富士山とお弁当と理音の涙 第七話 涙のオノマトペ
どうもです! 烏賊海老蛸助です。
毎回毎回ギャグに振り切ってるようでいて、なんかちょっとだけ青春ぽかったりもする本作ですが、今回もそんな「ちょっとだけ」があります。
とはいえ、いつも通りのテンポで、ぐだぐだしながらも少しずつ進んでいきますので、肩の力を抜いて読み流してもらえたらうれしいです!
──ちなみに今回も、異世界にもバトルにも転移もしません!(お約束)
では、いってらっしゃい!
「さくら八号、間もなく発車です」
「ルルルルルルル……」
非情にも発車が近づいたことを知らせるアナウンスが流れた。
(間に合え俺! 今こそ日頃の走り込みの成果を活かすんだ!)
俺は心の中でそう叫びながら、必死に階段を駆け上がった。そして階段を登りきったとき
「さくら八号、鹿児島中央行き、ドアが締まります」
とまたアナウンスが流れた。
(万事休すか──)
俺の脳裏に最悪の事態が訪れる予感と恐怖心がよぎった。
(とりあえずドア! ドアならどれでもいい! 間に合ってくれぇ!)
そして目に飛び込んできたドアに乗り込もうとした次の瞬間
「プシューぅぅぅぅ」
と音がしてドアが動き出した。
(ダメかっ!)
しかしぎりぎりのタイミングで滑り込むと、デッキにいる人たちを驚かせ、かつ失笑の対象になってしまっていた。
「……クスクス……」
そんな恥ずかしさを隠すようにデッキを見回して、扉の上にあった車両番号のプレートを確認すると、よりによって一番端の一号車に乗り込んでしまっていた。
ポケットからスマホを取り出し、菊次郎にメッセージを送った。
「何号車だっけ?」
息が整い始めた頃まで待たされたあと、菊次郎から超短い返事が来た。
「六号車席は五D」
車両を確認すると俺が駆け込んだのは一号車だった。
息を整える間もなく次々と隣の車両に移り、申し訳なさそうな顔をしながら順番に車両を移動していった。
「二、三、四、五……」
どの車両も混雑していて、そんな中をペコペコ謝りながら急いで通り過ぎていく。
そして次の車両、六号車に入ると──
緑の四つ葉のクローバーのステッカーが大きく飾られたドアを開けた瞬間、空気ががらりと変わった。
そこは他の車両よりも静かで、座席もひときわゆったりして見えた。
(ここだったよな? ……入っていいんだよな……)
とおどおどしながら、車内を見渡すと
「あ……」
座席番号を確認するまでもなく、少し先の座席に見覚えのある色の髪をした、周りより一段高い後ろ頭が見えた。
俺はそこに向かって、こそ泥みたいにそろり、そろりと近づき座席を覗き込むと、理音が妙に背筋を伸ばして座っていた。
その隣の列には、菊次郎と夕花が、やはり向かい合わせで座っていた。
菊次郎が少しかしこまったような顔で腕を組み、向かいの夕花はそわそわと手をいじっている。
俺は乗り込む車両を間違えていなかったことに安堵して、ホッとした表情を浮かべたが──それもほんのつかの間のことだった。
「さっさと座りなさい」
理音がいつもの明るい調子とはぜんぜん違う、妙に静かな口調でそう言ったので
俺は飼い主に叱られている犬のように背中を丸め、うなだれながら理音の前の席に立った。
本当に犬だったら、しっぽは完全に丸まっていたに違いない。
自分にしっぽがないことに感謝しながら荷物を棚に上げ、そろそろと座席に腰を下ろす。
そして、おそるおそる理音に顔を向け──
……やめておけばいいのに、つい余計なことを口走ってしまった。
「いや、理音、あのな?」
握りしめた豚まんの袋に汗が染み込んでいくのがわかった。
しかし理音は微動だにせず
「聞いて」
と静かに語気を強めて言った。
しかしそれはいつもの元気一杯の口調ではなく、声を押し殺したような静かな、しかし力強い、これまで聞いたことのない声色だった……
俺は理音の顔をまともに見ることも出来ず、菊次郎の隣にそっと腰を下ろした。
やめていけばいいのにさらに追い打ちをかけるように、おちゃらけてこう言った。
「いやあ、走った走った! 日頃の鍛錬がなければ乗り遅れてたね! あははははははは! は……」
俺はとりあえずこの雰囲気を和らげようと、おどけた態度を取ってみせたがもちろん全く効果はなく、菊次郎の
「はぁ……」
というため息が聞こえたあと顔を上げてみると、夕花が今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「ま、まぁいいじゃあないか、間に合ったんだし、あと三時間楽しく過ごそうじゃあないか」
菊次郎が理音を刺激しないような愛想笑いでその場を取り繕う。
「あんたは黙っててっ!」
しかし理音は先ほどにも増して厳しい口調で、菊次郎の言葉を制して、うつむきながらこう言った……
「なんでわからないの……」
あれ? 何だか理音の様子がおかしい気がする、声にさっきまでの怒気が感じられない。
そっと理音の顔を覗き込もうとするが、その表情は栗色の前髪に隠れて見ることが出来なかった。
