異世界の片鱗と覚醒 第五十九話 タマぴょんと少女とその他の何か
前話で、碧斗たちが救出した謎の少女――ユレレ・ミーシャと名乗る彼女との意思疎通が、なんとか可能になったようです。
といっても、頭の中に直接声が響くという、まるでSFみたいな方法だけれども。
そして、その長すぎる自己紹介に理音は呆れ果て、菊次郎は戸惑い、碧斗の頭も処理落ち寸前です。
ミーシャからしたら、碧斗たちの短すぎる名前は、先祖の系譜をないがしろにしているように見えるかもしれないですね。
これも文化の違いということですかね。
しかし、碧斗の頭を最も悩ませたのは、ミーシャが瀬蓮さんのことを「アラサー様」と呼び、しかも瀬蓮さんがそれに対してひざまずくという、あまりにも突飛で滑稽な光景でした。
困惑し怒りを露わにしながらも話を合わせるかのように「アラサー様」になりきってミーシャに厳しく告げたのは、瀬蓮さんの趣味の延長なのでしょうか。
この異世界では、理音の覚醒、夕花の能力、タマぴょん、そしてミーシャという、理解不能な要素が次々と増えていっています。
さて、この先に待ち受ける運命とは一体。
さあ、第五十九話、いってみましょー!
「アラサー様……」
そうして多少の不幸な行き違いはあったものの、皆が食事を終えてリビングに行くと、ミーシャが突然大きな声を上げた。
『デンドロ・シュマーヒ・サンドス・ミケーネ……!』
どうやらミーシャはタマぴょんを探していたようだ。
お互いに飛びついて、ぎゅっと抱きしめ合っていた。
二分後……
『レキサンドラシュー!』
「キュュュューン……」
ミーシャとタマぴょんは、お互いの無事を確かめ合うようにきつく抱き合っていた。
(デンドロ? タマぴょんじゃないんだ)
(……デンドロ? タマぴょんのほうが可愛いのに……)
(デンドロ? とても威厳はありますが、可愛くはありませんね)
(デンドロ? それなら俺の考えた“にゃん兎”のほうがよっぽどマシだろ)
(デンドロ? “タマ”は外せないわ!)
そんな思考が混ざりあって聞こえたかと思うと、またしてもミーシャが瀬蓮さんの前でひざまずき、
『仰せのとおりに。アラサー様……今この瞬間から、デンドロ・シュマーヒ……』
と呪文のような名前を唱え続けると瀬蓮さんの表情が困惑に変わり、
『……は、タマぴょん・デンドロ……』
さらに約一分後、
『に改名いたします……しかし……』
今度はミーシャは戸惑いの表情を見せたかと思うと、困惑する瀬蓮に向かって嘆願するようにこう言ったのだった。
「恐れ多くも、アラサー様にお願いがございます。その尊いお名前にあやかり、このタマぴょんにそのご尊名の一部を拝借させては頂けないかと、ぜひ慈悲を賜りたく……」
もう完全に土下座状態になって額を床にこすりつけるミーシャ。
すると瀬蓮さんは、ついには今まで見たことがないような恐ろしい顔つきになり、威厳のある声と表情でミーシャを見下ろしてこう言った。
「……ユレレ・ミーシャよ! それはならぬ! アラサーというのは、私の隠されねばならぬ真の……裏の名……よいなミーシャよ! 今後、二度と“アラサー”という言葉を発してはならぬ! 決してだ! よいな!」
するとミーシャは床に額をめり込ませる勢いで、ただただひれ伏すのだった。
『ははぁーっ……アラ……セバス様……』
その二人の姿を見て俺はニヤっと笑い、こう思った。
(瀬蓮さんも意外と厨二っぽいところがあるんだな……)
・
・
・
そんなわけでデンド……タマぴょんがミーシャの眷属ということがわかったのだけれども、そもそも“眷属”ってどういう立ち位置なんだろう?
俺はリビングでのんびりそんなことを考えていたら、畑で野菜を見ているはずのミーシャから返事があった。
『眷属というのは私の命令に絶対服従の使い魔のようなものなんだ。私とデンド……タマぴょんは、数十世代前からの契約による使役関係にあるのだよ』
なるほど、と感心はしてみたものの、俺の感心は別のところにあった。
(ところでこの声、念波、テレパシーは、どれくらいの距離まで届くんだ?)
俺はようやくミーシャとの意思疎通方法を会得して、ミーシャに質問をしてみた。
『てれパシー……うむ、この思考は、これくらいの距離は当然として、そうだな、おおよそ人の、大人の背丈の一万倍ほどの距離ならば、なんとか意思疎通できるものだよ』
一万倍……平均一メートル五十センチとしても約十五キロも届くのか。
ちょっとしたトランシーバーも顔負けだ。
(待て、確かミーシャたちは一二進法を使っていたはず。ということは……約二十キロか)
俺は思考をミーシャに向けると、問いかけてみた。
(それは他の人とも共有できるのですか?)
