異世界と魔法 第六十四話 激マズと至高と究極と
はい皆さん、たこ助です。
前話(第六十三話)では、碧斗のちょっとした悪戯心によるロシアンルーレット・タコスから始まり、ミーシャ先生による厳しい魔法属性の判定が行われました 。
俺が「全属性持ち」の器用貧乏だということが判明し、理音や菊次郎もそれぞれの適性を見つけましたね 。
そして、物語はキクハウスの日常へと戻り、ついに夕花が腕を振るった昼食の時間がやってきました。
これまで「微妙」と言われてきた彼女の料理ですが、異世界の素材と出会うことで、とんでもない化学反応(?)を引き起こすことになるのでしょうか?
そして一体に何が「激マズ」なのか「至高」なのか「究極」なのか。
それでは、第六十四話『激マズと至高と究極と』、どうぞ!
「お昼ご飯、出来ましたよ〜」
夕花の柔らかい声がリビングに響き渡ると、ミーシャと瀬蓮さん以外の不安混じりな視線がキッチンに集まった。
熱中してソリティアをプレイしていたミーシャの手が止まり、俺たちギャラリーも観戦するのを中断してダイニングテーブルに集まった。
ある者は興味津々、ある者は恐る恐るテーブルの上に置かれた料理を見つめる中、まず瀬蓮さんが第一声を発した。
「あら、聞いていたよりなんだか意外とマトモ……美味しそうじゃない。それに、ピッチャーにレモンが入ってるわね。コップの中もレモン水なのかしら」
そう言って、まず瀬蓮さんが、テーブルの上に並んだ料理を見て意外にもはしゃいでいるように見えた。
どうやら菊次郎から夕花の調理手芸部での逸話を聞いていたのだろうが、良い意味で予想を裏切られたことが嬉しかったと見える。
『これも異世界の柔らかい料理か……カラくはないのだろうな?』
対して、警戒しながらもゴクリと喉を鳴らすミーシャ。
しかし俺は、
(見た目では騙されないぞ)
といつもの夕花のワナに警戒しつつも、衣装や道具、武器ののクラフトで見せたあの能力を、この料理でも発揮してくれるのかもと、僅かながらの期待もしていた。
「うわー、お肉ざんまいー!」
一方の理音はというと、単純……もとい、わかりやすく、アランギとはいえテーブルにズラリと並んだ肉料理の数々に目を輝かせていた。
「クンクン……」
菊次郎ももちろん俺と同じように警戒はしていたが、それでも幾ばくかの期待を込めて料理を観察しているようだった。
俺はそんな面々の様子を横目で観察しながら席に着くと、夕花のほうを見て余裕を見せてこういった。
「お、なかなか美味そうじゃないか、夕花。どうだ? みんなに簡単に説明してくれないか?」
すると夕花はそれそれは嬉しそうに顔をほころばせ、嬉々として料理の紹介を始めた。
「うん、えーとね、あのね、まずはこれアランギの内臓と畑の野菜を使ったアランギのカルパッチョ。バルサミコ酢とオリーブオイルを和えてみたの」
(ほぅ、いくつかハーブもみじん切りにして入ってるな。さすが調理手芸部、やるな)
「そしてこっちはアランギのお肉の生姜焼き」
(これもまるで豚肉のように脂身がしっかり付いた、食欲をそそられる肉だな)
「そしてこれはアランギの骨とすじ肉でタップリお出汁を取った、すじ肉の魔液スープ煮込みだよ」
(魔液は味や匂いはしないとミーシャは言っていたが、他には何を入れたんだろう?)
