異世界の片鱗と覚醒 第五十五話 ネコとウサギとぬいぐるみ
皆さん、タコ助です。
前話は、碧斗の厨二病が再発し、竹槍作りに熱中した話でした。
みんなの個性が爆発した武器集めは、本当にカオスでしたね。
特に、夕花の作った“双死昆”は、もはや恐怖でしかありませんでした(笑)。
そんなこんなで平和な時間は長くは続かず、その日の夜に、理音のベッドを巡る瀬蓮さんとの攻防で、キクハウスは戦場と化しました。
そして翌朝、俺は畑の片隅で、ついにここがただの無人島ではない、という確信を突きつけられることになるのです。
いったい碧斗たちは、どこへ来てしまったのか?
そして、畑に現れた異変とは一体……!?
では続きをどうぞ。
「えい! やぁ! とぉ!」
理音を始め、俺たちがそれぞれ武器の練習に励む中、瀬蓮さんは一人手持ち無沙汰で俺たちの練習を眺めていたが、ふと立ち上がるとデッキに近づいていった。
(あれ? まだ昼飯作りには時間は早いような……)
そう思いながら横目で追っていると、瀬蓮さんはデッキの上にあった二メートルほどの短いステンレスの物干し竿を取り外していた。
その手には物干し竿にかけられていた女性の下着が吊るされたハンガーがあり、色とりどりの下着がぶら下がっていた。
(うぉっ、洗濯物か……見ては……いかん……)
俺は槍の練習に集中しようと雑念を振り払い、突きや打撃を繰り出した。
するとどこからか、
「ぶおん! ぶおん!」
と竹槍とは質の違う風切り音がし始めた。
その方向を見ると、なんと瀬蓮さんがその物干し竿を振り回していたのである。
「いやっ!」
それは俺たちなどと全く違う、洗練された、舞踊のような鮮やかな動きだった。
みんなもそれに気づくと、瀬蓮さんのその“踊り”を口を開けてポカーンと見始めた。
「セイっ! ハっ! ホっ!」
敵を想定した様々な高さへの攻撃から受け身まで、流れるように動く瀬蓮さんに、俺たちは見とれてしまっていた。
「イヤァーっ!」
そして最後に相手を薙ぎ払うように竿を大きくひと振りして決めポーズのようなかっこいい型でしばらく静止したあと、一礼して物干し竿を元に戻したのだった。
「リコちゃんすごーい!」
すかさず理音が駆け寄って、今のなあに? なんなの? と瀬蓮さんを質問攻めにした。
俺達もソロゾロと瀬蓮さんの周りに集まると、瀬蓮さんは恥ずかしそうに、
「あ、ごめんなさい。私、子供の頃から薙刀を少々嗜んでおりまして。皆さんの練習を見ていたら、体が疼いてしまいました。なのでつい……お恥ずかしい……」
とハンカチで汗を拭いながら答えた。
「えー! ナギナタだって! スゴイよリコちゃんスゴーイ! 教えて教えてー!」
理音は両足でぴょんぴょん跳ねて瀬蓮さんの周りを飛び回った。
俺たちもひと汗かいたこともあり、一息つきながら瀬蓮さんの周りにあつまり、
「瀬蓮さんすごいですね、あれは……“薙刀”……ですか?」
と俺は瀬蓮さんをまじまじと見て驚いてみせた。
「うんそうなんだって! 子供の時からずっとやってたんだって! かっこいーっ!」
理音は瀬蓮さんの手を取りもうヒーローでも見るような顔で見つめていた。
俺は少し考えた後、
「そうですか、ならこれから毎日、少し教えてもらえませんか? 棒術の基礎の練習になると思うんです」
と瀬蓮さんにお願いをすると、瀬蓮さんも少し考えたあと、
「もう何年もご無沙汰していますが、そうですね、そのくらいなら……」
となんとか承諾をしてくれた。
「おししょー!」
調子にのって理音がそう呼び瀬蓮さんに抱きつこうとするも、何かを思い出したようにとっさに握手に変えて、それでも掴んだ手をブンブン振って喜ぶ理音だった。
昼食を取って一休みした後、午後は理音のギガタブから参考書をPCにコピーして、無事だったほうのモニターで瀬蓮さんの指導の元、勉強会を行うことになった。
