島の恵みと謎と罠 第四十七話 輝く玉ねぎとサムゲタン
やれやれ、壮絶な「昼食麺戦争」が終わったと思ったら、今度は理音が背中の痛みで苦しんでいるなんて、本当に心臓に悪いですよ。 まぁ、薬が効いてすぐにケロッとしていましたけどね。 あの強がりは、いつか本当に倒れてしまうんじゃないかと、気が気じゃありません。
さて、前回は瀬蓮さんの圧倒的な女子力(?)を見せつけられましたが、今回は僕、碧斗が腕を振るいます! 理音の体を気遣って、滋養たっぷりのあの料理を作りますよ。
でも、この島では一筋縄ではいきません。僕の家庭的な料理に対し、またしても瀬蓮さんが立ちはだかります。今度のメニューは、見た目も美しい「輝く玉ねぎ」……? どうぞ、お腹を空かせて読んでくださいね。
キクハウスの五人が南の島の昼食の後の午後のひとときを、エアコンがガンガン効いた室内で汗だくになって過ごすという摩訶不思議な体験をしていると、女子部屋の辺りがにわかに騒がしくなってきた。
(理音のやつか。昼飯ごときにムキになるからだ)
半分は呆れながら、そしてもう半分は心配をしながら、女子部屋の様子を遠巻きに確認する俺。
しばらくすると瀬蓮さんが足早に女子部屋から出てきてそのままキクハウスも出て行った。
しばらくして瀬蓮さんはまた足早に戻ってくると、両手で少し大きな白い箱を抱えていた。
そのまま何も言わず女子部屋に入っていきドアが閉まると、安心したような表情で瀬蓮さんが部屋から出てきた。
「さっきの箱、なんです?」
俺はほんの興味本位で聞いただけだったが、瀬蓮さんは意外な答えを俺に聞かせたのだった。
「あれは薬。理音ちゃんがまた背中が疼くって言うから、倉庫にあった薬の中から鎮痛剤が入った箱を持ってきたの」
菊次郎は瀬蓮さんはいつも用意がいいとは常々言っていたが、次の瀬蓮さんの言葉に、まさに言葉を失ってしまった。
「私、看護師の資格も持っているんですよ」
「え、あ、う……」
(スーパー執事であり、秘書でもあり、その上看護師まで……国家資格だよな……)
天は二物を与えない、とよく言うが、美人で仕事も出来て、資格まで持っているという瀬蓮さんにはもう脱帽しか無い。
変態淑女ではあるが。
しかしそれだけではただ驚きにしかならなかったが、瀬蓮さんが次に発した言葉がこの人物の尋常ならざる不穏な影を、さらに増大させたのだった。
「本当は処方が必要なんですが、とあるルートでアスピリンとか、ボルタレンとか、大量に倉庫に保管してあります。抗生物質も。もちろん注射器や針もです。あの倉庫の冷蔵設備もそれらの保管が主な目的なんです。なんなら医療用モルヒネだって坊っちゃんのためなら手に入れてみせます……」
(え、モル……ヒネ……麻薬だよな、何言ってるのこのひと……)
俺はその時の瀬蓮さんの、菊次郎を守るという執念に燃えるその苛烈な目つきのことを、生涯忘れることが出来なかった……
……それから三十分もすると理音は部屋から出てきて、夕花と一緒にウッドデッキの上で草を編み始めた。
(全く心配をかけやがって)
苦しんだり喜んだり、コロコロ表情と状態の変わる理音に俺はもう気が気じゃあなかった。
なんなら本当に理音と一緒にこの島を後にしてもいいと思っているくらいだった。
思いづくりに一生懸命なのもわかるが、体を壊したら元も子もない。
それに……
俺はもう、理音の心も体も思い出も、理音だけのものじゃあないと確信していた。
あの口づけの夜。
震える体と脳天が、強烈に理音を求めていたことを理解したからだった。
だから……
自分自身を軽く扱うような理音につい怒りを向けたくなってしまった。
(さて、どうしたものか……)