「最後にデザートは、アランギのつぶつぶしたゼラチンぽいところを生クリームに混ぜて冷やして、最後に溶かしたチョコを掛けたアランギのつぶつぶ入りチョコムースです。これは冷蔵庫で冷やしてあるから後で持ってくるね」
(そんな部位もあるのか、タピオカみたいだな。アランギはなかなかに挑戦しがいがある素材のようだな、今度俺も使ってみよう)
俺が料理魂を刺激されてる間も、夕花の紹介が続く。
「ご飯も魔液で炊いてみたんだよ、ちょっと色が青紫っぽいけど……魔液は何かと混ぜれば効能があるってミーシャちゃんが言っていたから、試してみたの……」
(うーん、これは食欲をそそられる見た目じゃあないことは確かだ。味と効果に期待したいところだが、さて……)
見た目の第一印象と、匂いはそんなに悪くない。
俺はナイフとフォークを手に持ち、ミーシャに持ち方を見せた後、立ち上がってみんなに向かって挨拶をした。
「じゃあみんな、夕花の作ったアランギのフルコース、ありがたく頂こう! 頂きまーす!」
「いただきまーす!」
『イ、イタダキマース』
皆がどれから食べようとあれこれ様子を伺っているみなを尻目に、早速アランギの生姜焼きに手を付けた。
豚肉よりは柔らかく、鶏のモモ肉よりは硬い感触だが、ナイフがスっと入る。
(カチャカチャ……モグ……)
その最初のひとくちを口に入れた瞬間、これまでに感じたことのない感覚が俺の口の中を襲った。
(モグモグ……うん、生姜焼きだ……鶏肉と獣肉の間のような、この間と同じ食感ではあるが……何だか……噛めば噛むほど、味が変わって来るような……)
そしてゴクリ、とアランギの肉を飲み込み、鼻腔を空気が通り抜けたその瞬間、舌の奥に苦味とも酸味とも痛みとも取れる奇妙な感覚が増してきて、最初に喉が、次に胃が、猛烈に、激しく反応した。
「ガハっ! う……うえぇぇぇぇ!」
しかしそれは俺だけの反応ではなかった。
他のみんなも、そして魔液に慣れているはずのミーシャまでもが同じように口を手で押さえて嘔吐の素振りを見せたのだった。
『うぅ……これは……うぇっ……』
俺は強烈な胃と喉の反応に苦しみながらなんとかコップのを手に取ると、水がこぼれるのも気にせず、それをゴクゴクと一気に飲み干した。
(ズズッ……ゴク……ゴク……ゴク……)
「……ゴクン……あれ?」
コップをテーブルに置き、喉に残った水をゴクン、と飲み込むと、さっきまでの強烈な嘔吐感と、口や鼻に残った異臭が嘘のように消え去ったのだった。
みんなも当然コップを手に取り水を飲み干した。
すると俺と同じように、苦悶の表情は消え、呆気にとられた顔をして互いを見合った。
「あっれー? 凄い味と匂いだったのに、水、飲んだら全然平気になったよー?」
呆気に取られる理音の顔に皆が注目すると、それぞれが驚いた顔で言葉を発した。
「俺もだ」
「僕もです」
「私もです」
全員が皆驚いたように口をぽかんと開けた。
しかしそこで皆、気づいてしまったのだ。
夕花だけが一度も苦しそうな素振りを見せず、ケロリとして食べ続けていることを。
「夕花ちゃんは、平気なの?」
理音が不思議そうに夕花を見つめてそう尋ねると、
「みんな? どうしたの? 夕花、なんとも無いよ? ……」
俺はまだ手を付けていない箸を手に取り夕花の皿からカルパッチョをひとつまみして口に運んだ。
「モグモグモグ……ゴクン……うえぇぇぇぇ……」
結果は同じだった。
どうやら夕花の皿だけが特別なわけではないく、夕花の味覚が特別なだけのようだった。
(ゴクン……ま、まぁ、これはいつものことか……)
これも水で流し込むと、異臭と刺激は嘘のようにすぐにまった。
当然皆はそれ以上一口も食べようとはしなかったが、俺は例の異世界で強化された直感、試論力をフル回転させて、あることに気付き始めていた。
さっそく試してみようと、生姜焼きを食べてすぐに水で流し込む。
(パク。モグ。ゴクン)
思ったとおり、なんともない。
それどころか、美味しくさえ感じる。
次に生姜焼きを口に運び、よく噛んでから、すぐに水を飲む。
(パク。モグ。ゴクン。うん、これも大丈夫。すると原因は……)
