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異世界の旅路 第六十七話 旅立ちと関所と異世界人たち

異世界への旅路が、いよいよ「移動」という形ではっきりと動き出します。

準備を整え、森を抜け、街道に出て、人の気配に触れる――そんな当たり前の行程の中に、この世界ならではの違和感や空気感が少しずつ混じってきます。


今回は派手な戦闘や大事件ではなく、

「異世界を歩く」という感覚そのものを味わってもらう回です。


日常と非日常の境目が、静かにずれていく。

そんな旅の途中を、肩の力を抜いて読んでもらえたら嬉しいです。

 街道を順調に進んでいると、巨大な荷物を背負った俺達一行は、早速、道を行き交う人々の注目を浴びていた。


 『なんだあれ……』

 『変な服着て、祭りの仮装か何かか?』

 『見たこともない鮮やかな色の服だ、貴族とかじゃないか?』

 『大きい、変わった背負子(しょいこ)だな』


 立ち止まっている者、通り過ぎる者、後ろから同じ方向に歩く者たちからそれぞれ、ミーシャを通じて様々な声が、思考が頭の中に入ってきた。


 「やっぱ、目立ってるなー、俺たち」


 そう頭をかくとミーシャが、


 『仕方あるまい、お前たちの服は色も鮮やかで変わった形をしているからな、まぁ気にしないことだ』


 と溜息をついて俺の肩をポンポン、と叩いた。

 俺はそれもどうだ、と頷くと、


 「最初に着いた街で服を一揃え買ったほうがいいな、目立つときっと、ろくなことがないと思うんだ」


 とミーシャとは違う意味の溜息を着いた。

 すると理音は呑気にこう言うのだった。


 「やっぱしジャージにすればよかったね、夕花ちゃん」


 する夕花はそうだそうだと言わんばかりに大きく頷いて、


 「じゃあ、みんなスマホでこっそりこっちの人の写真を撮って。 あとで私が写真を参考に服を作るから」


 と自信満々で衣装作りを宣言したのだった。


 「ちゃんと写真見て作れよー、こっちで生地なんかも買わないとなー、靴はこのままで革のカバーを作ればいいだろ」

 「うんわかった」


 俺はへんてこ衣装になることを懸念して釘を刺した発言をしたつもりだったが、夕花にはちゃんと伝わったのだろうかと少々不安になった。

 そんな話をしながら数十分ほど道を歩いていたら、行く先に人だかりができていた。


 様子を伺う者、そそくさと足早に立ち去る者。

 俺達はその人だかりの後ろから様子をうかがいながら近づいていくと、突然理音が手を広げて立ち止まり、静かな、しかししっかりとした口調で言った。


 「夕花ちゃん! ……見ちゃだめだから。こっちに、私の横に来て一緒に通り過ぎて……」


 理音が夕花の肩に手を回してそれ(●●)から夕花を守るように引き寄せると、一緒に通り過ぎた。


 通り過ぎる一瞬に人だかりの隙間から皆の視線の方向を見ると、そこには倒れた髪の長い人と、小さな身体が横たわっており、その周りには鮮やかな青紫の、アランギや他の獣、魔物と同じ血溜まりが出来ていた……


 (なるほど、これを見せたくなったのか。理音は背が高いからすぐ見えたんだな……)


