0020 幻想風味の物語りの魔法設定
今回は趣向を変えて、幻想風味の物語りの魔法の設定を書かせていただきました。
魔法設定 幻想風味の物語り
起稿20240826
改稿20240901
幻想風味の物語りの世界において、魔法は、世界の更新が成されたことにより、新技術として発生したもの。なので、物語りの序盤は、少なくとも世間的に魔法技術は発達していない魔法技術の黎明期に当たる。
科学技術もまた同様で、現代と比べると研究や技術の未発達の状態。ここが物語りの特性的な大前提となる。
そして、もう一つの特性として、2章以降で登場予定のゲームとしての世界におけるプレイヤー族という、者達の存在により、魔法は、名付けをされた魔法を常用するようになり、用途をある意味で狭めていく魔法が流行することにより、研究や追求されていく内容が、魔法の効率化を求める分野と魔法の可能性を求める分野と分かれていくことを想定し、効率化を求める分野が研究として目立つようになると推定している。
新技術の一般化。一般化したものの効率化。基礎研究が目立ちにくくなるというのを流れとして起こると観ている。
・魔法はどんなものか?
ゲームや小説などの物語りに登場する魔法は、とても便利で理不尽だと感じる。
何が便利であるかと言えば、作者としての物語りの進行上の都合を合わせて屁理屈をこねることが出来る。そもそも現実には存在しないため、理論や理屈が滅茶苦茶でも成り立つ。またこうだと、こういうものだとされてしまうと、そういうものとして扱わざるを得ない。矛盾しようが物語りの筋の矛盾を補うのには便利だ。
敵キャラクターからすれば理不尽極まりない話であると思う。
そこで一つ。
魔法がある前提で。
魔法が物理や自然の摂理など、法則や原則を歪めることが出来る技術だと仮定する。
しかし、歪めるためには魔力と呼ばれるモノが必要であり、歪める度合いが増えるほど魔力を多く必要だとする。
また、魔力を使用すると疲労を感じ、体内の魔力が著しく低い状態になると、死にはしないが、身動きが取れなくなるくらいの疲労感になるとする。
何故このような仮定を立てるのか。
まず法則や原則を歪めても実現してしまう技術ということは、そもそもの法則や原則が成り立たなくても安易に利用できる環境に成りかねない可能性がある。まず、願望として、これを否定したい。
法則や原則の上に成り立つ技術であるとしたい。
法則や原則を歪める技術であるということは、法則や原則が無い状態では成り立たない。もしくは成り立ちにくい。成功確率の低いものになり、代償も大きくなるとしないと、便利のインフレが加速してしまう気がする。まぁ、その前にアイデアが尽きることは目に見えるようだけれども。
仮定として魔法が存在しているとしているが、現実として物理や自然の摂理などの法則や原則を歪めることは出来ない。歪める以前に未知の部分であったり、間違いや誤認情報が存在するのは、既知の部分を増やしていく過程で必ず通る道だろう。今の時点で未解明の事が無いなんて話なら研究者や開発者は仕事がなくなるかもしれない。
話が逸れたので戻して、
魔法が使用可能となることにより、法則や原則を歪める技術は進歩していくことだろう。
また、魔法を使用することが前提で可能となる科学も発達していくだろう。現実世界の科学と共に、影響を与え合う関係を維持しながら。
強いて言えば、効率化の面で、魔力消費の軽減策を模索することにより、科学技術は進歩していくのではなかろうかと思う。
・魔法発動の条件
魔法の発動条件は、魔力が足りること、疲労していないこと、想像出来ることの3つ。
必要な魔力は、現実離れするほどに多く必要となり、足りなければ発動しない。法則や原則に沿うほど魔力の使用量が減り、発動しやすくなる。
魔力を使用すると疲労し体力や精神力が減る。必要な魔力が多いほど疲労は溜まりやすくなる。
戦闘などの場合、疲労が溜まれば隙が生まれやすくなり不覚をとりやすくなる。発動条件として加えるのは微妙なところですが、運用上必要になる条件として加えています。
想像したことが発動する魔法は、想像出来ないことは起こらない。発動も発現もしない。
ただ想像したとしても、想像が発動条件に満たない想像であれば発動しないし、発動しても求める状態や現象が発生しない。例えば火の玉を飛ばしたいのに飛んでいくところを想像出来ていないと火の玉は掌の上で待機するだろう。
一連の現象を想像出来ることで思い通りの魔法が発動、発生する。
呪文は基本的には必要では無いと仮定している。