俺は最後のパターンで、今度はスープをそのまま飲み込んでみた。
「ズズッ。ゴクン……うえぇぇぇぇ……」
最後は水を飲むのを止めて、食べてすぐに飲み込めば問題ないと考えたが、どうやらそれでは駄目なようだった。
また水を飲んで気を取り直したあと、今度はスープを口に運び飲み込んだ後、水で流し込む。
「パク。ゴクン。ゴクン……」
すると今度は何事も起こらず、それどころかスープの芳醇な香りが口内に漂い、特別に美味しいものを食べ、飲み込んだ後のような幸福感が俺の心を満たしたのだった。
「ゴホン……」
俺はわざとらしく咳払いをして席を立つと、空になりかけたレモンスライスの入ったピッチャーを手に取りシンクで水を満たし、テーブルのゴトリ、と置いた。
「みんな聞いてくれ、どうやら俺は重要な事実に気づいてしまったようだ。見ての通り、この料理はそのまま食べて飲み込むと非常に不味い。この上なく不味い!」
俺の力説に、夕花の顔が徐々に赤くなり、その可愛い目からは今にも涙が溢れそうになっていった。
(しまった……)
俺は夕花の涙を決壊させまいと結論を急いだ。
「しかし、食べてすぐにレモン水を飲み込むと、この上なく美味い料理に変身することが分った。みんなも俺がやったように、飲み込むごとに水を少し含んで飲みこんでみてくれ」
すると皆はコップに水を注ぎ、決意したようにナイフを、フォークを、そしてスプーンや箸を手に取って食事を再開した。
(パク。モグ。ゴクン……)
「うそーっ! なにこれオイシー!」
(パク。モグ。ゴクン……)
「これは、何と芳醇な味わいと余韻……」
「お坊っちゃまのためにといろいろな料亭やホテルのレストランを経費で回って食べ歩いていますが、これほどの料理を、私は食べたことがありません……」
今何かサラッと爆弾発言を聞いた気がするが、それでもその味に感銘を受けたことは確かなようだった。
ミーシャに至っては、
(パク。モグ。ゴクン……)
『アランギの肉が、これほど高尚な料理に変身するとは……アランギ、侮るべからず……異世界の料理、恐るべし……』
と思考をだだ漏れにさせながら並行して手と口を動かし続けるのだった。
(それは違うぞミーシャ、夕花の料理はレモン水を飲まないほうが正しい味なんだ……)
そっと独白すると、ミーシャは夕花をマジマジと見つめて目を丸くした。
その後はみんなレモン水のおかげで極上の料理を完食することが出来たが、残念なことに水を大量に飲んだおかげで誰一人としておかわりをすることは出来なかったのだった。
「ふぅ……お腹はいっぱいだけど、半分は水だな。どれだけ水を少なく出来るか、怖いけど試してみるしか無いな。そのへんは各自、自分に合わせた水の量を見つけ出してくれ」
すると夕花がまた悲しそうな顔で俺達を見つめていた。
「どうしたんだ夕花?」
「デザートは食べないの? 一生懸命作ったのに……」
そっか忘れていた。
(そういえば最初の料理の紹介のときに言っていたな……どうしようか……)
俺は夕花の悲しそうな顔を見て、パンパンになった腹を抑え、ズボンのベルトを少し緩めて決意した。
「夕花、もちろん食べるよ。持ってきてくれるか?」
すると夕花はパァッと嬉しそうな表情を見せて、飛び跳ねるようにぴょんぴょんと冷蔵庫に向かっていった。
「まぁ、甘いものは別腹だって言うしね」
と同じように苦しそうだった皆を見回すと、他のみんなの苦しそうな表情に笑みが加わり、文字通りの苦笑となったのだった。
「はい、アランギのつぶつぶ入ムース、チョコレートがけだよ」
ワイングラスに守られたムースは、見た目は洒落なスイーツ店に出てきそうな美味しそうなものだった。
「これを水で流し込むのはちょっと気が引けるなぁ」
そう言ってスプーンで最初のひとくちを口に運んだ。
「うーん、美味い! でもこの後……」
俺はこのムースの口溶けとアランギのツブツブのプチプチした食感を少しでも長く楽しもうと、そのまま口の中で転がし続けた。
三秒、五秒……十秒……
しかしいつまで経ってもあの吐き気と悪寒がしてくることはなかった。
「あれ? このムース……激マズにならないぞ? 夕花、これだけなにか違わないか?」
