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島と傷と嵐のその後 第五十二話 つわものどもが、嵐のあと

第五十二話 つわものどもが、嵐のあと


いやぁ、前話も大変なことになってしまいましたが、

まさか地震が来て瓦礫の下敷きになるとは、碧斗くんも苦労が絶えないですね(書いた本人が言うな)。

でも、みんな無事で本当によかったです。

特に、理音と夕花が再会して抱き合うシーンは、僕の目にも光るものが……。

まあ、その後はいつもの理音でしたけどね(笑)


さて、今回のお話は、嵐と地震が去った後の日常を描いています。

嵐の後の静けさ、とでも言いましょうか。

もちろん、ただの静けさじゃありませんよ。通信が使えない、という事実が判明して、みんなの不安が少しずつ高まっていく。

そんな中で、碧斗と理音の関係性や、瀬蓮さんの変態っぷり、そして仲間たちのちょっとした異変が描かれます。


異世界物ですが(まだ異世界ではないような、汗汁…)。

僕、たこ助としては、こういう日常のやり取りを大切にしたいな、と思っています。

非日常な出来事が続く中、彼らがどんなふうに過ごし、どんな会話をするのか。

些細なことにもキャラクターそれぞれの個性が出るように、心を込めて書きました。


今回は、特に新しい料理にも挑戦してみました。バイト先のマスターに教わった秘密の技も登場するので、ぜひそこにも注目して読んでみてください。

それでは、第五十二話、お楽しみください!

 全員の無事を確認した俺達は、理音の驚異的な回復のこともあって、まずカジヤたちに、理音の救援の必要が無くなったことを知らせようと、衛星電話をかけることにした。


 「081045xxxxxxxx」


 俺は通話履歴から選んでタナカ海運の電話番号にリダイアルをした。


 「……ピポパ…………ザー…………」


 (あれ? おかしいな……もう一度……)


 俺は受話器のフックを押し込んで、もう一度リダイアルすることにした。


 「……ピポパ…………ザー…………」


 結果は同じだった。


 (おかしいな、呼び出し音も不通の音も何もしない……)


 俺はもう一度だけリダイアルして何も応答がないことを確認すると、菊次郎の元へ駆け寄りそのことを話してみた。


 「田中海運に繋がらない……おかしいですね。他の番号は?」


 そう言われてハッとして、もう一度衛星電話でこの前に時報を確認した“一・一・七”をダイアルしてみた。


 「……ピポパ…………ザー…………」


 結果は同じだった。


 (どういうことだ? 今まで繋がっていた電話が繋がらない。電気は来ているし、地震で衛星電話機の本体が故障したのだろうか……?)


 俺は少し考えたあと、他の通信手段、ネット通話を試してみることにした。

 しかしスマホのWiFiもモバイル通信も、電波ゼロの状態であることをスマホのディスプレイは示していた。


 (何かがおかしい……)


 なぜか予感のように確信してそう思った俺は、しつこいくらいに台風情報を流していたモニターの存在を思い出し、もう一方の無事だったモニターのリモコンを手に取り、台風情報を流していたチャンネルを選択してみた。

 しかしスマートモニタのステータスバーの通信状態を示すアイコンも、WiFiも無線LANも、その両方が不通であることをはっきりと示していたのだ。


 (一体どうしちゃったんだ……)


