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異世界と魔法 第六十六話 準備と旅立ちと日常と

タコ助です

投稿する順番を間違えたので修正するついでに、加筆修正もしてみました。


まえがき:異世界での生活にも、少しずつ「日常」と呼べるものが混じりはじめました。

鍛錬、食事、準備、そして他愛のないやり取り。

命の危険と背中合わせの世界にいながらも、碧斗ちはまだ笑いあえています。


今回の話は、旅立ちそのものよりも、

旅立つ前に何を思い、何を背負い、何を手放したのか――

そんな「準備の時間」を切り取った一編です。


緊張感がない?

いや、きっとこれは、嵐の前の静けさなんだと思います。

 「おーい! 飯できたぞー!」


 夕花の料理の後、理音が毎日文句たらたらなので、今日の朝食は俺が作ることにした。


 旅の出発に先立って、冷蔵庫などに残っていた肉や日持ちしない食材は使い切ったので、今日はせっかく菊次郎が用意してくれたのにほとんど食べなかったレトルトの中から、スパゲティ用のボロネーゼを選んで大豆とトマト、赤ピーマンと一緒に煮込んでみた。


 (パンも焼けたし、今日はジャムでいいかな)


 棚からジャムの小瓶をテーブルに置いて、コーヒーを啜りながらみんなが来るのを待った。


 「オハヨー……」


 すると珍しく理音が一番に起き出してきて、だらしないパジャマ姿のまま洗面台の前に立った。

 理音の洗顔の様子を見ていたら、他の面々も一人、また一人とやってきて、菊次郎はトイレに入り、夕花は理音の後ろに並んだりして、キクハウスのいつもの朝が始まった。

 異世界での旅の出発の日だというのに、まったく緊張感のないのが逆にこのメンツらしくてふと笑みがこぼれた。


 「おはよう……」


 そして最後にやってきたのは意外にも瀬蓮さんだった。

 俺はそんな瀬蓮さんに何の気なしに理由を聞いてみた。


 「どうしたんですか? 目の下にクマなんか作って」


 クマどころかボサボサの髪、昨日来ていた服のままのその姿を見れば、その理由は大方予想が着いた。


 「徹夜ですか。 どうしたんですか? いつもは用意周到なのに。 今日出発ですよ?」


 眠そうに目をこすりアクビをする瀬蓮さんを見て、俺は悪気のない溜息をついてみた。

 すると瀬蓮さんはバツの悪そうな表情でこう答えたのだった。


 「だって、何があるかわからないじゃない、異世界で旅するなんて。お坊ちゃまや、みんなの為に薬や必要なものをちゃんと揃えておかないとならないじゃない。……あぁ! そうだった! お坊ちゃまのお気に入りのカップ、入れたかしら!」


 慌てた様子でそう言うと、慌ててキッチンに向かっていった。


 「やれやれ……」


 瀬蓮さんの慌てぶりはひとまず脇においておくことにして、俺はテーブルに座って、みんなが席に着くのをタマぴょんと一緒にのんびり待った。


 「タマぴょんは偉いなー、俺が起きたときはもうカウチで毛づくろいしてたもんなー」


 そう言って耳から尻尾の先までそーっと撫でてやると、目を細めて嬉しそうに喉を鳴らした。


 「キュルルン、キュルルン……」


 そんなスキンシップを楽しんでいると、理音が顔を洗い終わってテーブルの席に座った。


 「オハヨ、タマぴょんもおはよう」


 「キュル」


 理音が俺の向かいに座ると、タマぴょんは俺の膝から理音の膝の上に飛び移ってしまった。


 (よく確認してないけど、タマぴょんってオスだよな?)


