなかったんだろう。」

「うむ。当時の馬場家の作事記録が残っておってな。

それによると、二代目の時は二度、柵を造り直している。

以後、代々の当主が定期的に柵を造り直し、数百年の間に、幾度となく供養塔を建て替えておって、遺志を護り継いでいるな。」

「それにしても、それほどの名君だった馬場氏が、何処でどう間違ったのですかね。」

「ふふっ、二十代も続いていれば、何人かの不心得者がいても可笑しくないんじゃないか。」

と、前島さんは、再び皮肉った。


「さて、さて、私からの説明は以上で終わりだ。何か、他に意見、質問はあるかな。」

刈米さんは言うと、宇津木さんが、さっと手を挙げる。

「何かな、宇津木さん。」

「あのぅ、二度と祟られないように、霊の安寧を願って供養をしなければならないのは、馬場家、ですよね?」

「まぁ、そうだな。」

刈米さんが言って、母を見やる。

「確かにそうだけれども、肝心なのは、本人にその気持ちがあるかどうかだわね。」

母は言った。

「ですよね、やっぱり・・・」

「そう、正にそこなんだが、あの当主は、供養する気持ちすら、ないんじゃないか。」

と言って、前島さんは眉間に皺を寄せた。

「まぁ、いずれにせよ、心底供養せねば、また誰かが祟られる羽目になるか、馬場家も二十代目で終わるかも知れぬな。」

と言って、刈米さんはにっとした。

「いやいや、馬場家は自業自得にしても、誰かが祟られるかも知れないなんて、冗談はやめてくださいよ。」

宇津木さんは真顔で言った。


「さぁて、他になければ、今日は、これでお開きとしたいのだが・・・」

刈米さんは言いながら、一同の反応を伺った。

「うむ。再度確認するが、この研究会で出た意見、質問、そして議論したことは、決して口外せぬように。皆さん、よろしいかな。」

刈米さんは言うと、全員が頷いた。

「それでは、次回の日程は、近くになったら案内しよう。」



      四



「雅ちゃん、坊主山に、行ってみる?」

母は、公民館を出たところで言った。

「うん、行く。」

「実はね、私も行くのははじめてなのよ。遠くから見るだけでね。」

「うん・・・

ねぇ、母さん、刈米さんが言った呪いって・・・」


 領主の鏑木が、我が子をも道づれにし、観音菩薩座像の下に古文書と呪符を隠した理由は、後の世に、古文書と呪符を手にした一族を呪い殺し、謂われなき復讐を果たさんがためであった。

それが、幾つかの事実から、刈米さんが導き出した答えだった。

古文書と呪符を観音菩薩座像の下に隠したのは、観音堂が焼失しても、座像の石台の中であれば残る事を計算してのことであった。

だが、観音堂は残った。しかも、皮肉なことに、実の息子によって観音神社が建立され、観音菩薩座像の下の古文書と呪符は、五百年の間、封印されることとなったのである。


問題の呪符だが、領主の鏑木が、何時、誰に作らせたかは定かではなかったが、その強い魔性から、かなりの呪力を有する呪術師の仕業であろうと推察された。

観音神社の宮司は、自らの手で解呪の儀を取り行ったが、三日三晩を要した上に、最後に神前で焼き払った折、炎が昇り竜の如く天井に突き上がり、一瞬のうちに焼失したという。

観音神社の宮司は新たに護符を作り、坊主山と共に、後々まで供養することとしたのである。


「刈米さんの考えは、事実に基づいていて正しいと思うわ。

でも、人の念というのは恐いものね。自分が遭った恐ろしい目を、他の誰でもいいから、遭わせようとするのだから。

幸い、観音神社が開かれて封印されたけれど、もし、鏑木家の子が道づれにされていたら、

祟りの連鎖は続いていたかも知れないわね。」

「祟りの、連鎖?」

「そう。念というものは、呪符を受け取った人が前者の念を受け継いでしまうのよ。

厄介なことに、怨念はさらなる怨念を生み、人を自分と同じ目に遭わせようと、また呪符をつくる。

呪符を受け取ってしまった時は、解呪して焼き払えば良いのだけれど、邪な心を持つ人は、つい、その魔性に惹きつけられてしまうのね。

妙な高揚感に襲われて、一時的にでも、物事が思い通りになるの。

でも、結局、滅びの道を歩むことになる。これが、この呪符の恐ろしいところなのよ。

ただ、当時、そういう呪符を作れる呪術師は、数えるほども居なかったはずだわ。」

「そう、なんだね。」

僕は母の言葉に耳を傾けながら、正面を見据えていた。

「例の呪符は、観音神社の宮司が、すぐにその魔性に気がついて、解呪し焼き払ったと、刈米さんは言っていたわね。」

と、母は穏やかな口調で言った。


遠目ではボーッと烟って見えていた坊主山が、こうして近くで見ると、全体が陽炎のように不規則に大きくゆらゆらと揺れている。

 高さ三メートルはある柵は、基礎石の上に格子状に整然と組み上げられている。

組まれている木は石炭のように黒く光り、よく見ると、組木の一本一本に、幾何学的な紋様が施されている。

僕は、似たような紋様を家の中で見ていた。

 母は、いつになく険しい表情で坊主山を見続けている。

「いや、黒檀の柵に土台は庵治石、何度見ても見映えは、雄壮だな。」

背後から、聞き覚えのある声がする。

「刈米さん。」

振り返りざまに母は言った。

「神代さん、やっぱり来ましたな。息子さんも、興味があるらしい。」

刈米さんは、鋭い目つきで僕を見ながら言った。

「墓石のないお墓。それも、恐ろしく怨がこもったお墓だわ。」

と言って、母は柵に向き直った。

「やはり、この柵が影響を与えている、という事なのだな。」

刈米さんは言って、柵を睨みつけた。

「そう。強い呪で抑え込まれるほど、死霊は強くなる。結界が破られるのも、時間の問題だわね。」

「そして、強大な怨霊は放たれ、この世は・・・」

と言って、刈米さんは天を仰いだ。

「霊は、心ある人が供養して鎮まるもの。虐げられた霊は、何百年の時を経ても鎮まる事はないのよ。いつまでも、くすぶり続ける。

皆殺しにした人々を供養もせず此処に棄てたのは人間、此処を散々踏み荒らして、霊を殊のほか刺激してきたのも人間、そうしてくすぶり続ける怨みの念を強くさせたのも、この柵を造らせた人間だわ。