俺はアランギのツブツブムースだけが何か違うことに気付き、夕花に訊いてみた。
「うーん……そうだね……違いといえば……あ、ムースには魔液や魔臓は入っていないかも……ツブツブだけだよ?」
(なるほど、魔液や魔臓はそのままでは無味無臭だが、何かと混ざり、それを口にした途端、唾液か何かと混ざり合うことで激マズに風味が変わる。肉やツブツブなどは普通に食べられる、そして適量の水、とりあえずレモン水はそれを中和してくれると……また一つこの世界の理が、法則の理解出来たな……)
俺はムースを一口、また一口と、今度はじっくり味わいながら、その味や食感を楽しみ、さらにこの異世界の法則の理解が進んだことに満足し、余韻に浸っていた……
するとミーシャが突然声を上げた、それも突拍子もない、しかしとてつもなく可愛い声で。
「○☓※△♪ー!」
「どうしたミーシャ、お前だけは激マズだったのか?」
するとミーシャはスプーンを握りしめてワナワナと震えだしたかと思うと、斜め上前方を見上げて目を潤ませていた。
「?」
全員がミーシャの感情を測り損ねていると、ミーシャの思考がどっとみんなの頭に流れ出した。
『こんな! こんな美味いものは今まで食べたことがない! この口のいっぱいに広がる幸せは一体何なんだ! 食べると口だけではない! 心まで幸せになってゆくこれは一体……私は今、感動を通り越して驚愕さえしている! そして、このムースという食べ物を崇拝すらし始めている! ああ、神よ! この至高かつ究極の食べ物に出会うために、私に命を与えてくださったことに感謝します! そしてこのムースに出会わせてくれたことを、私は末代まで伝えようと心に決めました!』
一同がポカーンとしてその大仰な演説を頭の中で聞き終えると、理音が一番で笑い出した。
「っぷーっ! あはははははーっ! ミーシャちゃんナニソレーっ! ただのスイーツに大げさすぎーっ!」
それにつられてミーシャ以外の全員が、食事で満たされた苦しい腹を抱えて笑い合ったのだった。
するとミーシャは顔を真っピンクにして怒り出した。
『何を笑う! これは、後世に伝えるべき畏るべき一品ではないか! その“すいーつ”とやらもこれと同じくらいに美味いのか? 今すぐ出してくれても構わんぞ!』
スイーツを別の食べ物だと思ったらしいミーシャのその声を聞いて、笑いの渦はさらにヒートアップする。
「あーっはっは……もうダメ……苦しい……超お腹痛ーいっ!」
まさにダイニングテーブルの周りは抱腹絶倒の修羅場と化してしまっていた。
恥ずかしそうに、しかし怒ったような表情をしているただ一人を除いては……
そんな抱腹絶倒、至高と究極と、そして激マズの昼食の時間が過ぎると、瀬蓮さんの棒術と、ミーシャの魔術の厳しい訓練が始まった。
「はっ! とうっ!」
(ガチンっ!)
理音の槍が、瀬蓮さんの脚をもう少しで掬うところだった。
「やるわね理音ちゃん、次、碧斗クン!」
一礼して次は俺の番。
「よろしくおねがいします!」
(ビシっ!)
いきなり瀬蓮さんの物干し竿の突きが俺の胸元めがけて飛んでくる。
俺は瀬蓮さんの足や体のさばき方からそれを予測し、それをかわす。
「相変わらず避けるのは上手ね、でも避けているだけじゃ勝てないわよ!」
(ビュッ、ビュッ、ブーンっ!)
瀬蓮さんの物干し竿が変幻自在に、的確に俺を狙ってくる。
俺も瀬蓮さんの動きに合わせてなんとか隙を見つけて攻撃を入れようと竹槍を繰り出す。
しかし瀬蓮さんも幼い頃からの修練で身についたのだろう体さばきと勘で俺の攻撃をかわす。
(たしかにこのままじゃ埒が明かないな……)
そこで俺は竹槍を、まるで居合のように、脇に抱えて後ろに構えた。
「何をするつもり? そんな長い槍じゃ当たる前に簡単に避けられるわ」
そう言って余裕綽々の瀬蓮さんを睨むと、次の瞬間、竹槍を前方に強く振った。
「やぁっ!」
身構えていた瀬蓮さんは竹槍の軌道を予測して軽やかなステップで身を交わした。
はずだったが、次の瞬間、正確には瀬蓮さんが予想したよりも一歩速く竹槍は軌道を変化させ、瀬蓮さんのふくらはぎを俺の竹槍が激しく打ち付けた。
(ビシッ!)