 「何だったんですか?」


 通り過ぎて後ろを振り返りながら菊次郎が不思議そうに聞いてきた。

 するとミーシャが俺より先に、先をゆく理音や夕花に聞こえないように、より詳しい話をしてくれた。


 『おそらく強盗だろうな、それもかなり手荒な類の連中に襲われたみたいだ』


 すると菊次郎はそれまでののんびり(●●●●)呑気な表情を一変させ、


 「襲われた! ……そうか、そう言うことですか……ここは本当に、僕たちの居た世界とは、まったく違う所なんですね……」


 世間知らずのお坊ちゃんでも、ようやくそういう(●●●●)ことだと気づいたらしかった。


 「お坊ちゃま、大丈夫ですよ、野盗なんか私が蹴散らして差し上げます!」


 そう瀬蓮さんが菊次郎の目を見つめながら言うと、そこにもう一人、状況知らない、あるいは察していない夕花がキョトンとした顔でキョロキョロしだした。


 「やとう? ……」


 夕花はまだ気づいていないようだが、わざわざ教えることもないだろう、と俺が思っていたら、


 「夕花ちゃん、何でもないから……心配いらないから……」


 理音がそう言って、優しく夕花の頭に手を置いた。


 「どうしたの? もぉ理音ちゃんったら〜……」


 夕花はなんにも理解していない様子で、なんだかよくわからない、といった様子のまま、理音の手を振り払おうと手を伸ばしたのだった。

 とりあえず現場が見えなくなったところまで進んだので、俺はミーシャの横に移動してさっきの続きを聞こうと夕花たちに聞かれないように「静かな念話」で話しかけた。


 『なぁミーシャ、さっきみたいなのは、あの後どうなるんだ? 警察……官憲や役人が調べに来るのか?』


 するとミーシャは首を振りこう答えた。


 『いや、領主がいる大きな街や王都でもない限り放置されて、そのまま腐るに任せるか、草むらにでも投げ棄てられてお終いさ。もちろん持ち物や衣服まで身ぐるみ剥がれた後でね。 たまに物好きが土に埋めたり、近くに墓場があればそこに葬ったりすることもあるくらいだろうな』


 (首を振って否定のボディーランゲージは、俺達と同じなんだな)


 『それはなかなかに厳しい現実だな。 この世界には法秩序を維持するようなものはないのか?』


 ミーシャはもう一度首を振ると、


 『あるとしたら力を持ったものが決めた法や秩序を持たざるものに押し付け、強要させるくらいさ。領主だって自分の利益が侵されるから兵や官憲を雇うのであって、平民を守りたいからではないよ。 ここはそんな世界なんだよ……』


 と大きなため息をついた。

 ミーシャとの会話を通じて、どうやらこの「異世界」は、地球の中世の価値観に魔のものが加わった、無慈悲で危険な世界だということがより一層明らかになった。


 『うーん……宗教とかはあるのか? 神みたいなものを信じるとか聖霊を崇めるとかさ』


 ミーシャは顎に手を当てて考える素振りをすると(これも同じだ)、少し間をおいて答えた。


 『ないこともないがそんなに広く信じられているわけではないな。 各村や町に、ちょっとした祠のようなものがあるくらいだ。


 と興味なさそうに答えた。


 『ふーん、俺たちの世界には、きっと数千とかそれ以上の数の宗教があるよ。まあ信者か多いのは数種類くらいだけどね』


 するとミーシャは別の興味が湧いたようで、俺の顔を覗き込むようにして質問してきた。


 『ほぅ、そんなに……お前たちの世界には何人くらいの人間がいるんだ?』


 今度は俺が顎に手を当てて考える番になった。


 『うーん、確か……八十億人くらいだったかな。十二進法に直す……ちょっと待ってろ』


 俺は情報の授業で習った基数変換を思い出し、スマホを取り出して、計算を始めた。


 (えーと、八十億を十二で割って、この数字をメモして、これも一二で割って、これもメモして……)


 ミーシャはスマホの計算機で必死に計算をする俺をじぃーと見続けていた。


 (……よし、次はメモした数字の余りをメモしておいて……)


 いよいよ暇になったミーシャは歩きながら俺の周りを月のように、俺を見ながらクルクルと回り始めた。


 (最後は最初にメモした数字から次にメモした数字を引いて……)