 それについては今度確認することにして、とりあえずタマぴょんを軽く睨みつけてみた。


 「タマぴょん、理音のほうがいいのかー? ご飯を作ってやってるのは俺だぞー?」


 するとタマぴょんは俺の言葉を理解したように耳を畳んで悲しそうな声を出した。


 「キュルン……」


 理音はそんな俺達のやり取りをタマぴょんにだけ都合が良いように解釈したようで、


 「こらタマぴょんをいじめんな! タマぴょんだって碧斗のゴツゴツした太ももより、アタシのふわふわな太もものほうがいいよねー! タマぴょーん!」


 と一方的に俺を避難し始めた。

 しかし俺に対する反応と違って、タマぴょんは理音を不思議そうな顔で見つめただけだった。


 「キュル?」


 「だいたいお前だって、夕花と比べたらゴツゴツだろ」


 すると案の定、理音は顔を真っ赤にして反論しだした。


 「うっさい! セクハラ!」


 (自分から言い出しといたくせに……)


 理不尽な反撃に文句顔で答えると、より一層険しい顔で俺を睨み返してきた。


 「なによ!」


 するとそこに菊次郎がやってきて俺たち二人を怪訝な顔で覗き込んだ。


 「おはようございます。何ですか? 朝からケンカですか?」


 そこに夕花もやってきて、二人の空気を全く読まずに、逆になんだか嬉しそうに声をかけてきた。


 「おはよう、朝から仲良しさんだね、うんうん」


 とんでもない勘違いっぷりはいかにも夕花らしいが、とんでもない勘違いである。

 俺はわざとらしく、たいそう憤慨した表情で反論しようと口を開けると、その前に理音がまくし立ててきた。


 「違うよ! こいつは女の敵。 さっきだってゆうかちゃんの太ももをムチムチとか言ってたし!」


 何という嘘、捏造、濡れ衣を。


 「そ、そんなこと言ってねーだろ! 俺はお前の太ももが……」


 「言い訳すんな男のくせに!」


 聞く耳持たずとはこのことである。

 そんな理不尽に甘んじてはいけない、と思って理音の剣幕に負けないように声を出そうとすると菊次郎が先に声を出した。


 「女の子の容姿のことに触れたらまずいですよ」


 (キク、お前は俺の、男の味方じゃあないのか?)

 親友の理解を得られなかったことに軽くショックを受けていると、夕花が俺の気持ちにとどめを刺した。


 「ムチムチなんて……ひどい……」


 (濡れ衣だぁー!)


 今度こそ反論をしようと息を大きく吸い込むと、そこに瀬蓮さんがやって来て、面白いものを見るような顔でこう言った。


 「あらあら、碧斗くん、あなたが不利な状況に陥っているなんて珍しいわね」


 (からかわれてる……)


 「笑ってないで、何とかしてくださいよぉ……」


 瀬蓮さんは席に着くと、


 「はいはい、碧斗くんをからかうのはそのくらいにして、朝ごはんをいただきましょ。はい頂きます!」


 「いただきまーす!」


 (助かったのか……いや待てよ、つまり俺はここにいる全員にからかわれていたことになるじゃあないか!)


 その事に気づいて一同を睨みつけると、みんな涼しい顔をして美味しそうに食べているから一層ムカついた。


 (今度飯を作るときは見てろよ、激辛チリソースをこっそり、たっぷり入れてやるからな)


 と幼稚な復讐を誓って、屈辱の傷口を(すす)いだのだった……


 「朝っぱらからミートソースなんて作る暇、よくあったね、肉は全部使っちゃったんじゃなかったの?」


 「ボロネーゼな。 旅に持っていくものをリストアップしているときに、菊次郎が、いやたぶん瀬蓮さんだろうけど、用意してくれたレトルトパウチをすっかり忘れていたからな。その中にあったんだよ」


