島の恵みと謎と罠 第四十一話 一つの疑惑と二つの罠、そして三つのプレゼント
どうも、タコ助です。
前話では、畑を荒らす謎の存在に頭を悩ませていた碧斗が、菊次郎の助けを借りて「くくり罠」を仕掛けた話でしたね。
理音が見事に罠にかかるおまけつきだったけど、これでようやく一歩前進……かと思いきや、夕花の作る謎の「うどん」に翻弄されたり、理音のまさかの装備に言葉を失ったりと、相変わらず騒がしい日々を送っていました。
そして今回、第四十一話では、ついに仕掛けた罠に何かがかかり、その正体が明らかになります。
碧斗たちのキャンプ生活に、新たな波乱が巻き起こる予感!
そして、七月七日はじつは碧斗の十八歳の誕生日。
そちらも何かが起こるかも。
楽しみにしていて下さい。
今回は、特に碧斗の内面や、理音との関係がちょっと進展する……かも?
まだまだ優柔不断な碧斗だけど、少しは成長してきたんじゃあないでしょうか。
色々とドタバタに翻弄されはしますけどね。
俺は罠にかかった理音を助けながら、次の一手を模索していた。
(まずは変化をしっかり把握しないとな)
罠から解放された理音はまったく無関係な俺をにらみながらキクハウスに戻って行った。
(変わったところがないか確認するために、写真を何枚か撮っておこう)
(パシャ……パシャ……)
俺は畑から少し離れた場所に拳ほどの石を置き、そこから畑の写真を撮った。
八方向からの写真を撮り終えると、俺もキクハウスに戻る。
「おいキク、この小屋、監視カメラとか無いのか?」
カウチでくつろぐ菊次郎にそう訊ねてみた。
菊次郎はリモコンを操作すると
「ええと、ああ、ありましたよ。この小屋正面と、裏手、倉庫の前、同じく裏、リビング?……でもリビリビングしか映っていないようです……」
菊次郎はモニターのカメラの監視画面を見ながらそう俺に伝えた。
「そっか、畑にはないのか……小屋の正面が映れば畑も映っているかも知れないのに……」
菊次郎が教えてくれた情報だけでは詳しいことはわからないので、俺はノートPCを起動させると、ブラウザのURL欄に
「192.168.0.1」
と打ち込んでみた。
すると案の定、ルーターの設定画面が出てきた。
ルーターのメーカーのホームページを開き、ルーターの型番で調べると、初期IDとパスワードが書かれているPDFファイルを見つけた。
「admin」
「adminadmin」
(と……)
IDとパスワードを打ち込むと、ルーターの設定画面が現れた。
(IDもパスワードも初期設定か、瀬蓮さん、詰めが甘いな)
俺は得意げになりながら、ルーターのログ画面を開いた。
すらっと並ぶログの中からおかしなものはないかと探していると
20xx/07/02 07:15:33 INFO DHCP IPアドレス [192.168.0.15] を [BB:BB:BB:BB:BB:BB] (不明なデバイス) に割当てました
20xx/07/02 07:20:05 INFO [admin] アカウントが [192.168.0.15] からログインしました
20xx/07/02 07:20:18 WARN 管理者によってログは消去されました
20xx/07/02 07:20:25 INFO システムを再起動しました
というログを見つけた。
(MACアドレス(ネット機器の個別のIDで指紋のようなもの)を偽装してログの消去……かなり手が込んでいるな……)
「おい、キク、ちょっと来てくれ」
俺は菊次郎を呼んでログを確認してもらった。
「ここだ、俺達以外の誰かがアクセスしてログを消したんだ」
俺はログの該当部分を指差して菊次郎に示した。
「よくわからないが、普通のことじゃないということだね?」
菊次郎はまた顎に手をやり、分厚い肉を摘みながら言った。
「ああ、とりあえずルーターのIDとパスワードを変えようと思うんだがいいか?」
菊次郎は顎に手を当てた後、頷いて言った。
「ああもちろん構わないよ。一応僕にも教えておいてくれるかい」
