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異世界の片鱗と覚醒 第五十八話 硬いのと柔らかいのとアラサー様

はい皆さん、タコ助です。


前話では、嵐の置き土産として現れた謎の少女ユレレ某、改めユレレ・ミーシャ・アスレト・グロラザ・マッケ・ピクロラッセ…………(通称ミーシャ、ってことになるのかな…名前長すぎ)を保護しました。

ついに皆さんが待ちわびた? 新キャラクター登場回でしたね!

…だよね?

でしたよね!?


で、どうやら彼女とは直接言葉は通じませんが、彼女のテレパシーのような、念話のような対話を通じて徐々にコミュニケーションを図れるようになってきたようでした。

それもミーシャの能力なでしょうか。


兎にも角にも、これでようやく彼女を通して異世界の断片的な情報を得られる糸口が見えてきたわけです。

早速ミーシャの口から“眷属”なる異世界らしい言葉が語られることになりますが、彼女からはこれからどんな事が語られるのでしょうか。

ここはよくあるアニメやラノベのような中世っぽい剣と魔法の過酷ながらも楽しい世界なのでしょうか?


しかし一番の謎は、どうやらまるで寿限無のような、ミーシャ嬢のやたらに長い名前のように思えます。

一体どーなっているんでしょうね。


さて、碧斗たちが持つ知識とミーシャが持つ異世界の常識は、交錯して良い状況に向かうのか、激しくぶつかり合い混乱に向かってしまうのか……


では続きをどうぞお楽しみください!

 のぼせて倒れ込んだ夕花を理音が部屋に運ぶと、俺は少女をカウチに座らせ、タマぴょんと一緒に過ごした。


 『ここは一体なんなのだ?』


 頭の中、心の中から、呟く少女の“声”が聞こえた。


 「あ、はじめまして、俺は……あおと。ここは俺達の家だよ。君は畑にある動物用の罠にかかってしまったんだ。その、いろいろ、すまなかった……」


 すると少女はフッと笑みを浮かべ、


 『まぁいい。それより私は疲れた。横にならせてもらうぞ』


 と、俺の言葉を聞いて安心したのか、そのまま俺の膝に頭をコトっと降ろして寝息を立ててしまった。


 「スゥーっ……」


 その頬は少し青みがかったピンク色で、かといって血色が悪いというわけではなく、妙に心がざわざわとする色をしていた。

 そうやって少女の寝顔を見続けていると、流石に足が痺れてきた。


 「ああ、猫が膝上で寝ちゃった感じっってこうなのかなぁ、参ったな……」


 かといって体勢を変えて少女を起こすわけにも行かず困り果てていると、そこに瀬蓮さんがやってきた。


 「あら、この娘は……」


 と、瀬蓮さんは俺の膝の上で寝息をたてている少女に目をやった。


 「あ、この子。菊次郎の罠にかかっていたんですよ」


 すると足にの擦り傷を見て、


 「この娘、足、擦りむいてるじゃない」


 と言って、急いで地下室に降りていって、包帯と精製水を持ってきて手当を始めた。

 瀬蓮さんは手当をしながら、


 「この娘も血が青っぽい、というか紫に近いピンクね」


 とタマぴょんに見せたのと同じように驚きながら、慎重に傷を洗い流し、ガーゼを当てて包帯を巻いた。

 俺はその手際の良さに関心をしながら、


 「ええ、これはタマぴょんと一緒で、この世界の生物の特徴かも知れませんね」


 と分ったような口を聞いたが、博士には釈迦に説法だっただろう。

 しかし瀬蓮さんは鋭い目つきでこう言い返した。


 「私、少し興味が湧いてきたわ。そのうち調べてみましょうかしら」


 そうして手当は終わったが少女はどうやら起きそうになかったので、俺はそぅっと少女の頭を持ち上げてカウチから降りると、夕花が作ったらしい牛虎の刺繍がされたクッションを少女の頭の下に潜り込ませてやった。

 少女をソファに寝かせた後、自分の部屋から毛布を持ってきて、少女の上にそっと掛けてやり、俺もベッドで横になることにした。

 俺はベッドに潜り込んだ後、色々あってとても眠いのに、あれこれ考えざるを得なかった。


 (あの子、頭の中に話しかけてきたけど、テレパシーとかなのかな……それにあの血……)


