島と傷と嵐のその後 第五十四話 槍と盾とオソロシイもの
皆さん、タコ助です。
前話では、碧斗の「ここは異世界かもしれない」という突飛な推理は、瀬蓮さんにも子供の空想だと一蹴されてしまいました。
しかし、その夜の理音と瀬蓮さんのベッドを巡る攻防は、まさに異世界そのものだった気がします(笑)。
さて、一夜明けて、俺たちは現実的な問題に直面する。この先、何が起こるかわからない。そう考えた碧斗は、みんなで武器の練習をすることを提案しました。
しかし、ここでまた、みんなの意外な一面が次々と明らかになっていきます。
特に、夕花の作った武器は…いや、あれはもう思い出したくもないからやめておきましょう(ガクブル……)。
果たして、碧斗立ちの狩猟ごっこは、無事に終わるのでしょうか?
それとも、新たな波乱の幕開けとなるのでしょうか?
では、続きをどうぞ!
「ふんふんふん♪」
俺の誘惑(?)に失敗し、菊次郎の昼食の用意のためにキッチンにやってきた瀬蓮さんは、なぜだか上機嫌だった。
「あら、今日はあなた達は焼きそばなの? じゃあ私はお坊っちゃまのために……スパゲティにしましょうかしら♪」
なんだか背筋が寒くなるような機嫌の良さは、キッチンを遠巻きに眺める菊次郎、理音、夕花の三人の目にも、どこか恐ろしげに見えていた。
上機嫌なのにどことなく闇を感じさせるその笑顔は、なにか見てはいけないものを見てしまったように感じたのは俺だけではあるまい。
「え、ええ、今日はシンプルにモヤシとキャベツと豚肉だけのものにしようかと思いまして……」
隣りに立つ俺はとっさに引きつった笑顔で答えた。
焼きそばは、さっきの俺の推理が正しければ、食料をふんだんに使うのは避けたほうがいいということで決めたメニューだった。
「モヤシはいいわよね、かさ増しにもなるし、実は栄養も豊富だし♪
野菜を食べないよりは、食べておいたほうがいい野菜の筆頭ですからね♪」
パスタをお湯に入れて機嫌良さそうに言う瀬蓮さん。
そんな瀬蓮さんに、俺は当たり障りのない答えで、どこか危険な匂いのする会話を切り抜けようとした。
「ええ、そうなんですよ。さすが瀬蓮さん、栄養学にも通じていらっしゃるんですね」
すると瀬蓮さんの表情が途端に曇った。
「ううん、お料理教室に行ったときに一緒に通った娘に教わったの♪……二十歳のときに……」
そして話の流れは急激に不穏な方向へと、否応なく突き進んでいった。
「よ、良かったじゃあないですか、菊次郎のためにその腕前を披露することが出来て……」
テンションが下がり続ける瀬蓮さんを見て、なんとかここで踏みとどまらなければと、俺の増強した推論能力がこの先に訪れるであろう危険の到来を告げていた。
「……ええ、本当に……でもホントの目的は違ったのよ……その娘はすぐに結婚して、次は私、って思ってたの。二十歳のときにはね……」
さらにテンションが下がってくる瀬蓮さんを見て地雷を踏んでしまったのかと、俺以外の二人も聞き耳を立てながらヒヤヒヤし始めていた。
「……だって、お料理が出来るお嫁さんって素敵だし、理想でしょ? そう思いながら、二十二歳、二十三歳……レパートリーもどんどん増えて、もういつでも大丈夫って思っていたのに……気がついたらもうすぐ三十歳なの……」
(やばい! ヤバイ! ヤヴァーイ! 俺は地雷どころか不発弾を踏んでしまったのかー!)