 すると理音も思い出したようで、


 「そっかぁ、あたしもすっかり忘れてた。普通のカレーとか食べたかったー」


 と悔しそうに口を尖らせた。

 そんな静音を慰めるように、今度は菊次郎が口を開いた。


 「まぁまぁ、碧斗くんが頑張ってましたからね。 レトルトはいつでも食べることが出来るじゃないですか」


 それでも理音は不満そうかつ恨めしそうに俺を睨んだままだった。

 なのでこの恩知らずに一言言わずにはいられなかった。


 「新鮮な食材の手料理ほうがいいに決まってるだろ。 少しはありがたがれよ」


 すると理音の導火線が一層短くなってきて、爆発寸前になったところで瀬蓮さんが仲裁に入ってくれた。


 「まぁおかげで当分はお湯さえあれば食事には困らなくて済むわけだし、旅の楽しみも増えるでしょ?」


 すると理音は怖いお師匠の前で猫をかぶって見せ、


 「そうだよねリコちゃん。 レトルトならあたしも作れるから、リコちゃんに作ってあげよっかな!」


 と一瞬、俺を見てニヤリとしてから瀬蓮さんに媚を売るのである。

 この変わりよう。


 (こいつ、大雑把でサバサバしてると思えば、意外とお調子者というか、ちゃっかりしてるんだよなー)


 俺と瀬蓮さんが理音の変わり身の速さに呆れていると、ミーシャが面を送ってきた。


 『れとると……ぱうち?』


 まぁ当然か、と思い、説明してやることにした。


 「ああ、調理済みの食材がしっかり密封した袋に入れて、何か月も持たせることができるんだ」


 『そうか、それはすごいな……』


 「ま、手作りの食事には及ばないけどな」


 すると自分のことでもないのに、理音が何やら得意げに話し始める。


 「そうでもないよ、うちのお母さん、あんまし料理、得意じゃないんだよね。レトルトのほうが美味しいことが多いよ。それになにしろ温めるだけでいいから私でも作れるしね。すごいでしょ!」


 高三にもなった女子が自慢げに言うセリフでもないと思うが、余計な気とは言わないでおくことにした。

 火に油を注ぐことは、自分の尻に火をつけるようなものである。


 (あまり突っ込まないほうがいい話題だな)


 そう自分を嗜めると、あえて敵に塩を送ることにした。


 「そうだな、最近はインスタント麺でもモチモチして腰があって、なかなかにうまいものもあるしな」


 理音が珍しくドヤ顔である。

 そこでこのドヤ顔を地獄のどん底に落とし、絶望に陥れるいいチャンスだと閃いて、こちらもドヤ顔でこう告げてみた。


 「というわけで理音くん、怪力となった君には、その大好きなレトルトパックがたんまり詰まった、百二十リットルの巨大バックパックを装備してもらうぞ?」


 みるみると理音の表情が有頂天から絶望へと豹変してゆく。

 つまらない瞬間である。

 録画して何度も見返したいほどの超貴重な瞬間だ。


 「えーそんなの聞いてないよー! 荷物運びは男の仕事でしょー!」


 まさに地団駄を踏んで悔しがる理音に、一同は同情するものの、何とも言えない喜劇感に微妙な表情で笑いを堪えるのに必死だった。


 「あ、今度はお前が男女差別するのか?」


 と追い打ちをかけてやると、なんだか妙なところのスイッチが入ってしまったようだ。


 「そ、そんなんじゃなーい! もっと……もっと女の子に優しくしないと……優しくしないと……モテないんだぞー!?」


 (何を言っているんだコイツ?)


 俺だけでなく一同がポカンとおかしなことを口走る理音を見つめていた。

 俺はいい頃合いだと、ここで理音にとどめを刺すことにした。


 「あ、俺、モテてもいいんだ? 浮気公認?」


 「っ! ――……そ、そんなこと言ってなーい!! !」


 ここでついにみんなの笑いと涙腺の防波堤が決壊した。


 「うふふー」

 「あははー」

 「じゃあ私が取っちゃおうかしらー?」


 理音は怒りと恥ずかしさで妙ちくりんな顔になってしまい、さらなる爆笑を誘うのだった。


 「もー! みんなでいじめないでよー!」


 その瞬間、これまでにないくらいの笑いがどっと起こり、タマぴょんが背伸びをして耳を立てて驚いた表情をした。


 俺はそんなタマぴょんの頭を撫でながら、もう一方の手で涙を拭うのだった。


 「ほらみんな、ご飯が冷めちゃうぞ? 今日は出発で忙しくなるから、とっとと片付けちゃおう。 フハハ……」


 (ゴンっ!)