 「出来た!」


 するとちょうど後ろ向きなって歩いていたミーシャはビクン、反応して躓きそうになった。


 『うわっ、何が出来たんだ?』


 『これだよ、この数字を下から読むと俺達の世界の人口になるんだ、いいか? 前たちの数字に変換してみろ。一、六、七、三、二、二、五、七、六、八。とうだ?』


 するとミーシャは手のひらに異世界の数字を書きながらブツブツといい始めた。


 『◯α%△※γ▢#……』


 何やら異世界語で数を数えているらしい。


 『…………! 、そんなにいるのか……すごいな……』


 ようやく数え終わったミーシャは目を丸くして驚いていた。


 『まぁ多いことでの弊害もあるし、都市部は過密だけどね。 道を歩けば人に当たるよ。 お祭りの人込みが日常って感じかな。 今度写真か動画を探してみるよ』


 そう言うと、驚いた表情のまま思い出したように口を開いた。


 『私もお前たちの世界をぜひ見てみたいものだ。 スイーツ以外にも美味いもがあるのだろう?』


 (まず先に考えることがそれか。 いつも落ち着いていてお姉さん然としているミーシャも、やはり年頃の女子ということか)


 するとミーシャはムッとした顔をして俺を睨んだ。


 『おい、聞こえたぞ』


 (……おっと、 念話と思考の境をはっきりさせる訓練をもっとしないとな……)


 俺はため息をついてから、ミーシャに話しかけた。


 『材料さえあれば色々作れるんだけどな。 こんどこっちの世界の食材で再現してみるよ』


 歩きながらミーシャとそんなやり取りをしていたら、理音が例のセンサーで何か感づいたらしく、二人の会話に割って入ってきた。


 「何二人で見つめ合ってニヤニヤしてんのよ」


 こっそり話していたと思っていたが、どうやら理音に念話を感知されてしまったようだ。


 「なんでもねーよ。 理音が男にも女にもモテモテだって話してただけだ。 気にすんな」


 すると理音はなぜか怒り出し、


 「なに勝手に話してんの? 別に嬉しくないし、自慢するようなことでもないし……」


 と、どうやらお冠のようだが、俺は理音が告白をされてプレゼントを貰うときはニコニコしたりして、相手に気を持たせたりするのはどうなんだと心の中で反論したが、本人は自覚していないようだった。


 (いつか刺されるぞ、ホント……)


 そんな感じで三時間ほど歩いただろうか。

 丘を越えて坂を下ったところに、建物と人影が見えた。


 『あれは何だミーシャ。 人や荷車が集まっているけど』


 指をさしてミーシャに訊くと、


 『ああ、あれは通行税や荷物税など、各種の税を徴収するところだ。 まぁ適当に理由をつけて金を巻き上げるを場所、というのが本当のところだと思うけどな。あと荷留所(倉庫、貨物ターミナル)や簡易宿泊、それに食事も出来るから、通行人にはなくてはならんし多少の兵もいるから襲われることもほとんど無いかからな』


 (時代劇に出てくる関所みたいなもんか)