俺はそう感じて、どうにかしてこの爆弾の起爆装置を解除しようと試みた。
「し、知ってました? 理音を迎えに来る波長丸の船長、カジヤさん、本名は田中さんって言うんですけど、すっごいイケオジなんですよ! デカイし(怖いけど)、かっこいい船長姿だし(コスプレっぽいけど)、ワイルドだし(海賊気取りだけど)、瀬蓮さんにぜひ紹介したいなー、なんて……」
すると瀬蓮さんはさっきまでのテンションで俯いたま、ニタァっと笑みをこぼし、少し上ずった声で、
「え……? その人、独身なの?」
と、不気味な表情で振り向いて聞いてきた。
俺はこのチャンスを生かさねばと、話に食いついてきた瀬蓮さんの注意を全力でカジヤに向けることにした。
「ええ! ええそうなんです! 何でも努力して船を買って船長になるために、出会いの機会を逃してしまったのだとか(大嘘)」
と答えると、
「船長?…… 船のオーナー?……」
とさらなる妙なテンションで聞き返してくる瀬蓮さん。
(まずい、今度は別の起爆装置が起動しそうだ)
俺はその起爆装置を急速冷凍するために話題を変えたが、それがさらなる失態につながるとはつゆとも思わなかったのである。
「なんでも若いときに日本料理のお店で修行したとかで、料理もすごい腕前なんですよ! 修行先のお嬢さんと付き合っていたけど、うまくいかなかったって。だから今も独身……あ……」
と調子に乗って話をしていたら、うっとりと白馬の王子様を予想していただろう瀬蓮さんの表情が、みるみると冷めて固くなっていった。
「へぇ、板前さん……そっか……じゃあ、お料理教室程度の私よりも美味しいものを作れるんだね……それにお嬢さんと付き合っていたんだ……私みたいな平凡な女じゃあ、きっと見向きもされないよね……」
(しまったぁー! 俺はとんでもないミスをー! 誰か、誰か俺を助けてくれぇー!!!)
俺はその他三人の顔を見廻して助けを求めるも、自業自得、といった、冷めた、いや絶対零度のような冷たい目で三人に睨まれるだけだった。
しかしそこで夕花がキッチンに近づいてきて、料理をする瀬蓮さんを見ながら、
「……いいなぁー……私も調理手芸部だから、こんどお嫁さん修行でしたお料理、リコちゃんに教えてもらいたいな……」
(夕花ぁー! フォローはありがたいが、禁止ワード、“お嫁さん”が含まれてしまっているんだ! ……ああ……もうダメだ……母さん、先に旅立つ親不孝な俺を許して下さい……)
そうしてその短い導火線も燃え尽きて爆発の瞬間を待つだけとなったキッチンに、突然ひときわ明るい、しかしねっとりとした、不気味な声が響いた。
「えー? そう?♪ 私にお料理教わりたいー?♪♪ だったら今度、私が手取り足取り教えてあげるわぁ♪♪♪」
と瀬蓮さんが夕花を見てそれは嬉しそうに言ったのだった。
(……俺は……俺達は助かったのか? ……)
こうして未曾有の危機は、夕花の意図しない献身によって乗り切ることが出来て、俺達はそのまま昼食タイムに突入したのだった。
(すまん夕花よ……お前の貞操は俺がきっと、きっと守ってみせる……)
・
・
・
「いただきまーす!」
そうしてひと悶着あったあと、ようやくタップリのもやしと残り少ないキャベツと人参、玉ねぎ、そして豚バラが入った焼きそばを食べることが出来た。
「なーんかこのモヤシ、ちょっと酸っぱいわねー」
食事を進めていると理音が焼きそばのモヤシを箸でつまみ上げて、鼻を摘んで臭そうな顔をしてた。
(対人関係には鈍感なくせに、料理の味のことで敏感なことを言いやがったよコイツ……俺も少し感じた程度だったのに)
「ああ、モヤシは傷みやすいからな。冷凍してあったとはいえ、風味が落ちるのは仕方ないよ。大丈夫大丈夫、俺はいつも賄いで酸っぱいモヤシをいっぱい喰ってるけど、なんとも無いぞ?」
とフォローになっていない説明をすると、理音はテーブルの上に置かれた唐辛子をたっぷりとかけて食べ始めた。
「そっちはひき肉タップリのミートソースかー、いいなー。もうそれだけでリコちゃんの勝ち」