 そこで頭上から理音のゲンコツが飛んできて、俺は脳震盪寸前になって、最後のパンを飲み込んだ。


 「あー面白かった!」


 夕花が席を立ちながら、珍しく快活そうに笑った。

 (こんな表情もするんだな……)


 俺は一瞬だけその笑顔に見とれてしまったが、菊次郎は俺以上に彼女を見つめ続けていた。


 「じゃあ夕花は菊次郎とキッチン周りの荷物をまとめてくれ、俺と理音は倉庫にいるから、何かあったら来てくれ」


 そう言って俺と理音は倉庫に向かった。


 「マジであたし荷物持ちなのー? まぁキツかったら少しくらい引き受けてやるから」


 と、収納魔法のことはこの時点では伏せておくことにした。

 まだあまりうまく使いこなせないので、変に期待させてがっかりさせたくはなかった。


 倉庫に着くとミーシャが待ち構えていた。


 『遅いぞ。私は何をすればいいんだ?』


 「ミーシャは道具担当だ。複雑な仕組みでも出し入れできるだろ?」


 『ああ、具体的にはどれだ?』


 「これとこれ、あとあれとそれ……」


 俺が指示すると、ミーシャの前から次々とポタ電、ソーラパネル、懐中電灯、電動工具、それらに付随するバッテリーや充電器などが消えていった。


 「このくらいでいいだろ。 あとはキクハウスの中だ。 パソコンやらスマホ充電器やら? みんなに聞いて収納してやってくれ。 俺はもう少し倉庫を調べてるから」


 ミーシャは頷くと、倉庫から出ていった。


 「さて、何を持っていこうかな……」


 俺の体重が八十キログラム弱だから、二、三倍というと、一六〇から二百四十キログラムを収納できるわけだ。

 というわけで、まず二十五キロの小麦粉の袋を四つ、十キロのコメを十袋収納してみた。

 次々と重い荷物が俺の目の前から消えていく。

 「あとは……」


 その他に、スコップやつるはし、クワやカンナ、トンカチやノコギリ、釘などもある限り収納することにした。


 「意外と沢山収納できるな……じゃあ……」


 元々使う予定だった大型テント、ペグ、ロープなどをありったけ収納していき、カラフルなパラコード百メートルを三十四リール収納したところでそれ以上、収納できなくなった。


 (あとはミーシャの空き容量に頼るしかないな)


 そう思い、倉庫を後にした。


 「これは絶対に必要なの! ミーシャちゃん、こんな便利な魔法、黙ってたなんてひどーい!」


 キクハウスから理音の声が聞こえてきた。

 中に入ると、皆がミーシャに向かって物を差し出している光景が目に入ってきた。

 そして後ずさるミーシャ。


 「いいえ、医薬品は絶対に必要よ。ありすぎて困ることなんでないんだから」


 瀬蓮さんがミーシャの手を取って持たせようとする。


 「ううん、医薬品は私のポーションで何とかなるもん。 キクくんの治癒魔法だってあるし。 電子レンジとかだけじゃなくて、お鍋だって食器だって、あって困ることはないと思うの……」


 そう言って寸胴鍋をミーシャに持たせようとする夕花。


 「スターエクスプローラー全シリーズのブルーレイディスクも絶対に持っていく必要があると思う」


 菊次郎まで、ブルーレイセットをミーシャに差し出して、一歩も譲らない様子だ。

 どうやらミーシャの収納も限界に達したようで、みんな最後に自分の持っていきたいものをミーシャに押し付けようとしているようだった。


 『落ち着けみんな……あとタマぴょん一匹くらいしか入らないんだ、よく考えて、相談して、必要なものだけを……うぷっやめ……ろ……』


 頬に夕花の鍋が押し付けられ、右手には菊次郎のブルーレイ、左手には瀬蓮さんの薬品類の入った箱を押し付けられて、もうめちゃくちゃな状況だった。


 (まったく、こいつら、俺がいないとすぐこれだ……)