もう、法力をもってその魂を鎮め、黄泉に送ること以外、手立てはないのよ。」

「なるほどな・・だが、それは、容易い事ではないようだな。」

「えぇ、簡単ではないわ。でも、やれなければ、この世は闇に包まれることになる・・・。」

そう言いながら、母は黒光りする板に視線を移した。

母の視線の先には、五十センチ四方位の大きさの板が、柵の一番上の横流しの木に掛けられている。

その板には、組木に彫られているものに似た紋様が彫られていた。

「うむ。あの札だが、後になって、地主が作らせて掛けさせたのだな。この札は、北側、西側、東側にもあるのだよ。」

刈米さんは、北、西、東の方位を指差しながら言った。

「四つの方位に、お札が?」


 僕は、その時、坊主山の天辺に異様な気配を感じ取っていた。

すると、突然、坊主山の天辺に灰色の霧が現れ、その霧が、少しずつ坊主山を覆いはじめたのである。


「瘴気だわ。」

「瘴気?」

刈米さんは言いながら坊主山を凝視。だが、刈米さんには見えない。

灰色の瘴気は、柵の内側でグルグル、モクモクと不規則に動きながら、徐々にその範囲を広げている。

「あっ! 母さん!」

僕は、瘴気の中に、得体の知れない存在が蠢いている光景が見えた。

この地にはじめて来た時、坊主山で一瞬見えた光景と似ていたが、あの時より、ずっと大きく、はっきりと、蠢く何ものかが見えている。

「大丈夫よ。この柵から出ることはないわ。」

母は、動揺した僕の二の腕を掴みながら言った。

「なんと! やはり、息子さんには見えるのだな。」

刈米さんは、見えないまでも、何か不穏なものを感じ取っているのだろう。

きっと腕組みし、坊主山周辺の彼方此方を睨み付けるように見ている。

・・・と、瘴気の中で、蠢く何ものかの姿影が消えた。

僕は、ほっと、一息ついた。


「ふぅ・・・一先ず、落ち着いたようかな。」

刈米さんは緊張を解すように吐息し、腕組みを解いた。

「実はな、地主が、あの地震のあと、急に柵を造り直したのが引っ掛かってな。

それとなく、周辺に探りを入れていたのだ。」

「やっぱり、気になっていたのね。」

「うむ。先般、たまたま、老婦人たちの井戸端会議に遭遇してな。いろいろ、話を聞くことが出来たのだが・・・

人の口に、戸は立てられぬな。立て板に水の如く、口々にしゃべりおった。

女子供、赤ん坊まで情け容赦なく殺して埋めた墓場を供養どころか、柵をあんなにボロボロになるまで放っておいて、踏み荒らされて、大昔に殺された人たちの霊が怒り、それで祟りに遭っているのだ、だから、今度は絶対に人が入れないように、あんな高くて頑丈な柵を造ったのだ、とな。」

「それは、前島さんと宇津木さんが言っていた、突き上げね。」

「さよう。それは、酷い言いようでな。

この辺りは、観音神社に通う信心深い人間が多く仕方のない事かも知れぬが、地元名士が人でなしの罰当たり呼ばわりだからな。」

「その・・地主さんの周りで起きた出来事って、どんな事なの?」

「次男が交通事故で亡くなり、奥方が転んで大怪我をして入院、株で何億もの大損をしたり、先祖代々伝わる大層な値打ち物の花器が割れたり、という事のようなのだ。」

「それは、確かなのね。」

「うむ。株で大損した事や値打ち物の花器が割れた事は、地主がぶつくさ言っていたのを近所の人が聞いたらしい。

次男が交通事故で亡くなった時は葬式を出し、奥方が大怪我した時は、救急車が来ていたのを見たと言っていたからな。

どれもこれも、起こりそうな事なのだが、立て続けに起こった事で、地主は恐れをなしたのだろう。柵を造り直したのは、それが原因に違いあるまい。」

「そうね。祟りを、恐れてのことね。」

「うむ。」

刈米さんは頷いた。

「それにしても、この柵の造り方、呪の入れ方は、尋常ではないわ。

刈米さん、地主さんが、柵を造り直した経緯を、詳しく調べてくれない?」

「うむ、調べてみよう。」

刈米さんが言うと、母は頷いた。


「もう一つ、この坊主山だが、どうにも腑に落ちぬ事があるのだが。」

「腑に落ちない事?」

「つまり、死体を棄てるためだけに、これほどの大きい穴は掘るものか、とな。」

刈米さんはそう言って、母に鋭い視線を向けた。

「そう・・何か、考えがあるのね。」

「うむ。まだ、何の根拠もない仮説なのだが・・・」

と、刈米さんは話しはじめた。


当時、隣国に急速に勢力を拡大してきた土着一族があった。

この一族は、奇襲戦法を得意とし、この地を攻略しようと虎視眈々と機会を窺っていた。

 この一族の存在を一早く知った領主の鏑木は、奇襲に備え、その攻撃の型を研究し、丘上から下地まで、距離二百メートル程度の、現在でいう二十%程度の勾配の斜面という、地の利を活かした作戦を練り実行する。

それは、楕円形に掘った穴に、突進してくる敵兵士を落とし、壊滅させる作戦だった。

その穴は、横幅六十メートル、縦幅は二十メートル、深さは五、六メートルほどにはなったであろう。

 まず、事前に神山から手頃なヒノキを伐採し、長さ十尺ほどの杭状の丸太に加工したものを千数百本は用意する。

その丸太を、丘上から見える穴の正面辺りを除き、掘る穴の周りに浅く打ちこみ、一本一本縄でつなぎ合わせ張り巡らし柵を造る。

正面の柵は、観音開きになるように細工を施した。

この観音開きの柵は、幅二十メートルほどはあったであろう。

穴は、正面より遠くから掘りすすめ、正面の観音開きの柵以外は、堀った土を柵の内側に盛っていく。

この作戦を準備するために、一族の者、領民の女子供以外ほとんど、数千人の人員が駆り出されたに違いない。

作戦を早く完成させるために、作業は夜通し続いた事でもあろう。

作戦の進行中でも、作戦が完成した後も、連日連夜、周辺に斥候を出し、敵の動向を窺う事を忘れなかった。

土着一族も、奇襲に見合う兵力の補充を計りながら、鏑木一族の動向を窺っており、当然、柵の築造は察知していた。

 

領主の鏑木にしてみれば、この作戦は大いなる賭けであった。

穴を掘っている間にも、この土着一族は周辺の隣国を攻め落としているという噂が耳に入ってくる。

次は我が身である。だが、領主の鏑木は、土着一族には、戦が続き十分な兵士の増強が成し得ないだろう事、何よりも、連戦連勝ゆえの過信と傲りがあり、この過信と傲りこそが、我らに勝機をもたらす、と考えたのである。