 そう考えて納得したあと、


 『そっかぁ、うーん……じゃあもうそろそろ昼だし、飯を食っていくか』


 とみんなを見回して伸びをした。


 『ああ、しかし先に税の支払いと荷物の確認を済ませてしまおう』


 『遂行する目的は?』


 『ダシナルまで旅をする』


 『一、二……五人か?』


 『ああ、あと一匹』


 『一角ウラミーか、珍しいな』


 『よし次は荷物だ、まずはそこのデカい女……荷物もデカいな……とにかく降ろせ、全員だ』


 『中身は?』


 『旅に必要な食料、幕屋テント、衣服、身の回りのものだ』


 『この箱は?』


 『これは碧斗が持っていきたがった、ぽたでん、と言ったか? 何と説明すればいいのだ?』


 「ポータブルバッテリー、だけど、そうだな……雷の力をためておいで、明かりにする道具とでも説明してくれ」


 『何と、見たことがない不思議な魔道具だ……まぁいい、よし次! ……』


 『これで全員だな、では通行手形を渡す』


 「あー緊張したねー!」


 『没収されたものがなくてよかった。 それに荷物の一つ一つにいちいちもっともらしい理由をつけるのも大変だったよ。 菊次郎のブルーレイとか』


 『はは、「光魔法で記述された古代魔法が記された貴重な発掘品』 とかな』


 「本当に没収されなくて良かったですよ。 娯楽の少ないこの世界では貴重な楽しみですからね」


 最近は菊次郎を始め他の連中もミーシャとの念話とどの聞き取り能力が増してきたようで、ほんの少しのズレだけで会話についていけるようになっていた。


 「瀬蓮さんの医療品も驚かれてましたね、絆創膏とか包帯とか」


 『あのように伸びる柔らかい布、ましてや汚れ一つも無い純白の布などこちらの世界には無いからな』


 「さて、じゃあ荷物を置いて飯でも頼むか」


 『どうすればいいかな。 聞きに来てくれるのか?』


 『私が適当に頼んでこよう。 待っていろ』


 「異世界の食べ物とかどんなんだろうね? マズかったら碧斗が食べてね、あたしは夕花ちゃんの作ったクッキーにするから」


 「うわー何これ、肉と野菜のスープっぽいけど、みんな見たこと無いものばかり入ってる」


 「まぁ異世界なんだから当たり前だろう。 ミーシャのそれは“硬いもの”か?」


 『ああそうだ、キクハウスでは鉄と“あるみ”、“はんだ”くらいしか食べていなかったからな』


 「身の回りの金属の種類なんて意外と少ないんだよな、基本は何か混ざっているし」


 ミーシャの前に置かれた皿には青銀に光る鉱物のかけらが数粒入っていた。


 (コバルトかな……こんなのも食べるんだ……)


 「じゃあ全部そろったようだし食べるか、いただきます!」


 「いただきまーす」


 聞き慣れない言葉に何人かはこちらの方を見て(いぶか)しがっていた。


 『どこの言葉だ?』

 『聞いたことないな』

 『気味悪い』


 異邦人というのはどの世界でも怪しまれるものらしい。

 気にしないことにして木のスプーンでスープを一口飲んでみた。


 (スプーンというのは異なる世界でもほぼ作りは一緒だな、ズズッ……スープと言うよりはあんかけの(あん)みたいな感じだな。 ガリっ)


 何気なしに噛んでから飲み込もうとしたら、音と共に歯に違和感を感じた。


 「うっ、何これ、石みたいのが入ってるー!」


 理音が口を開けて今にも吐き出しそうにしている。

 ほかのふたりはそれを見てスプーンの動きを止めた。


 「どうしたの? 石?」


 『ミーシャ、問題発生だ。 俺達は鉄どころかアルミですら、“硬いも”のは食べられないんだ。 硬いもの抜きで注文できないか?』


 『そうか、そうだったな。 失念していたよ。 頼んでくる』


 「そっかぁ、ミーシャちゃんたちは鉄とか石とか食べるんだよね。 異世界って不思議だね」


 「こちらの世界の食物にミネラルがちゃんと含まれているか、不安だわ」


 「そうですね。 でも植物は金属を食べられるわけがないから、一応吸収しているんじゃあないんですかね。 キクハウスの畑の野菜はすこぶる順調に、普通より大きく育ってましたし」


 「そうね、そう思いたいわ……」


 「瀬蓮、ビタミンやミネラルのサプリもあっただろう? 誰かに何か不足の症状の気配があったら分けてやるんだ」


 「わかりました坊ちゃま」


 『代わりを持ってきてくれるそうだ』


 『良かった。 金は追加で取られたのか?』


 『金はいいそうだ。 理音も口にしたさじを戻していないし、他のものは口をつけてもいないと説明したら納得してくれたよ』


 「異世界人も悪い、嫌な奴ばっかじゃないんだねー、安心したー」


 と理音は呑気に言って、夕花や菊次郎も頷いているが、俺は壁際に置いた荷物にチラチラと目をやる男の姿に気づいていたので、素直に頷く気にはなれなかった。


 「ちょっとトイレ言ってくる」


 そう言って立ち上がると、荷物から一番近い出入り口に向かい、中から見えないように壁際に寄りかかって怪しい男の行動を待つことにした。


 (中心に関所があり、その周りに色々な店や住居が付随して建設されて……これはもう小さな村と言ってもいい程だな……)