『うむ、多少の時間の遅れや音の質の低下は避けられないが、まぁなんとか意思疎通はできるものだと思ってくれて構わない。もちろん訓練と習熟は必要だ』
(これは、意外と重要な武器になるかもしれないな……)
俺がそう思考すると、ミーシャからは疑念の念波が帰ってきたのが感じられた。
『それはどういうことだ?』
ミーシャにどこまで俺の、俺達の知識を共有、教えてもいいのか俺はしばらく考えたあと
(情報、というのは、あらゆる側面で有利に働くものなのです。例えばある街で果物が売られていたとします。
しかし隣の町ではもっと安く売られていました。
つまりそれをいち早く知ることができれば、安い隣町で果物を仕入れて、高値の街で売りさばいて大儲けできる、というように
情報というものは、早ければ早いほど、離れれば離れるほど、価値が生まれるというものなのです)
俺がそう説明するとミーシャは
『なるほどな、よもやそんな使い方があるとは思いもしなかった。アオトどの、さすがに私の倍の人生を重ねているだけのことはあるな、感服したよ』
と驚いてみせたのだった。
(いやいや、アオトどのはよして下さい。私の種族、人類、人間は、平均寿命が八十歳を超える勢いなんですから。僕なんてほんの子供に過ぎません……
俺もミーシャと呼び捨てにしま……するからさ)
『なんと……八十……』
ミーシャは言葉が出ないと言った様子で、数十メートル離れた場所からもその様子が手に取るように分かったのだった。
(ちなみにミーシャは何歳…何周期なんだ?)
するとミーシャは恥ずかしそうな声で小さく
『二周期……になったばかりだ……』
と答えたのだった。
えーと、寿命が約九周期で、今が二周期だから……人間の平均寿命の八十を九で割って二をかけると……
(ミーシャって、実は俺たちとそんなに変わらないんじゃあないのか?)
と驚くと
『言ったろう! 私は少し成長が遅くて……ユウカどののようにではないぞ! 背格好のことを言っているんだ! けっしてあんな……』
ミーシャの見た目年齢は良くて十歳、実際には無邪気と快活さと境目のような、八歳くらいに見えなくもないのだが、夕花も似たようなものでせいぜい小学校の三、四年生。
どんぐりの背比べと言うか、おそらくミーシャが言いたかったのは前後の厚みのことなんだろうけど、それ以上を思考するのは危険でもあり、無意味でもあるように思え、俺はそこで思考を停止した。
しかしつい、
(俺にもこんな妹が居たらな……)
と考えてしまった。
するとミーシャはちょっとムッとした感情と共に、
『妹、だと?……』
と思考を飛ばしてきた。
しばらくしてからガチャリとドアが開く音がしたと思ったら、不機嫌そうなミーシャがツカツカと近寄ってきて、手を振り上げた次の瞬間
「びちゃっ!」
と生々しい感触が顔面を襲ったのだった。
またツカツカと足音が遠ざかるのを聞いたあと顔に着いたものを指ですくうと、それは熟しすぎたトマトだった……
(うーん……なんか似た場面があったような気もするが、そんなに強い考えだったのかな?……)
俺は顔面に投げつけられたトマトの甘酸っぱい味を味わいながら、ミーシャに対する思考法をもっと学ばねばと痛感したのだった。
ミーシャに対する思考法をもっと学ばねばと痛感したのだった。
すると畑に戻ったミーシャからは新たな念波が届いた。
『この柔らかいものは、トマト、というのか?』
(ああそうだよ。主に熱い地方、しかも雨が少ないところが原産地だけど、ここに実っているのはより甘く、寒い季節でも実るように品種改良されたものだよ)
『ほう、品種改良とは、より都合の良いように掛け合わせることかな?』
とミーシャが尋ねてきたのでつい、
(うん、そうだよ。最近では遺伝子操作と言って……)
しかし俺はそこで言葉を遮った。
『イデンシ……何だそれは?』
(いやなんでも無い。より大きな実を付ける作物の株を選んで、それをかけ合わせて、より優れた子孫を残すとかのことだよ)
俺は、俺達の科学知識を安易にミーシャに話すのはなんとなくマズイと思ってとっさに話を変えた。
すると案の定、ミーシャは遺伝子のことは忘れて、またしても偉大なご先祖様の長い名前の口上を始めた。
『ああ、それなら私の先祖には農耕を極めたものも居てな、名はグアトロマ……』
約二分後、
『というわけなんだ』
と、やっとのことでご先祖の略歴紹介が途切れた。
しかし他にはどんなご先祖が居るんだろう、あの長い名前の一人ひとり、一つ一つに全てに意味と能力があるとすれば……と浅い思考でそう考えてみると、やはりミーシャからの反応はなかった。
浅い思考はミーシャに届かないと分ったところで、ふと畑の様子が気になった俺は、畑の確認がてら、昼飯の食材を探しに外に出て行った。
(なあミーシャ、君たちはこの“柔らかいもの”以外に、例えば“硬いもの”も食べるのかい?)