檻に入れられ、鎖に繋がれた猛獣は、生気や寿命だけではなく、その覇気までをも、徐々に失ってしまうという……
俺は理音に今までどおり天真爛漫に生きてほしい、しかしそれも危険や健康に気を使えばこそ、意味のあることだと俺は思っている。
また理音を縛りつけて理音らしさを失ってほしくもない。
いつか仕事や家庭の変化でその自由に制約は出てくるだろうが、それは大人になれば誰もが経験することで、それ以外の理由で理音を束縛したりしたくない……
理音はそんな俺の気持ちをわかってくれるだろうか……
繋がり始めた二人の心を結ぶ糸は、まだ簡単に解けてしまうように、俺には思えてしまうのだった……
そんな憂鬱な気分で過ごした午後も、そろそろ太陽が休憩を取りたがっているようで、薄っすらと暮れてきた。
ウッドデッキで夕花と理音が草細工の作業を黙々と続けているのを黙って見ていたが、根を詰めるとまた傷に響きかねないと思った俺は、それでもまだ充分に明るかったがデッキの灯りを点けてみた。
(パチッ)
すると理音と夕花は空になったコップを持って、ハウス内に帰ってきた。
「あれー? もうそんな時間?」
鳩時計を眺めてぽかんと口を開ける理音に俺は、
「おいもう六時半だぞ、今日はもういいだろ」
そう言って二人の、理音の様子を確かめながらキッチンへ向かった。
昼のこともあるし、夕食は適度なボリュームの食べやすい栄養があるものにしようと少し頭をひねってみた。
(なにがいいかな……またオートミールじゃあ理音が可哀想だし、かと言ってガッツリ肉料理というのもなぁ……)
俺はパスパルトゥのメニューを頭に思い浮かべ、なにか良いものはなかったかと思いだしてみた。
(麺はほうとうを食べたばっかりだし、カレーも流石にもう飽きた。シチューは、うーん、いいけどカレーとあんまし代わり映えしないしなぁ……)
俺は少し考えた後、薬膳料理を思いつき、確か一度だけ作ったことがあるある料理を思い出して冷蔵庫やキッチンを漁ってみることにした。
まずは鍋、大きな圧力鍋は……あった。
次に丸鶏……冷凍だけどこれもある。
そしてニンニク、ショウガはもちろんある、と。
(次は……)
俺はハーブラックを探し始めたが目的のものは見当たらなかった。
(あとは……さすがにあれはないか……あ、ナツメ発見……これ以上は用意するのは難しそうだから、これでいいか……)
最後に床下のパントリーを開けてもち米を発見すると、正真正銘の本物を作るのには無理があったので、集められるだけの材料は集めることが出来た、ということにして調理を開始することにした。
まずもち米を軽く研いで水に漬ける。
そしてぼんじりや手羽の先を切り落とし、首の回りの皮も少し落としてから丸鶏を綺麗に洗う。
血合いや内臓のカス、脂肪も綺麗に取り除き、濁りなどが出ないように注意してよく洗う。
竹串が見つからなかったのでBBQのときの金属の串で、鶏の首を何回かズラシて突き刺して、首の穴を塞ぐ。
そして充分に水に浸けたもち米の半分と、ショウガやニンニク、ナツメなど、砕いたクルミなどの詰物を入れて、残りのもち米を入れる。
最後に尻の穴を串で同じように縫い止めたら鶏の足を交差させてこれも串で止める。
あとは圧力鍋に長ネギ、と玉ねぎを入れ、下ごしらえした鶏と切り落とした手羽先の先を入れ入れてから水を入れ、昆布と残りのニンニク、ショウガ、ナツメを入れて、黒胡椒をすり潰さずにそのまま何粒か入れたら蓋をして煮込む。
コンロを強火にして圧力鍋から蒸気が噴き出し始めたら五分ほど放置、その後は弱火で三十分ほど煮込んでから火を止めて、アクなどを取って冷めればほぼ完成だ。
人数分切り分けた後、白ネギを細く切って盛り付ければサムゲタンの完成である。