 そうやって異世界で新たな発見に思いを馳せているうちに、瞼は自然とゆっくりと閉じていった……


 「ポッポー、ポッポー」


 少女は不思議な音と共に定期的に音を告げる謎の箱で、ゆっくりと目を覚ました。

 柔らかい布が自分に掛けられていることを確認すると、その布からする不思議な匂いにスンスンと鼻を鳴らた。


 『う……ん……朝……か……スンスン、スン……なんだかいい匂い……』


 そしてその不思議な箱の音が七回鳴って止まり、静寂が訪れたあとも温かく良い匂いのする毛布にくるまって身悶えていると、頭上から声がして少女は飛び起きた。


 「おはよう」


 (がばっ!)


 驚いたような、しかし恥ずかしそうな顔をして飛び起きる少女。


 『だっ、だれだ!?』


 とっさに毛布でを身を隠し警戒する少女に俺は優しく声を掛けた。


 「おはよう」


 すると少女はしばらく訝しげな顔をして俺を頭の先からつま先まで舐めるようにに定めた後、こう答えた。


 『お前は……あのときの不届きな、色好みだな』


 そう言われて返す言葉もなく頭をかいてごまかしてみた。


 「あはは、あれは……そう、不幸な、不幸な事故なんだ。決して不埒(ふらち)なことを考えていたわけでは、決してないんだよ!」


 そう言ってみたが少女の疑念の表情は消え去るどころか一層の厳しさを増したようにしか見えなかった。

 俺の覚醒した状況判断能力を駆使するまでもなく、どうやらこの少女は俺に対して強い警戒心を抱いているようだと認識し、少し態度を改めてみることにした。


 「僕は、七河碧斗といいます……あなたの名前はなんと言うのですか? なぜ私達の畑で罠にかかっていたのですか?」


 丁寧に質問をしたつもりだったが、まだあどけない顔の少女には少々硬い言い回しだったのかもしれない。

 少女は首を傾げ、しばらく考え込んだあと、


 『わたしはユレレ・ミーシャ・アスレト・グロラザ・マッケ・ピクロラッセ……』


 聞き取れない音声からわずかに遅れてまるで残響のように聞こえる、頭の中に響く、寿限無のような長い名前を聞きながら、その名乗りはゆうに三分を超えてただろうか。

 ようやく名乗りが終わった彼女に、俺は再び尋ねてみた。


 「ええと、ユレレ……ミーシャ、アレ……。その、キミはどうして畑で罠にかかってしまっていたんだい?」


 するとユレレ(なにがし)は俺の顔をまじまじと見つめたあと、あっけらかんと答えたのだった。


 『私は眷属(けんぞく)を探しに行って、森で迷って、腹を空かせたのだ。そこにうまそうな柔らかいものが実っていたので、それを食べようとしただけだ。あのような狡猾な罠の存在に気がつくわけがなかろう。当然だろう?』


 (えーと……)


 俺は、さも当たり前のように自分の失態を口走る少女を一旦カウチに置き去りにして、キッチンに向かって冷蔵庫の中身を漁り始めた。


 (これでいいか……)


 少女のところに戻って、手にしたものを差し出すと、(なにがし)はクンクンと匂いを嗅いで、ツンツンし、さらにニギニギしてから、カプリ、と俺の差し出した食べ物を口にした。


 (!)


 俺は差し出された手を見て驚いてしまった。


 (指が……六本……)


 しかし眼の前の食べ物に気を取られて俺の思考には気付かなかったのか、ユレレ……某は俺が差し出したモノに一心不乱にかぶりつき、貪り始めたのだった。

 その少女、いやユレレ某は言った。


 『こんなに美味(うま)いものはこれまで食べたことがない!』


 “それ”を食べていて口は塞がっているはずなのに、心の声が俺の頭の中にだだ漏れになっていた。


 俺は頭の中で某に問いかけてみた。


 (なぁ、それ、そんなにうまいか?)