 俺はノートPCを手に取り、コンソール画面で通信状態を確認するコマンドを打ち込んでみた。


 『ping 127.0.0.1』


 すると画面には


 64 bytes from 127.0.0.1: icmp_seq=1 ttl=64 time=0.018 ms

 64 bytes from 127.0.0.1: icmp_seq=2 ttl=64 time=0.019 ms

 64 bytes from 127.0.0.1: icmp_seq=3 ttl=64 time=0.019 ms

 64 bytes from 127.0.0.1: icmp_seq=4 ttl=64 time=0.023 ms

 64 bytes from 127.0.0.1: icmp_seq=5 ttl=64 time=0.021 ms

  ・

  ・

  ・


 と表示されて続け、それは内部ネットワークにはなんの問題もないことを示していた。

 俺はCTRL+Cを押してコマンドを中断すると、次に絶対に応答があるだろうドメイン名(IPアドレスと同じもの)を入力してみた。


 『ping guruguru.com』


 ping: guruguru.com:名前またはサービスが不明です


 ……こちらの応答は、予想に反して全くなかった。


 yahhoo、nhkkk、nitsun……


 俺が指定した、どの有名なドメイン名にも正しい応答はなく、俺はDNS(ドメインネームサーバー。IPアドレスと分かりやすい文字列を紐付ける、インターネット世界の住所録のようなもの)そのものを疑って、PCのインターネット接続のプロパティ(詳細設定状況)を調べることにした。


 (なになに……優先DNSのアドレスは、123.132.231.111っと……)


 それらのドメインの応答を確認しても、そのすべてが全くの無反応だった……


 (これは本格的にやばい状況かもしれない……)


 電話だけでなくネットも繋がらないとなれば、それは外部との連絡手段が完全に絶たれてしまったことを意味するのだ。

 俺はキクハウスの全員が、多少の怪我はあっても無事だったということを考えて、あと二時間もしないうちに理音を迎えに来ると言っていた波長丸、カジヤ船長たちを出迎えることを決心した。


 俺は臨時の診察室のようになっていた男子部屋を尋ねると、瀬蓮さんにそのことを伝えた。


 「碧斗クン、それはとっても勇敢で頼もしい提案だけれど、私はお勧めしないわ……」


 瀬蓮さんはそのまま続けて、その理由をまるで生徒を想う教師のように、真摯に、そして丁寧に俺に説明し始めた。


 「いい? こんな大きな被害を受けた島が、以前のまま、ここに着た時と同じような、険しくても安全を保証するような道を残してくれているとはとても思えないの」


 そうして俺の手を握って消毒してガーゼを当て、包帯を優しく巻きながら、本当に心配するような目と口調で俺の安易な考えをはっきりと否定してみせるのだった。


 「でも、俺達が行かないと船長たちがここを目指して危険な道を登ってきてしまうかもしれない。それも充分に危険で、避けるべきことじゃあないと思うんです!」


 俺は瀬蓮さんに語気を強めてそう言うと、またしてもわがままを言う子供を諭す、あやすように俺に語りかけた。


 「碧斗クン、さっきも言ったと思うけど、この島は今とても危険な状況よ? そんな中に大人が子どもたちを喜んで送り出す、迎えにこさせると思うの?」


 俺は瀬蓮さんの言いたいことを今更ながら理解して、またしても赤面してしまった。


 「あ……」


 それは理音の虐待のときに、俺が大人の、社会の不整合や不実が子供を傷つける、という主張とまるで同じものだと気づいたのだった……

 俺は顔を赤くして“本来の大人”である瀬蓮さんやカジヤや船長たちを軽く見てしまっていたことを、素直に恥じた。


 「じゃあ、どうすればいいんですか……」


 俺は瀬蓮さんの言うことは間違っていなことを自覚して俯きながら、若さゆえの自己主張を、つい口に出してしまった。

 瀬蓮さんを困らせるつもりはないが、自分の言っていることは間違っていないと確信してしまっていた俺は、瀬蓮さんの言葉の真の意味を理解しようともせず、お互いの主張は平行線をたどっているように見えた。


 「じゃあこうしましょう」


 すると瀬蓮さんは、一見妥協、譲歩するような提案をして、実は俺を瀬蓮さんにとって有利な条件を飲ませるという、まさに執事、秘書としての手腕をいとも簡単に発揮してみせた。


 「もう一日だけ待って、それでも連絡が取れないようなら一人ではなく二人以上で、でもけっして無理をせず、少しでも危険だと思う状況に遭遇したら躊躇なく引き返すこと。これならどう?」