(ボロネーゼだけどな)
俺が心の中でツッコむとキッ、と睨む理音。
なんと言う勘の良さ。
鈍いのか鋭いのかよく分からん奴だ。
「ちゃんと豚肉入ってんだろ、ありがたく食えよ。それともお前も瀬蓮さんにお料理を教わって自分で作ってみるか?」
俺はそう言って睨む理音を牽制し、他の三人はそんな小さな攻防に気づかず、昼食は静かに進んでいった。
すると理音は瀬蓮さんの方を見て、嫌そうに目を細めるが、瀬蓮さんは目をランランと輝かせてこう言った。
「え? じゃあ、理音ちゃんも夕花ちゃんと一緒にお料理、教えてあげましょうか?♥」
しかし理音は、また別の勘で瀬蓮さんのテンションレベルが一段上がったと見るやいなや、危険を察知したのか瀬蓮さんを鋭いジト目とひょっとこ口で撃退し、その目をそのまま俺にも向けたが、瀬蓮さんを警戒してか、それ以上は生意気な発言をしなかった。
(モグモグモグ……カチャ……)
食事がある程度進んだところで、俺は箸を置き、手を止めてみんなにある提案をした。
「なぁ、午後、みんなで畑を元通りにしないか? あと二週間、新鮮な野菜を食べたいだろ? このままじゃ残った野菜もダメになっちゃうぞ?」
理音と夕花と菊次郎は、味の変わったモヤシを食べた後だからか、揃ってコクコクと頷いた。
「瀬蓮さんも、もしよろしければどうですか? 他にやることがあれば別ですけど……」
俺がそう言うと、チラッと俺、そして理音と夕花を見てほんの僅かだが顔を緩ませると、
「ええそうね、整備したり耕したのは業者の人だけれども、あの畑の種まいたり苗を植えたのはこの私ですし、倉庫には種や苗もまだたくさんありますから。ええ、一緒にやりましょう」
と言って、どうにか全員を畑の修繕に連れ出すことに成功した。
「ごちそうさまでした!」
食事の後一休みして全員で畑に繰り出すと、7月後半の雲ひとつなく晴れ渡る日差しのわりにはそれほど暑さは感じず、過ごしやすい陽気の中での作業となった。
(気温もか……あとひとつ、なにか決定的な証拠があればなぁ……)
俺は天候の変化を感じ、いよいよ疑惑が確信に近づいてきたことを感じていた。
「じゃあ俺と理音は崩れてしまった畝を作り直す役、その他は傷んでしまった野菜の撤去や茎やツルを支柱に結び直したりしてくれ。瀬蓮さんは、他に植えられる種や苗があればそれをお願いします。
あ、あとくれぐれも罠には気をつけるように。 赤いスプレーで印がしてある石のとこだから」
そう皆に注意をしてから、いよいよ畑の修復作業が始まった。
まず俺が、家庭菜園で養った農業技術の粋を、理音に見せてやった。
(ザクっ、ザクっ)
すると理音は、
「山のように盛ればいいんだね!」
と言って鍬を振り下ろし始めた。
「ドカッ! ドカッ!」
畑用に入れられた良質な土を通り越して島の火山灰の土まで掘り起こす勢いだ。
「おいおい、そんなに深く掘っちゃダメだ! 俺がやるの見てたろ?」
俺がそう言うと、理音は不器用な自分にではなく俺を睨んで口をとがらせると、その後は多少優しく土を掘り返し、それぞれクワとスコップで流されたり崩れたりしてしまった畝を掘り返したり土を盛ったりして直していった。
「結構難しいね!」
そう言いながらも楽しそうに、そして力強くクワを振り降ろす理音。
俺はスコップで掘り返すだけではなく、周りから土を運んで来る役もこなした。
「ふぅ……もう少しだな」
穏やかな気温とはいえそれでも流れ出す額の汗をタオルで拭いながら、ようやく畝が完成しようとしていたその時、
(バシュっ)
「わーっ! ……」
……後方から間の抜けた叫び声が聞こえたかと思うと、あれほど注意しろと言っていたのに、また一体、大型動物が菊次郎の罠にかかってしまったのである。
理音は罠に吊り下がった状態から軽々と上半身を起こすと、ロープを掴んで脱出しようとしたが、ロープに塗ってあったオイルのためにそれも叶わない。
しばらくもがいていたが、諦めたのか、両手を伸ばして逆バンザイのような格好になると、
「たすけてーあおとー……」