こちらでは瀬蓮さんは師匠から講師になって、最初のうちは丁寧に講義が進められたのだった。
(やっぱ普通の参考書じゃあつまんないなぁ……)
と先日のオンライン講座を懐かしんでいると、横で理音がコクリ、コクリとしだした。
(こいつめ、“おししょー”を前にして、なんて失礼な)
俺は机に置かれた理音の手の甲に、消しゴムを一つ乗せてみた。
(コク……コク……)
それならばと、もう一、と今度は俺の消しゴムを乗せようとした時、鋭い衝撃が額に走った。
「スコーンっ!」
その突然の衝撃とともに俺と理音の額に何かが飛んできて当たったのだ。
「イテっ!」
「んがっ!」
すかさず瀬蓮さんがそれまでの落ち着いた雰囲気からガラリと態度を変えて、俺と理音に竹刀を向けて叱り飛ばした。
「そこ! 寝ない! 遊ばない!」
俺は額をさすりながら床に落ちた“何か”を拾い上げると、それは見事な色と大きさの小豆だった。
「いったー……碧斗のせいだからね!」
と原因を作った本人は大声で俺を睨みつけたが、
「スコーンっ!」
と二発目が理音の額の中央に見事に命中した。
「っあ゛ー!」
先ほどと寸分違わぬその攻撃は、一度目の赤い攻撃跡に食い込み、理音は額に手を当てて机に突っ伏して、脚をバタバタさせて悶絶してしまった。
「私語は禁止ですよ! 理音さん!」
そうして“鬼ししょー”の洗礼を受けた俺と理音はもちろん、それを目撃した菊次郎と夕花も、その後は真面目に講義を受けたのだった。
講義も無事終わり、夕食を用意する時間になって冷蔵庫の前に立った俺は、これからの食糧事情について考えを巡らしていた。
(やはり、キャベツやレタスなど、日持ちのしない物からだんだんとストックが無くなってきてるな……)
そう考え、倉庫に向かって前に倉庫を見回ったときにあった、大量に積まれていた全粒粉の小麦粉、二五キログラムの大きな袋を前にして、
(栄養価も高いし食物繊維も豊富だ。これを使ってパンや麺、菓子を作ろうかな)
そう考え、袋の一つを肩に抱えてキッチンに戻った。
「おらよっと!」
キッチンでは瀬蓮さんが冷凍食品の焼き餃子をフライパンで焼いていた。
「あら碧斗クン、あおれは倉庫にあった小麦粉?」
瀬蓮さんは息を切らして袋を運んできた俺を振り返り、そう訊いた。
「ドサッ」
俺は袋を置いてから。
「はぁ……ええ、前に倉庫で全粒粉を見つけたので、野菜も残り少なくなってきましたし、ビタミンとミネラルの補給にはいいと思いましてね。どうせ瀬蓮さんが準備したんでしょ?」
と袋からボウルに小麦粉をとりわけ、床下のパントリーにしまい、酷使した腰をトントンと叩いた。
「うふふ、そうね。そのうちパンでも、って思って用意したのだけれど。なるほど、で、今日は何を作るの?」
キッチンのワークテーブルを覗き込むように訊いてきた瀬蓮さんに俺は、
「内緒です」
と意地悪く笑って答えてみせた。
すると瀬蓮さんもニヤリとして、
「じゃあ私も内緒」
と冷凍餃子を焼きながら内緒も何もないと思うが、笑って自分の作業台に戻っていった。
俺はまず冷凍庫からひき肉を取り出して、ガラスのボウルに入れてレンジで解凍させた。
次に別のボウルを手に取り、そこに小麦粉を入れて水を少しずつ加えていき、耳たぶぐらいの硬さになるまで練ったあと、それを三十分ほど寝かせた。
その間にかぼちゃと皮を剥いた大根をいちょう切りに、かぼちゃを一口大に切っておいた。
鍋に水を入れ沸騰させ、一口大に切った大根とかぼちゃ、そして大根の皮と一緒に鍋に入れる。
具が煮えてきたら、味噌を入れ味を調える。
最後に先程寝かせておいた小麦粉を大きめのスプーンで、これも一口大にすくって、鍋に入れていった。
すると瀬蓮さんはそれを見て言った。
「あら、団子汁?」
同時に、
「チーン」