無論、数千に及ぶ兵力をもって攻撃されれば、鏑木一族に勝算はなかった。

もとより、穴の存在が露見すれば、作戦そのものが失敗に終わる。いずれも、鏑木一族の滅亡を意味していた。

いつ攻め込まれるか予想が付かぬ中、出来るだけ早期に作戦は完成させねばならぬ、と、領主の鏑木は完成を急がせるのである。

領主の鏑木の思惑通り、土着一族の頭領はこの穴に気が付くこともなく、

『あの程度の柵で、我が軍の攻撃を阻もうなどと笑止千万。程なく、我が掌中に収めてみようぞ。』などと高を括り、ただただ、領主の鏑木を甘く見、油断していたのである。

こうして、鋤、鍬などあらゆる道具を使って掘り続ける事三カ月、否、二カ月かも知れぬが、この落とし穴は完成をみたのであった。


 或る日、斥候は、俄かな敵の動きから奇襲を察知した。

草間から覗き見れば、広大な平場に、多勢の敵兵士が集結し、今宵にでも出撃せんと、物々しい動きをしている。

その数、千余り。

「我らに勝機あり!」

斥候から報告を受けると、領主の鏑木は叫び、兵士に勝利を鼓舞し奮い立たせ、

すぐさま、神山の麓周辺と柵の裏手に、長槍、弓矢を携えた三、四百の兵士を分散し待ち構えさせた。

観音開きの柵には縄が括り付けられ、穴の向こう縁には、数十人の人員が縄を持ち待機、

側近は、柵に設けた監視台に上がった。

 その翌日の、夜明け前であった。

千余りの土着一族の兵士が、西側の丘の上に姿を現わすや、数百の兵士を一括りに幾つかの隊列を敷き、喊声を上げながら突進してきたのである。

最前列には、敵兵士三人が一組となり、十寸径、長さ八尺ほどの丸太棒を抱え、其れが十二組、総勢三十六人が、隊列をすぼませながら柵の正面目掛けて突進してくる。

後続の隊列も、それに倣い突進してくる。

柵は、決して、打ち破らせてはならない。敵兵士の突進の勢いが減じ、後続の一団に穴の手前で踏みとどまられ、反撃の機会を与えてしまう。

柵を開ける時機は早からず遅からず、突進する勢いが衰えぬまま穴に落ちるよう、よくよく見極めなければならない。

開柵の時機を見計らう側近の目は血走り、縄持ちの人員には極度の緊張が走る。

その時、

「引けぇ!」

と、側近の寛闊声が響く。

こうして、柵は、最前列の隊列が入り口の柵に打ち当たる寸前に、一気に開けられた。

正に絶妙な時機に、柵は開けられたのである。

突如、敵兵士の目の前には広大な穴、丸太を抱えた敵兵士の隊列が、あっという間に穴に落ち、続けて、後続の数百の敵兵士の一団が穴に落ちた。

数百の味方が穴の中の消えていく様を目の前にしても勢いは止められず、倒れ転がりながら、続けて数百、また数百の敵兵士が、次々と穴に吸い込まれて行く。

すかさず、神山の麓、柵の裏手に待ち構えていた領主側の三、四百の兵士が、一斉に扇状に隊列を組んで突進し、穴の手前で踏みとどまり混乱する敵兵士を、側面から、背後から、

長槍、弓矢を用い攻撃し穴に追い落とす。

最後に、入り口の両脇の柵の丸太から、一本、また一本・・・穴に向かって押し倒していった。

すると、千数百本に及ぶ丸太が、次々と連鎖し穴の中へ落ちていき、穴底で息絶え絶えに呻く敵兵士の止めを刺すのである。

当然、穴には落ちず、柵の外側に逃れた敵兵士がいたはずである。

彼らは柵の外側で討たれ、胴体骸は穴に投棄、残骸はその場に放置され、数百年の間に土に埋もれた。

それが、坊主山周辺だけに人骨の一部や、刀剣などが出土した理由である。

 戦わずして、戦力のほとんどを失った土着一族の頭領は、側近と生き残った十数人の兵士とともに命からがら逃げ戻った。

 領主の鏑木は、即座に、数百の追手をこの土着一族の拠点に攻め込ませ、その時まさに逃れんとしていた頭領をはじめ、郎党、女、子供、赤ん坊まで一族皆殺しにした上、この穴に投棄し埋めたのである。

もし、この土着一族が、数千の兵力を整え戦に臨んでいれば、勝利していたに違いない。

戦に次ぐ戦に明け暮れ、兵士の補充が不十分のまま、戦を仕掛けたことに敗因はあった。

鏑木一族の力を甘く見たこの土着一族には、過信と傲りゆえの油断があった。

この土着一族も、滅びる運命にあったのである。


「このような仮説を立てた訳なのだが・・・。」

「それが、坊主山が作られた理由というのね。」

「いいや、あくまでも仮説に過ぎぬ。自分で言うのも気が引けるが、妄想、絵空事などと思われて、致し方あるまい。」

「そんなこと・・・」

母は、柔らかに否定した。

「ふむ。とにかくも、事前に、死体を棄てる穴を掘って戦に臨む者などおらぬだろうし、なによりも、西側の地に人骨の類が出土しないことに、どうにも納得がいかぬのだ。

実際の合戦があれば、死体を回収して坊主山に棄てたとしても、線路側の地と同じように、何らかの残骸や遺品は出るだろう。

こういう仮説でも立てぬ限り、これほど大きい穴を掘った理由も、西側の地に残骸や遺品の類が出土しない理由もつかぬのだよ。」

刈米さんは、畳みかけるように語った。

「きっと、刈米さんの言う通りだと思うわ。」

「いいや、確証がない以上、ただの仮説に過ぎぬ。」

と、刈米さんは悔しそうに唇を噛んだ。

「・・刈米さん、その確証だけれど、案外、身近な所にあるかも知れないわよ。」

「うん? 身近な所・・・」

刈米さんは、腕を組み考え込んだ。

「・・うむ、早速、当たってみよう。」

刈米さんは、何かを思い当たったように言った。


 僕は、刈米さんの興味深い話しに耳を傾けながら、坊主山の変化に目を離せず、じっと見続けていた。

こうしている間にも、坊主山を覆いはじめた瘴気は、その範囲を少しずつ拡げているのである。


「母さん・・・」

僕が言うと、母は上空にさっと視線を移した。

「そうね、準備を急がないとね。」

 

 柵の前で刈米さんと別れ、母と僕は家に帰った。

 家に着くと、僕はすぐさま回廊に駆け上がった。

やっぱり、同じ木、同じ紋様だった。

「雅ちゃん、もう、話さないといけないわね。」

振り向くと、母が回廊に通じる階段を上がってきていた。

 

 僕は、霊的な存在や、それから出来した事象のすべてを、見る、感じ取る力を受け継いでいるのである。

何が見えても怖れることはない、と母に言われた時、僕の身体中に張り巡らされた血の管に詰まった異物が、すーっと取り除かれたような気がしたのだ。

 母が、僕が一族の血を引いていることに気が付いたのは、この地に越してきて間もなくの頃だった。

だが、まだ幼かった僕に伝えたところで混乱するだけ、そう思った母は、成長するまで見守っていくしかない、そう決心したという。

 

 母は、古代からこの地にあった巫覡一族の末裔であった。

 戦国の世の初め、この地を支配していた鏑木一族は、西方の地より現われた土豪一族であった。

西方の地で戦に破れ敗走し、東方の地に活路を見出そうとしたのである。

 鏑木一族が、この地に根を張る土着一族を取り込みはじめたのは、神山の中腹に陣を構えてより、三十日余りが経過した頃であった。

頭領を名乗る人物が、武装した数十騎の一団を引き連れ、粗暴に威圧する一方、言葉巧みに土着の一族を取り込みはじめたのである。

 取り込みの手は、領民の信頼厚い母の一族にも及ぶ。

巫覡一族の法力を、領地支配に利用しようとしたのである。だが、母の一族は、脅しに近い取り込みにも屈せず、毅然とした態度で拒否したのだった。


 鏑木一族が、この地を支配下に置き三年が過ぎた頃だった。

 隣国に、急速に勢力を拡大してきた土着一族と対峙した鏑木一族は、これを討ち果たした。

その際、敵武者のみならず、女子供、赤ん坊までも皆殺しにした上、穴に棄て埋めた所業を母の一族は知る。

 母の一族は、無惨に殺された骸の霊は、必ずや怨霊となり、鏑木一族のみならず領民に禍を成すことを予知し、領主鏑木に対し、埋穴に墓石の建立と供養を強く進言、たが、滅んだ敵者に情け無用としてこれを受け容れなかった。