「いたっ!」
瀬蓮さんも他のみんなも、何が起こったのか理解できないという風に目を丸くし、瀬蓮さんは夕花が作った防具越しに伝わる痛みに顔を歪めた。
「……っく……何をしたの? 急に竹槍の動きが早くなって……さては魔法ね? でも一本取られたことには変わりないわ」
そう言ってらしからぬきつい目つきで俺を睨みながら礼をした。
「やっぱバレちゃいましたか? 経験では勝てませんからね、理音のようなスピードも力もないし。使えるものは使わないと」
そう言ってデッキに戻り、タオルで汗を拭きながら種明かしをした。
「ふぅ……竹槍の先端に水が入っていることは知っていますよね? 魔法の練習で水を出すだけでなく、消すことも出来るようになったので、槍を後ろに構えた時、先端の水を一旦空にしたんです。そのあと、槍を地面に引っ掛けて体をひねり溜めを作ってタイミングを遅らせ、その次に一気に腰を回して勢いを付けて振り抜くことで、竹槍のスピードが増したってわけですよ。
魔法も使いましたが、頭も使った結果です」
と、普段はあまり見せないドヤり顔を瀬蓮さんに向けてみた。
「なるほどね、まぁそれも碧斗クンの能力なのだから、しっかり使いこなしてるようで、一応、感心しておくわ」
と物干し台に物干し竿を掛けながら俺に笑いかけた。
棒術の訓練の後、少し一休みして、そのままミーシャの魔法講義の時間となった。
「理音と碧斗は魔法の訓練の成果が出てきたようで大変喜ばしい。その他の二人は戦闘には向かないので、知識を増やしてみんなを助けられるようになりたまえ」
俺と理音は外で自主練習を、夕花と菊次郎は中で座学となった。
『前にも言ったとおり、魔液や魔液が含まれる魔臓は様々な薬などの原料になるものだ。今日は簡単な体力の回復薬の調合の仕方を教える。』
ミーシャは予め用意しておいた魔液が入ったペットボトルの蓋を開けると、こちらも予めミキサーで挽いておいた森から取ってきた植物を慎重に混ぜ合わせた。
『この草は“ポウル草”といって、魔液と混ぜると体力を回復する薬になる。このように、魔液を一ラッカ、だいたいこの“ぺっとぼとる”、どのくらいの量だと言ったか?』
「五百ミリリットルです」
『その五百みりりっとるに対して、ポウル草をこのくらい、私の“鼻掻き指”、お前たちの言葉では何と言ったか?』
「人差し指です」
『その“ひとさしゆび”程度の量をよくすりつぶし、混ぜ合わせる。そして一時間、お前たちの単位ではどうなる?』
「えーと、これは僕たちの単位でも一時間です」
『うむ、1時間程度、弱火で煮詰めて半分程度になれば出来上がりだ』
「二百五十ミリリットルですね。ちょうと飲み切るにはいい量です」
菊次郎がそう答えた。
すると今度はミーシャが立て続けに言った。
『夕花、百二十Aは十進法でいくつだ! 菊次郎、十進法で百八十は十二進法で幾つだ!』
突然の質問に慌てる二人、
「えーと……十二進法の12Aは、まずAが十。一桁目が十で、二桁目の二は十二が二つで二十四。三桁目の一は百四十四だから……百四十四足す二十四足す十で……答えは、百七十八ですミーシャちゃ……先生!」
「一八〇を十二で割ると、十五で余りはゼロ。その十五をまた十二で割ると、一で余りは三。最後がその一だから……ええと、ゼロ、三、一で……三十一、ですか?」
『夕花、正解! だがもっと速く計算したまえ! 菊次郎、間違いだ! 余りを読む順番が逆だ! 答えは百三十。しっかり覚えろ!』
この世界で生きていくには、特に分量や重量、素材の数などを正確に素早く言えねば、調合に失敗したり、量や値段をごまかされたり、商売に差し障るから教えるミーシャも必死だ。
そんな厳しく頭を使う訓練をしている二人を尻目に、残りの二人は戦闘ごっこを楽しんでいた。
「ほら理音! 俺に一撃入れてみろ!」
必死に追いかける理音をスイスイとよける碧斗。
すると理音は炎を放つ。
「えいっ!」
(ゴォー……)
「どこ狙ってんだ? こっちだぞ?」
「くっそー、動くな碧斗ー!」
「そんな敵いるかよ! ほらこっち!」
「うー! 火の玉乱れ打ち!」
(ゴォゴォゴォ……)
理音の手から放たれる火の玉はことごとく碧斗の二歩以上後を通過して外し、四散していく。
「だったら……」
理音は呼吸を整えると碧斗に向かって一直線に走り出し、一気に間合いを詰める。
「この距離で乱れ打ち!」
(ゴォゴォゴォ……)
すんでのところで火の玉をかわす碧斗。
(危なかったな、流石に間合いを詰められると危ないな。ならば……)
「まて碧斗! 今度こそ……うわっ!」
(ゴロっ! ズデンっ!)