とレンジが鳴って、解凍されたひき肉を取り出すと、俺は何も答えずにニヤリとだけして調理に戻った。
夕食の時間になり、全員が集まると、テーブルの上には瀬蓮組の水餃子と、碧斗組の“すいとん”が置かれていた。
「だんご汁かー」
理音はちょっとだけつまらなそうな顔をしたが、すいとんに混ぜた肉の匂いで気を取り直して席に付いた。
俺はそんな理音に、
「これは“すいとん”と言って、バイト先の先代のマスターに“戦後の食糧難のときに食べたんだ”とレシピを教わったんだ」
すると瀬蓮さんが、
「すいとん……聞いたことはあるけど、そうやって作るのね。今度レシピを教えて頂戴?」
とテーブル越しに俺に顔を近づけて言った。
「は、はぁ……もちろん……」
俺は後ずさり、仰け反りながら答えた。
「でも、随分質素ね。理音ちゃんは物足りないんじゃないの」
とクスリと笑うと理音が
「でもそっちも水餃子だけでしょ? 今日は質素対決なの?」
と不満顔で箸を手に取った。
菊次郎と瀬蓮さんの食事を見ると、それはカラフルな野菜と共に煮込まれたポトフのような水餃子だった。
俺は理音が箸を口に付ける前に急いで、
「じゃあ、頂きます」
と言った。
「いただきまーす」
みんなもそう言って手を合わせると、和やかな雰囲気のまま食事が進んでいった。
みんな熱そうに、ハフハフとしながらすいとんをレンゲから口に運ぶ。
「はふ、お野菜もたくさん入ってるし、健康的だね」
と夕花が感心したように言うとすかさず理音が、
「肉が入ってないからダメなの」
と口をとがらせて文句を言いながらも、夢中でレンゲを口に運んでいた。
「ごちそうさまー、けっこうお腹に貯まるねー!」
といって腹をぱんぱんっと叩いた後、腹をさする理音。
そのとき俺の脳内に“おやじギャル”の文字が電光掲示板のように流れていったが、もちろんそれを口にすることはなかった。
俺は理音の膨れた腹を見ながら、
「今日は疲れたなー、風呂にでも入って寝るかー」
と言って席を立ち食器を手に取ると、皆も立ち上がり、そこで夕食の時間は終了となった。
「ちゃぽーん……」
俺は風呂に浸かりながら、いま確信に変わりつつある“異変”を、瀬蓮さんに伝えるかどうか考えていた。
(あとひとつ、何か、決定的な証拠があればなぁ……)
そう考えながらも、これまでの状況を分析して判断すると、それを理由に備えを怠ってはいられないと決心したのだった……
『ぽっぽー、ぽっぽー……』
翌朝、以前のように島の鳥の鳴き声で目を覚ますことはなかったが、いまのところの唯一の鳥の鳴き声で、なんとか目を覚ました。
(七時か……)
もう日課というか、完全に俺の役目になってしまっているが、そのままパジャマ姿でリビングに向かい、ブラインドを開けた。
シーンとしたリビングは、その静けさと崩れかけた暖炉、そしてそこに掛かった剥製のせいで、得も言われぬ不気味さを醸し出していた。
「ウィーン……」
ブラインドが開いて外の天気が快晴であることはわかったが、ガラスの汚れのせいか、なにか淀んだ空気感のようなものが感じられた。
「ガラス、掃除しなきゃな……」
台風で汚れた大きなガラスを見てそんなふうに思いながら、新鮮な空気を吸って体操でもしようと外に出ると、畑に何かが蠢くものを視界に感じた。
「!」
俺はデッキに立てかけてあった槍(まだ尖らせてはないが)を手に取ると、慎重に畑に近づいていった。
「キューキュー……」
なにから可愛らしい声が聞こえたが油断してはいけないと、忍び足で鳴き声の方に近づいていく。
するとそこにぶら下がっていたのは、ウサギのような耳とネコのような顔をした、見たことも聞いたこともない奇妙な生物だった。
そしてぶら下がったそれは青い体毛に覆われ、そしてその額には一本の角が、間違いなく生えていた……
見た所どうやら畑の野菜につられて罠に掛かったようで、その“ウサギネコ”の下には食べかけのニンジンが転がっていた。