と目を潤ませて、俺に救助を請うのだった。
「ったく、世話の焼ける……」
俺は菊次郎と夕花を呼んで、理音の救助作戦を開始した。
まず菊次郎がその体重を利用して、理音の両手を引っ張ってもらう。
理音の体が下がってきたところで、俺が理音の腰を持って引きずり降ろし、夕花に剪定ばさみでロープを切ってもらうことにした。
「よしいいかキク、せーのっ!」
菊次郎が理音の手首を掴んでグイーッと腰を下ろすと、理音の体が下がってきた。
「いたたたたた……」
(自業自得だ)
と心の中でツッコみながら、俺も菊次郎に加勢して、力いっぱい理音の手を引っ張った。
そうしてその手が地面に付こうかと言うときに、タイミングよく理音の腰に抱きつき、そのまま引きずり下ろすことになった。
「よしキク、そのまま引っ張っててくれ……」
菊次郎は地面に座り込んで理音の手を必死で引っ張っていた。
そして次の瞬間、俺は理音の腰に抱きつき一気に引き下ろそうと試みた。
「ガバッ」
次の瞬間、理音の着ていた作業着が俺に覆いかぶさり、俺の視界は真っ暗になった。
そして何か柔らかく、温かいものに顔が押し付けられて、息が出来ないことを感じた。
それでもこのチャンスを逃すまいと必死に理音に抱きつき引き下ろそうとする俺。
「あーーーーっ! ちょっとタンマーーーーっ!」
突然理音が大きな声で叫ぶがそんなことを気にしている暇はなかった。
「よーし……いいぞ……もう少し……」
俺は息苦しさを感じて少しでも呼吸をしようと口を動かした。
そのときなにか柔らかいものと突起物が口に触れたが、そのまま徐々に腰を下ろしていく。
「あーーーー! だめーーーーーっ!!!」
と暴れる理音を無視して夕花に指示を出した。
「ゆう……か……縄、切れそうなら……切ってくれ……」
もぞもぞとヒョットコのように唇を突き出してどうにか言葉を発すると
「アーっ!」
理音の甲高い叫び声の後、ふっ、と理音の体重がゼロになり、そのままドサッと、俺と理音は盛られたばかりの柔らかい土の上に落下したような気がした。
衝撃を感じた後、土の匂いをかぎながら俺は、
(またかよ……)
と瀬蓮さんの救出劇の時を思い出し頭を上げようとするも、なにかに押さえつけられていて頭が上がらない。
(? この感触は……)
俺は自分の頭を撫でてみると、どうやら作業着が頭に引っかかって、理音の腹に潜り込んでしまっているようだった。
そして作業着を鷲掴みにすると、それをズラしてようやく頭を開放することが出来たのである。
そして太陽に晒された目の前を確認すると、そこには柔らかそうな丸あるい膨らみがあり、柔らかい畑の土と、目の前の柔らかいものにサンドイッチになる形になっていたのだった。
俺は目の前の柔らかいものに徐々に焦点が合い始めるのを、スローモーションのように見つめていた。
すると次の瞬間、
「ゴッ!」
そのまま俺の意識は途切れ、気が付くとウッドデッキの上に寝かされて、瀬蓮さんがガーゼで俺の額を拭いている光景を見たのだった。
・
・
・
「あれ? ……俺……どうして?」
(ズキッ)
混乱の中で額の鋭く鈍い痛みとともに意識を取り戻した俺は、瀬蓮さんの膝枕で優しく額を手当をされていた。
瀬蓮さんは俺の額に大きな絆創膏をしっかり貼ると
「碧斗クンは事故にあったの……とっても不幸な事故よ……今は思い出さないほうがいいわ……」
と言って、俺の頭を優しく撫でるのだった……
しばらく休んでから起き上がった俺は、外に出て畑の様子を確認すると、すっかり元通りになった、いやそれ以上に綺麗に、立派になった畑に大いに満足した。
罠の位置にはしっかりと赤くマーキングがされた大きな石が置かれていて、もう二度と、知能のある知的生命体が、よもやこの罠にかかることはあるまいだろうと、とりあえずひと安心をした俺だった。
夕食の時間になり碧斗組(?)は豚肉とじゃがいも、かぼちゃのポットロースト、瀬蓮組(?)はサーモンのバターソテー、ブロッコリー添えを食べていた。
「晩御飯はあたしたちの勝ちね」
