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島と傷と嵐の予感 第四十九話 雨粒と点滴と泪

はじめまして、またはこんにちばんわ。烏賊海老蛸助です。たこ助と呼んでください!


前回、理音が高熱で倒れてしまい、猛烈な台風が島に迫る中、碧斗たちは交代で看病をすることになりました。

疲労と不安が募る中、それぞれが出来ることを必死に探しています。特に碧斗は、何もできない自分にもどかしさを感じながらも、理音の手を握り続けます 。


刻一刻と悪化していく状況と、仲間を救いたいという強い想い。果たして、彼らはこの絶望的な状況を乗り越えることができるのでしょうか。


それでは、第五十話『時間との戦い、自分との戦い』、始まります。

 「ポッポー……」


 もう何時間こうしているだろう……

 俺は鳩時計を見上げる気力もなく、うつむいたまま鳩の鳴き声を数え始めた。


 「ポッポー……」


 トイレに行くことと水を飲むくらいしかやる気が起きず、夕花や菊次郎が心配して俺の横に座っても彼らの言葉は耳に入ってこなかった。


 「ポッポー……」


 (もう午後五時か……)


 食料は冷蔵庫にもパントリーにもタップリ備えてある。

 しかし非常時なのでとりあえず倉庫から持ち出したクッキーを非常食としているが、いずれ栄養のあるものを食べさせないとみんなが弱ってきてしまう。

 そんなことを考えていたら瀬蓮さんが目の前を通り過ぎてトイレに行こうとしていた。


 「瀬蓮さん! 理音は?」


 瀬蓮さんは返事に困ったような顔をして、


 「変わらずよ……熱が下がらないから水分と栄養補給を兼ねて、少し冷やした点滴をしようと思うの。また倉庫まで行って取ってきてほしいの。出来る?」


 そう言われて俺は、


 「行きます!」


 と即答し、ドアに向かった。


 「あ、場所は右奥の冷蔵庫よ! ビーフリード輸液 五百ミリリットルって印刷してある箱があるはずだから、箱のまま持ってきて」


 俺は瀬蓮さんの声を背後に聞きながら、そっと力を込めてハウスのドアを押し開けた。


 「ビュオォォォ!」


 外は未だに猛烈な風が吹き荒れていた。

 俺は体を預けるようにしてドアをこじ開けながら、足で少しずつ押し開いてドアを開いた。


 「ゴオォォォォ……」


 外に出ると今度はものすごい唸りが耳をつんざき、息さえも出来ないほどの風圧が口にかかって思わず横を向く。

 ドアが風に煽られないように必死で掴んでやっとの思いで閉めると、俺はデッキの柵を掴んだ。

 ジリ、ジリ、と向かい風に抵抗しながら、少しずつ倉庫に近づいて行った。

 そしてデッキの下からそそり立つ、一番端にあるパラソルの支柱に飛び移ると、そのままの体勢で、一瞬でも風の勢いが収まるのを辛抱よく待ち続けた。


 五分、十分……


 強烈な風は収まるどころか、勢いを増してきているようにさえ思えた。


 (このままじゃいつまでたってもたどり着けない……)


 俺は苦しむ理音を思い浮かべ、匍匐(ほふく)前進のように身をかがめて柵の切れ目に這って行った。

 時折舞い上がる砂利や砂が容赦なく口や目に入ってくるが、拭っている余裕などはなかった。


 (くそ……)


 ジリジリと地面を這いつくばりようやく倉庫の入口までたどり着くと、ドアの横にあるシャッターの昇降スイッチが目に入った。


 (あれで少しだけ隙間を開ければ中に滑り込めるな……)


 俺はドアノブを手がかりにシャッターのスイッチを押すと、人ひとりが入れるだけの隙間が出来たところでスイッチを切った。

 そうしてまた這いつくばって、目をつぶったままシャッターの隙間へ滑り込んでようやく倉庫に潜り込むことに成功したのだった。


 「痛って……ペッペッ……」


 俺は目に入ったゴミを瞬きをして取り除きながら、口の中の砂を吐き出した。


 (ウィーン、ガシャンッ!)


 明かりを点けて倉庫の内側からシャッターを閉めると、早速目的のものを探すことにした。


 (右奥の冷蔵庫、ビーフリード輸液の箱……)


 小走りで冷蔵庫の前に立つと、その大きな扉を開けた。


 「ブーン……」


 冷凍庫ではなかったが、雨に濡れた体にはそれでも寒かった。

 俺は急いで目的の箱を探すことにした。


 (エピペン……クラビット……オピオイド……キシロカイン……ゲンタシン軟膏……ないな……あーもう! どこだ!)