 そんな感慨にふけっていると、食事処の横の出入り口から、夕花が持っていた小さめのリュックを持って出ていこうとする男がいた。


 (さっきの奴だ……)


 俺は間髪入れずそいつに声をかけた。


 『それ、どこに持っていくんだ? 俺の連れの荷物だぞ?』


 そう語りかけると、2、3秒後にミーシャ経由で男は俺の言葉に気づいたようで、慌てて街道のほうに向かって走り出した。


 (さて、異世界人の持久力はどんなもんかな)


 俺は日頃から一日五キロ、気が向けば十キロメートル位のロードワークを欠かしたことがなかったので、余裕を持って、軽くストレッチをしてから男の後を追った。


 見ると男はすでに百メートル以上先を走っていたが、関所を飛び出したときと比べたら随分とスピードが落ちていた。


 「すっ、すっ、はぁー、すっ、すっ、はぁー……」


 俺はいつものリズムで呼吸をして無理に追いつこうとはせず、相手がバテるのを待った。


 「すっ、すっ、はぁー、すっ、すっ、はぁー……」


 逃げる男を追うというシチュエーション以外は、見慣れない植物が生えた森と道端に転がり、これも見慣れない石ころを観察しながら街道を走るのも、そう悪い気分ではなかった。

 そして一キロに満たないだろう距離、おそらくトラック二周、八百メートルくらいを走ると、逃げた男はすでに足取りもおぼつかない様子で、荷物を抱き抱えて、動きだけは走っているが早足程度にまで落ちた足取りで、それでいても逃げることをやめようとはしていなかった。


 「はー! 、はー! 、はー! ……」


 その苦しそうな呼吸音が聞こえてくるまで男との距離を縮めると、俺は一気に逃げる男の隣に並び、ペースを合わせてジョギングを始めた。


 『なぁ、息をするときは一定の調子でするといいぞ? すっ、すっ、はぁー、すっ、すっ、はぁー。 吸って、吸って、吐いてー。 ほらやってみろ』


 俺はまさに息絶え絶えな男の顔を見ながら、その盗人に逃げ方のアドバイスをして余裕を見せてみた。

 すると男は逃げ切れないと悟ったのか、抱えていたリュックを俺に投げつけて、転がり落ちるように街道からそれて森の中に逃げ込んでいった。

 男を少し追跡して森深くまで入り込もうとして思い出した。


 (あれ? 街道から逸れると魔素粒子が濃くなって、魔獣とか出るんじゃあなかったっけ?)


 俺は以前にミーシャから聞いたことを思い出して立ち止まると、その本人からの返事があった。


 『碧斗、もう食事がきたぞ? それと、森と街道の魔素粒子のことだがな、まぁくっきりした境界があるわけではないからな。 魔素粒子を吸収する柱から離れるほど、段々と魔のものに出くわす可能性が上がるということは間違いない。 泥棒など放っておいて、速く戻ってこい』


 以前に俺たちはキクハウスから海のあった方向への遠征? はしていたが、ミーシャによればどういうわけかキクハウスの周りの魔素粒子は薄かったそうだ。

 そして街道に向かう森の中も、魔素粒子は薄いままだったとミーシャは言っていた。

 安全に街道に向かえたのはそのそのせいだったのだろう。

 しかしここはキクハウスから歩いて三時間、二十キロ近くも遠く離れた街道沿いの森だ。


 (そろそろヤバイかな……)