 すると一心不乱に食べながら俺の心の中で興奮した声が聞こえてきた。


 『さっきも言っただろう! こんなに美味いものは……』


 もはや考えることさえ食欲には抗えなくなったのだろう。

 彼女はそのまま、五本のちくわをあっという間に平らげてしまったのだった。


 『もっと、もっと沢山、柔らかいものは無いのか!?』


 (柔らかいもの……)


 ユレレ某がそれまでの一心不乱の表情から、急にあざとい願いフェイスでそう言ってきるので、俺はもう一度冷蔵庫を漁って、はんぺん(関東)、厚揚げ、ちくわなど、練り物一式をレンジでチンしてユレレ某に与えてみた。

 練り物に一心不乱にがっつくユレレ某を見ながら、俺はあのときの光景を思い出していた。


 (夕花がカレーを食べる俺達を見ていたのも、こんな感じだったのだろうか……)


 そう考えて俺がクスッと笑うと、ユレレ某が突然俺を見て、


 『かれー……それもうまいのか……』


 と口をもぐもぐさせながら問いかけてきた。


 (いや……アレは美味いと言うか……)


 どうやら言葉とイメージは伝わるが、味や匂い、感情などといったものは、強くイメージしなければうまく伝わらないようだった。

 俺は今まで食べたカレーをイメージして色や香り、食感などを出来る限り思い出してみた。


 『ほぅ……辛い、というのは良くわからんが、それも柔らかそうでうまそうだな。ならば……』


 最後の一本のちくわを口に咥えてもぐもぐしながらユレレ某は言ったのだった。


 『ぜひ食べてみたい……』


 それを“聞いた”俺は、仕方なくキッチンに立って、一時間後の夕食に合わせて圧力鍋で三十分煮込んだアランギの肉と野菜ゴロゴロカレーを作ってやった。

 ユレレ某をカレーを盛った皿を置いたダイニングテーブルに案内すると、感心したように


 『ほぅ、見事な椅子と机だな……しかし見たことのない柔らかい木だ……』


 と椅子の背もたれをガジガジし始めた。


 (それは!)


 俺は美味しそうに椅子をガジガジするユレレ某に向かって慌てて叫ぼうとしたが、ひと呼吸置いてからゆっくりと諭すように語りかけた。


 (それは、食べ物ではありません、皆で楽しく食事をしたりするときに腰掛ける、大事な家具です……)


 するとユレレ某はおとなしく椅子をガジガジするのを止め、スっと背もたれの欠けた椅子に座り、“かれー”をじぃっと見つめ始めた。


 俺は向かいの椅子に座りスプーンを取ると、


 (こうやって食べるのです……)


 と言って、スプーンでカレーを掬って口に運んでみせた。

 恐る恐る同じようにスプーンを手に取り動かすユレレ某。


 「カチャッ……ぱくっ……」


 すると揺れれ某の目はカッと見開かれた。


 『!!!!っ』


 その時、なんとも言えない強い感情の波のようなものが俺の頭に送られ、俺の(美味しいですか……)という問いかけにまったく反応せず、夢中でカレーを食べ続け、完食したのだった。

 すると夕食の時間になって、カレーの匂いがキクハウスに充満しても俺から声がかからなかったからなのか、キクハウスの面々がダイニングテーブルの周りに集まってきた。

 まず理音が冷たい視線で反応する。


 「誰この娘……」


 次に夕花が目を丸くして輝かせ、興味津々で反応する。


 「だれ、この子……」


 さらに普通の反応で当然の疑問を投げかける菊次郎。


 「この子は?……」


 そして、


 「きゃーっ何この()! カワイー! 食べちゃいたいー!」


 と瀬蓮さんが異常な反応を示した。

 ユレレ某はとっさに身構え、


 ヒトをクうシュ属か? 弱テンはあるのか!?』


 と瀬蓮さんを手をかざした。


 (いえ! ご心配なく。その人は、その、ただの、変態です……)