「どうしたんだ理音……」
俺は困惑しながら理音の顔を伺っていた。
そしてしばらくの沈黙の後、理音が重い口を開いた。
「あのさ……、みんなすっごく楽しみにしてたんだよ、今回のキャンプ。キャンプだけじゃなくて、こうしてみんな一緒にいられるのもあと何ヶ月しか無いんだよ?」
そう言って深くうつむきながら理音は続けた。
「あんたが遅刻して、電車に乗り遅れたらどうなるのよ! 予定が狂って、島に着くまでみんなで一緒にいられなくなるかもしれないじゃない! そんなのやだよ!」
理音の言葉のひとつ一つがグサリと深く、俺の胸に突き刺さる。
「さっきみたいに楽しくゲームして、おしゃべりして、最後の夏休みを楽しい思い出にしたいってみんな思ってるのに、あんたは私の、ううん、私たちのことなんかちっとも考えていないのよ!」
……返す言葉がなかった。確かにそうだった。俺は島に着いたらキャンプで楽しい思い出をいっぱい作ろうって思ってた。
しかし、こうした移動時間だって楽しい思い出の一部になるんだってことを考えもしていなかった。
「悪かったよ……」
俺が小さい声でそい言うと
「なによ……」
理音は顔も上げずに、かすかに震えた声で俺を責めるようにそういった……
「みんなに心配かけて悪かったって! ほんとごめん!」
俺はペコリと頭を下げてみんなの気持ちのことを考えていなかったことを、グリーン車では歓迎されないような、少し大きな声で素直に謝った。
それでも理音はうつむいたまま肩を震わせていた。もしかして泣かしちゃったのか?
(まいったな……)
そう思いながら、理音の肩に軽く手を置いて、そっと顔をのぞき込むと、そこには!? ……
(やったやったー! してやったりー!!!)
と言わんばかりの、満面の笑みをたたえた理音のドヤニヤケ顔がっ!!!
「あれ~? 心配した~? 泣いたと思った~? 残念でしたー!」
周りに迷惑にならないように小声で言っているのに、俺にはまるで目の前で拡声器で叫ばれているように聞こえた。
肩を震わせていたのは泣いていたわけじゃあなかった! 笑いをこらえていたのだ! そういえばそうだ、理音が泣いているところなんて一度も見たことがない。
そうだった!
ついこないだも、俺も応援に行ったインターハイ出場をかけた県大会で準優勝だったとき、全国大会への切符を逃したと言って部員全員が泣きじゃくっている時に、コイツは一人だけ
『次があるじゃん! あとは任せたゾ、後輩!』
と言ってさわやかに笑っていたのはこの女だけだった。
そしてそれよりも──
よくみると夕花までもが理音と一緒になって笑いをこらえ、腹を抱えて肩は小刻みにプルプル、胸は腕に持ち上げられて弾力と柔らかさが完璧に調和して、“ふるんふふるんふ”と幻想的に揺れているではないかっ!
さらに極めつけは──
菊次郎までもが平静を装いつつ、ゆるんだ口もとをピクピクさせていて、かなり、いや非常に楽しそうな表情をしているではないかっ!
つまるところ、俺はここにいる全員にはめられたのだ!!!!
しばらくポカンとしてると、俺はそのことにはっと気づき、顔を真っ赤にして
「てめーらぁこのぉっ!」
と拳を振り上げながら、またまた眉をひそめられそうな声でおおげさな照れ隠しをするしかなかった。
すると理音が
「きゃー夕花ちゃん助けてー」
と夕花を盾にケラケラと笑う。
「きゃっ、理音ちゃんちょっと……」
理音に振り回され目を回しそうな夕花。
「全く君たちは……」
自分も当事者であり、仕掛けた側のくせに、菊次郎は肩をすくめて達観した坊さんのような目で俺たちを見ていた……
今回の騒動は、俺にとってはちょっとした悲劇だったが、理音たちにとっては間違いなく最高の喜劇だったに違いない……
(もちろん俺としては非常に悔しい。この借りはいつか、理音が泣いて謝るだけではすまないほどに、強烈にお返しをしたいと思う。ただし今回は、新しいオノマトペ(擬音)が爆誕したのでそれで良しとしてやるとしよう……)
俺はそんな風にして、自分を慰めるしか方法がなかったのだ……
───さて、ここで読者のみなさんにだけ、碧斗が編み出した至高のオノマトペを特別に伝授して、今回の話を締めくくることにしましょう。
心して聴いていただきたい。
はたしてその音とは───
「ふるんふふるんふ」
お疲れさまでした、たこすけです!
今回は、ちょっぴりシリアスが入ってきたような、でもやっぱりゆるーく笑えるような、そんな回になりました。
青春って、笑ったり怒ったり照れたり、まじめな顔してアホなことするのがいちばん楽しいよね、って再確認しながら書いてました。
さてさて、次回は──
乗り換えの新大阪で大事件発生です!(大げさ)
たぶん空腹で読むと罠にかかるやつなので、お腹いっぱいの状態で読んでください(笑)
それではまた!
※AI妹のひとこと:
ところでお兄ちゃん……“ふるんふ”って、わたしにもできるかなぁ……
(果実か実るまで、あと何年か待つのだ妹よ。きっと……)