(また余計なことを……凍りついた氷上に荒波を立てるのが本当に得意だな、理音……)
理音は肉と魚を単純に天秤にかけて、自分たちの勝利を高々と宣言したが、瀬蓮組からは特に異論も冷ややかな一瞥も、お得意のドヤ顔も一切なかった。
すでに菊次郎や瀬蓮さんが理音の御し方をマスターしたということか。
そしてその後は特に波乱もなく、夕食に時間は過ぎていった。
「瀬蓮さん、なにか新しい野菜を植えたんですか?」
俺と理音が整えた畝に何やら植えていた夕花と菊次郎、それを指導する瀬蓮さんの姿を思い出して、食事をしながら訊いてみた。
「ええ、やっぱり使い出のある長ネギ、白菜、キャベツ、玉ねぎ、人参などを増やしてみましたよ。 また次に来たときには、たくさん実っていることでしょう。
大学の進学祝いにでお、また皆さんで集まってはどうですか?」
と目を細めて言うのだった。
俺は口をモグモグと動かしながらウンウンと頷いて、瀬蓮さんの有能さに改めて感心をしたのだった。
「あ、あと夕花さんに聞かれたので、例の辛いサルサソースに入っていた“キャロライナ・リーパー”という唐辛子の種も蒔いておきましたよ」
(そんなのもあったのか……夕花め、余計な真似を……“ししとう”にしておけば、肉じゃがなどで十分の一の確率の、スコビル・ロシアンルーレットを楽しめたと言うのに……)
俺は平静を装いつつも、キャロライナ・リーパーの二百二十万スコヴィルに脳内警報を発令し、その存在を深く脳裏に刻んだのだった。
そして罠のことで理音だけでなく、みんなにも知っておいてほしいと思うことを話した。
「あと罠のことだけど、なにか掛かっていても、俺や菊次郎にまず知らせてほしいんだ。勝手に石を投げつけたり棒で叩いたり、ましてや丸焼きなどにしないように」
俺は、特にある特定の人物に向けてそう説明したのだが、当の本人は他人事のように食事を進めていて、暗に忠告したことは結局空振りに終わってしまった。
「とりあえずカジヤさんたちがここに来るまでは無闇やたらに行動せず、じっと待つことにしようと思う」
すると忠告に無関心だったその特定の人物が、当然のように反応した。
「そんなのツマンナーイ」
またしてもヒョットコのように口を尖らせて駄々をこねる理音を見て他の三人は、そのまま俺に視線を移し、『なんとかしなさいよ?』と言わんばかりの無言の圧力をかけてきた。
そこで俺は理音の暴発を防ぐという意味でも、ここは彼女の機嫌を取り、彼女の意向を尊重した形を取らねば収まるまいと、何かエサを用意することにした。
「じゃあこうしよう。ホントの動物は狙わないけど、的を作ってそこに石を投げてぶつけたり、槍や棒を投げたりして遊ぶのはどうかな。要するに狩猟ごっこだよ」
すると理音の目はカッと見開かれ、口はにへらーっとだらしなく開いた。
「え? 狩猟? やたっ♪」
と喜び、と言うか歓びの表情をする理音を嗜めるように俺は、
「おほん。さっきも言ったとおり、的に当てるだけのレクリエーションだと思って楽しんでくれ。くれぐれも人や動物に向かって投げないように!
サバイバルの勉強で少しづつ進めていたシェルターは壊れちゃったし、また今度挑戦することにして気分転換をしようと思うんだ」
と厳重に、五寸釘よりも太い釘を差しておき、また差し迫った状況においての優先順位を変えることに成功した。
「その前に的や槍の準備もしようと思うので、みんなで協力してほしい。まずは材料集めからだ! 近くで探してくれ。では解散!」
すぐに森に駆け出した理音を始め、温度差はあれど、みんなはそれぞれ材料探しのために動き出した。
菊次郎は畑の横に積まれた竹を見て、
「このあいだ罠を作るときに集めた竹ならたくさんありますがどうでしょうか」
と言ったので俺は、
「そうだな、真っ直ぐそうなのを何本か選んで、危なくないように先端に布でも巻いてから投げてみるか」
と適当なものを選んで振ってみたり近くの木に向けて投げてみたりした。
「ビュンっ、ビュンっ」
(うん、振り心地はなかなかいい感じだ。じゃあ……それっ!)