 そして落ち着いたところで俺がみんなの疑問に応えようとすると、頭の中からさっきの呪文が流れ始めた。


 『私はユレレ・ミーシャ……』


   ・

   ・

   ・


 「ポッポー、ポッポー……」


 約三分後


 『というわけで、ヤワラカイ食い物につられてワナに掛かっていたところをアオトにタスケられたというわけなんだ』


 するとみんなの思考が一斉に入り乱れ、


 (それ、俺のせいかも……)

 (それ、碧斗のせい)

 (それ、碧斗くんのせい)

 (それ、半分碧斗くんのせいだな)

 (それ、お坊っちゃまの罠が優れていたせいだわね)


 するとユレレ某は困惑した表情を見せてこう思考を伝えてきた。


 (ウぅっ……ソんナにいっぺんに伝えラレれハ……)


 五人の思考がごっちゃになり、さしものユレレ某も混乱したと見えて、どうやら間接的には、この俺のせいでユレレ某が罠に掛かったのだということは、知られずに済んだようだった。


 「スゴーイ! 腹話術!? テレパシー!? あたしはリオン、よろしくねミーシャちゃん!」


 またしても勝手に名前を決めてミーシャの両手を掴んでブンブン振り回す理音。

 腹話術はともかく、後者の例えは理音にしては珍しく的を射ていた。

 それよりも俺が気になったのは、ミーシャだけでなく、理音の声も実際の声と頭の中に聞こえる声が、微妙にズレてエコーのように聞こえたことだった。

 ミーシャの能力は、他人の思考を共有させるものなのだろうか……


 「私はユウカ、ミーシャちゃんて、スゴくかわいいね! わたしと背、おんなじくらいだね」


 と夕花がそれに続く。

 そして菊次郎が興奮したように


 「キクジロウです。この世界に乗り物は? 列車は? 新幹線みたいなのはこの世界にあるんですか!?」


 と的はずれな質問をしたあと、瀬蓮さんはそれをさらに上回るテンションで


 「私はセバスよ! おねーさんは、女の子はスキですか!?」


 と、とんでもない質問を始める有様。

 もはや収拾が着きそうもないこの状況で、俺は究極の一言を発してこの場を制したのだった。


 「おいみんな! この子は怪我して疲れているんだぞ! 少しは思いやってやれよ!」


 俺がそう言うと、一同はビクッと反応し、申し訳なさそうに後ずさった。


 『アオト、すこし驚イたが、そう気遣いシなくてもいいんだ……』


 ミーシャはそう言うと、一人ひとりの質問に答え始めた。


 『ミーシャというのは私の母親の名で、ユレレが私の固有名だ……それに続くのは先祖代々の名や姓で、私は先祖の能力を少ながらず受け継いでいるのだ……

  背格好は平均より小さいかもな……それと……シンカンセン? そのような大勢を運ぶ乗り物は私も聞いたことがないな……

  あとセバスとやら、女性同士で、何と言っていたか?……』


 すると俺は慌てて、


 (いえ! それはなんでもないです! お気になさらず!)


 と強い念波を送り、なんとか瀬蓮さんの質問をミーシャに忘れさせることに成功した。

 しかし理音がここまで聞いても状況を理解したのかしていないのか、


 「スゴイ長い名前だね、でも言いやすいから、私はミーシャちゃんって呼ぶね!」


 と言ってミーシャ嬢に抱きついた。


 『……うぅ、仕方がない人だな……さっきも言ったがミーシャは母で、魔導に優れた人物だっ……』


 そこに夕花のハグも加わって、その圧迫力に窒息寸前になったミーシャの念波は事切れた……


 「おいおい、そのくらいにしてやれよ。ミーシャも困ってるだろ」


 俺は手を伸ばして助けを求めるミーシャ嬢に、文字通りの助け舟を出してやった。


 「プハぁっ」


 初めて念派ではない声を出して息をつくミーシャ嬢。

 俺はそんなミーシャの頭を撫でながら


 「ほら、カレー冷めちゃうぞ? アランギの肉と野菜ゴロゴロカレーだぞ」


 と言って、彼女を窮地から救ったのだった。

 俺が言い終わるのも待たずに、カレーをものすごい勢いで食べ進める四人。


 「うまっ! なにこれ!」


 と理音が叫ぶと、


 「やわらかっ!」


 と夕花が驚く。


 「がつがつっ!」


 普段は行儀良く食べる菊次郎が口の周りにカレーを付けてがっつくと、


 「むしゃむしゃっ!」


 と瀬蓮さんまでほっぺたを膨らましてカレーを書き込んでいた。

 そしてそれぞれの皿があっという間に空になろうとしていたそのとき、


 (こんなこともあろうかと)