そればかりか、これを口実に、法力をもって善行を成し領民に崇拝され、為政上の脅威となりつつあった母の一族を政敵と見做し、迫害したのである。

 母の一族は迫害から逃れ全国各地に離散、他方、鏑木一族は惨殺した骸の怨霊の祟りで滅亡の道を辿ったのであった。

 離散後、母の一族は一人ひとりが市井の中で生きてきたが、時の流れとともに一族の血は薄れ、同じ能力を受け継ぐ者は、もはや全国に十数人という。

僕は、母が語る姿を見ながら、故郷であったこの地に足を踏み入れた母の気持ちを思った。

 

 母は、憂える表情を成し、天窓越しに青々とした空を見ている。

 僕は、はっきりと分かった。

多くの彷徨う魂がこの坊主山に集結し、この世の秩序を破壊しかねないほど、恐ろしい事が起きつつあることを。

「雅ちゃん、会わなければならない人がいるわ。」


 それから二日後、母は、急に、坊主山に行くと言い出した。

 この二日間、僕は、母が長い数珠を両手に巻いて、回廊のベランダに通じるガラス戸の前で、お祈りをしていたことは知っていたが、その理由は分からなかった。

 坊主山に近付いていくと、柵の前に立つ女性の後姿が目に入った。

母は、その女性の背後ろに立つと、

「やっと、来てくれたわね。」

と言った。

「やっぱり、私を呼んだのは、絹江さん、あなただったのね。」

女性は横顔を見せて、言った。

僕より一回り以上は違いそうな年頃の、目鼻立ちの整った女性だ。

「そうよ。あなたに来てもらうために、集中して願掛けしたのよ。

いったい、今まで何処へ行っていたの。お母様の死に目にも遭わずに。」

「そうね・・・誰も知り合いのいないところ、かしらね・・・。」

「やっぱり、お母さまとの事、まだこだわっているのね。何故、此処に来てくれたの?」

「あの母が、夢枕に立ったのよ。」

「えっ、それじゃ・・・」

「そう、此処に来たのは、母からの言いつけがあったからよ。

一族の一人として、役割を果たしなさい、そういう言いつけがね。

夢枕に立った母の言いつけには、従うしかないわ。」

「そう、だったのね・・・」

母はその女性に並び立ち言った。


「大分、強くなってきているわね。」

女性が言うと、母は目の前にある柵の組木にそっと手を添え、すぐさま手を放す。

柵の中で、瘴気が、激しくグルグル、モクモクと動く。

「かなり強い呪で抑え込まれているけれど、それが霊の対抗力を日に日に強くしている。

それに・・・」

母は、西方を指さしながら続けた。

「あれを見て。」

見れば、西方から白色の霧状の塊となった霊が次々と現れ、坊主山の天辺から中に吸い込まれていく。

「坊主山に、霊が取り込まれるようになったわ。結界に、隙間が開いたのよ。

ほら、向こうからも。」

と、東方からも白色の霧状の霊がいくつも現れ、坊主山の天辺から中へ吸い込まれていく。

「隙間が、開いたとなると・・・」

女性が鋭い眼差しで言うと、母は黙って頷いた。

「紹介するわ、息子の雅人よ。」

母は振り返り言った。

「私は一色啓子、よろしく。」

女性は、僕を振り返り見て言った。


 母と僕は、一色啓子とともに自宅に戻った。

「あぁ、ここは・・・護身柱は、あの回廊の四隅にあるのね。」

一色啓子は玄関に入るなり、回廊あたりで視線を固定し言った。

「そう、定石通りよ。」


 護身紋様柱は、母が、伯父から紹介された腕の良い建具職人に造らせたものだった。

建具職人には護り柱と言って造らせたが、黒檀を使用する事はあっても表面にこれほど複雑な紋様を施すことは珍しく、職人をかなり手こずらせたようだが、母が満足する仕上がりにはなったようだ。

 それを観音神社に持ち込み、鏑木家末裔の宮司が、三昼夜かけて魂入れと呪入りの儀を行って、我が家の完成と同時に回廊の四隅に置かれたのである。

「私の協力はここまででございます。ご武運をお祈りいたします。」

全てを承知した上での、宮司の言葉だった。

 僕が家の中で常に護られている感覚があったのは、この護身紋様柱があったからだったのである。


「かなり強い呪で護られているわね。」

一色啓子は言った。

母は、一色啓子を一瞥すると無言で回廊に上がり、黒いつづらを抱えて降りてきた。

そのつづら箱は、母が父と一緒になる以前から持っていた物だった。

母は、一つ一つ丁寧に、つづらから物品を取り出し、フロア畳に並べていく。

 つづらの中に収められていたのは、

金糸で、五芒星の刺繍が襟の端から端まで施されている白色の千早二枚、伽羅色の袴が二枚、白衣が二枚、そして草履が二足、

長さは五尺、幅は三寸ほど、柱時計の振り子のような丸状の両端に、黒糸で五芒星の刺繍がある白絹のタスキが五本、

長さは一尺、握りの部分は黒く、鍔に鈴が三つ付いた鈴鉾が二個。

そして、紫色と橙色の房のある黒檀の数珠がそれぞれ一連ずつ、あぶら紙に包まれた幅三寸、長さ三尺ほどの護符が一枚。

護符には、親指と人差し指で作る丸ほどの大きさの梵字が、びっしり書かれている。

母は、タスキ二本、鉾鈴二つをそれぞれセットし、その上に、紋所の異なる千早、袴、白衣を重ね置き、その上に数珠を置いた。

かなり古い物のようだが、手入れがよく行き届いていた。

それぞれの千早の背には、大きさ三寸ほど、これも金糸で施された複雑な柄の藤のような紋様と、丸の中に漢数字の二の紋様がある。

「これは・・・」

一色啓子は驚いた様子で言った。

「そう。これは、あなたのお祖母様が一色家のご先祖のお告げに従って、特別に御作りになったもの。あなたのお母様が亡くなられる前、あなたの代わりに私が預かったのよ。

あなたのお祖母様、お母様、そしてあなたと、一族の遺志は、ちゃんと、引き継がれてきているわ。」

母が言うと、一色啓子は、一しずくの涙を落としながら、自家の家紋が入った千早にそっと両手を添えた。

藤の花のような複雑な紋様が施されているもう一衣の千早は、母の生家、真宮寺家の家紋が入っている。母が、先祖から受け継いだものなのである。

「この千早は、ご先祖の魂と法力で守られている。これで、ご先祖と一緒に戦えるわ。」

母は言った。

その日から、一色啓子は、事が済むまで我が家に滞在することになった。


 鎮魂の儀式を挙行する時期を見極めるために、死霊の動きを監視する必要がある。

 午前一時、僕は、母と一色啓子とともに、バルコニーに上がった。

正面に、坊主山が見える。

驚いたことに、瘴気は、灰色から、淡いオレンジ色へと変化し、炎のようにゆらゆらと夜空に突き上げる様子が見え、その炎の中に、次々に白色の霧状の霊が吸い込まれていく。

「一体、どれほど、取り込むつもりなのかしら。」

一色啓子は言った。

「もう少し、近くで見たいわね。」

母が言うと一色啓子は頷く。


 三人でフロアに降り玄関を開けると、刈米さんが向こうから歩いてくる。

「やぁ、お揃いだな。」

「啓子さん、紹介するわ。刈米さんよ。」

母に紹介されると、一色啓子と刈米さんは互いに軽く会釈をした。

 僕は、刈米さんが仕事上の興味で来ていると思っていたが、母は、この地に越してきて、刈米さんの存在を知るとすぐに会い、自分の素性を話し、将来起こるであろう事態への、協力を求めていたのである。