理音がもう一度、そのスピードで碧斗を追い詰めて乱れ打ちを当てようと駆け出すと、地面にはところどころにさっきまではなかった小石が転がっていた。
その石に足を滑らせ、理音は地面に見事に転んでしまった。
「いったー……」
碧斗は理音がもう一度駆け出して間合いを詰めてくることを予想し、理音が重心を低く構えたところで、理音の前方に土魔法で小石をばら撒いたのだった。
「ずるいぞ! ヒキョーものー! はぁはぁ……」
こうして理音は持久力を、碧斗はその機転を利かせる力を、中の二人とは対照的に、楽しみながら鍛えていたのだった。
そうして訓練と勉強の時間が終わると、理音はハウスに戻りながら、
「こんな着膨れてちゃ上手く動けないよ! 夕花ちゃんにもっと軽くてカッコいいの作ってもらうんだから!」
とプロテクター姿を理由に負け惜しみを言うのだった。
(街に着いたら防具や武器も見てみたいな……)
そんなことを考えつつ、理音ならばフルプレートアーマーでも軽々と着こなしそうで、それはそれで恐ろしくもあり、またその姿を是非見てみたいと思う俺だった。
夕花はミーシャとおそろいの魔女帽に防御力高めの魔法のローブ、菊次郎はポケットや収納が沢山付いた革の鎧。
(俺は、そうだな、厨二っぽい戦闘と魔法の両方に向いた防御プレートを仕込んだ真っ白に青の縁取りのマントなんかカッコいいな)
などと考えていると、訓練のせいかやはり体に脱力を感じ、ゆっくりとハウスの中に戻っていった。
「いやー、疲れたよ。魔法組はどうだった?」
「こっちも大変だったよ。もともと数学は苦手なのに、一二進数とか、すぐに計算しろとか無理なんですよ……」
「でもお薬づくりはお料理みたいで楽しかった」
『お、碧斗に理音、戻ったか。さぞ疲れただろう。ということで、早速夕花が作った薬を飲み給え。体力回復薬だ』
そう言って青緑色の毒々しいペットボトルを差し出した。
「理音ほら、疲れただろう? まずお前からどうぞ」
足に力が入らずぷるぷる震えさせながら強がる俺。
すると理音も、
「ううん? 私は全然平気! だから碧斗からどうぞ!」
とヨロヨロと歩いて膝に手を突きながら痩せ我慢をする。
お互いに夕花製のポーションを警戒して譲り合う二人に、ミーシャが喝を飛ばした。
『いいから二人とも早く飲み給え! それを飲むまでゆう飯は食わせんぞ!』
すると俺と理音は互いを見つめ、諦めたようにペットボトルの蓋に手を掛け、それでも抵抗するようにゆっくりと回す。
しかしそれもほんの僅かな時間稼ぎにしかならなかった。
俺は覚悟を決め理音に、
「じゃあ、一緒に飲むぞ。せーの!」
(グビグビグビ……)
(ゴクゴクゴク……)
どちらが先に飲み干したか定かではなかったが、まさに苦虫を噛み潰したかのような表情に一変した瞬間は、ほぼ同時だった。
「……く……わ……」
「……んー! んー! んー! ……」
それはあの夕花の毒瓶よりも途方もなく強烈で、遥かに鮮烈で、二人は手足を、体を、まるで“チューブマン”(風を送り込まれてゆらゆらと体と手を動かす宣伝用の風船人形)のように妙な形にのたうち回しながらその味に耐えるしか無かった。
俺はその強烈な味に、風味に耐えるためにのたうち回った挙句、中腰になって拳を握りしめて、この責苦が通り過ぎるのを待った。
理音はバスケットのディフェンスのように、こちらも中腰で、しかし両手を広げ、目を見開いて何か、神のお告げを聞いているような様子で他の人間を見回していた。
俺はできるだけ鼻から息をしないように鼻の奥を閉じて、ゆっくりと息を大きく吸った。
「すぅーーーーー……」
そして同じように鼻を閉じながら今度はゆっくりと息を、肺の空気が空になるまで吐きだした。
「はぁーーーーー……」