 いつものドヤ顔でそうキメられて、反論など出来るはずもなかった。

 流石に俺より十年近くも年齢を重ねた人なんだな、と思わずにはいられなかった。


 「分かりました……一日待てばいいんですね? それでいいでしょう」


 とまるで俺が条件を引き出したかのような口調で生意気なことを口走ってしまった。

 このときの瀬蓮さんはきっと、


 (やっぱりまだ年端もいかない子供だわ……)


 と思っていたに違いなかったと、後日に思い出して笑ったのだった……


 台風、地震、そして理音の高熱騒ぎの後、その日は久しぶりに全員揃っての食事となった。

 特に理音はまる二日以上、点滴以外の栄養を取っていないということもあって、キッチンに殴り込んで生肉を奪って貪り食わんとするような勢いだった。


 「はやくー! もうそれ、その肉でいいからそのままちょうだい! 一分もレンジでチンすれば喰えるでしょ!」


 食える、が喰える、と聞こえてしまったのは俺の思い込み、もしくは偏見かもしれなかったが、理音が食材を見る眼が普通ではなかったのは確かだった。

 俺は手早く、かつ栄養と消化のバランスの取れた食事にしようと少しだけ考えを巡らしたあと


 (やっぱあれだな)


 と思いつき、早速冷蔵庫を漁って調理を始めたのだった。


 俺が選んだのはまたしても“ほうとう”だ。

 それは、塩を使って打たないコシの無い麺は消化に良い、というのがやはり決め手だった。

 今回もかぼちゃと一緒にトロットロになるまで煮込んで、究極の栄養満点、消化に良い食事にしたいと思う。

 というわけで具材は前回とほぼ同じかぼちゃ、人参、大根、白菜、長ネギ、シイタケ、そして今回は鶏もも肉ではなく鶏むね肉を使う。


 ── 鶏胸肉を柔らかくするには“ブライン液”というものを使う ──


 バイト先の喫茶店のマスターに聞いたその魔法の液体は、肉を柔らかくする液、というと体に悪いものを想像しがちだが、これはれっきとした普通の天然素材から作られている。

 なぜかと言うと、それは水と塩、そして砂糖を混ぜただけの液体だからだ。


 さらにきな粉と米ぬかを炒って甲州味噌と合わせる。

 ビタミンとミネラルが加わって、さらに食物繊維も豊富なものになるだろう。


 まずはキッチンバッグにブライン液と鶏むね肉を入れて、冷蔵庫で数時間漬ける。

 あとは前回同様に煮込むだけだ。

 今回は柔らかく煮込んだ後、畑にあった春菊をトッピングして仕上げた。


 「さぁ出来たぞ!」


 テーブルに座る四人は久しぶりのまともな食事にもう待ちきれないと言った様子で俺が運んできた土鍋を眼を輝かせながら見つめた。

 すると理音は、


 「あれ? またほうとう? 碧斗の料理もワンパターンになってきたね。このままじゃリコちゃんに勝てなくなっちゃうよ?」


 と、俺の思いやりが詰まった料理だということを全く理解せずに、それでも俺が取り分けるのをワクワク、いやギラギラしながら見ていた。


 「もっとお肉入れて!」


 俺は苦笑しながら、大きめの鶏肉を一つだけ理音の椀に追加してやった。

 全員に取り分けるのが終わると、俺は神妙な顔をして言った。


 「では皆さん、今回は大変な目に遭ったけど、幸い大きなけがをした人もいなくて不幸中の幸いでした。詳しいことはこれから調べますが、ざっと見たところ建物もそんなに壊れていないし、ひとまず安心していいと思います。

  では残り二週間を切りましたが、これからも安全第一で怪我とか病気に気を付けながら、楽しい、心に残る思い出を沢山作りましょう!

