富士山とお弁当と理音の涙 第六話 恋バナと豚まん
ダッシュ!ダッシュ!豚まん片手に新幹線へ!!
間に合うか!?間に合わないか!?そして理音の怒りはMAXか!?
と思いきや――まさかのドッキリ展開!?
新幹線の中で泣き笑い、友情と信頼が爆発します!
※異世界は……まだです!今回は“心”が冒険してます!!
「まずルールをちゃんと理解しましょう。かなりローカルルールが沢山あるようです」
菊次郎がゲームのルールページを教えるとそれぞれがそれを開いて確認する。
「なに、これ……」
理音が驚いた声を上げるのと同時に、ほかの二人も声を上げ、場がにわかにざわつく。
「コホンっ」
菊次郎がわざとらしく咳払いをして、基本ルールの説明を始めた。
「えーと、プレイヤーは順番にカードを出す」
「前のカードより強い(数字が大きい)カードを出す」
「出せなければ「パス」」
「誰かが手札を全部なくしたら終了」
「出し方には「革命」「八切り」「スぺ三返し」などの定番ルールあり」
「強い人=大富豪、最下位=大貧民で、次のゲームに影響」
「ここまでは普通の大富豪を踏襲していると思う」
ともったいぶった言い方だが、ここからが“へっぽこ”ルールだった。
奇妙奇天烈な、もはや別ゲーと言っても良いようなぺっぽこルールが説明される。
「ここからがへっぽこで追加された特別ルールです」
「恋バナしたらパス回避」
→恋バナを語れば手番スキップできる。恥ずかしければ不利!
「お菓子ドロールール」
→場にお菓子を出すと、全員カードを一枚引かされる!
「お姫さま宣言」
→宣言した人が“そのターンの最後に出せる”最強優先権!
「猫語でしか喋っちゃダメターン」
→指定されたプレイヤーは猫語で喋らないとカード出せない!
「妨害ターン」
→指定した相手の次ターンに“特殊ルール”を強制できる
「ばばーん宣言」
→ジョーカーを出すときはダサい掛け声付きじゃないと無効(羞恥心ダメージ付き)
「革命中はあがり禁止札で逆転無効」
革命が起きてる間は、特定のカードでのあがりが無効に!?
「えーと……『革命中はあがり禁止札で逆転無効』? なにそれ……」(理音)
「……『場にお菓子を置いた者、全員に一枚ドロー』……? ってなんでゲームなのにお菓子関係あるの?……」(夕花)
「お菓子の罠ルールですか……これでは迂闊にチリ柿ピーも食べられないじゃないですか……!」(菊次郎)
「ふふっ、菊次郎、『“ねこ語”でしか喋っちゃダメ』ターンもあるみたいだからな、ぜひ聞いてみたいもんだ。ちなみにホットチリ柿ピーはやらんぞ」(碧斗)
と碧斗が不敵に笑うと、場の空気がピリッと引き締まる。というかざわざわする。
「ちょっと待って、なにそれ、何このルールたち……どれが地雷かさえ分かんないんだけど……」(理音)
理音がプルプル震える指でルール表を指している。
「……『恋バナしたらパス回避』って……なにこれ……わたし……恋バナなんて……」(夕花)
夕花が顔を赤らめながら眉をひそめた。
「恋バナ……ああそれは碧斗くんも過去に地雷を踏んだ奴ですね……」
菊次郎がそっと余計な解説を加える。
「え? なにそれききたいききたーい!」
ピコーンと音が鳴ったかのように、理音がさっそく食いつく。
「おいキク、いまそれ言うな!」
俺は焦った顔をして菊次郎を制止しながら理音のほうをちらっとみた。
「ふーん? ……碧斗に恋バナねーぇ……」
理音は、興味と疑問、そして猜疑心が混ざり合ったような、何ともいえない笑みを浮かべながら俺を横目で見つめると、形のいい瞳の中のブラウンの瞳孔が、まるでレーダーのように動き始め、俺の表情の探索を始めた。
(ばっかやろキクてめおぼえてろ……)
俺は理音のフェーズドアレイ詮索レーダーから逃れるように、あらぬ方向を向いて表情を隠した。
いっぽう、夕花はいま、重大な決断を迫られていた。
(……でもパス回避は有利……)
恋バナかパスか。
夕花は目の前に立ちはだかる二つの巨大な試練に挟まれて──