「何やら、ただならぬ気配がするな。」

と言って、刈米さんは坊主山を睨む。

「もう少し近くで、様子をみるわよ。」

「うむ。わしも行こう。」

刈米さんが言うと、母は坊主山に向かって、ゆっくりと歩き出した。

「刈米さん、分かったことを聞かせて。」

「うむ。」


 死霊が、急激に、これほどまでに強大化した怨霊となったのには、やはり理由があった。

 二十代目当主は欲深なゆえに、二十年前、線路側の土地を売却して以降、坊主山の柵を造り直すことをしなかった。

ところが、先月起きた地震で坊主山の正体が明らかになり、しかも、自らの身の周りで、次々に不幸な出来事に見舞われるに至り、『怨霊の祟りだ、怨霊の祟りだ・・・』と狼狽し騒ぎだしたという。

 恐れをなした二十代目当主は、自分の身を護るために、大枚はたいて、遠く、中国から高邁な祈祷師を呼び寄せて、三昼夜掛けて呪をかけた組木を使用し、柵と札を造らせたのだ。

まさに、霊を封じ込めるための愚行だった。

この行為が、坊主山に巣食う死霊を刺激し、怨念を強大化させてしまったのである。

その後まもなく、二十代目当主は、原因不明の病で倒れ、意識が戻らないままでいるという。

 跡継ぎの長男は、自分も父親と同じ目に遭うのではないかと関わりになる事を極端に怖れ、全てにおいて非協力的だった。

 

「あの地主めが、つくづく、愚かな事をしたものだな。」

「そんな祈祷師を呼んで念入りにやったとなると、反動で、エネルギーは私たちの想像の域を超えているわね。」

一色啓子は言った。

「そうだわね・・・」

・・と母は、坊主山の手前五十メートルあたりで、急に立ち止まる。

「うむ? 何故、止まるのだ。」

「えぇ、今日は此処まで。これ以上は無理だわ。」

母は言った。母の隣で一色啓子が頷く。

「ふむ、さようか・・・」

事情を察した刈米さんは、作務衣の袂から小さめの巾着袋を出し、袋の中から楔のような物を取り出した。

「あの跡取りの地主めが、すっかり怖気づけおって、関わりたくないと言い張ってな。

そこで、怨霊を追い払うためだと言って、どうにかこうにか説得して、柵の中にある仕掛けを置いたのだよ。」

「えっ! こんな時に、柵の中に入ったの⁉ 一体、どうやって。」

一色啓子は言った。

「あの柵は、北側から中に入れてな。倒れた地主が、何かあった時のために、北側の組木を開け閉めできるように造らせたらしい。これが、その鍵だ。」

刈米さんはそう言って、楔状の鍵を見せた。

その鍵は、幅二センチ、長さは十センチくらいだった。

「中に入って、その装置を置いたというの⁉」

一色啓子はそう言ながら、目を丸くした。

「そう、だが・・・」

刈米さんは訝し気に言った。

「そう。それで・・その装置、いつ置いたの?」

母は言った。

「一昨日の、朝方だな。」

「一昨日の朝・・その時、身体に何か異変を感じなかった?」

母は、刈米さんの身体を見回しながら言った。

「いいや、特に何も感じなかったが。」

「今はどう?」

「いいや、特には・・いや、いや、大丈夫だよ、ほれ、この通り!」

刈米さんは、はっとした表情を見せながら、身体の前面をパンパンと叩きながら言った。

「そう、良かったわ。」

母はそう言って、ほっとした表情を見せた。

「刈米さん、あなたは運がいい人だわ。そういう無防備な所が、逆に警戒されないのかも知れないわね。」

一色啓子は皮肉っぽく言うと、刈米さんは気まずそうな表情を作った。

「それで、その仕掛けというのは?」

母は、少し色目気だって言った。

「うむ。電磁波を利用した装置でな。このくらいの段ボール箱くらいで、強力な電磁波を作り出すことができる優れものだ。」

刈米さんは、両腕で、段ボール箱を抱えるような仕草をして言った。

「電磁波は除霊に効果的という事が、西洋の研究で分かっておってな。こういう時に役立つように、研究を重ねて造り上げたのだ。

ただ置いている分には、何の影響もありゃせぬ。そこら辺にある石ころと一緒だよ。」

「ありがとう、刈米さん。」

母が言うと、刈米さんは、にこりとして頷いた。

「でも、刈米さん、協力はここまでね。

あなたを、危険な目に合わせるわけにはいかないわ。」

母は言った。

「いいや、ここまで来て、引き下がる訳にはいかぬ。」

と言って、刈米さんは母に鋭い視線を向けた。

「・・・分かったわ。でも、本当に、いいの? 命懸けになるかも知れないわよ。」

「勿論、承知の上だ。」

と、刈米さんは返し、坊主山を睨み付けた。

オレンジ色の瘴気は、こうしている間にも、少しずつ大きくなっていくように見える。

 

観察をはじめて三日目だった。

坊主山の淡いオレンジ色の瘴気に、変化が現われた。

瘴気の先端が、煙が輪を描いてくゆるように、メラメラとしはじめたのである。

「明日、準備に入るわよ。」

母は言った。


 その日の夜明けと同時に、母は儀式の準備をはじめた。

刈米さんは、まだ陽が上がらないうちに、駆けつけてきた。

「雅ちゃん、回廊の北側の収納庫にある、もう一つのつづら箱を持ってきて。」

僕が回廊に通じる階段を上がりはじめると、刈米さんは、

「どれどれ、わしも。」

と、言いながら階段を上がり、

「あれが、護身紋様柱か。なるほど、ふむ、ふむ・・・。」

と、四方を見やり言う。

「刈米さん、これですね。」

僕は、壁面の窪んだスペースを指差して言った。

「おぅ、これか・・よい、しょっと!」

と、刈米さんは言ってつづら箱を引っ張り出し、リフトに乗せ下ろした。

 母がつづら箱を開けると、

正座してようやく下肢が収まる程度の小ぶりの四角い藁の座布団が二枚、長三宝、三宝がそれぞれ一台、瓶子が二つ、長さ一尺くらいの太いロウソクが一本、あぶら紙に包まれた短冊状の護符が五枚、束ねられた五つの麻製のひも、そして、小さめのレンガくらいの大きさのずっしりと重く黒い石が五つ、納められていた。