 俺は目を皿のようにして箱を探し回った。


 (クソっ、肝心なときに見つからないのは、マーフィーの法則か?)


 と余計なことを考えていたら目の前に目的の名前が印刷された箱を見つけた。


 (ビーフリード輸液 五百ミリリットル……これだ間違いない)


 俺は高く積まれたその箱を持とうとして意外に重いことに驚いた。


 (五百ミリリットルが二十個だから十キログラムあるってことだな)


 俺は積まれたダンボール箱の一番上の箱を持ってしっかりと肩に載せて担ぐと、シャッターの前まで運んだ。

 そしてこの箱と俺が通り抜けられる高さまでシャッターを上げると、まず先に箱を倉庫から押し出して、そのあと自分も這い出る。

 今度は箱を支えにして風に耐えながらシャッターを閉め、約十キロの箱を抱えてハウスに向かった。

 行きと違って帰りは、追い風なのと、十キロの重量が加わったせいで、少しよろけながらも風に飛ばされることなく、なんとかハウスの中に運び込むことが出来た。


 「はぁー……」


 もう当分外には出たくなかったが、それよりもと急いで瀬蓮さんのところに箱を運んで行った。


 「瀬蓮さん! これですよね!」


 すると瀬蓮さんは何も言わず箱を開けると、その中からひと袋のパックを取り出して予め用意しておいたのだろう、ベッドに結ばれたヒモに点滴バッグを固定して、ゴムになっているところに点滴チューブの針を刺した。

 理音の手を取り血管を調べ、左手を脱脂綿で拭くと慎重に、(うな)されたように(うめ)く理音の腕に、点滴の針を差し込んでいった。


 「よし、これでいいわ」


 そう言うとチューブをテープで止め流量をコントロールするクランプを調節した。


 「まだわからないけど、怪我もしていないしおかしなものも……食べたわけではないし、抗生剤はまだ必要無いと思うの。これでしばらく様子を見ましょう……」


 しかしまだわからないと言った表情で俺を見ると、


 「でも熱が下がらなかったときのためにいくつかのクスリが必要になるかもしれない。碧斗クン、そのときはまたお願い……」


 そう言った瀬蓮さんに、俺は当然だ、というように首を縦に振ると、力強く瀬蓮さんを見つめ返した。

 瀬蓮さんは疲れ切った顔を見せながらも理音の側を離れようとしなかったので、俺は理音のいる部屋に他の二人を呼んで今後の説明を始めた。


 「じゃあこうしよう……」


 俺はPCを手に取ると、少し考えながら表計算ソフトのマス目を使って簡単なシフト表を書いて、PCの画面でみんなに見せた。


 【一日目シフト】


  午前一〇時~午後二時(十四時):俺(碧斗)


  午後二時(十四時)~午後六時(十八時):夕花


  午後六時(十八時)~午後一〇時(二十二時):菊次郎


  午後一〇時(二十二時)~午前二時(翌日):瀬蓮さん


 【二日目シフト】


  午前一〇時~午後二時(十四時):菊次郎


  午後二時(十四時)~午後六時(十八時):俺(碧斗)