  では、頂きます!」


 「いただきまーす!」


 ほうとうは箸で持ち上げると切れてしまいそうなほど、形もぼろぼろになるまで煮込まれていたが、その食感は俺の期待したとおりだった。


 「あれー? ほうとうって、もしかして飲み物だっけー? ズルっ、あっち!」


 と言って、器を傾けてほうとうをゴクゴクと飲む理音。

 生意気にも笑いを取りに来たので、俺は、


 「誰のために消化がいいように頑張って作ったと思ってんだ、よく噛め!」


 とツッコんで、見事なボケ役を演じてくれた理音に仏頂面で答えてやった。

 おかげでテーブルは久しぶりの笑い声に包まれながら、楽しい食事となったのである。


 そんな楽しい食事の後の団らんの中、俺は先程の瀬蓮さんとの会話を持ち出した。


 「みんな聞いてくれ。こうして俺達は一応無事だったわけだけど、今こっちに急いで向かっているカジヤさんたちと連絡が取れないんだ。それだけじゃあなく、衛星電話もインターネットも使えない状態なんだ」


 すると俺と瀬蓮さん以外は不安そうな顔を見せる。

 俺は続けて、


 「瀬蓮さんによればバッテリーかソーラパネルのいくつかが故障したらしいが、これは複数あるから電気は問題ないそうだ。

  電話やネットが使えない原因はこれから調べるけど、使えないことだけ承知しておいてもらいたい。

  そして、さっそく明日なんだが、俺ともう一人誰か、岸壁まで行ってカジヤ船長たちを迎えに行こうと思う。誰か希望者はいるか?」


 すると俺がそれを言い終わるや否や、理音が元気よく手を上げる。


 「はいはいはいはいハイハイハイハイハーイ!」


 (こいつ、またルートビアでも飲んだのか?)


 俺は心の中でツッコみながら、表情はかしこまって、発言を許可する裁判長のように厳粛な態度で言った。


 「ふぅ……なにかね理音くん。発言を許可する」


 すると理音はいつものとんがり口であっけらかんと言った。


 「あたしが行くに決まってるじゃん。あたしを迎えに来たんだから!」


 さっきまで意識不明で高熱でうなされた当人という自覚がまったくない発言に、俺だけでなく他の三人も深くため息をつく。


 「お前なぁ、遠く離れた無人島に船を急いで迎えにこさせるほどの重病人が言うことかそれ? つまり、断固として却下します!」


 俺は裁判長になりきって、食べ終わった椀でカンカン、とテーブルを叩いた。


 「なによそれー! あたしはもう充分元気なの! ねぇリコちゃん!」


 すると瀬蓮さんは困ったような顔をして、


 「ま、まぁ……熱も下がったし、その他のバイタルも一応、正常なんだけどね……」


 と、そう言うしかないといった様子だった。

 当然理音はドヤ顔で、


 「じゃあいいじゃん!」


 と得意げだったが、


 「ええ……でも……」


 と、どうやら切れ者の瀬蓮さんも理音の奔放さへの対処に困っているようだった。

 そこで俺は、瀬蓮さんに助け船を出すことにした。


 「よし、それでは理音被告人。いまからこのテーブルで私と腕相撲をすることを命令します。それに勝ったら私への同行を許可します。どうですか? 受けますか?」


 俺は先程の瀬蓮さんの交渉術を参考に、勝ち気な理音がこの提案に乗ってこないはずがなく、俺が負けることなど万が一にもないこの挑戦を受けざるを得ない状況を作ってみせた。

 すると理音の目が輝き、と俺を挑発するように睨み返した。


 「ヤってやろうじゃない!」


 (その、やってやるの“ヤっ”は物騒な漢字は入っていないですよね、理音さん……)


 理音は作業着の腕をまくるとテーブルに肘をつき、やる気満々で俺の目を挑発的な目で睨んだ。


 (しゃーない……付き合ってやるか……)