この黒い石にも、複雑な紋様が施されている。

「雅ちゃん、先ず、この麻ひもをそれぞれの柱に結んで下に垂らしてちょうだい。」

母は麻ひもを手に取ると言った。母は、どこから持ってきたのか、榊を二枝手にしている。

僕は四束の麻ひもを持って、刈米さんと一緒に再び回廊に上がった。

「はて、何処で結べばよいのかな・・・。」

よく見ると、紋様柱の天側と前側が合わさる際の中心に、人差し指が入るくらいの穴が施されている。

「ここだな。」

「はい、ここですね。僕は、あっちを。」

僕は、麻ひも二束を刈米さんに渡し、反対側の紋様柱に回り、麻ひもを垂らす。

「母さん、これでいい?」

僕は、回廊の手摺越しに言った。

「えぇ、いいわ。下に降りてきて。

垂れた麻ひもを、向かいの柱のひもが垂れている所まで引っ張って、黒い石に括り付けて止めてから、その上に護符を貼るのよ。」

 下に降りた刈米さんと僕は、つづら箱から黒い石四つと護符四枚を取り出し、それぞれ、麻ひもが垂れているところに置いた。

「よしっ、こうだな。」

刈米さんは、垂れた麻ひもを引っ張り、対角にある紋様柱の下に垂らした麻ひもに正確に当て、黒い石に麻ひもを括りつけてフロアに置き、護符を貼った。

僕も同じように、麻ひも引っ張り黒い石に括り付けてフロアに置き、その上に護符を貼る。

そうすると、奇妙な立体的空間が出来上がった。

「これで、結界の準備はできたわ。啓子さん、座を作るわよ。」

「分かったわ。」

一色啓子が緊張した面持ちで返すと、二人は厳かな動作で準備をはじめた。

 四つの紋様柱を麻ひもで対角線に結んだ中心に、北側を正面として、三三判の畳四枚を置き、中央に長さ三尺の長三宝、長三宝の中央に三宝、両脇に瓶子を据えた。

 次に、三宝の中央に長さ五寸の太いロウソクを立て、それぞれの瓶子に榊を一枝差し込むと、双方を麻ひもで輪状に結び、そこに護符を掛けた。

座所に四角い藁の座布団を置き、それぞれの座布団の上に、千早、白衣、袴、タスキ、数珠、鈴鉾を置く。

「儀式の前にやることがあるわ。今のうちに、休んでおいて。」

「そうね、そうさせてもらうわ。」

一色啓子は、朝食を済ませると客間に入った。

刈米さんは、午後十一時には、再訪することを約し帰宅した。

 母は、上座に向かって手を合わせ深々とお辞儀すると、何やら唱え始めた。

穏やかな、口調だった。

「雅ちゃん、気を付けて行くのよ。相手は、あなたの存在をもう知っているわ。」

僕が登校しようとすると、母は立ち上がって言った。

「大丈夫。気を付けるよ。」

「これを、掛けて行って。」

母は、三宝に供えていた大きさ一寸くらいの丸く黒い石のペンダントを手に取ると、僕の首に掛けた。

見ると、この石にも、柱に刻み込んだ紋様と同じような紋様が彫り込んである。

「ご先祖から受け継いでいるお守りよ。これから、肌身離さず持っているのよ。いい?」

「分かった。」

僕は言って、ペンダントを学生服の中に入れ込んだ。

『あっ・・・』

外に出て見れば、オレンジ色の瘴気は、よりメラメラと、その範囲を大きくしている。

僕は、その恐ろしさをも超えた妖艶な美しさに、しばらく、呆然と魅入っていた。

 

 僕が午後四時過ぎ帰宅すると、母と一色啓子が玄関先にいる。

「おかえり。」

母は険しい表情で言った。

見れば、坊主山の上空で滞留している霊が、矢継ぎ早に坊主山に入り込んでいく。

「母さん、あれは・・・」

「そう。いよいよ、だわね。」

それは、坊主山が、噴火寸前であることを意味していた。


「さぁ、儀式の前に、まだやることがあるわ。」

母が言うと、一色啓子は頷いた。

母と一色啓子は、千早、白衣、袴に着替えタスキを首に掛け、右手に数珠、左手に鉾鈴を持ち、それぞれ、北側と南側に立ち、東西南北、北東、北西、南西、南東の方角に向かって深くお辞儀をした。

「・・・ノボサタナナム サンミャクサンボ ダイコーチニャーターニャーター オシャレンソーレン ジュンテンソワカ・・・」

そう唱えながら、二人は、紋様柱に囲われた内側を左回りに、ゆっくりと歩み始めた。

一時間ほど、続いた頃だった。

二人は、再び、東西南北、北東、北西、南西、南東の方角に向かって深くお辞儀をすると、座に、タスキ、数珠、鉾鈴を置いた。

「雅ちゃん、その端に畳を二枚置いてちょうだい。つづら箱からタスキを二本取って、畳の上に置いておくのよ。」

母は丁度、東側と南側の紋様柱の真ん中を指差して言った。

僕は、そこに三三判の畳を二枚置き、つづら箱からタスキ二本を取り出し畳の上に置いた。

「あなたと刈米さんは、そのタスキを首に掛けて、そこに胡坐で坐り、こうして、両手を組むのよ。」

母は、胸元で、両手の人差し指と親指を立てて突き合わせた形を見せて言った。

「儀式が始まったら、『オン アビラウンケン ソワカ』と集中して唱え、良いと言うまで、何があってもじっとしているのよ、いいわね。」

母は、いつになく語気強く言うと、僕は頷いた。

オン アビラウンケンソワカ、オン アビラウンケンソワカ、オン アビラウンケンソワカ・・・

 母と一色啓子は、時折外に出ては、坊主山の様子を窺う。

夕方前に比べ、オレンジ色の輝度が随分と上がっているように見える。

母は、ずっと険しい表情で、坊主山を見続けている。

傍らの一色啓子も、睨み付けるように坊主山を見ていた。


 午後十一時、刈米さんが息を弾ませて姿を見せた。

「坊主山がオレンジ色の光を発しているように、わしには見えたのだが、あれは?」

「刈米さんにも、瘴気が見えたのね。」

母は言った。

「・・あれが、瘴気か・・わしにも見える、という事は、他の人間にも見える、という事なのか?」

「いいえ、見えないわ。私たちに一緒に行動しているうちに、一時的にしても、刈米さんにも見えるようになったのだわ。」

母は言った。

「それならば良いのだが、もし他の人間にも見えるとすれば、パニックになるからな。儀式にも差し支えるだろうと思ってな。」

「大丈夫、私たち以外の人が、儀式を知ることはないわ。

儀式の間、この辺りは霊域となって、私たち以外の人は、催眠状態になるのよ。」

一色啓子は言った。

「催眠状態? さようか・・なるほど。」

刈米さんは合点して、ほっと一息をつくと、作務衣の袂から小さなリモコンのような物を取り出した。

「これは、装置のリモートスイッチでな。これがあれば、装置まで行かなくとも作動できる。」

「そう、ありがとう。念のため、雅ちゃんに操作を教えてあげて。」

母が言うと、刈米さんは頷いた。


 午前二時、鎮魂の儀式がはじまった。

 僕と刈米さんはタスキを首から掛け、座布団に胡坐を組んで坐り、母に教えられたように胸元で両の手を組んだ。

「刈米さん、何があっても動かないでください。」

僕は、自分に言い聞かせるように言った。

「うむ。分かっておる。こう、呪文を唱えれば良いのだな。

オン・・アビラ・・ウンケン、ソワカ、オン、アビラ、ウンケン、ソワカ・・・」

と、刈米さんは繰り返し唱える。

 