 と、俺は宇宙戦艦の機関長の渋い声を頭の中で響かせながら、それぞれの皿におかわりを盛ってやった。

 理音、瀬蓮さん、菊次郎、夕花がそれぞれの反応でカレーを食べる中、ミーシャだけは一杯目のカレーを、落ち着いてじっくりと味わっていた。


 「ぱくっ、モグモグ……」


 『この世界にこれほどの美味な柔らかいものの食事があったとは……しかも、こんなに刺激的な味のものは食べたことがない』


 と、ミーシャのためを思って甘口にしたにもかかわらず頬をピンクに染めて汗をかき、それはそれは幸せそうにスプーンを口に運ぶミーシャ嬢をみながら、俺は嬢のその言葉に注意を引かれた。


 (柔らかいもの?)


 と当然の疑問が頭をよぎる。


 (煮込んだじゃがいもやニンジンだったからかな?……)


 そんなふうに考えていると、ミーシャ嬢は俺を見て、おもむろにスプーンをかじり始めた。


 『肉や野菜は全部柔らかいものだ……これは固いもの……この芳醇な香りは……貴重な“鉄”だろう!? しかも微かに未知の硬い物の味も感じる……ガジガジガジ……』


 (!)


 俺は他の面々に気付かれないように驚いていた。


 (タマぴょんといい、この世界の生物の顎の力や歯の丈夫さはとんでもないな……)


 すると驚いている俺を見たミーシャは、


 『お前たちは硬いものを食べたりしないのか?』


 と不思議そうな顔をしならがスプーンをかじり続けた。

 おそらくミネラルのことを言っているのだろうが、岩塩や鉄道のレールを舐めたりする動物以外に、直接ミネラルを摂取する生物を見たのはこれが初めてだった。

 俺はそんなミーシャを見て、


 (なぁ、その“スプーン”、鉄とクロムとニッケルで出来た食器の名前だが、それ食べちゃったらカレー、食えなくなるぞ? ちなみに俺達はアリオンを“てつ”と呼んでいるよ。それとその鉄は、正確には“ステンレス”というものだから、ほかの“固いもの”も少し混じっているはずだよ)


 と忠告すると、ミーシャはスプーンをかじるのを止め、小さくなったスプーンでカレーをちょこちょこと口に運ぶのだった。


 『くろむ、にっける……まるで聞いたことがないが、それがこの芳醇な味わいを醸し出しているのか……』


 と妙に関心をしてみせるユレレ某であった。

 俺はカレーを食べるミーシャを見ながら説明を続けた。


 (俺達は、えーと、柔らかいもの? の中にほんの僅かに含まれている、硬いものの、目に見えないくらい小さなかけらを食べるだけで充分なんだ)


 するとミーシャ某は俺達をちらっと見廻して、


 『お前たち、姿はただの人のように見えるが、なんとも不思議な生き物だな……人外種か?』


 とあっけらかんと宣(のたま)うのだった。


 (どっちがだよ……木の椅子やステンレスのスプーンを丸かじりする奴に言われたくない)