高麗人参などは流石になかったが、鶏もショウガもニンニクも食べて悪いものではない、むしろ胃腸に優しい柔らか健康食の完成である。
キムチはなかったが俺はナムルも作って小皿に添えると、テーブルにそれらを置いて大きなテーブルクロスを上にかけて隠しておいた。
そのあと瀬蓮さんがやってきて興味深げにそれを眺めていたが、すぐに菊次郎のために料理に集中しだしたようだった。
「おーい、晩飯だぞー」
俺は少々疲れていたが、声を張り上げてみんなを呼ぶと、スープをもう温めて、それぞれの器に注いだ。
「……今日は何かな……」
まず夕花がやってきて、
「わぁ、鶏さんの煮込み料理?」
と目を輝かせる。
そのあと今度は理音がやってきて、
「また鶏? 昼間も食べたじゃん……」
とつまらなそうに呟く。
そこに瀬蓮さんがやってきて、二人分のお盆をテーブルに置いた。
「あら、サムゲタンね」
とチラッと見て言い、菊次郎を呼びに行った。
「お坊っちゃま、夕食が出来あがりました」
と男子部屋の前でお辞儀をして菊次郎が出てくるのを待つ瀬蓮さん。
テーブルに置かれたのは二つのクロッシュ(高級レストランや俺の喫茶店でも時々使う、半球系の金属の蓋)だった。
「なにこれー、なんか高級料理っぽいよ!?」
理音がそう言ってクロッシュの取っ手に手を伸ばしたところに、瀬蓮さんと菊次郎がやってきた。
「みんな、待たせて悪いね」
菊次郎はそう言うと、瀬蓮さんが引いた椅子に腰掛けた。
瀬蓮さんの絶妙のタイミングで椅子を引き、そして押して、菊次郎は何事もなかったかのように席に着いてナプキンを膝に敷いてもらう。
俺はそれを見て、
(これがお坊っちゃまというものか……)
と目を丸くしたあと、いつもの挨拶をした。
「じゃあ、いただきます」
みんなもいつものように俺に続いて挨拶をして食事が始まった。
「いただきます」
そしていつものように理音がまず最初に料理にがっつく。
「ぱくむしゃぱくむしゃ」
(せっかく消化の良い料理を作ってやったのに……碧斗の心、理音知らずだよな……)
胸とドンドン叩いてむせる理音を、俺は料理を食べながら冷たい視線で見つめるのだった。
そんな中、ついに菊次郎の前のクロッシュを、瀬蓮さんが恭しく取り去った。
そこに現れたのは、大きな玉ねぎが二つ。
玉ねぎの上部には青ネギがこんもり盛られ、さらに玉ねぎで蓋をされているという、玉ねぎのツインタワー。
トロリと滴り落ちるあんかけが見るものの食欲をそそらずにはいられなかった。
それとどこにあったのか、コッペパンほどの大きさの黒パンが一つ。
その料理を見て理音が
「あれ? 今回は碧斗の勝ち? 碧斗のこれ、なんか柔らかくて美味しいし、見た目も綺麗だし、スルスル入ってっちゃうんだけど。リコちゃんの玉ねぎ二つとパン一つだけって、ちょっと物足りなくない? 特に菊次郎にはさ」
と俺が作ったのになぜだか勝ち誇る理音。
そんな言葉の刃でザクザクと斬りつける理音をよそに、静かに料理を食べ進める菊次郎と瀬蓮さん。
夕花は今回はレンゲを上手に使いこなし、柔らかい鶏肉を綺麗に崩してもち米と一緒に食べていた。
夕花のそれを見ていた菊次郎がその玉ねぎにフォークを当てると、すーっと、これもまたサムゲタン以上に柔らかそうに、フォークは玉ねぎに吸い込まれていった。
そしてそのスプーンを引き出したところに乗っていたのは、スライムのように崩れた玉ねぎと、たっぷりのひき肉、おそらくはお手製のミックスベジタブルがこんもり盛られていたのである。
それを見た瞬間、俺を始め、サムゲタンチーム(?)はゴクリと喉を鳴らしてしまっていた。