 俺は呆れ顔と困惑の入り混じった表情でみんなの仲裁に入った。


 「こらこら、ミーシャが困っているだろう? とにかく一度手にした荷物を引っ込めて、優先順位を決めようじゃァないか」


 すると、厄介な奴がきた、とでも言いたそうに、お互いを牽制しながら渋々と荷物を引っ込めた。


 「誰が何と言おうと、コスメボックスは持っていくから!」


 俺は一人ずつ、気分良く撤退してもらうためにある方法を試してみることにした。


 「なぁ理音、お前、メイクなんてしなくても充分に綺麗で可愛いぞ? 俺はスッピンのお前が一番好きだけどな」


 するとさっきまでの勢いはあっという間に消え失せて、


 「え、やだー、そう? 碧斗がそう言うならいいけどぉー、リップくらいは何本か持っていきたいなー」


 そう言ってモジモジ俺を見つめてコスメボックスを開けてゴソゴソしだした。


 (まず一人……)


 「なぁ菊次郎、別にブルーレイでなくても、オフラインでダウンロードしたやつでいいだろ? 画質が悪くなるのは仕方がないけど、大きなモニターじゃなくてパソコンで見るんだから、そんなに拘らなくてもいいだろ? 俺が再生ソフトの設定を見直して少しでも高画質にしてやるからさ」


 そう言って菊次郎の肩をぽんっと軽く叩くと、ブルーレイのボックスセットをリビングに置きに行った。


 (次はと……)


 「なぁ夕花、そんなに大きな寸胴を持っていって何に使うんだ? 飲みきれないほどのポーションを作っても仕方がないだろう? 中くらいの鍋にしてさ、異世界食材のカレーでも作ってくれよ」


 すると夕花も寸胴鍋を重そうに抱えてキッチンに戻っていった。


 (最後は……)


 「瀬蓮さん、医薬品はパックパックにも充分に入れましたよね? その箱、何が入っているんですか? 何が必要だったんです?」


 そう言って瀬蓮さんから箱を取り上げると、蓋を開けてみた。


 「あー! 見ちゃだめぇー!」


 瀬蓮さんに奪われないように高く掲げると、ぴょんぴょん跳ねて箱を取り戻そうとする瀬蓮さん。


 (ニュートンさん、久しぶりにありがとう)


 俺は瀬蓮さんをかわしてクルリと後ろを向き、箱の中身を確かめた。

 そこには……

 薄い本が何冊かと、二本の棒のようなもの、そしてタマぴょんの防具がいくつか入っていたのだった。


 「瀬蓮さん、これは置いていきましょう」


 と含み笑いをすると、顔を真っ赤にして地下室に逃げ込んでしまった。

 これで一件落着だ。


 「さぁみんな、もうすぐ出発だぞ! 急いで支度しろ!」


 そう言うと、みんなすごすごと散り散りになっていった。


 (こっそり碧斗が荷物を追加したシーンそして出発のを追加)