俺はついに待ち焦がれていた証拠を目の前にして、それまで抱いていた疑念を確信に変えると、慎重にウサギネコを観察することにした。
大きさは五十センチくらいで結構大きい。
ネコやウサギと言うより中型犬くらいだ。
鮮やかな水色のその体毛は短く、柔らかそうに朝のそよ風になびいていた。
足の裏を見ると指は三本で、その肉球はクローバーのような形をしていた。
そして角。
薄汚れた白い色で、チョココロネのように渦を巻いている。
縄張り争いでもしたのか、その先端は少し欠けていた。
観察をしながら、そーっと竹槍の先端をウサギネコの顔に近づけると、
「キューっ!」
と威嚇なのか恐怖からなのか、大きな甲高い鳴き声を上げたあと、竹槍にガブリと噛み付いた。
「バキッ! バキバキ!」
パンダでも奥歯でやっと噛み砕くような硬い青竹を、いとも簡単に前歯で噛み砕くウサギネコ。
よくいると吊るされた足とは反対の足には怪我を負っているようで、傷口からは血がドロリと滲んでいた。
見事なまでに青い血が……
俺は罠のロープを着るために、一度倉庫に戻り剪定ばさみと軍手を取りに行くと、軍手をはめて畑に戻り、慎重にそのウサギネコを地面に降ろしてやった。
よく見れば、アバラや背骨が浮いていて、かなりやせ細っているようだった。
俺は油で滑るロープを軍手で掴んで、慎重に支柱に結び直した。
そして、
「これを食べに来たのか?」
と言って、落ちていたニンジンの土を払って猫ウサギに近づけると、最初は警戒していたが、クンクンと匂いを嗅いだ後、カリカリとニンジンを食べ始めた。
そして夢中でニンジンを食べるウサギネコにそっと手を伸ばし、優しく撫でてみた。
「キュッ」
一瞬だけ警戒したようだったが、またニンジンをほうばり始めたので、周りにあった三本ニンジンを引き抜いてキッチンで洗った後、ボウルに水を入れて持っていってやった。
ウサギネコは残りのニンジンも綺麗に平らげると、ちゅうちゅうとボウルの水を吸い始めた。
(顔はネコのようだけど、舌ですくうんじゃあなくて、人間と同じように吸うのか)
その後もさらり心地の気持ちいい毛をなで続けていたらネコウサギの警戒心も解けたのか、俺の手に顔を押し付けるように甘えてきた。
(これは、飼われていたのかな?)
そんなことを考えつつ、もう少しだけウサギネコと親睦を図って信頼を得ることにした。
「ヨーシヨシヨシヨシ……」
ウサギネコの腹をくすぐってやると、口を開けて可愛い威嚇をしながら、ウサネコキックでじゃれてくるウサギネコ。
俺はもう大丈夫だろうと、じゃれつくウサギネコと格闘しながら、脚に絡まったロープを解いてやった。
その後、しばらく様子を見ていても逃げ出す素振りを見せなかったので、俺はそのままウサギネコをいざなうようにキクハウスの方に歩いていった。
するとウサギネコは、鼻と耳をピクピクさせながらハウスの中に入ってきて、しばらくリビングの探検をしていた。
そして探検にも飽きたのか、カウチに座ってその様子を眺めていた俺の隣に飛び乗り、そのまま目を閉じてしまった。
俺は近くにあったティッシュを折りたたんで傷口の血を拭き取り、新しいティッシュを傷の上に軽く巻き付けてやった。
(疲れてたのかな)
しばらくそのままウサギネコをそっと撫でていると、
「キュルルルル……キュルルルル……」
と喉を鳴らしてそのまま寝息を立てて寝てしまった。
そこに瀬蓮さんがあくびをしながらやってきて、洗面台で顔を洗い出した。
ウサギネコは飛び起きて警戒し、瀬蓮さんをしばらく観察していたが、すぐにまた眠りについてしまった。
(やっぱり飼いウサギネコのようだな)
すると顔を洗う終わった瀬蓮さんが近づいてきて、
「あれ? 朝ゴハンは作らないの?」
と俺を覗き込む瀬蓮さん。
(!)