 そう思ってから俺はしまった、と思ったがミーシャは何の反応もせず、カレーを食し続けたのだった。


 「ごちそうさまー」


 俺達が手を合わせるのも初めて見るようで、不思議そうに見廻しながら、手を合わせる真似をするミーシャ。


 『ゴチソウ……サマ……』


 すると早速ユレレには俺以外の視線が全部集まって、彼女を質問攻めにした。


 「ミーシャちゃんって、やっぱ碧斗が言ってた異世界人なの!?」


 “そのこと”はまだ黙っていようと思っていたのに、理音はド直球で質問してしまった。

 しかしその後も矢継ぎ早に質問をする面々に、“異世界”の言葉はかき消されてしまったようだ。


 「この世界にはどんな乗り物や動物があるんですか!?」

 「……この世界のお料理……色々教えてほしいな……」

 「ねぇミーシャちゃん! こっちでは女の子同士で親密になることは無いのかしら!? 男性同士でもいいけど!」


 またしてもそれぞれの趣味の話でカオス状態に陥る食卓。

 しかしミーシャも俺以外の俺達も、この混沌の瞬間を、楽しんでいるようにすら見えた。

 しかしミーシャは思い出したようにあの言葉に反応して、それ以外の質問には答えようとしなかった。


 『異世界……お前たちはこことは異なる世界から来たということなのか…………』


 するとミーシャの念波はそこで途切れ、俺達もミーシャの考えを邪魔しないようにと黙ってしまった。


 「……………………」


 『そう、あれは五周期前……』


 俺はそれを聞いて


 (周期? 年と同じなのか?)


 と考えを巡らしたが、その前に指折り数えるミーシャの指を見て驚いた。

 一、二、三、四、五と五つ指を折ったはずなのに、その手にはもう一本の指が突き出されていたからだった。


 (! 六本指……)


 『……その年という概念は知らないが、この地では三百六十回、昼夜を繰り返すことを一周期と呼んでいる』


 とミーシャは俺達に念波を送った。


 (約五年前か……)


 『それにあの奇妙な音を出す箱は、私達の一日の周期と実によく近いと思ったぞ? どんな仕組みなんだ?』


 どうやら鳩時計のことを言っているようだった。

 俺はミーシャの指のことに驚きながらも、時計について説明をした。


 (あれは時計と言って、一日、昼夜を24等分して、そのうちの12等分を針と音で知らせる道具です……)


 『十二等分……随分中途半端だな。それにそのような魔道具は聞いたことがない……実に興味深い……』


 一二と聞いてミーシャが指を一本立て、もう片方の手で二本を立てた時、俺はあることに気づいて、そのことをミーシャに説明した。


 (ミーシャ、私達の指はこのとおり、五本が二つ。これで十本と数えます。あなたの言う十本は、五本が二つに、さらに二本を足した数ですよね? つまり、六と六を足して、一つ桁が繰り上がる、私達はこれを一二進法と呼んでいます)


 しばらくミーシャは首を傾げていたが、ようやく理解したようで、


 (つくづく変わった種族だ……)


 と首を振るのだった。


 (それに時計は、魔道具? ではなくて、単純な機械です。ズレたりもしますが、一日を過ごすのには充分に役に立つ道具なのです……)


 すると、ちょうど鳩時計が八時を知らせるために、(せわ)しく鳴き始めた。


 「ポッポー、ポッポー……」


 『……なるほど……水が落ちることで時を知らせる道具があった気がするが、あまり精度が良くなく、一日を四等分するくらいしか出来なかった気がするが

  これはその精度が確かなのならば、役に立ちそうな道具だな』


 とミーシャは感心をした。

 クォーツ時計では月差数秒、と言ったら驚くだろうか。

 しかしこういった深い考えでない思考は、どうやらミーシャには伝わらないようで、ミーシャからは何の反応もなかった。


 「ミーシャちゃんは喋れないの?」


 (こら、そういうデリケートな質問はするもんじゃあないといつも口を酸っぱく……)