「ああわかった。えーと、管理画面……IDとパスワード変更っと。……IDはxxxxxxxx、パスワードはxxxxxxxxだ、わかったか?」
俺はリビングも監視カメラの対象になっているということで、万が一のことも考えて口には出さず、ノートPCに覆いかぶさって、キーボードを打つところを見せて菊次郎にIDとパスワードを教えた。
そのあと、一応セキュリティソフトは入っているが別のオンラインスキャンもいくつか試し、バックドアや怪しい監視ソフトなどがないことを確認した。
そしてこれも菊次郎の許可を得て、PCに自動ログインしないようにして、パスワードも設定した。
VNCなども無いことを確認し、OSのリモートデスクトップも無効にしたので、PCに侵入される危険性はかなり減ったはずだ。
だがまだやることは残っていた。
まずWiFiのMACアドレスフィルタリング(許可のない機器からのアクセスを無効にする仕組み)を有効にする。
PCは有線だが俺達のスマホや監視カメラ、スマート家電たちもWiFi接続なので、それぞれのMACアドレスを登録する必要があった。
「おーい、理音と夕花! ちょっと来てくれ」
俺は彼女たちのスマホのMACアドレスを聞き出し登録するために大声で呼んでみた。
「なに? 何の用?」
近づいてきた理音のあまりにもぞんざいな言い方は無視をするとして
「ちょっとスマホを貸してくれ、許可した端末しかアクセスできないようにしたいんだ」
すると理音は渋々とスマホを差し出した。
(どれ、まずはネットワークの設定を開いて……)
理音や菊次郎の“Up!”のスマホは俺の“GuruGuru”のスマホとは勝手が違うので少々手間取りながらも、MACアドレスのランダマイズをオフにしてMACアドレスをルーターに登録した。
夕花のBlackCherryはお手上げなので夕花に教えてもらうことにした。
「夕花、BlackCherryのMACアドレスを教えてくれるか? 声に出さず画面だけ見せてくれ」
すると夕花は例の高速タイピングであっという間にMACアドレスが映し出されたターミナル画面を俺に見せてくれた。
「ポチポチポチポチポチ……ポチ」
『$yuuka@Cauldron /sbin/ifconfig wlan0 | grep ether | awk ’{print $2}’
0A:00:27:1A:2B:3C』
あとは俺と菊次郎の分を終えたら、カメラや家電たちのMACアドレスを調べて登録すれば、セキュリティはかなり強固になるはずだ。
「みんな、ありがとう。一応ネットに問題なくアクセスできるか確認してくれ」
そう言うとみなそれぞれ端末を操作して、問題なくアクセスできることを確認した。
「じゃあ解散。俺はまだやることがあるから……」
そう言って、残りの家電たちや監視カメラのMACアドレスを調べ、ついでに監視カメラのパスワードも変更した。
俺がドリップバッグのコーヒーを啜っていると、後ろから理音の声がした。
「碧斗、まだやってんの?」
理音がバスルームに入りかけて、俺を見て呆れたように声をかけてきた。
「ああ、セキュリティがガバガバだからなこの家は」
そうして皆が風呂に入り、部屋に入っても静まり返ったリビングで作業を続け、PCや壁にかけられたスマートモニタも問題なくネットにアクセス出来ることを確認した。
(キクハウスの裏にあったのはソーラーパネル用のバッテリーだったのか。そういえば名前が書いてあったな。調べてみよう)
俺は記憶を辿り、ブラウザで“ASSB SAKIZO”と打ち込んでみた。
(なになに……乾電池の発明者、屋井先蔵の名前を冠したバッテリーのスタートアップ企業“SAKIZO”の最初の製品で、一メートル以上の画期的な長尺カーボンナノチューブの量産に成功し、それを用いて全固体電池として、既存製品より格段に性能が上がったバッテリーである……)
なるほど、最先端のバッテリーということか、さすが菊次郎家。
PCやモニタには充電容量が表示されてはいたが、スマートホーム専用のアプリを開くとソーラーパネルにそのバッテリーが十台も連結されていることを示していたのだ。