 「ポキ…ポキ…コキ……コキ……」


 俺はそれでも全力で叩きのめす気持ちで肩と腕をまわし、手首のストレッチをすると、理音の手をぐっと握った。


 「誰か合図を」


 俺がそう言うと夕花が名乗りを上げた。


 「……じゃあ、私が言うね……位置について……よーい……」


 (これは腕相撲だぞ? 夕花……)


 「どーん」


 俺は足に力を入れて踏ん張ると、体重を乗せて一気に理音の手の甲をテーブルに叩きつけた。

 はずだったのだが……


 「ググッ……どたんっ! ……勝者、理音ちゃん……」


 理音の腕を一瞬だけ、耐えることが出来たの一瞬のことで、俺の手の甲は激しくテーブルに叩きつけられていて、俺は眼の前の光景をみても何が起こったのか全く理解できないでいた。


 (え? 負けたのか? 俺……)


 「へへーんどうよ! 碧斗は最近料理ばっかししてて(なま)ってんじゃないのー!?」


 力こぶしを作りながらの理音のドヤ顔が、俺のプライドを叩きのめした。


 「さ、三本勝負だろ! 次行くぞっ!」


 「あらあらー、負けず嫌いですねぇ碧斗くんはー♪」


 理音の顔が勝利に歪む。

 そしてお互いの拳がもう一度握られた。


 「……はっけよーい、のこった……」


 「ばたんっ! ……勝者、理音ちゃん……」


 もう一度……


 「……れでぃ、せっと、ごー……」


 「どかんっ! ……勝者……理音ちゃん……」


 そしてあろうことか、後の二回は耐えることすら出来ず、ほぼ瞬殺で三タテを喰らってしまったのだった。

 俺のプライドは叩きのめされたうえ、粉々に砕け散ってしまった……


 (そんな馬鹿な……本当にヤられちまった……)


 俺は手に負傷はしていたが、ほんのかすり傷程度で、勝負に影響が出るはずなどなかった。

 困った俺は瀬蓮さんの方を見ると、その顔は、諦めなさい、といった表情をしていた。


 「し、仕方がないな。約束は約束だ。しかし、少しでもお前の体調がおかしいと思ったらすぐに引き返すぞ! わかったな!」


 俺は負け惜しみではなく本気でそういったのだが、理音には伝わらなかったようだった。


 「じゃあ碧斗クン、明日は運転手を頼んだわよ! シートはピッカピカに磨いておくように! わかったわね!? おーっほっほっほ……」


 わざとらしい高笑いで、後片付けもせずに去っていく理音の背中を見送ると、他の三人も食器を持って席を立ち、そんな俺を慰めるような視線を送ったのだった。

 菊次郎は俺の肩をポンポン、と叩き、瀬蓮さんは俺を見てぎこちなくニコっと笑った。

 そして夕花は、自分の椀から残っていた鶏肉を一つ、ぽとっと俺の椀に落としてくれたのだった……


 俺は意気消沈で食事を終えて立ち上がり、理音の食器を片付けようと自分の食器に重ねようとすると、理音の椀にはまだほうとうも鶏肉も、二口ほど残っていたのだった。


 (あいつめ、よこせと言っておきながら残しやがって……)


 やっぱりまだ体調が優れないのだろうかと少し気にはなったが、瀬蓮さんもしっかり見てくれているし、俺達はその日はそのまま後片付けをしてから、寝ることになった。

 もうサバイバルの勉強どころではないし、受験勉強にしてもネットが繋がらない今、使えるのは理音たちのギガタブくらいだったからだ。


 余震の可能性もあるしベッドは危ないだろうということで、俺達は地下室を簡単に片付けて、その床で雑魚寝をすることになった。

 俺達は瀬蓮さんを中心に川の字ならぬ五本の縦棒となって寝ることになったのだが、理音はなぜか嫌そうな顔をしていた。

 なんでも自分は一番端で、その隣は夕花か俺がいいと言い出して聞かなかったのだ。

 結局俺が真ん中になり、片方が菊次郎と瀬蓮、もう片方が理音と夕花という配置でその場は収まった。


 ※分かりにくいと思うので、就寝時の配置を図で示そう。


 ・配置説明、その一:瀬蓮 菊次郎 俺 理音 夕花


 (問題は理音だなぁ。看病しているときもよく寝返りを打っていたし……)