これは魔法が法則や原則を歪めることが出来る技術であると仮定している事に付随するが、説明としては物足りない気がする。
ここで更なる仮定を追加しなくてはならないだろう。
神は現象を管理していないと仮定する。
法則や原則はシステムであり、現象は条件に伴う反応であるとし、原理が明らかでは無くとも作動するものとするならば、
ライターで火をつけることが神に祈らなくても可能であるように、許可や助力を求めずとも魔力という代償があれば可能であると仮定したい。
ここまで書いていて、反する事を書くが、前述の中に説明もなく、魔法の名付けと言う文言を書いている。
これも呪文の一種ではあるが、そのことにも触れたい。
名前は色々な要素を想像、連想させる。
陰陽師という小説の中にも呪とは一番短い呪いだったか、そのようなことが書かれていて、感銘を受けたことを覚えている。
知り合いの人名であれば、その言葉、人名は、容姿や性格、過去のその人物の記憶がそのまま、その言葉、人名に込められたり連想させる。その人に関わる感情や出来事なども含めて。
飲み物の名前ならば、色、容器の形、味、匂い、時には粘度なんてものまで連想するかもしれない。
名前に対して連想させる要素が多いことは、想像の補完をするのに十分な要素を保有していることになる。
魔法は想像することが発動する条件の一つとしているので、魔法の発動の効率化を考えると、定型となる設定として、魔法の威力や強度、色、形、現象の種類などの現象の状態もしくは能力の状態を命名することにより、魔力の使用量が異なれど同様の魔法を再現発動させる鍵。キーワードとして、魔法に名前をつける必要があるとみている。
また、そうすることで、より簡易に効率的に魔法の発動を出来ると思う。
誰かに頼ったり祈ったりする呪文ではなく、現象や能力の状態の名前。連想を起こすキーワードとしての呪文は例外として残そうと思っている。
・魔法の分類
この物語りの世界での魔法の大きな分類として、現象の属性による分類は、
火、水、風、土、空間、心身、無属性の7つとなる。
簡略的に各属性を説明するとすると、火、水、風、土は自然現象の再現を主な魔法の拠り所とし、心身は医療と呪い、心身の強化。空間は、異空間の生成や瞬間移動。無属性は、どの属性にも属さないものという大きな括りにしている。
ただ、各属性が独立しているわけではなく、組み合わせたりすることにより、魔力の消費が多くなるが便利な魔法が使えるようになるとする。属性はただの分類法であり、アニメのログホライズンに出てきたような作戦級、戦略級という影響力を基にした分類法も作戦などを立てるのには役立つ分類法になるだろうと思っている。
その分類法でいくと、魔力の消費が膨大になるため、複数人で行使しなければならないような魔法についても考える必要があるだろう。
ただ、規模や難易度で分類するのは名付けが浸透してからになる。そこまでの魔法による現象。もしくは技名といっても良いが、そこの共有化が成されることにより、習得難易度や使用方法の確立などから考察としての分類となる規模による分類が始まると思う。
・複数人による一つの魔法の使用
魔法の規模が大きくなることでも魔力の使用量は増える。
魔力の譲渡をどう考えるかが悩ましい。
魔法は想像を下地にして形成していく、魔力だけを譲渡出来るとすると、嫌な話、エネルギーとしての奴隷などの利用というやり方も出来てしまう。魔法使用を強要する話は、それなりに見かけるが、人壁のような犠牲を強いる方向性をなるべく設定として持たせたくない。
そう考えると魔力だけの譲渡は無しにしたい。
であるならば、共同作業としての魔法の使用になるのですが、ここで難しいのが規模が大きくなることは、それだけ自然現象から遠ざかる可能性が高まること。そうなると法則や原則を大きく歪める形になるので、なんの準備も無しに発動するとしたら、大規模になるほど魔力消費量が飛躍的に増えるので、一つの魔法と考えるとかなり無理があるが、人数さえ揃えば可能になるとして。
共同作業として一つの魔法を使用するとなると、発動条件として、想像やイメージの共有化が必要になる。これを組み込まない限り難しいだろう。
イメージの違う人が共同しても相反する想像では成り立たない。
これを実現させるとするならば、心身属性あたりでイメージの共有化を図ることを前提にする方向まで考慮。手順化して盛り込む必要を感じる。それと魔法への名付け。キーワードを作るというのも必要になるだろう。