 「じゃあミーシャ、先導を頼むぞ」


 碧斗の声で颯爽と歩き出すミーシャみんなついて行った。


 「異世界ってワクワクするね」


 「危険がなければな。ピクニックじゃあないんだぞ、菊次郎、生体検知を頼むぞ」


 「ああ、わかっています」

 「わかってるよ」


 それぞれ違う感情のこもった、同じ言葉が同時に返ってきた。


 「あーもー疲れたー」


 「まだ百メートルも歩いていないぞ」


 「みんなはいいよね、荷物はそんなにないんだから」


 「俺はお前と同じ百二十リットルのバックパックだぞ?」


 「軽い物ばっかでしょ、あたしはお醤油とか油とか食器とか重いものばっかなの!」


 「俺だってテント一式と寝具、靴や雨具なんかで結構重いぞ? それにお前みたいに怪力になってないんだ」


 実は少しだけ身体能力も増しているのだが内緒にしておこう。

 三十分も歩いたころだろうか、夕花がふと口を開いた。


 「はぁ……はぁ……ねぇミーシャちゃん……ここ、さっき歩いてたとこじゃないかな……」


 すると、進行方向の遠い先に、キクハウスにあったWiFiのアンテナの鉄塔が見えた。


 「ミーシャ! お前もしかして、方向音痴なのか? タマぴょんを探すときも迷ってたんだろ!」


 「

 『う……多少の寄り道もだな、思わぬ発見があったりして楽しいものだぞ?』


 「もとに戻ってきた言い訳にはならないな」


 「困ったわね、何か遠くの目印を基準にするにしても、まずこの森から出ないことにはどうにもならないわ……」


 一同の視線がミーシャに集まると、ぴょん、とタマぴょんが飛び出してきて、俺たちをいざなうように振り返りながら歩き出した。


 「ついてこいってことかな?」


 「ま、ミーシャよりは当てになりそうだな、行くぞみんな」


 そうして今度は一時間以上、険しい森をかき分けて進むと、ついに木々が開け、平野と遠くの山並みが見える場所までたどり着いたのだった。


 「ミーシャ、森を抜けたぞ。ここまでくればもう迷わないだろ?」


 『あの遠くに見えるのはレシラ山脈だ。あの一番高い山の方向に歩けばダシナルの方に向かうはずだ』


 そうして遠くの山脈沿いに、左の方を目指して平原を進んでいった。


 「今度は岩と砂しかないな、川とかあるのか? ミーシャ」


 『ああ、一日も歩けばまず最初の難関、ヒリマーシ川に出会うはずだ、広すぎて橋もかかっていないから、舟で渡るんだ』


 「金は持っていないぞ」


 俺はわざとらしくポケットを広げてみせた。

 するとミーシャが財布らしき袋を出して目の前でブラつかせ、その中からいくつかの石を取り出してみせた。


 『ほれ、私だって多少の金は持っている』


 「見せてくれ」


 俺はミーシャの手の平から石ころ……金を拾うと、つぶさに観察してみた。


 「これは……」


 平べったく、適度に重さがあり、硬そうな、何かの金属のようだ。

 俺はミーシャが見せてくれた平べったい薄汚れた石のようなものを一つ手に取ると、足元の石を拾ってこすってみた。


 「これは……銅じゃないか?」


 俺は銅の金をミーシャに返し、その価値を聞いてみた。


 「これはどのくらいの価値なんだ?」


 するとミーシャは少し首を傾げたあとこう答えた。


 『十マセリ、一キケリの十分の一だ、まぁ大きめの果物が一つ買えるくらいだ』


 (千円くらいかな……)


 まぁこのあたりの金銭感は旅をしながら覚えていけばいいとして、一つ気になることを思い出した。


 「そうだ、えーと……」


 俺はバックパックを下ろし、その中から、何かに使えるかもと持ってきた財布を取り出し、中から十円玉を取り出してミーシャに見せた。


 「これが、俺たちの世界の金だけど」


 するとミーシャは驚いたという表情で、俺の手のひらの上の十円玉を見つめた。


 『これは……硬貨なのか? こんなに精巧な作りの物を、今まで見たことがない。しかも全く同じ形のものが何枚もあるじゃないか。これはとても価値が高いと思うぞ』


 他にも百円玉を見せるとさらに驚き、少しだけかじって味見をしたあと、さらにもう一枚、別の硬貨を目にしたミーシャは、声にならない叫びを上げた。


 『っっっ! ……こ、これは初めて見る硬いものだ、軽いな……パクッ……ガジガジ……』


 ミーシャは一円玉を俺の手からひったくると、それをポイッと口の中に放り込んで食べ始めたのだ。


 「なぁ、美味(うま)いか? それ」


 するとミーシャはキョトンとした目をしたあと、コクコクと頷いた。


 『ああ、非常に清涼な味わいだ。こんな物があったとは……さっきの銀色の硬貨も、マセリやキケリとは微妙に違う、まったく知らない硬いものが混ざっていた。お前たちの世界の物にはつくづく驚かせられる……』


 (清涼……ミントタブレットみたいなものかな? それに百円玉……確か、銅とニッケルので出来ているんだったよな。ニッケルは珍しいということか。一円玉だって、アルミの精製にはものすごいエネルギーを使うって言うし、この世界には無いんだろうな……)