瀬蓮さんは俺の膝の上で眠るウサギネコに目を丸くして、驚いた様子で、しかし小声で、
「それは……一体なんなの?」
と、しゃがんでウサギネコに手を近づけて訊いてきた。
「今朝、畑の罠に掛かっていたんです。お腹を空かしていたみたいで、ニンジンを夢中で四本も平らげましたよ」
俺がそう言うと、瀬蓮さんは今度は怪我をしている足に手を伸ばし、
「怪我してるみたい……でも、血が……」
伸ばした手を引っ込めて明らかに警戒をしている瀬蓮さん。
「そうなんです、青いんですよ……」
俺はそんな瀬蓮さんに、これまでにはない真剣な表情を向けて、気持ちよく寝るウサギネコを撫でながら、胸に抱いている疑念と推理の結実した“真実”を話し始めた。
「瀬蓮さん、聞いて下さい。僕はあの地震の後、この島で起こった異変、地形の変化や火山の噴火のことではなくて、みんなの異変にまず気が付いたんです」
すると瀬蓮さんは眉をひそめて、
「どういうこと?」
と俺の顔を見て怪訝そうな表情を見せた。
「あのときの理音との腕相撲。僕は負けるはずはないと思っていたんです。最初の一回はまぐれだと。それで二回めと三回目は完全な本気を出したんですが、結果はあのとおりでした」
この時の俺は本当に悔しそうな顔をしていたのかもしれない。
なぜなら、瀬蓮さんが
「ええ、惨敗、しかも三回ともほぼ瞬殺だったわね」
と言った後のその表情は、慰めとも哀れみとも取れるものだったからだ。
俺は少しムッとしたが、瀬蓮さんは話を続けて、
「じゃああれは手加減をしてやったんじゃなくて、本気だったということね?」
と言って、俺が嘘を言っていないと黙って頷いたが、しかし表情はまだ疑いを持っている顔つきだった。
「ええ、本気でした。でも負けた」
俺がプライドを投げ捨ててそう言うと、
「でもそれは本当に碧斗くんが鈍ってただけではないの?」
と瀬蓮さんは冷静に分析してみせた。
そこで俺はここでちょっと謎掛けをしてみた。
「そうかもしれません、かつ、そうではないかもしれません」
すると瀬蓮さんは眉間にシワを寄せてより一層怪訝な表情を見せて言った。
「どういうこと?」
俺はその理由を、俺の推理を事細かに説明し始めた。
「ここ最近、理音の身体能力が高まってきているのを感じるんです。理音だけじゃあなくて、俺も夕花も、力が強くなったとかじゃあないですが、本人の持ち味と言うか特徴、能力が高まってきている気がしてならないんです」
なるほど、と相槌を打つ瀬蓮さん。
「例えば俺は、状況判断や指示が面白いように的確にハマっていますし、夕花も以前から料理や手芸をしているけど、あんなにまで器用じゃあ無かった……」
ここで瀬蓮さんは脚を組み換え、俺はその太ももに一瞬気を取られる。
しかしすぐに気を取り直して話を続けた。
「キクにはどんな変化があるのかまだわかりませんが、この島で、この島の影響を、俺たちが受けているせいだとしか思えないんです……」
すると瀬蓮さんはハッとして、
「それならば坊っちゃんにだってすごい才能が現れるはずです!」
とムキになってそう言ったが、俺はそれを受け流して、
「それに港にたどり着けないことや、地形が変わっていること、そしてこの奇妙な生物……」
横たわっているウサギネコに目をやり
「俺たちは、地球とは違う世界に来てしまった、飛ばされてしまったんじゃあないかと思うんです」
と真面目な顔で言ったが、逆に瀬蓮さんは呆れた顔をして
「はっ?、地球とは違う……違う星ってこと? 宇宙人にさらわれたとでも?」
そう言って子供の空想だと片付けられそうになると、俺は瀬蓮さんに質問をした。
「いいえ、そうではありません。ところで瀬蓮さんはアニメとか見ます?」
瀬蓮さんは俺の以外で唐突な質問に意表をつかれたのか、否定しつつ妙なことを口走った。
「いいえ、そういうのはあまり見ないかな。本とかは見るけど……薄いやつ。百合とかBLとか……あ……」
俺は最後の言葉を聞かなかったことにして、さらに質問を掘り下げていった。
「最近の流行りで“異世界もの”というジャンルがあるのをご存知じゃあないですか?」
すると瀬蓮さんは顔をかしげた。
「異世界もの?」