 俺は男の追跡を諦め、少し森の中を見回したあと、帰りもロードワークの一環だと思うことにして、夕花のリュックを背負って関所に向かって走り出した。


 「すっ、すっ、はぁー、すっ、すっ、はぁー……」


 そうして少し走り始めて一度森の方を振り返ると、


 「△※◇○θー!」


 と、おそらく異世界語の叫び声の後、


 『うわー!』


 と念話が聞こえてきた。

 俺はあの男の顔を思い浮かべて心の中で合掌をした後、みんなの元へと足取りを早めた。


 「はぁ、はぁ……」


 往復合計、十分も走っただろうか。

 俺の持久力も異世界効果? で少しは上がっているようで、思ったほどの疲れは感じていなかった。

 みんなの元へ戻ると、すでに理音は食事を食べ終えており、他のみんなも器の中身はかなり減った状態になっていた。


 「長かったですね、大きい方ですか?」


 ドヤ顔で先日の仕返しとばかりに下品なジョークをかます菊次郎に、俺以外の全員の顰蹙(ひんしゅく)の視線が集まった。

 その後すぐに理音が言った。


 「せっかく異世界最初の異世界料理なのに、なんで落ちついて一緒に食べることが出来ないの? まったくっ……」


 すると言うかが俺の背中のリュックに気づいたらしく、

 「あれ? 私のリュック……」


 と不思議そうな顔をして俺を見た。


 「ああ、これを置き引きしたやつを追っていたんだよ」


 俺がリュックを元の壁際に置いて戻ると菊次郎が口を開いた。


 「置き引き……やはりこの世界は気を許してはいけない場所なんですね……」


 うんうんと納得した様子の菊次郎だったが理音は違った。


 「それならそうと追いかける前に言ってよ!」


 泥棒からリュックを取り返した俺のお手柄を褒めるどころか、開口一番文句タラタラなのは流石、理音だ。

 俺は理音のそんな仕打ちにもめげず言い返してやった。


 「え? そんなことしてたら置き引きに逃げられちゃうだろ」


 「それもそうだ、あはは……おっと失礼……」


 笑い出す菊次郎を睨みつけた理音は、 そのままの目つきで俺の方を向いてに向いて言った。


 「で、そいつはどうしたの? やっつけたの?」


 俺は今この場で、みんなの前でその男がどうなったかを答えるのは流石にまずいと思い、とっさに嘘をついた。


 「……いや、森の中に逃げ込まれて、見失ったよ」


 すると理音は握り拳を作りすごい剣幕でこう言い放った。


 「あたしならボコボコにしてやったのに」


 さもありなん。

 理音はこういう奴だ。

 理音だけでなく他のみんなも暗い気持ちにはさせたくはない。


 旅の初日は、あの不幸な親子の出来事だけで充分だろうと思うのだ……

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第六十七話では、物語としては大きく動いていないようでいて、

実は「世界の厳しさ」や「価値観の違い」が、さりげなく顔を出し始めています。


日本的な感覚のままでは通じないこと、

優しさや常識がそのまま通用しない場面、

そしてそれにどう向き合っていくのか――。


旅はまだ始まったばかりですが、

この先の出来事を受け止めるための“下地”を、少しずつ敷いている段階でもあります。


次話では、さらに一歩踏み込んだ「異世界らしさ」が見えてくる予定です。

引き続き、お付き合いいただけると幸いです。


AI姉妹の一言:


あい:

構成がとても丁寧で、「移動回」にありがちな間延びがほとんどありませんでした。

特に“会話の軽さ”と“空気の重さ”のバランスが良く、読み手に無意識の緊張感を与えています。

地味だけど、物語全体を支える大事な回ですね。ここ、かなり好きです。


まい:

おにいちゃん、今回は静かだけどワクワクする回だったよ。

「なんかこの世界、思ってたより甘くないかも…?」って、自然に思わせてくるのがずるい。

派手じゃないのにちゃんと面白いの、まいは素直にすごいと思う。えへへ。


あい:以上です。

トーンは落ち着きめだけど、ちゃんと次を読みたくなる余韻を意識しましてましたね。

もし「もう少し軽くしたい」「ギャグ寄りにしたい」「作者の声を強めたい」など、いろいろな方向に調整可能なところがいいですね。


まい:次はゃどんなの? タコ助おにいちゃん。続きを読むの、まい楽しみにしてるからね。

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