 と一度も注意したことがないことを自覚しながらしかめっ面で理音を睨むと、


 『いいんだアオト、私達、特に私のこの伝達法は、この世界でもいささか特殊なほうでな、同じような質問はよくされるものなんだ、気にすることはない』


 とミーシャはため息をつくと


 『はじめまして、わたしはユレレ・ミーシャ・アスレト・グロラザ・マッケ・ピクロラッセ……』


 とぎこちなく、しかし鈴のような心地よい、透き通るような声色で話し始めた。

 もちろんその発音は特殊で直接は聞き取れないが、頭の中には意味を持った言葉として聞こえてきていた。

 そして約三分後、理音があくびを十回はしたであろう時にやっとその名乗りが終わった。


 そうしたら今度は俺達の番だった。

 まずは俺から、同じように自己紹介をすることにした。


 「俺はナナカワ・アオト、十八歳になったばかりの高校三年生だ。君に数え方だと一六歳。ナナカワが性で、碧斗が名だよ。アオトと呼んでくれ」

 「あたしはホウモト・リオン、アオトとおんなじ十八歳だよ!」

 「ぼくはツジデ・キクジロウ、同じく十八歳だ」

 「わたしはアマノ・ユウカ、みんなとおなじ十八歳だよ、よろしくね!」


 『みんな、名前が短いのだな。先祖の系譜や歴史はどのように崇め、能力を継承するのだ?』


 (私達は家系図という、主に紙に書き連ねた先祖代々の系譜を持っております。通常は親の性と、自分の名の二つなのが、我々日本人の特徴なのです。国によってはミドルネーム……二つ以上の名を連ねる付ける地域もありますが。

  それと先祖の特徴は、容姿などにわずかに現れるのみで、能力は生まれた後の環境に大きく左右されます)


 『そうか……いよいよ変わっているな……』


 そして最後に瀬蓮さんが名乗った。


 「私はセバス・サユリコ…………二八歳よ……」


 するとミーシャはおどろいたように突然立ち上がって、そのまま瀬蓮さんの前に跪いた。


 『……とても……とてもそのようには見えません。あなたのようにお美しい方が、まさか大長老なのだとは存じ上げず……大変失礼を致しました……』


 と言って深く、深くお辞儀をするのであった。


 「えっ、大、長老? 大?……」


 瀬蓮さんが困惑するのと同じく、俺達も困惑するとミーシャから念波が送られてきた。


 『違うのですか? 我々オカリナン人の寿命は約九周期なのです。二八周期を生きたオカリナ人は、先祖について誰以上に学んだと自負する私でも、記憶にありません。

  三九世代前の大長老、“マギラム”が二七周期で息絶えて以来、それと並び、超える人物は現れていないと伝承されているのみです。

  ちなみにマギラムはユレレから辿ってミーシャ・アスレト・グロラザ……』


 (まだ十進法を理解していないとみえるミーシャからすると、二十八、というのは十進法で三十二。九年が平均寿命のオカリナーン人を人間の八十歳の寿命に換算すると……約三百三十八歳。たしかに大長老に違いない……)


 約二分後、ユレレ・ミーシャが大長老の名を告げ終えると、瀬蓮さんはワナワナと震え出してこう言った。


 『ええ、どうせ私は……伝説の大長老さえも超える……ええ、私は新たな伝説となっても一向に不思議ではない、行き遅れの“アラサー”ですわ……』


 そして普段の理知的な瀬蓮さんからは考えられないように、彼女は可愛く拗ねてテーブルを人差し指でこねくり回しはじめた。

 するとそれを見て聞いたミーシャはさらに深くひざまずいた……


 『アラサー様……』


 ミーシャが瀬蓮さんの前で土下座のように深くひれ伏してその言葉を発した瞬間、瀬蓮さんからの念波はそこでプッツリと途絶えたのだった……

さていつもの食事シーンから始まった今回の話でしたが、ミーシャから語られた異世界の断片、片鱗に、一同は驚きを隠せないような、平常運転、通常通りのような

そんなお話でしたね。


ミーシャの言う「硬いもの」と「柔らかいもの」という言葉は、碧斗たちが考える「食事」や「食べ物」の概念とは全く違う何かを指しているように感じられます。


時計や時間の不思議な一致と六本指と12進法という碧斗たちの世界とはまるで違う、しかし碧斗には納得のゆく整合性の取れた奇妙な世界。


しかしミーシャが瀬蓮さんを「アラサー様」と呼びひざまずくシーンは、碧斗たちも笑っていいのどうなのか、さぞ困惑をしたことでしょうね(笑)


そしてミーシャとタマぴょんとの再会。

タマぴょんがただのペットではない、眷属だと言っていたけれど、ミーシャとの関係は一体…?


次回、タマぴょんの正体、そしてミーシャが語る異世界の秘密が、さらに詳しく明かされることになるでしょう。

異世界からの訪問者がまた新たに加わったキクハウスの奇想天外な物語の展開に、どうぞご期待ください。

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