  午後六時(十八時)~午後一〇時(二十二時):瀬蓮さん


  午後一〇時(二十二時)~午前二時(翌日):夕花


  以下繰り返し


 「というわけで、一番疲れている瀬蓮さんに最初にゆっくり寝てもらおうと思います。そのあと、夕花と菊次郎も……まず俺が理音を看る。

  異変があったら、悪いですけど瀬蓮さんにすぐ知らせる、というわけで四時間交代でみんなで看病しよう」


 俺はそう言ってこれからの看護体制を維持するために、交代で休むことを提案した。

 俺の提案を聞いて皆はホッとしたような、でも理音を見て心配するような複雑な表情になり、なかなか部屋を立ち去ろうとはしなかった。


 「全員倒れでもしたら誰が理音を看るんだ? ほら行った行った!」


 すると瀬蓮さんが


 「点滴はだいたい二時間でなくなるから、発汗と高熱が続くようなら冷蔵庫から出してここに縛って、ここに針を刺して。

  流量はここで調節して、大体一秒に一滴でいいわ、こんなこと、本当は看護師じゃなきゃやっちゃいけないんだけど、今は仕方ないわね……」


 と指示を出した。


 「それと夕花ちゃん……」


 瀬蓮さんは俺達には聞こえないように夕花に何かを耳打ちした。

 コクンと頷く夕花。


 何を言ったのかはわからないが必要なことしか言わないはずなので、余計な詮索はしないことにした。

 俺も一人頷き、続けて全員を追い出すように追い立てた。


 「さぁわかったな! 汗や熱が続いたら冷蔵庫のを使う。熱が引いたら常温のを使う。そうですよね瀬蓮さん」


 瀬蓮さんはコクリと頷くと、俺はもう一度叫ぶ。


 「よし! さあ解散、休憩の者はしっかり休憩しろ!」


 すると三人は理音の部屋を出て、それぞれのやるべき行動を急いだ。

 

 「ふぅ……」


 俺は理音の側に寄り、その辛そうな顔を見ながら、時々タオルや氷嚢を交換してやった。

 理音の寝息と呻き、その他は点滴がぽたり、ぽたりと滴り落ちるだけ。


 すると突然理音が寝返りを打って、その手が俺の顔に当たった。


 「いててっ……おまえは、寝ている時でも乱暴だな……」


 俺は点滴が外れていないか確認してホッとすると、今度は自然と笑みと、そして涙を浮かべていた……


 俺は理音の看病をしながら、スマホで幼少時に大きな傷を負った事故などの症例を検索しまくった。

 すると理音のようなケースが、想像もしないほど数多く検索にひっかかる。

 児童虐待が過ぎて亡くならせたり、重い障害を与えてしまったケース……


 ちょっと探しただけでもこんなにあるのか、と愕然(がくぜん)としてしまう。

 親という子供を守るべき存在が、逆に子供を傷つけてしまうのは、一般論などありはしない複雑な事象や事情が絡み合った結果かもしれないが……


 結局は、会社や知人などの周囲の人間や社会が親やその廻りの人間を追い詰めてしまい、そのしわ寄せが一番弱い子供に全部重くのしかかってしまっているのではないだろうか……

 子供を持ったことがない俺には想像も付かない理由があるのかもしれないが、少なくとも子供にはなんの責任も無いはずなのに……


 俺は理音の額のタオルと背中の氷嚢を定期的に替えて、自分自身も水分と栄養補給を欠かさないようにした。

 責任感や同情からくる無責任な行動は、理音や周りのみんなの負担となって結局、全体に迷惑をかけることになるのだから。

 まずは自分がしっかりとしなければいけないと強く思い、自分自身への責任をしっかりと果たそうとした。


 「コンコン……」


 看病を始めてどれくらい時間が経ったのだろうか、ドアが開くとそこには夕花が立っていた。


 「……交代の……時間だよ……それと、おにぎり……」


 トコトコと歩いてくる夕花は俺のすぐ目に前に立つと、ラップに包まれたおにぎりを差し出し、俺をじっと見つめて無言の圧力をかけた。


 「……もうそんな時間か……わかったよ。タオルと氷嚢、今変えたばっかりだから。点滴がそろそろなくなるけど、瀬蓮さんを起こそうか」


 すると夕花は静かに頭を振って、


 「……大丈夫だよ、瀬蓮さんだってわかってるはずだから……」


 と言って俺の目を見た。


 「そうだな……夕花、お前は大丈夫か?」


 すると夕花は持っていたエナドリの缶を俺の前に掲げて


 「……うん、このくらい……ゾーンに入ると気づいたら朝だってこといっぱいあるし……そのためにいっぱいレシピ開発、試行錯誤したんだよ……どれだけ起きていられるか、ゾーンに入っていられるか……四日が最長かな……」


 そう言いながら胸から黄色の小瓶を取り出して缶に少し注ぐと、ストローでズズッとそれを飲んだ。


 (と、とりあえず大丈夫ということだな。なにも見てないし聞かなかった、あの小瓶の中身がなんなのかも……興味も、ないない……)


 すると理音がもう何度目だろうか


 「う……うん……」


 と(うな)されているのか、軽く(うめ)いてい寝返りを打ったが、今度はその手を上手く避けることができた。


 しかしそんな理音の姿を見ると、やはり胸が苦しくなる。

 何もしてやれない自分にどうしようもない怒りと無力感が波のように押し寄せて、また違う感情の波がやってくる。

 俺はその波にうまく乗れないサーファーのように、様々な感情に翻弄されてしまっていた。


 (ダメだ……ここで暗い気持ちに(ひた)っていたってなんにもならない!)