 母と一色啓子は、長三宝を挟んで相対で坐し、タスキを首に掛けた。

母がロウソクに火を点す。

右手に数珠、左手に鉾鈴を携えると、二人は呪文を唱えはじめた。

「・・・ノウマク サンマンダバザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン・・・」

「臨、兵、闘、者、陣、烈、在、前・・・」

二人一緒に、鈴鉾を頭上でかざしながら、数珠を持った右手の人差し指と中指で、手刀を切る。

 母と一色啓子が振るう鈴鉾の音と唱える呪文が、部屋中に響く。

僕は、ただただ、『オン アビラウンケンソワカ、オン アビラウンケンソワカ・・・・』と含み声で唱えながら、部屋中に響く鈴鉾の音と呪文を聞き続けていた。

刈米さんは、「オン アビラウンケンソワカ、オン アビラウンケンソワカ・・・・」と、唸るような声で唱えている。


 どのくらい、時間が経過しただろうか。

 何処からともなく、パチッという甲高い音が聞こえ、僕がその出元を目で探っていた時だった。

突然、結界を張った空間がグラッと歪み、ロウソクの炎が大きくゆらゆら揺れはじめた。

その火が麻ひもに掛けていた護符に飛び、護符と共に、縦横に張った麻ひもが、ボーッと一瞬のうちに焼失したのである。

「あっ!」

僕はびっくりして腰を浮かせ、刈米さんは、「うぉっ!」という低い呻き声を上げ、身をよじった。

「雅ちゃん、刈米さん、じっとしてて!」

と、母が声を張り上げた。

傍らの一色啓子は、一心に呪文を唱え続けている。

 突如、母はすっくと立ち上がり、呪文を唱えながら回廊につながる階段をサッ、サッと上がって行く。

母は、しばらくして戻り、ロウソクの火を手あおりで素早く消して言った。

「行くわよ。私たちを、相手として認めたわ。」

一色啓子は覚悟の表情を見せ頷くと、母と共に玄関に向かった。

「雅ちゃん、刈米さん、黒い石を二つずつ持って一緒に来て。」

坊主山を見れば、メラメラとオレンジ色だった瘴気は、不気味に濃い灰色に変化し、さらに大きくなっている。

僕と刈米さんは、母と一色啓子のあとに付いていく。

『うっ!』

歩み出してすぐに、氷のように冷たい気が僕の頬をかすめた・・・。


 あたりは、ゴーストタウンのように静まり返っている。

それに、いつもの町のニオイがしない。

 流れる川の生ぐさい臭い、土の匂い、プランターに植えてある草花の匂い、川向うの樹木の匂い、生渇きの洗濯物の臭い、学校に通う時にいつもするニオイがなく、無機質の別世界の空間にいるようだった。