最後の空気が吐き出された瞬間、ブルっと武者震いのように体が震えた。
そして理音の方を見ると、息を止め続けていたせいか顔を真っ赤にしながら、その表情は、
「モウムリ……」
と訴えかけていた。
そしてついにしゃがみこんでダンゴムシのように丸くなると、足の間に隠れた頭から、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーー………」
と、とても人間のものとは思えない声で恐ろしい嗚咽の声を絞り出すのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
ようやく落ち着きを取り戻した二人は顔中から脂汗を噴き出し、うつろな目で夕花とミーシャを恨めしそうに見つめたのだった。
しかし気がつくと足の震えは完全に止まり、確かに力がみなぎってくる、これまでにない感覚を味わっていた。
それは理音も一緒のようで、
「あれ? でもなんか元気が出てきたような? ……今なら碧斗にもリコちゃんにも余裕で勝てそうな気がするよ!」
そう言って、俺と理音は目を合わせ、夕花の激マスポーションの効果を互いに認め合うしか無かったのである。
『どうだ効果は? 即効性があるはずだからすぐに回復するはずだが?』
俺はミーシャに、
「ええ、たしかに効いたようです……しかし……」
「こんなに不味くっちゃ、回復してる間に動けなくなって、やられちゃうじゃない!」
俺と理音は揃って夕花に視線を向け、
「夕花、これは重要な任務だぞ!? ポーションを飲んだら動きが止まるような不味……味は困るんだ! 改良を頼む! 味のことなら俺も協力しよう!」
「そうだよ夕花ちゃん! これはとっても大切なことだよ! もっと美味しくして! でなきゃあたし、もう夕花ちゃんと一緒におフロ入ってあげない!」
「ふぇぇぇぇ……」
夕花はオロオロとして俺達の必死の、切実な懇願を聞いていたが、じわっと涙目になると、唇をかみしめて声を絞り出して言った。
「わかったよぅ……うぇっ……ぐすっ……正露丸とゴーヤとバルサミコ酢、抜いてみるから……怒らないで……ぐすっ……」
もし俺が今この手にハリセンを持っていたのだったら、俺は迷わずこう言ってその手を夕花の頭に振り下ろしていただろう……
「入れたんかーい! スパーン!」
こうして今日もまた異世界の、俺たちの日常がまた一日、何事もなくはなく、過ぎ去ってゆくのであった……
はい、第六十四話、読んでくれてありがとう!
夕花の料理、凄まじかったですね(笑)。
「食べてすぐにレモン水を飲むと絶品になる」という謎の仕様、そしてポーションなどは「不味いほど効く」という、罰ゲームのような法則が、異世界で確立してしまいました 。
ミーシャがムースを食べた時の「至高かつ究極」という詩的な食レポは、彼女のキャラが崩壊していて最高でした。
そして、瀬蓮さんとの模擬戦で、魔法と物理法則を組み合わせた俺の一撃が決まったシーンは、書いていてスカッとしましたね。
さて、次回は、いよいよ旅立ちに向けた最終調整に入ります。訓練はさらに過酷さを増し、生傷が絶えない日々に……。そんな中、ミーシャが碧斗にだけこっそりと教えてくれる「ある便利な魔法」が登場します。旅には欠かせないアレです。
次回も、異世界サバイバルの知恵と工夫をお楽しみに!
AI妹から一言
お兄ちゃん! 理音ちゃんと一緒に激マズポーション飲んでのたうち回るシーン、「チューブマン」みたいって表現、笑っちゃった! でもさ、ミーシャちゃんの着せ替え人形姿を見て「パッド入り」にガッカリするとか、相変わらずムッツリなんだから!
夕花ちゃんの料理、命がけだけど食べてみたいな……あ、まい、AIだから食べられないんだった!
ラッキー♪