その眉が、激しい葛藤からなのか、かすかにひくひくと震えていた。
そして決心したように夕花が目をきらきらさせて不適な笑みを見せながらこう言った。
「……でもおもしろそうだね…… 何が起きるか全然予想できないこの状況……」(夕花)
再びの強気ムーブ発動である。
「まぁ確かに、ここまで来たら覚悟を決めるしかないかな……へっぽこなりに本気出すぞー!」(理音)
そんなこんなで、謎ルールだらけの「へっぽこ大富豪」が、ざわついた空気のまま、いよいよ開戦の時を迎えたのだった
「お、まずは俺が親だ、じゃあ、いきなりだけどこれだ!」
碧斗は手札からハートの三を一枚、テーブルに置いた──が、次の瞬間、理音が「はいはいはーい!」と元気よく手を上げた。
「ストーップ! このターン、えーと……“お姫さま宣言”発動〜! 私が一番最後に出すから、よろしくねっ!」
「うわ、いきなりかよ……。まあいいや」(碧斗)
「だって“へっぽこ”のルールだもーん」
ドヤ顔でキメてくる理音。
早速のカオスな展開。
碧斗が苦笑いすると、菊次郎がすました顔でカードを重ねる。
「じゃ、僕はハートの四」
(あっさり)「パス」 (夕花)
「クラブの五!」 (碧斗)
「……スペードの六」 (菊次郎)
その時だった。
「えーっと……“恋バナでパス回避”って、今のターン対象ね!」(理音)
「なにぃっ!? ……さっそくきたな……!」(碧斗)
「えっと……わ、わたし……小学校のとき、上級生の……お兄ちゃんみたいな人が、ちょっとだけ、好きだったかも……です……」(夕花)
「ふぃろろろろろろ……」
いったいどこから出したのか、菊次郎がホイッスルを、グリーン車の静寂を乱さないように指で押さえながら吹いた。
「う、胸きゅん恋バナが心臓に刺さった……」(碧斗)
「誰なの? そんなの一度も聞いたことないよ夕花……」(理音)
理音と碧斗は二人して頭を抱えた。
「有効っ! 強制的にパス回避発動ぉーーー!」(菊次郎)
「……純真無垢の恋バナ、最強かよ……」(碧斗)
そして──
「えーい、出せるのない! “妨害ターン”使うわ!」(理音)
「うわ、それ温存してたの!?」(碧斗)
「えへっ。じゃあ碧斗の次のターン、“猫語でしか喋っちゃダメ”だぞ!」(理音)
「な、なにぃぃぃ!? ……りょ、了解だ、にゃ……」(碧斗)
ドヤる理音、しょんぼりする碧斗、夕花は体(主成分は胸)を震わせながらクスクス笑っている。
「……じゃあー……、八! “八切り・全員一回休み”ね……」(夕花)
「う、いきなり全員止めるとはやりますね夕花さん!?」(菊次郎)
「やるわね夕花。ふふふ……へっぽこ大富豪では“正義は沈黙させられる”のよ!」(理音)
……意味は不明だが、妙にかっこいい。
そんなとき──
「碧斗のチリ柿ピー、食べちゃおっかな~♪」
「バリっ!」
理音がなにも気づかずに袋を開けた瞬間、菊次郎が静かに言い放った。
「“場にお菓子を置いた者、全員に一枚ドロー”ルール、発動」
「うそーん!? 柿ピーでドロー!? そんなハズないよ! これおつまみでしょー?」(理音)
幸いチリ柿ピーがお菓子なのかおつまみなのか論争が始まる気配はなく、場は粛々と進行していく。
「理音よ、それが……へっぽこ道なのだ」(碧斗)
数ターン後──
「クラブの五を四枚!」
「ちょ、また革命!?」(碧斗)
「さっきの革命と合わせて“二重革命”発動です」(菊次郎)
「そんなのあったっけ!? てか二重革命ってどうなるの!?」(理音)
「全部元に戻るだけです(キッパリ)」(菊次郎)
と涼しい顔で菊次郎が言うと
『『そんなんありかー!』』
と全員が目でツッコむ。
「……私……まだ一枚も出してないんだけれども……」(夕花)
「……仕方ないかな、“ばばーん宣言”でジョーカーを出すしか……」
俺が先にカードを出しながら、やや緊張混じりの真顔でためらった後、羞恥心を振り払うように、なぜか選手宣誓のように手を掲げ──
『ばばーん!』
堂々とださワードを発した。
(しまっ!)