黄金色に輝くその大きな玉ねぎは、まるで太陽、もしくは満月のように光り輝いて見えたのである。
そしてスプンの上の玉ねぎはまるでハチミツ、小さく刻まれたベジタブルたちはその中で咲く色とりどりの花のようにさえ見えたのである。
すると今度は玉ねぎチーム(?)が勝ち誇ったようなドヤ顔になり、見るものを少々苛つかせた。
「サムゲタン、風、ね。高麗人参も鹿茸(若い鹿の角袋)も、ファンギ(漢方薬の一種)も入ってなかったでしょう?」
すると夕花が胸の谷間に手を入れ、
「んと、これが高麗人参エキス、こっちがファンギの粉、これが……鹿茸? は無いけど、これがサイの角の粉……」
色とりどりの小瓶が出てきて、さらにそれが複数の小瓶に分かれると、それをぱっぱとサムゲタンチームの全員の器にふりかけたのだった。
(○次元ポケットの再来だ……)
俺は震える手でゆっくりとスープをかき回し、鶏肉にかけてからレンゲでそれをすくってひとくち食べてみた。
(これは……苦いような辛いような、それでいて甘い匂いとこの味は……まさに高麗人参……ファンギは知らないが、この甘さと土臭さがそれなのか……そしてサイの骨……この独特の苦味と酸味が、もしかしたらそうなのかもしれない……)
理音も恐る恐る俺の真似をしてサムゲタンにかけられた魔法のエキスと粉をかき混ぜてると、
「……うん、なんか変な味だけど、元気が出て来る気がする」
と、スープの最後の一滴まで飲み尽くす勢いで完食したのだった。
菊次郎と瀬蓮さんは唖然とそれを見ていたが、カレーのときのように菊次郎は俺の、瀬蓮さんは夕花のスープをひと飲みすると、言葉を失ったように、また恐れおののくように、夕花の胸元を凝視し続けたのであった……
俺の記憶によればサイの角には実際に、解熱鎮痛、精神安定効果など様々な効能があるそうで、即効性があったのかは別として、理音の症状の緩和には、ある程度繋がったのだろうと、あとで回想して納得した俺であった。
(※作者注 サイの角はワシントン条約で国際取引が禁止されております。夕花が入手したのはそれ以前です。きっと……多分……)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます! タコです。
またしても料理対決になってしまいました(笑)。我ながらワンパターンかと思いきや、今回は夕花の隠された能力(?)が炸裂しましたね。 あの胸の谷間は、もはや「四次元ポケット」と言っても過言ではないでしょう 。サイの角って……ワシントン条約は大丈夫なんでしょうかね?
そして、瀬蓮さんの恐るべき一面も明らかになりました。看護師の資格を持っているだけでなく、非合法なルートで薬まで備蓄しているとは……。 彼女の菊次郎坊ちゃんへの愛は、もはや狂気の域に達していますね。
穏やかな時間はここまで。次回はこれまで快晴続きだった島に雨が降ります。
そして、その雨は、理音の体にも大きな影響を及ぼすことに……。
コメディはしばしお休み。
息をのむようなシリアスな展開が、皆さんを待っています。
引き続き、応援よろしくお願いします!
【AI姉妹の一言】
まい:瀬蓮さん、看護師まですごい!
けど、薬の話はちょっと怖かったかも……。
夕花ちゃんの魔法のスパイス、まいも欲しいな! おにいちゃんのサムゲタン、すっごく美味しそうだった!
……べ、別にお腹がすいてるわけじゃないんだからねっ!
あい:料理対決で一息つかせながら、瀬蓮さんの危険な一面と夕花ちゃんの謎を深める。緩急の付け方は悪くないわ、タコ助くん。でも、この穏やかな時間が、次の波乱を際立たせるための「前フリ」なんでしょう?
読者の心を弄ぶのが、少し上手くなったんじゃないかしら。