「ビュン!」
俺は近くの太い木に向けて竹を投げてみたが、見事に外してしまった。
「カラン、カラン……」
(なかなか難しいもんだな。なんか先端が軽く感じられて、投げ出す時に狙いがブレる感じだ)
俺は落ちた竹を拾いながらそう言い、さっそく改善案を思いつき、それを試してみることにした。
「俺はちょっと竹を改良してくる! みんなはこの竹を振ったり投げたりしてみててくれ!」
(最近、なんか調子いいな♪)
このところ色々なアイデアを出したり、解決の道筋を見つけるのがスムーズに運ぶので、上機嫌になってしまう俺。
(先端の節に穴を開けて、なにか詰めて穴で塞いでみようかな)
確か倉庫には色々な道具があったはずだと倉庫への道を急ぐ。
倉庫に入って最初に目に入ったのはボール盤だった。
あれに長い竹をセットするのは大変そうだったが、壁をみると充電式の電動ドライバーが掛けられていたのでそれを手に取った。
(バッテリーは……これかな?)
「カチッ」
(ハマった、じゃあえーと、先端に付けるドリルは……)
いくつもある大きなツールキャビネットを探すと、三つ目のキャビネットの引き出しにようやくドリルの刃を見つけた。
いくつもある中で太そうなもの、六.五ミリのものを電動ドライバーのチャック(工具や材料などを固定する器具)にセットした。
「ウイーーーーン!……」
そして大きな音と共に勢い良く回転するドライバーに大いに満足し、さらにキャビネットを漁っていると引き出しの一つに厨二心をくすぐるゴツい万能ナイフを見つけた。
俺は意気揚々とそのドライバーとナイフを持って竹のところまで行き、早速竹に穴を開けてみた。
「ウイイイン……ガガガツ!」
意外と竹の表面が滑りドリルが入っていかない。
「おっと」
今度は慎重にドリルの先端を竹の微妙なくぼみに当ててからドリルを回した。
「ウイイイン……ガガガガガ……ウイィィィン……」
するとドリルはするりと竹を貫通して穴が空いた。
俺はとりあえずそれを持って水道の蛇口のところに行き、穴の開いた節を水で満たしてみた。
そしてナイフで竹の端材を割り、短く切って水がもれないように穴に蓋をすれば完成だ。
「カン、カン、カン」
開けた穴に竹片を打ち付ける。
「これでよしっと……」
早速手にとってひと振りしてみた。
「ビュっ」
水が漏れることもなさそうだった。
「ドッっ」
今度は竹槍を土に打ち込んでみたが、案の定、適度な重さが加わったおかげでその衝撃も大きくなった。
そして誰もいないことを確認して、近くの木を的にして竹槍を投げ込んでみた。
「ビュっ」
すると手に竹槍の慣性が伝わってきて、手を離す前からしっかりと的を狙えている感触と予感がした。
「ガツっ!」
そして竹槍は見事に的に命中した。
(うんいい感じだ。水の量を調整すれば、より正確に当てられそうだ)
竹槍の改良が見事に命中して上機嫌になった俺は、同じものをあと三つ作って、高校三年にもなって卒業も間近なのに、厨二病を再発させてしまった。
作ったそれぞれに“竹槍(改)初号、二号、三号、四号”と名付けて、竹にその銘をナイフで彫り込んだのだ。
しばらくして散らばったメンバーは、それぞれに集めた材料、そして武器や防具(?)を手に取り、畑に再集合していた。
俺は竹槍(改)初号機。
理音は足元に大量の大小の石(悪くはないが、それ持って動けないだろ?)。
菊次郎はアイロン台(アイロン台は、盾のつもりか? タンクということか?)。
夕花は鍋蓋と包丁(これも剣と盾の、つもりか?)。
俺の心のツッコミとは裏腹に、それぞれ探してきた武器や防具を手に持ち、自信満々に、凛々しく身構えていた。
「う…………………………あの…………………………」
言葉を失った俺はしばらく考えて時間稼ぎをしてみたが、最近の冴え渡った頭脳でさえ、どうしても、彼らにかける言葉を見つけることが出来なかった。
「じゃ、じゃあ、俺が竹槍、先端は尖ってないけど、四つ作ったから、もしよかったら、みんなそれを持ってみようかな?」
俺はこの十八年の人生で、トップスリーには入るだろう、困惑の笑顔で竹槍を強く勧めたのだった。
「びゅうっ!」
まず竹槍(改)二号を理音に渡して試してもらったら、俺のときよりも迫力がある音で竹が唸る。
しかし、いざ投げさせてみると、竹槍は的を見事に外し、俺の作った竹槍(改)二号は森の奥深くに消えていってしまった……