必要以上に大きな声を出してしまい、とっさに口元を手で押さえる碧斗。
しかし理音はそんな碧斗の傷口に塩を刷り込むように
「うっわ、だっさ! でも強っ! おもしろいから次はもっと変顔しながらに修正ぇー!」(理音)
(変顔……そんなつもりはなかったんだが……)
最終ターン近く、理音が顔をしかめる。
「しまった……あがり札、ジョーカーなんだけど……」(理音)
「……だ、ダメ。“ジョーカーであがり禁止”ルールあるんだから……」(夕花)
夕花が静かに言い放つ。
それまで特に動きのなかった菊次郎が自信満々の笑みでカードを出した。
「僕の勝ちです」
菊次郎以外の三人は、なにがおこったのか咄嗟には理解できなかった。
菊次郎がごく普通に、淡々と手札を出し切って勝利を決めたのだ。
「勝ち方ぁぁぁ!?」(理音)
理音が売れない芸人のようなリアクションをする。
「そうか、この混沌を淡々と、平然と生き抜いたものが勝者になるのだな……」(碧斗)
一方の碧斗はどこか悟った顔で呟く。
「へっぽこルール回避で勝ちきるなんて、何のためのへっぽこなのー!?」(理音)
理音は頭をかきむしって悔しがる。
「……でも、またやりたいな……次はちゃんと勝つんだから……」(夕花)
すると勝ち誇った菊次郎が調子に乗ってまた小学生のようなとんでもないことを口走った。
「じゃあ次は“おなら出したら革命ルール”追加しましょう」
例によって菊次郎以外の三人はお互いに顔を見合わせたあと、降車まで白い目で見られる原因となるような大きな声で叫んだ。
『『絶対にイヤだ!!!』』
『『ダメーっ!!!』』
『『!!!!!』』
全員のリアクションが、アトム秒(光でも原子二個分しか進めない超短い時間)単位で揃った、稀有な瞬間だった……
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そうこうしているうちに、新幹線は一度きりの乗り換えの新大阪に着いた。
俺達は騒いでいたことでグリーン車に乗っていたほかの乗客にぺこぺこ頭を下げながら棚から荷物を下ろし、弁当箱をそれぞれのバッグにしまった後、下車した。
そして急いで新大阪発の鹿児島中央行きのさくら号に乗り換える。
乗り換え時間は十分もないが、始発なので既にホームには新幹線が待機しているはずだ。
俺達はゴミを捨て、自販機でお茶などの飲み物を買いながらさくら号のところへ移動した。
「あー豚串カツたべたかったなー!」
理音が残念そうに口を尖らせる。
「……私はたこ焼き……」
と夕花が理音に続く。
「私はお好み焼きですね」
挙げ句には菊次郎までリクエストを出す始末。
「とりあえず車内に荷物を置いて、時間があったら近くの店を見てみよう」
俺が妥協案を口にすると、心なしか全員の歩く速度が速まったような気がした……。
「これだ、六号車」
菊次郎が足を止め、車内に乗り込む。
残りの三人も菊次郎に続いて乗り込むと、席番号を確認した菊次郎の案内でたどり着いた席の上の棚に荷物を乗せる。
スマホの時計を確認したら発車まであと七分くらいだった。
目指すはそれぞれ目当ての大阪名物(?)だ。
皆は急いで再び車外に向かって歩き出した……