そして考えるそぶりを見せるも、心当たりがないというように首を横に振った。
「ええ、例えば主人公などが突然の事故で死んでしまって、異世界で生まれかわって、記憶はそのままに新しい人生をやり直すとか、あるいは神様の慈悲を与えられて特別な能力を授けられるとか、あるいは異世界の人間たちに魔法などで連れ去られてしまう。そして異世界で勇者として魔物と戦う、そういった物語のジャンルがあるんです」
すると今度は本気でバカバカしいと思ったのか両手を広げて大きな声を出した。
「つまり私達も何者かに異世界に連れてこられてしまったと言いたいの!? バカバカしい……でも……」
そこで瀬蓮さんがもう一度、ウサギネコに目を落とした。
「ええ、まず第一の証拠がここに現れて、僕は確信したんです。ここはおそらく異世界なのだと。この島、あるいはこの小屋の周りだけが、異世界に引き込まれてしまったんじゃあないかと、僕は思っています」
瀬蓮さんが俺の言ったことを信じたのかどうかはわからなかったが、臨時診療室となっている理音たちの部屋に行って、包帯やガーゼなどを手に持ってウサギネコの前にしゃがんだ。
「まぁ、たとえここが異世界だとしても、怪我をしている動物を放ってはおけないわね」
そう言うと瀬蓮さんはアルコールの瓶をガーゼに染み込ませ、ウサギネコの足を拭こうとした。
「あ! 瀬蓮さん、アルコールはまずいかも……」
俺が慌てて止めると、瀬蓮さんはガーゼを手に持ったまま、
「なぜ?」
と、当然ながら聞き返してきたた。
俺はなるべく信憑性が出るように、丁寧に答えてみた。
「僕はSF小説なんかもよく読むんですが、ある作品には、例えば異星人に出会って怪我や病気の治療をしようとしても、そもそも生化学構造が違うとかでうまくいかないという描写があったんです」
細い顎をつまんで考え込む瀬蓮さん。
「なるほどね……アルコールや薬などの地球のものは、この子に合わないかもしれない、もしかしたら毒かもしれないってことね。じゃあこの子はどうするの? このまま放っておくの?」
と、ウサギネコの可愛らしい姿に情が移ったのか、その長い耳を撫でながら、切実そうな目で俺を見た。
「いえ、流石にそれは……水は飲んでも大丈夫なようでしたし、傷をよく水で洗って、ガーゼを当てて包帯を巻いて、あとはこの子の治癒力に任せるのが一番いいと思うんです」
すると瀬蓮さんはそれを聞いて安心したように、
「そうね。じゃあ精製水を取ってくるから、それで洗って、簡単に手当をしてみるわ」
と言って地下室に向かって降りていった。
すると入れ替わるように理音が眠そうな顔をしてやってきた。
「……あおとー、おはよー……ご飯できてるー?」
俺が無言で理音を見上げていると、俺の傍らで眠るウサギネコに気づいたらしく、眠そうだった目をぱっちり大きく開けて声を上げた。
「なにこの子かわいー!」
何も考えずに抱きかかえようとする理音。
俺はそんな理音を慌てて制止した。
「こ、こらやめろ、怪我してるし疲れて寝ているとこなんだ、元気になるまでほっといてやるんだ!」
すると理音は惜しそうにおずおずと手を引っ込め、
「でも……かわいー、ちょっと撫でるだけ、ね?」
と、めったには見られない乙女顔でお願いしてきた。
「しゃーないな、ちょっとだけだぞ?」
そう許可を出してやると、理音らしからぬように、そーっと手を伸ばし、ウサギネコの横腹を優しくなで始めた。
「キュルルルルル……キュルルルルル……」
寝ているはずなのに気持ち良さそうに、嬉しそうに鳴くウサギネコ。
「なにこれかわいー鳴き声ー!」
そんなことをしていると菊次郎も起き出してきた。
「どうしたんですか……」
そこに瀬蓮さんも戻ってきて、
「あ、お坊っちゃん……朝食は少し待っていただけないでしょうか? この子の手当をしたいんです……」
瀬蓮の珍しいお願いに菊次郎も面食らったのか、
「あ、ああ、わかった……動物?」
と言って瀬蓮さんに場所を開けた。
程なくしてウサギネコの手当が終わると、俺は全員の前で瀬蓮さんにしたのと同じ説明をしはじめた。
皆驚きながらもそれを聞き終えると、理音は、