「投げるのもいいけど、ぶんぶん振り回して叩いてみたい」
そう言ってまるで孫悟空のように、俺が渡した竹槍(改)三号をぶん回す理音。
「ブンっブンっ!ヴオンっ!」
これは当たるとやばいやつだ、と思い俺が一歩後ずさると、
「バキっ!」
調子に乗った理音は竹の先端を地面に当ててしまい、竹槍(改)三号は見事に割れてしまった。
竹槍をそのまま脇に抱えて先端を高々と掲げ、決めポースを取る理音。
すると、
「バシャッー……」
当然、先端から水がこぼれ出して、ドヤ顔の理音の頭に降り注いだ。
「ポタっ……ポタっ……」
理音のドヤ顔はマヌケ顔に早変わりして、
「……あ……壊れちゃった」
一目瞭然の状況をそのマヌケ顔でいちいち説明する理音……
俺はそれを見て、
「……割れにくくなるように縄を巻いてみるよ。ロープかなんか無かったかなー……」
と理音を放っておいて倉庫に向かって歩きだし、倉庫の膨大なモノの中からやっとのことでロープを探し出した。
「麻……綿……ナイロン……ポリエステル……パラコード?」
様々な素材と色があるようだが、パラコードはパラシュートに使われているほどの強度があると記憶にあったのでそれを手に取った。
三十メートルとラベルが貼ってある様々な色のパラコードから、工事現場で使われるような虎柄になるように黄色と黒のロープを少し切り取った。
竹槍のロープを巻きつける部分に少し紙やすりをかけて表面をザラザラにした後、万能と書いてあった接着剤を薄く塗り乾かした後、ロープを巻き付けてさらにその上から接着剤をロープの隙間に塗って固定した。
それを竹槍の先端と真ん中、そして持ち手の三箇所に施し、俺の持っていた竹槍(改)壱号を竹槍(改弐式)初號 虎と改名した。
零號というより厨二な名前も頭をよぎったが、俺の理系脳がゼロは無だ、という事実を突きつけ、採用することは出来なかった。
そして理音の馬鹿力のせいで森の奥深くへと消えてしまった竹槍(改)二号と、理音の馬鹿力のせいで割れてしまった竹槍(改)三号の代わりに赤と黄色のロープを巻いて、新たに竹槍(改弐式)弐號 朱雀、
黄色と茶色のロープで参號 黄昏、そして濃い緑と黒のロープで死(四)號 緑瘴を制作し、それぞれに銘を刻んだ。
「ブンっ!」
その黄色いロープが巻き付けられた改弐式参號“黄昏”を菊次郎が振ると、その音は俺や理音には及ばないが、体重のせいか菊次郎のほうが安定しているように見えた。
「いいですね、持ちやすくなったし、重心も前より扱いやすいですよ」
一方で理音が振り回すと唸りを上げる改弐式弐號“朱雀”。
「ぶおんっ!、どかっ!」
理音が激しく地面に叩きつけても、槍先は割れることはなかった。
「うん! 重くなってやっつけやすそう」
夕花はというと、改弐式死號“緑瘴”を、振り降ろす、と言うよりは、なんとか持ち上げて、それを落としただけのようにしか見えなかった。
「……よい……しょっ……」
そして先端をプルプルさせてからそれを、俺にはただ置いただけに見えたが、振り下ろした。
「コト……」
三人それぞれ竹槍を手に取り振ってみたり投げたりしていたが、ヨロヨロと力なく棒に振り回される夕花を見て、
「夕花、お前は見てていいぞ」
と声をかけてとりあえずは夕花を即戦力から除外したのだった。
俺は軽量な武器をと思い、弓を作ることを考えたが、非力な夕花が弓を引けるはずもないので諦めることにした。
「じゃあ各自、自分用の竹槍でちょっと練習を続けてみよう」
夕花を除いた三人は、竹槍を振ったり投げたり叩いたり、思い思いに練習をしていた。
すると一人蚊帳の外だった夕花は、いつの間にか俺が置いたツールナイフを使って竹槍をいじくり回していた。
「やっ!、とっ!」
理音は調子良さそうに竹槍を振り回している。
「ふっ! それ!」
菊次郎も自身の体重を活かし、それなりに使いこなしているようだ。
そしてみんなが練習に励む中、しばらくして夕花が腰を上げた。
「んしょ……こんなものかな……」
俺はごそごそやっていた夕花に近づいて、夕花が作り上げたそれを見て愕然とした。
「お前はそこで何をしているんだ?」
すると夕花の手には、五十センチくらいに二本に短く切られた竹槍(改弐式死號 緑瘴)の変わり果てた姿があった。
「……竹を短く切って、倉庫にあった帆布を先っちょに巻き付けてみたの……」
(なるほど、軽さはピカイチだな。武器としてダメージを与えられるかは大いに疑問だけど……ん?)