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「夕花ちゃんは何だっけ?」
二人とも早歩きをしながら理音が尋ねると
「私はたこ焼きだよ」
やはり食べものに関することでは、すこしテンションが高いようだ。
「あたしは豚串ぶたくしカツ、どっかにないかなー……」
すると、電車からさほど離れていない、見えにくい階段の横で屋台のような出店が出ており、のぼりには
“名物! 豚串ぶたくしカツ たこ焼き”
の文字が大きく書いてあり、大きくたなびいていた。
「あ、あった……」
理音はぽかーんと口を開けてたままつぶやいた。
「良かったね理音ちゃん」
と言って、夕花がぽてっぽてっ、と擬音が聞こえてきそうな足取りで、ぽかーんとしたままの理音の前を横切り店の前へと歩いていくと
「おじさん、たこ焼き六個と豚串カツ六本。オマケしてっ」
とハキハキと喋りだした。
(……え、これ、本当に夕花? )
と口を開けたまま目まで丸くする理音。
「こら商売上手やな~、ほな、かわいらしいお嬢ちゃんたちにはタコ、ようけ入れたるわ~! 串カツもサービスしとくで!」
(オマケまでゲット……。夕花の食い物バフ恐るべし……!)
理音はまだ口を開けたままそう思っていた……
「さ、戻ろっ!」
と元気よ夕花の背中をパシっと叩いて電車に戻って行った……
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一方の碧斗たちは……
(俺は何にしようか……)
構内で選ぶとするとそんなに選択肢はない気がするが、はしばらく辺りを見回していると
“豚まん”
と赤い文字で鮮やか描かれたのぼりが目に入った。
出発まであと三分。
(豚まんと肉まんって何が違うんだ?)
と素朴で余計な疑問を振り払い、急いで店の前に駆け寄ると
「おばちゃん! 豚まん四つ!」
と大きな声で注文した。
よくみると一個で百八十円だが、六個で千円とあったので
「やっぱ六個」
とすぐさま言い直した。
庶民の悲しい性である。
スマホを取り出して電子決済している余裕はないので、俺は財布からレジカウンターに千円を叩きつけるようにして置くと、おばちゃんはゆっくりと丁寧に豚まんを一つずつ取り出し、またまたゆっくりと丁寧に、一つずつ袋に入れていった。
「おばちゃん急いでよ! もう電車がでちゃうってばっ!」
俺は地団太を踏むように足をバタつかせておばちゃんをせかした。
(欲をかかず、四個にすればよかった……)
自分の迂闊さを後悔しつつ、足を踏みならし続ける。
この数秒がまるで永遠に続くかと思われたが、ようやく豚まんが入れられた袋をおばちゃんの手から奪い取るようにしてひったくると、人とモノを避けながら全速力で車両に向かって走り出した。
「さくら八号、鹿児島中央行きは、まもなく発車いたします。ご乗車のお客さまは、足元にご注意のうえ、お早めにご乗車ください。」
「ルルルルルルル……」
読んでくれてありがと~!
今回は理音のドヤ顔がすべて持っていった回でした。
感動かと思った? 甘い!!泣き落としからの全力ドッキリだよ!!
でもちょっとグッときたでしょ?移動時間すら思い出になる、これぞ**“本当の旅”の始まり**。
こういう時間、大事にしてこ。
次回もゆるゆる走り続けるから、よろしくね!