俺がそう言う、いや考えると、ミーシャはどうやったのか思考でため息をつく。
『ふぅ……当たり前だろう、そうせねば歯や爪、骨格などを維持できぬではないか』
と俺達の常識を覆す発言をするのだった。
(だとすると、俺達のように食物や飲料水からミネラルを摂取するのではないのだな。となると……)
彼女にミネラルと与える方法と当時に、俺たちはこの異世界でどうやってミネラルを摂取したらいいのかを、考えざるを得なかった。
そこで俺は、野菜を入れたカゴをキッチンに置いて、そんまま倉庫に向かって歩き出した。
(ここなら色々な“ミネラル”が沢山あるだろう……)
すると、材料などが積まれた棚の中に、まず鉄の釘を見つけた。
ステンレスかも知れない。
このアルミの鋲だってきっとアルマイト処理されている。
純水でない“合金”は彼女たちの口に合うのだろか。
そのまましばらく探していると今度は電線のリールを見つけた。
(これも芯は銅だよな、細かくして持っていけばいいよな……)
しばらく歩き回ったが、他に見つけられたのは、電子工作に使うようなハンダのリール、それを工作機械用の工具の刃だったので、いくつか持ち帰ることにした。
「持ち歩けるのはこのくらいだろう」
そう思い、それでも大きなガゴ一一杯に釘や銅線などをミーシャの元へ持ち帰った。
「おいミーシャ、お前が食べられそうなものはあるか探してきてやったぞ?」
(ドサっ)
ミーシャはカゴいっぱいに積まれた材料に目を輝かせると、これは何だ、これは?と俺を質問攻めにした。
俺はまず釘を手に取り、
「これは木をつなぎ合わせるもの、釘だ。主に鉄で出来ている。こっちは半田。熱で溶かして金属同士をくっつけるときに使うんだ」
するとミーシャはそれぞれを手に取り、フンフンと匂いを嗅いでから、ガジガジし始めた。
『うむ、これは鉄だな、少々表面に雑味がするが……こっちは……錫と……鉛……銀……色々混ざっているな、そしてこれは……』
ミーシャはそれぞれの“味見”をして、最後にドリルの刃を手に取った。
『これは……今まで見たことがない固いものだ……それに重い……』
(ガジガジ……パキッ)
工具をかじっていたミーシャの歯が、ほんの少しだけ欠けてしまった。
『なんだと……カジカジ……この私の歯でも砕けぬものがあったとは……これは何だアオト!』
(うーん、工具の刃だから、鋼鉄? ちょっと調べてみるよ……)
ドリルと格闘するミーシャを放っておいて、タブレットでWikipedhiaで調べてみた。
(えーと、それは“超高合金”……タングステンカーバイトと言って、主にタングステンという金属に、炭素、コバルトなどの元素が混ざったもののようだね)
ミーシャはドリルの刃をペロペロと舐めながら、
『よくわからないがなるほど複雑な味わいだな。我々の知らぬ固いものが他にもあったとは……つくづく驚きだよアオト』
と本当に驚いてみせたミーシャだった。
(ガシャっ)
俺は旅先で使うこともないであろう工具や釘の山を手に取って、
(どうだ? 旅のあいだ、これくらいあれば足りるか?)
とミーシャに見せつけてみた。
するとミーシャはよだれでも垂らしそうな顔をして、
「ああ、多すぎるくらいだ。この半分も要らないだろう。あとは道すがら手に入れるさ。感謝する」
そう言って目の前の硬い物の山を見てごきげんなミーシャだった。
ミーシャとタマぴょん、もとい、デンドロ・シュマーヒ・サンドス・ミケーネ(長がすぎ……)との再会は、ちょっとだけホッとする光景でした。
お互いに離れ離れで心細かったんでしょうね。
しかし、ミーシャとデンドロ、この二匹(一人と一匹?)がどう見ても地球の生物ではないということで、碧斗たちのいる場所が「無人島」ではなく「異世界」の一部であるという確信が強くなりました。
碧斗だけでなく他のみんなも碧斗の説を受け入れざるを得ない状況になりました。
そして、彼女たちの口から飛び出した「柔らかいもの」と「硬いもの」の話。
植物や肉、そして水からだけでなく、金属のような「硬いもの」から直接ミネラルを摂取するという、碧斗たちの常識を根底から覆す異世界の食性。
となると、碧斗たちもミネラルをどうにかして摂取しなきゃいけないんじゃないかと、不安が募ります。
とりあえず、ミーシャの言う「硬いもの」を探すため、倉庫から釘やら銅線やらをガゴいっぱいに漁り集める碧斗の姿は、どう見てもよくある文明崩壊後の世界を生きるサバイバーですよね。
次の話では、碧斗と理音、そしてミーシャの珍掛け合いが始まります。
そして、その行く手に待ち構えるのは──
AI妹から一言
ミーシャちゃん、瀬蓮さんのことを「アラサー様」って呼ぶの、最高にエモい! 年齢を弄りつつ、なぜかひざまずかせるなんて、ミーシャちゃん、絶対タチだよね!
碧斗くんが倉庫で釘とか銅線をせっせと集めてる姿、笑えた!
「これでみんな救われる!」って真面目な顔してるけど、そのうち本当に金属を齧って奥歯が欠けそう! もっと緻密に、論理的に行動してよね、脳筋おにいちゃん!