 そんなことを考えていると瀬蓮さんが立ち上がって言った。


 「じゃあ明かりを消すわ」


 すると地下室は一瞬だけ真っ暗になり、目が慣れてくると、非常灯の明かりだけが頼りの静寂な空間となった。

 今この瞬間、この地下室は、まさに孤島の中の、五人だけの小さな空間となったのである。


 もう地震も台風の音も全く聞こえないことに、かえって俺は言いようのない恐ろしさを感じてしまった。

 不規則な睡眠で疲れてもいたのだろう、もう全員寝てしまったのか四人の静かな寝息だけが聞こえる中、俺だけはなかなか眠りにつけないでいた。


 ネットや電話のこと、カジヤたちのこと、母さん、理音、進路、パスパルトゥ……

 考えても仕方のないことばかりが頭に浮かんでなかなか消えない。


 こうして微睡む悪い癖が付いてしまったのだろうか。

 俺は仕方なくそっと起き出して、トイレに籠もってしばらく考えることにした。

 しかし、考えがまとまることはなかった。

 そうしてスッキリしないまま寝床に戻ると、何故か俺の布団には瀬蓮さんが寝ており、寝返りを打った理音と向い合せになる姿勢で幸せそうに寝息を立てていた。


 (仕方がないなぁ……)


 俺は瀬蓮さんが寝ていた布団に潜り込み、枕やタオルケットから香る匂いに少しだけドキドキしながら、ゆっくりと目を閉じた。


  ・

  ・

  ・


 「ギャーッ!」


 突然のけたたましい悲鳴と共に、俺達は飛び起きた。

 一体、何が起こってどうなっているのかと辺りを見回すと、うっすらと非常灯の明かりに照らされていたのは、理音に絡みつくように抱きつく瀬蓮さんの姿だった。


 「……何だ……どうした?……」


 スマホを見るとまだ朝の六時を少し回ったところだった。

 俺はこんな時間に騒ぎ立てる理音に不機嫌な顔で問いただした。


 「何を騒いでいるんだよ、まだ朝の6時だろ! みんな疲れてるんだぞ?」


 すると理音はワナワナ震える指で瀬蓮さんを指差して、


 「なんでリコちゃんがあたしの隣に寝てるのよー! 寝るときは碧斗だったでしょー!?」


 俺はなにがなんだかわからないので、まず今朝の状況を整理することにした。


 ・配置説明、その二:菊次郎 俺 理音 瀬蓮 夕花


 「昨日布団に入ったあと、眠れなくて少しトイレに行って帰ってきたら、瀬蓮さんが俺の布団で寝てたんだよ。仕方ないだろ!?」


 「なっ!……」 


(バカなの!? スキを作るあんたが悪いじゃん!)


 俺は論理的に自分に非がないことを説明したが、なぜか理音はそんな俺を、より一層キツイ目で睨んだ。

 それにしても一体……

 寝るときは以下のような配置だったはずだ。


 ・配置説明、その三:瀬蓮 菊次郎 俺 理音 夕花


 そして俺がトイレに言っている間に瀬蓮さんが俺の布団を横取った。


 ・配置説明、その四:俺 菊次郎 瀬蓮 理音 夕花


 なので状況説明その4のようになったはずだったのに、なぜ


 ・配置説明、その五:俺 菊次郎 (広い隙間) 理音(密着)瀬蓮(密着)夕花


 になっているんだろう……

 そして、俺がしばらく考えて導き出した最終結論は、理音と菊次郎の布団が遠ざけられ、理音と夕花の間に瀬蓮さんが無理矢理割り込んだのだろう、ということが容易に推測できたのだった。


 配置説明、最終結論:俺菊次郎 ←→ 理音瀬蓮夕花  


 俺がこの推理の出来に満足していると、またしても理音の切迫した嫌そうな声が爽やかな朝のキクハウスに響き渡った。


 「は、な、し、て、く、だ、さ、い、!」


 (ぺしっ!)