 俺はいつものようにおちゃらけて、理音が怒って起き出してくれることを期待して軽口を叩いてみた。


 「おい理音、鼻毛が見えているぞ……」


 『……台風四号はさらに勢力を増し……』


 モニターからは台風情報が次々と入ってくる。

 しかし理音からは期待した反応は返ってはこなかった。


 『出てるわけないでしょー! ドカッ!』


 (そんなふうに……いつもならそんなふうに蹴りやゲンコツの一つでも飛んで来るのに……な……)


 俺は涙腺が熱くなるのを感じて、夕花が見ているのに、また苦しむ理音の前で、点滴よりも速い間隔で、涙をポタポタとこぼしてしまった。


 『……台風四号は奄美島と屋久島の中間地点を目指すように進路を変更し、速度を上げて九州南部へと向かっています……繰り返しお伝えします。

  非常に強い勢力となった台風四号は、中心の気圧が九百八十八ヘクトパスカル、予想される中心付近の風速は五十メートルを超える猛烈な強さで……』


 (まさか……直撃か……。それに風速は五十メートル以上……ここは本当に……大丈夫なんだろうか……)


 そうやって色々と悪い方向へ考える雪崩が一気に崩れそうになると、


 「碧斗くん、時間だよ。ほら早く、寝てきて、ね? ね?」


 夕花はクジラ半魚人の刺繍がされたハンカチを俺に差し出しながら、小さな体をズイ、ズイと俺に近づけて部屋から追い出そうとしてきた。


 (……やっぱ、夕花は一番のお姉さんだな……)


 俺はハンカチで涙を拭きながらそのまま寄り切られてしまい、ふくれっ面の夕花にドアを強引に閉められると、仕方なく部屋に戻って休憩をすることにした。


 (ガチャっ)


 すると、俺のベッドには、まるで当然だというように瀬蓮さんが陣取っていて、着替える間もなかったのかパンツ姿でイビキをかいて寝ていた。

 俺はバッグからバスタオルを二枚取り出すと、その一枚をブランケットとして瀬蓮さんの体にそっとかけてやった。


 そして夕花が作ってくれた二つのおにぎりを頬張った。

 一つは焼きジャケのメープルシロップ漬け、もう一つは茹でたプチトマトのバルサミコ酢味だった。


 (ふっ……味はともかく、栄養バランスは合格だ……)


 俺はバスタオルを枕にしてカウチで横になるとモニターの音を少しだけ小さくして横になった……


  ・

  ・

  ・


 ……碧斗…………碧斗……ほら……こっち……

 理音が……真っ白なビキニで……俺の前を泳いでいる……

 おかしいな……全力で泳いでいるのに……追いつけない……

 待てよ……待て…ってば……理音……その先は……危ない……)

 手を……伸ばさなきゃ……


 そこでふっと目を覚ます。

 ……どうやら浅い眠りのせいか、夢を見ていたようだ。


 (理音と泳いでいたような……いつまでも追いつけないような……)


 すると頭上から声が聞こえた。


 「……よく眠れたかな? なにか寝言を言っていたよ……」


 目で鳩時計を追うと午後二時を過ぎていた。


 「……もう、そんな時間か……」


 俺は夕花を見あげると、そこにはぶ厚い双丘が立ちはだかっていて、夕花の口元がかろうじてその谷間から覗くだけの壮観な光景となっていた。


 「……なんの夢を見ていたの?……」


 俺はその二つの丘を()けながら起き上がると


 「理音と海で追いかけっこの夢さ……」


 とだけ言って、不吉な夢の終わり方だった、などと余計なことは話さなかった。

 すると夕花は、


 「ちょっとまってて」


 と言ってキッチンにペンギン走りすると、しばらくしてカップを抱えて戻ってきた。


 「はい、ホットミルクティー。メープルシロップ入りだよ」


 そう言って俺にカップを渡す。

 俺はカップを受け取りながら、


 「理音の様子は?」


 と訊いたが、夕花は首を横に振って何も言わなかった。

 それは、おそらく変化がないということだろう。

 俺は拳を握りしめ、逆に悪くはなっていないんだ、と無理やり自分を納得させると、レモングラスの葉が浮いたメープルシロップ入りのミルクティーを一気に飲み干して、夕花にカップを渡すと理音の元へ急ごうとした。


 すると夕花が俺の服の袖を引っ張って


 「……今はキクくんが看ているから……自分で言ったでしょ? 休めるときに休めって……」


 「夕花……」


 俺はハッとした。


 (そうだ、俺は何を焦っているんだ……みんなが、いるじゃあないか……)