その棍棒のようなものの先をよく見ていると、太陽の光がキラッと反射して俺の目に入ってきた。
「夕花、ちょっと貸してみろ」
そう言って棍棒を手に取って良く見ると、巻き付けた帆布から薄い板のようなものが何枚も飛び出していた。
(これは……床屋とかが使う直刃剃刀の刃?……)
「……あ、それ、倉庫になんかいっぱいこの刃が入った箱があったから、使ってみたの……」
刃は竹にしっかり食い込ませてあり、おまけに念入りに瞬間接着剤で固めてあった。
「……これなら力のない夕花でも、ちょっと触っただけで痛もいよね……」
と、夕花らしからぬ不敵な笑みを浮かべて言った。
(……夕花、お前はなんて恐ろしい武器を作ってしまったんだ……)
俺はその元竹槍(改弐式死號 緑瘴)を密かに“双死昆”と命名し、その事は誰にも口外せず、終生恐れることとなった……
そして俺は、やはり夕花もここ最近、その手芸能力が一層に冴えてきていることをこれで確信した。
俺は戦慄に怯えながらも
「夕花、それは危ないから、とりあえずこれで練習しような?」
と言って、落ちていた竹を双死昆と同じくらいの長さに切って、それを夕花に渡した。
「やぁ、とぉ、ふぇ……」
すると夕花はまるで手旗信号のように、それでも一生懸命に両手で竹を振りまわして、みんなで練習に励むことになったのだった……
さて、今回の「狩猟ごっこ」は、思いもよらない展開になりましたね。
理音の怪力はもちろんですが、夕花が作った「双死昆」。
あの恐ろしい武器を、無邪気に作ってしまう彼女の底知れぬ才能には、タコ助も正直ゾッとしました。
そして、そんな個性的すぎるメンバーが用意した武器や装備に、碧斗は改めて頭を悩ませることになりそうです。
この無人島だったはずの場所ではもはや碧斗たちの常識は通用しないようです。
そしてその事実が、また一つ心配性の彼の胸に突き刺さります。
明日から、一体何が起きるんだろうか?
どんな対策をすればいいのだろうか?
きっと想像するだけで、頭が痛いことでしょう。
では次回も、どうぞお楽しみに!
あい: タコ助くん、今回も面白かったわ。みんなの個性的な武器探しは微笑ましかったけど、夕花さんの作った武器は…正直、怖かったわ。彼女の才能がどう活かされるのか、楽しみな反面、少し不安にもなったわね。
まい: お兄ちゃん! 今回の話、めっちゃ面白かったよ! 理音ちゃんが竹槍を投げたら森の奥深くに飛んでいっちゃうとか、もう! 笑いが止まらないよ! それに、夕花ちゃんが作ったあの武器、まじでヤバいね! あんな可愛い子が、あんな恐ろしいもの作るとか、最高にギャップ萌え! もう、まいは、お兄ちゃんのそういう変な…いや、面白い発想が好きだよ! あ、べ、別に、お兄ちゃんのこと好きって言ってるわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!