ただ、街灯がチカ、チカと息絶え絶えに光を発する様子が、辛うじて、この町が生命を繋げているように思えるのである。

 坊主山まで、あと五十メートルあたりに差し掛かった時だった。

僕は、刈米さんの様子がおかしいことに気が付いた。息が荒くなっている。

「刈米さん、大丈夫ですか。」

僕は、押し殺した声で言った。

「はぁー、はぁ―・・・どういう訳だか・・急にズシリと、身体が、重くなって・・な・・・」

刈米さんはそれきり黙りこみ、足を引きずり、ふらつきはじめた。

「母さん!」

僕は、母の背中に向かって言った。

「刈米さんは、もう限界だわ。瘴気に、惑わされたのよ。

その角の家に避難させて。刈米さんから黒い石とスイッチを預かったら、すぐ戻るのよ!」 「分かった。さぁ、刈米さん、こっちへ。」

僕は、刈米さんの肩を抱きかかえ車庫に連れて行った。

「刈米さん、ここで休んでてくださいね。終わったら、迎えに来ますから。

石とスイッチは、預かりますよ。」

僕が二つの黒い石とスイッチを作務衣から取り出すと、刈米さんは静かに頷いた。


 母と一色啓子は、十メートルほど先を、一歩一歩ゆっくりと、歩みを進めている。

僕は、二人になかなか追いつけない。

急に、全身が氷水に浸かっているかのように震え、足取りが重くなったのである。

「雅ちゃん、怖れることはないわ。気を強く持って歩くのよ!」

母の声が、背中越しに聞こえた。

「う、うん!」


ようやく、坊主山の外柵の前に立ち、ひときわ声高に、呪文を唱える母と一色啓子。

それに呼応するかのように、坊主山の瘴気は、さらに、さらに、大きくメラメラと。

『これから、何が起こるんだ!』

僕は、心の中で叫んだ。

そして、ついに、結界が破られる時が・・・。


突然、その人型は現われた。

突き上がる真っ赤な炎に全身を覆われたその人型は、怨霊が実体化した大化身であった。

無念のうちに殺され、虐げられ続け強大化した死霊の行く末だったのである。

その人型が、坊主山の中心から天に向かって、諸手を突き上げた瞬間、

瘴気がバーンと四方八方に弾け散り、同時に、無数の霊塊が天上空間を埋め尽くし、縦横無尽に飛び交いはじめ、

ヒューボー、ヒューボーと、不気味な音を発し、僕らに襲いかかる。


「あ、あれは!」

考える間もなく、霊塊が僕の胸のあたりを突き抜けた。

「うぐっ!! あっ! あぁぁ!・・・」

刃物で刺された時のような衝撃が、続けざまに僕の身体を襲う。

「うぐっ! ぐふっ! わっ!・・・」

痛みが全身を巡り、内臓が口から吐き出されそうな酷い感覚が、僕を襲った。

 母と一色啓子は、霊塊に襲われ、身体を突き抜かれ揺さぶられようとも、一心不乱に呪文を唱え続けている。その形相の凄まじさは、この世の者とは、思えない。

 もはや、時間の観念などない。

どちらかが斃れるまで決して終わることの無い、戦い。

 もし、僕らが斃れることになれば、この世界は怨霊で埋め尽くされ、やがて終末を迎えることになるだろう。


 辺りは、白けはじめていた。

 母と一色啓子は、一心不乱に、全身全霊を掛けて、呪文を唱え続けている。 

僕は、「オン アビラウンケンソワカ! オン アビラウンケンソワカ!・・・」と、死に物狂いに唱え続け、霊塊の執拗な攻撃に耐え抜いていた。

「雅ちゃん、スイッチを、入れて!」

と、母の絞り出すような声が、凄まじい喧騒の中で、遠吠えのように聞こえる。

「・・・ソワカ オン・・・」

呪文を唱えながら、手探りでポケットからスイッチを取り出し目を開けると、母と一色啓子の隣に、篠懸を纏い兜布を被る六つの姿影が在る。

『はっ! あれは・・・ご先祖・・・』

僕は、マックスレベルのボタンを押した。

「くっ!」

すると、柵の北側から機械が動く時の鈍い音が聞こえ、その音が次第に甲高くなり、やがて高周波音となってキーンと鳴り響く。

だが、霊塊の動きに乱れが生じたのは、一瞬だった。

人型の真っ赤な炎は、尚更に天に突き上がり、霊塊は一段と激しさを増し、ヒューボー、ヒューボー・・・と、けたたましい音を発しながら、僕ら三人を襲ってくる。

 母と一色啓子は、最後の力を振り絞り、一心不乱に呪文を唱え続けている。

と、一色啓子がふらつきはじめた。


「うっ、うぅぅぅ、あぁぁぁ・・・」

僕は、霊塊が身体を突き抜ける衝撃に、立っているのもままならない。

意識が朦朧と、遠のきはじめた時だった。

突然、辺りが無尽の静寂に包まれ、母と一色啓子が唱える呪文が、天に突き上げる様に反響している。

呆然と見上げれば、人型の炎は真っ赤な色からオレンジ色、やがて薄紫色に変化し、上空に滞留する瘴気の周りには、霊塊が集まっている。

「雅ちゃん、黒い石を、全方位から、柵の中に、投げ入れるのよ! 早く!」

と、吐き出すように言う母の声が聞こえた。

「う、うぬっ!」

僕は、最後の力を振り絞り、もたつきながらも、黒い石を抱え走り出し、

西側から北側、そして東側と時計周りに回って一つずつ柵の中に投げ入れ、最後は南側に戻り、

「うわぁー!」

渾身の力を込めて、柵の上越しに中に投げ入れたのである。

母と一色啓子は呪文を唱え続け、刈米さんの装置は高周波の音を立てて動き続けている。

 依然、瘴気の周りに集まり滞留している霊塊、

だが、僕たちを襲う気配はない・・・

と、坊主山から紫色の雲が上空に昇り出ると、その雲の中に、瘴気とともに霊塊がスッ、スッ、スッ・・・と吸い込まれていく。

最後に、薄紫色の炎ゆらめく人型が吸い込まれたその瞬間、紫色の雲は帯となり、天空へと流れていく。

 母は大きく息をしながらその場に跪き、一色啓子は倒れ込んだ。

刈米さんの装置の高周波音は、低く鈍い音に変わり、やがて停止した。


「終わったわよ。」

母が、肩を抱き寄せて言うと、一色啓子はゆっくりと頷いた。

見れば、ご先祖の姿影は、すべて消えている。

紫色の帯が天空へと流れていく様子が、僕の目に焼き付いた。

「雅ちゃん・・刈米さんを、お願いね。」

母は、いつもの優しい眼差しで言った。

白けはじめた空には、明るく輝く星が散りばめられていた。


 それから十年―

 坊主山の柵は、今も堅牢で朽ちることはない。

 遺跡調査専門会社によって、坊主山の地中レーダー探査が行われ、深さ六メートル程度の地中に、無数の人骨らしき形影が確認された。

 二十代目が息を引き取り、二十一代目の馬場家当主となった息子は、先代の行状を悔い、自らの心を改めて、坊主山に供養塔を建て直し、坊主山の中央に壮大な墓石を建てた。

そして、観音神社の宮司自らが、手厚く供養したのである。

それからは、毎年供養行事が行われるようになり、今ではちょっとした名所になっている。

 

 坊主山に供養塔が建て直された頃、刈米さんは、坊主山が敵を陥れるために掘られた罠だったという確証を掴んだ。

 刈米さんは、滅ぼされた土着一族の生き残りの子孫が、隣接した地域に生存するという仮説を立て、隣接地域の二千軒以上、一軒一軒、しらみつぶしに当たったのだ。

そして、ついに一年後、その子孫を探し当てたのである。

 その子孫は、土着一族の唯一の生き残りの子孫であり、当時の戦の一部始終を記録した古文書を、五百年以上、戒めとして代々受け継いできていた。

 古文書には戦の様子が克明に記されており、刈米さんが立てた仮説の通り、その穴は、領主一族が、敵の土着一族の攻撃の特性を利用して練った、奇想天外な作戦だったのである。

 ただ一つだけ、敗走した土着一族の頭領と側近以下十数人の護衛兵士は、丘の上に控えていて戦を見守っていたという。

鏑木一族を甘く見ていた土着一族の頭領は、勝利を確信し、高を括って戦を見守っていた訳だが、あっという間の負け戦を目の当たりにし慌てて逃げた、という事が真相らしい。

 古文書には、領主一族の策略に嵌り、あっという間に千以上の味方兵士が穴に落ち、止めを刺され息絶えたこと、領主一族による即行の残党狩りで、自分以外の一族の者すべてが惨殺され、供養もされずに躯が穴に棄てられたこと、命からがら逃げてしまった自責の念とともに、悔しさ、悲しさ、そして恨みが綴られていたという。

その子孫は、古文書を刈米さんに託した。

刈米さんは、古文書を観音神社の宮司に預け、供養を願い出たのだった。


 今や墓所となり、手厚く供養されるようになった坊主山。

陽炎は見えず、烟る様子もない。

 町の様相は怖いくらいに落ち着き払い、日々何事もなく、過ぎているように見える。

だが、目に見えぬ不穏な気が、陽光の差し込みを遮り、辺り一帯に重暗く漂う気配が、いつまでたっても晴れないのである。

夥しいほどの人の思惑がある限り、この町の様相は、決して、晴れることはないのかも知れない。


 坊主山の除霊の後、母は、ある事をきっかけに近所の人の手相占いをしたところ、それがよく当たると評判になった。

それからは、母に手相を観てもらおうと、毎日、我が家に人が来るようになった。

今では、それが母のライフワークになっている。 


 一色啓子は、町の図書館で自ら資格を持つ図書館の司書の職に就き、この地で暮らすようになった。

 父は、シンガポールに着任した翌年の夏から、毎夏帰宅して一週間から十日ほど共に過ごし、またシンガポールへ帰るという生活を送っていたが、僕が中学二年生の夏にはシンガポールから戻り、本社務めとなった。

今や、事業企画室の室長として、相変わらず忙しい毎日を送っている。

 僕は、某大学の工学部建築学科を卒業した後、一級建築士資格試験に合格し、今は都心の建築設計事務所で実務経験を積む日々を送っている。

 伯父夫婦は、我が家を含めた、東側の地で手掛けた戸建て住宅の出来栄えの良さが評判を呼んで、それからも切れ目なく依頼が入り順調なようだ。

 八十歳を過ぎた刈米さんは、今でも元気に、地元だけでなく日本各地の郷土史を研究するため各地を巡る旅をする傍ら、相変わらず、怪しげ(?)な、霊の研究をしているようだ。


 僕は、霊と遭遇した時、安らかにあの世に導かれるよう祈る。

六年前に祖母が亡くなった時も、心から安らかにあの世に導かれるよう祈った。

 母と一色啓子は、僕のこの向き合い方を否定はしないが、良くは思っていない。

母は、彷徨える霊魂に対して余りに思い入れが強すぎると、危険だと言う。

だが、誰も思い入れる事なく、彷徨うしかない霊魂を救える方法が、他にあるというのだろうか。

僕は、無い、と思う。


                              了










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