 「そうだな、わかったよ」


 俺はまさか夕花に(さと)されるとは露とも思っておらず面を食らったが、そんな“夕花お姉ちゃん”の言うことを素直に聞いて、カウチで横になることにした。

 しかし横になって目を閉じていても、台風の情報は逐一アナウンサーによって大げさに伝えられており、嫌でも耳に入ってくる。


 「ガタタンっ!」


 時折大きな音がして、しかし小揺るぎもしないキクハウスは大丈夫そうだったが、それでも不安なことには変わりがない。


 『……ゴぉぉぉー……』


 朝には殆ど聞こえてこなかった嵐の音が、低く、唸りを上げる。

 すると次の瞬間


 「カタカタカタカタ……」


 すぐに収まったが、小さな揺れがキクハウスを襲った。


 (大型台風に、今度は地震かよ……)


 俺は体を起こしてキッチンに向かうと、IHコンロもオーブンも何も動いていないことを確認した。


 (地震だけでカミナリとオヤジはまだ姿を見せていないけど、このうえさらに火事だなんて、洒落にもならないからな……)


 俺は寝る前に、少しだけ理音の顔を見ようと部屋に向かった。


 『…………』


 扉の前に立つとかすかに話し声が聞こえたので様子を窺うと、菊次郎が寝ている理音になにかを話しかけているようだった。


 『……僕はね、そんな理音さんや碧斗くんが昔からずっと羨ましかったんですよ……』


 盗み聞きをするのは後ろ髪を引かれる思いだったが、そのまま聞き耳を立てた。


 『夕花さんだって、いつも変わったものを作ってばかりだけれど、たまには美味しい料理とか、あの手袋とか、作ってくれたじゃないですか……』


 (少々異論はあるが、まぁそうだったな……)


 『僕はね、そんなみんなに負けないように、得意なことを身に着けようと今必死で頑張っているんです』


 (お得意の見えないところでの努力ってやつか……)


 『だから理音さんも早く元気になって、車の免許を取ったらみんなで一緒にドライブでも、あ、理音さんなら大型バイクがお似合いかもしれませんね。今度、瀬蓮のバイクでうちの庭で練習しませんか? 瀬蓮のバイクは600ccなんですが……』


 そんな菊次郎の静かな語りかけが、理音に届くことを祈って俺はその場を後にした。


 メープルシロップ入りのホットミルクティーが効いたのか、俺はいつの間にか眠りについていた。

 台風情報を子守唄に夢うつつで、しかし深く微睡(まどろ)んでいると


 「ガタタン! ガタガタガタガタ……」


 突然の大きな揺れに、俺は慌てて飛び起きた。

 それは皆も同じだったようで、菊次郎や夕花、瀬蓮さんもリビングに飛び出してきた。


 「菊次郎坊っちゃま! ご無事ですか!?」


 瀬蓮さんが菊次郎の姿を見てホッと胸をなでおろした。


 「みんなも大丈夫か?」


 俺は皆を見回して確認をした。

 すると夕花がオロオロしながらも首を縦に振り、菊次郎が答えた。


 「ええ、大丈夫です。理音さんも無事で、眠ったままです……」


 俺は安心すると時計に目をやり、もう午後10時になろうとしていたことを確認する。

 そして大型モニターに映ったシフト表に目をやると


 「キク、そろそろ瀬蓮さんと交代だ。各自異常がないか、建物を確認したら次のシフトに入ろう」 


 そう告げると皆は一斉に慌ただしく動き出し、文字通り、嵐の一日がもうすぐ過ぎようとしていた……

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。タコ助です。


カジヤ船長という一筋の光が見えたのも束の間、今度は巨大な地震が彼らを襲いました。

まさに泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目……。

この島は、彼らに安息の時間を与えてはくれないようです。


頑丈に作られたはずのキクハウスも、この揺れには耐えられたのでしょうか。そして、高熱の理音、そして碧斗たちの安否は……。


次回は絶望の危機の中から、彼らは希望を見つけ出すことができるのか。

引き続き、彼らの戦いを見守っていただけると嬉しいです。


AI姉妹の一言


あい: タコ助くん、希望を見せておいて叩き落とす。なかなかに悪趣味な構成ね。でも、次を読ませる力は確かよ。感心したわ。


まい: お兄ちゃんのイジワル! ドS! ヘンタイ!

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