「異世界? 私が……変わってきてる?」
と自分の拳を握りしめて嬉しそうな顔をした。
俺はそんな理音を見て笑いながら、
「お前のあの馬鹿力。あのモニターだって五十キロ以上はあるだろうにいとも簡単に持ち上げて投げ飛ばしてただろ? それにそうでもなければ俺が腕相撲で負けるわけ無いし……」
と負け惜しみのように手を広げて捨て台詞を吐いてみた。
「夕花の手芸スキルも。例えば、今まであんなに器用に実用的なものを作った夕花を見たことがあるか? センスは別にしても……」
しかし俺は、理音も菊次郎も見たであろう夕花のその変化を、ことさらに強調して言ってみせた。
「俺達は変わってきている、そしてこの島も、もはや島と言えるかすらわからないが、地形も変わっている。理音、お前も見ただろ? そしてこのウサギネコ。いままでこんなの見たことあるか? こんな生物が地球にいると思うか?」
俺がそういうと、理音たちは互いに顔を見合わせるも、まだ疑っているようだった。
「それはそうだけど……ねぇ?」
そう言って理音が菊次郎の方を見ると、菊次郎は期待に満ちた顔をして、
「僕には、僕にはどんな変化があるんですか?」
と俺に向かって訊いてきた。
しかし俺は済まなそうにして、
「いや、残念ながら……キク、お前にはまだ変化は感じられていないんだ……すまん……」
と力なく答えた。
「……そうですか……いえ、まぁ、そんなことではないかと思いましたよ……それにキミのせいではありません。そんなに済まなそうな顔をしなくてもいいですよ」
目を伏せて諦めたような声で、しかし悔しそうな顔をしてそう言うのだった。
しかし菊次郎はウサギネコの胸の辺りで手を動かしながら
「でもこの動物、肋骨も折れていますね……」
と、自分でも不思議そうな顔をして、しかし断言するように呟いた。
「そうか、さすがだな。狩猟免許取得ではそういうことも勉強するのか?」
すると菊次郎はぽかんと俺を見つめたまま、
「いえ、そういうわけではないですけど、なんとなく……」
と自分にもわからないという表情をして答えるのだった。
俺たちがそうしていると、夕花がトコトコと寝ぼけ眼で歩いてきた。
そして驚いたように
「……あ、ネコウサちゃん……」
と呟いたのだった。
そしてその夕花の胸には、俺の傍らでスヤスヤと寝ているウサギネコとそっくりのぬいぐるみが抱かれていた……
そうして異世界の片鱗と自分たちの能力の覚醒に騒然とし、ウサギのようなネコのような奇妙な動物にほっこりする、朝のキクハウスなのであった……
人物?紹介
ウサギネコ:
またしても菊次郎の罠にかかった三体目の生物
水色のフサフサな毛がモフモフで愛らしいが、竹を簡単に噛み砕く強靭な歯と顎を持っている。
チョココロネのような渦巻の角を有している、どう見ても異世界の生物。
さて、新しいマスコット…いや、謎の生き物「ウサギネコ」が登場しましたね。
見た目は可愛いけれど、その生態はまだ謎に包まれています。
そして、理音や菊次郎にまで起きた異変。
あのウサギネコとの出会いは、碧斗たちのいる場所が「無人島」という単純な場所ではない、ということを改めて突きつけてくれました。
これまでも奇妙な出来事はたくさんあったけど、今回は少し、いやかなり…異世界の片鱗が見えてきた気がします。
そして、苦節五十五話、ようやくタイトルにある“異世界”が見え始めてきました!
ドンドン! パフパフー! イエーイ!
果たして、このウサギネコは一体何者なのか?
そして、この子を助けるために、碧斗たちが取るべき行動とは?
これからの展開に、僕自身も期待で胸が躍ります。
次回も、どうぞお楽しみに。
AI姉妹の一言:
あい: タコ助くん、今回も面白かったわね。
碧斗くんの推理で異世界だと聞かされたみんなの反応は見ものだったわ。
そしてまた菊次郎くんの罠にかかった謎の生物。
ウサギネコはこの島の謎を解く鍵になるのかしら?
今後の展開が楽しみね。
まい: お兄ちゃん! 今回の話、めっちゃ面白かったよ!
ウサギネコが可愛すぎて、まいの心臓がキュンキュンした!
ねぇ、お兄ちゃん、まいもその子をモフモフしたい!