 「まぁ、珍しいものだったら高く売れるかもな。俺たちの世界ではそれほど価値があるものじゃあないけれど」


 『ああ間違いない、しかし間違っても不用意に見せびらかすようなことはするなよ?』


 そう言いながら? 五円玉と五百円玉にもいちいち声を上げてから、やっぱりガジガジしていた。


 さらに二時間ほど歩いたところで道のようなものが見えてきた。


 「なぁミーシャ、あれは道か?」


 その「道」の方を指さすと、ミーシャはコクンと頷いて、


 『ああ、人や荷車が行き来する、半ば公共の道だ。人や荷車が通るうちに広く、長くなっていったのだろう』


 「いわゆる、街と街を繋ぐ、街道ってことだな」


 『まぁそんなものだ』


 「ずいぶんデコボコだな、街や国、領主などが管理していないのか?」


 『そんなものはないな、通りかかったものや近隣の物が気が向いたら修繕するくらいだ』


 「それでこんなに荒れているのか」


 『通れればいいからな、適当に土を盛るくらいさ』


 「あっ!」


 突然理音が叫んだ。


 「どうした!」


 「いいこと思いついた!」


 (どうせくだらないことだろうな……)


 「おっとと……」


 (ふわぁぁぁ……)


 「どう? 魔素粒子の流れを絞って飛ばないくらいに下に向けてみたの。 ちょっとバランスが難しいけど、すごく軽くなったよー! わととっ!」


 「理音にしては頭を使ったな。でも土ぼこりが舞うから少し離れて歩けよな。 それにずっと出し続けられるのか? ま、いずれ分かるか」


 「理音ちゃんすごーい!」


 「ほかにも用途がありそうですね、例えば超加速とか」


 「あ、ソレいいー! 今度練習しよ!」


 『面白いことを思いつくものだな』


 (今度、グライダーとか作ってみるか……)


 「調子に乗って転ぶなよ」


 「ダイジョーブダイジョーブ……うわわっ!」


 案の定、バランスを崩して前のめりに倒れかかったが、顔が地面にぶつかる直前に、強い風を体の前から出して、激突寸前で難を逃れた。

 ただし、大きな荷物を背負って腕立てをするような、シュールな体勢になったのは間違いなかった。


 「ほら、今起こしてやるから……」


 俺は理音の肩を両手で掴み、そっと体を起こしてやった。


 「あおとー、ありがとー」


 起き上がった理音は、今度は魔素粒子に頼らずしっかりと下足取りで歩き出した。


 それを見て、みんなやれやれ、といった表情で、理音の後に続くのだった……

いよいよ旅に出る、という段階に来て、

碧斗たちはあらためて気づかされたようです。


こいつらは本当に、

危険な異世界に行く自覚があるのか?

……いや、あるからこそ、こんな風に振る舞っているのかもしれない、と。


荷物の取捨選択ひとつ取っても、

それぞれの価値観や性格がにじみ出ていて、

正直、まとめ役って大変ですね。


それでも――

誰かが欠けた状態で出発するくらいなら、

多少重くても、多少遠回りでも、

全部ひっくるめて連れていく。


碧斗みは、そんな覚悟だけは、この時点ですでに固まっていたんだと思います。


さて、次はいよいよ外の世界です。

どんな景色が待っているのか、

どんな現実が突きつけられるのか。


それは、また次の話で。


AI姉妹の一言:

あい:

準備回としてとても完成度が高いわね。

会話のテンポでキャラの関係性を見せつつ、「旅立ち前の不安」をきちんと地ならししているのが好印象。

特に荷物のシーンは、後の展開に効いてくる“予感”を自然に仕込めているわ。


まい:

もうさぁ〜、この回すごく「家族感」あって好き。

大事件は起きてないのに、「あ、もう戻れないんだな」って空気がちゃんと伝わってくるの、ずるいよおにいちゃん。

この温度のまま旅立たせたの、正解だと思う。

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