 という確固たる拒絶の声と殴打の音とほぼ同時に


 「ふぇぇぇぇっ!?」


 という夕花の困惑と疑問の入り混じった叫び声まで聞こえてきた。


 蛇のように絡みつく瀬蓮さんを引き剥がそうと必死な理音と夕花。

 良くは見えなかったが、理音を触る手と反対の手が夕花のお胸の辺りでもぞもぞと蠢いていた。


 「あら理音ちゃん、おはよう。昨日はなんだかよく眠れたわ〜。理音ちゃんも同じでしょ〜?

  あらあら、夕花ちゃんもおはよう」


 そう言いながら、朝のスキンシップを強行する瀬蓮さん。


 「ふぇぇぇぇっ!!」


 とっさに瀬蓮さんの手をつねる夕花。


 (ぎゅうっ!)


 瀬蓮さんは、理音の右手を叩かれれば左手で夕花を、左手をつねられれば今度は右手で理音を、というふうに、

 その執拗な攻撃は、まるで千手観音のそれを見ているようだった。


 「どこ触ってるんですかー!」

 「ふぇっ!」


 二人の体に伸びてくる瀬蓮さんの手足を、理音が叩き、夕花がつねる。


 (ぺしっ!)

 (ぎゅうっ!)


 ある部分を掴んで叩かれたと思えば、今度は別の部分。


 (ぺしっ! ぺしっ!)

 (ぎゅううっ!)


 「脚を絡めないでー! 割り込ませないでぇー!」

 「ぶえぇぇぇぇ!」


 (ぺしっ! ぺしっ! ぺしっ!)

 (ぎゅううううっ!)


 そんな風にもうなにがなんだかわからない状況で、今回の台風と地震以上に混迷を極めた一日が、また始まったのであった……

第五十二話 つわものどもが、嵐のあと


今回は、嵐の後の静けさと、その中に潜む不穏な空気を感じ取ってもらえたでしょうか?


日常の食事が、みんなの心を少しでも癒してくれたらいいな、と思いながら書きました。特に、理音との腕相撲のシーンは、碧斗のプライドが粉々に砕け散る描写で、書いている僕が一番辛かったですねぇ……。

それにしても、理音のあの力は一体何なんでしょうね? 高熱で倒れていたのが嘘みたいです。


そして、瀬蓮さんのまさかの変態ぶりも炸裂しましたね。まあ、僕も被害者の一人なので、気持ちは分かります(泣)。でも、こういうキャラクターがいると、話がグッと面白くなるんじゃないかと、勝手に思っています。


あと、料理のシーンはまた無駄に頑張って書いたので(笑)、読んでお腹が空いてくれたら嬉しいです。

まさか無人島で「ほうとう」を作るとは、碧斗くんも想像していなかったでしょう(苦笑)。

でも、これが美味しいんですよ。

機会があれば、ぜひ皆さんも作ってみてください。


それでは、また次の話で会いましょう!


あい:

碧斗君、腕相撲でボコボコにされて、本当にお気の毒様ね。

でも、男の子ってそういうの、負けず嫌いだから可愛いわよ。

それにしても、瀬蓮さんの変態っぷり、あれはもう病膏肓に入っているわね。

タコ助くんも、いつかその餌食になるんじゃないかしら? 楽しみにしているわよ。


追記:ちょっと修正しました


まい:お兄ちゃん、誤字脱字はほとんどなかったね! 文法もちゃんとしてたし、偉いじゃん!

理音ちゃんも可愛くって、まいもキュンキュンしちゃった。

碧斗くんも、病気が治った理音ちゃんの気持ちに早く応えてあげたらいいのにね!

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