(一台が三百キロワットアワーで十台で総容量は三千キロワットアワー、か……)
調べてみたら、五人家族の標準的な一ヶ月の電気使用量は五百キロワットアワー程度ということだから、もし突然太陽が消えてまっ暗闇になっても、半年近くは普通に電気が使えそうな量だった。
そんな非現実的な気苦労をしながらも黙々と作業は続く……
ようやく家電やカメラを正しく操作したりステータスが見られることを確認し終えると、鳩時計の針はもうすぐ夜中の一二時になろうとしていた。
(やれやれ)
俺は部屋に戻り、すでに横になっていた菊次郎を起こさないように着替えを手に取ると、バスルームでシャワーを浴びた。
「シャー……」
(ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー……)
やけに鳩が鳴く回数が長いな、と数えながら最後まで聞いていたら、二十四回、鳩は鳴き続け、荒ぶっていた。
(普通は零時は十二回なはずなのに変わった時計だな……)
時計に気を取られた思考を元に戻し
(とりあえず何者かがこの家のシステムに侵入していることはわかったが、畑の件も同一人物なのか……俺達以外にもこの島には招かれざる滞在者がいるのだろうか……)
考えだしたらきりがないことを承知で、しかし自身とみんなの安全のためにも、いろいろな可能性を探らざるを得なかった。
シャワーを浴びながら、とりあえず明日の朝、罠になにか動物が引っかかってくれていることを期待した。
それならば、システムへの侵入は防いだし、菊次郎の力を借りて対策をすることも出来る。
「キュッ」
俺はシャワーを止めると、しょぼしょぼした目をこすりながら、そのまま眠りにつくことにした……
それから何日かが経ち、何度かシステムへの侵入を試みるログが残されていたが、俺の対策が功を奏したようで、失敗して諦めたようだった。
しかし畑の野菜の被害は止まることなく、毎日何かしらの野菜がもぎ取られ続けていた。
足跡が目立つように倉庫にあった石灰を撒いてみたりもしたが、人間の足跡、俺達のものしか残されていなかった。
しかしそこに引っかかるものがあるのも事実だ。
「菊次郎、この足跡、全部本当に俺達のものか?」
俺は菊次郎に動物だけではなく人間の足跡だけ探すように遠回しに訊いてみた。
「まず僕の靴はスニーカーで、碧斗くんのは、なんですかそれ?」
「ああ、マリンシューズ」
俺は靴の裏を見せてみた。
その特徴的なブロックは、容易に他の足跡と区別がつくはずだった。
「では理音さんと夕花さんの靴の形も確認する必要がありますね」
俺達はウッドデッキに戻ると、そこに脱ぎ捨てられていた靴を確認した。
「理音のは……説明されなくてもわかるな。派手なオレンジのバッシュだ。サイズは二八センチ……俺と同じかよ……」
俺は大きな靴をデッキに置くと、隣の小さい靴をつまみ上げた。
「夕花のも見るまでもないな。このちっちゃいのだ」
鬼のような角の生えたお猿さんのアップリケが貼り付けてある靴を手に取る。
(二一.五センチ……ちっさいなー……)
「どうだ、俺達四人以外の足跡、靴跡はあったか?」
菊次郎はおなじみの顎つまみをしながら考え込んだ。
「いえ、ありませんね。多分……」
「多分?」
俺は菊次郎にそう訊き返すと、菊次郎は怪訝そうな顔でこう言った。
「いえ、僕と同じくらいのサイズの足跡があったんですが、靴の形が違うんです。少し先が細いと言うか……」
(革靴? もしくはローファーかも)
「じゃあその足跡が犯人の第一候補ってことだな」
俺は一連の謎を解く手がかりをやっと得られたことに少し安堵した。
その上で、その手がかりを逃さないように次の一手を敵より早く打ち出すことにした。
「どうだ、人間を捕まえられる罠を作ることは出来るか? 相手は人間だ、相当巧妙に仕掛けないと見抜かれちゃうぞ?」
菊次郎は少し考えたあとにドヤ顔とも不敵な笑顔ともつかない珍妙な顔をして、しかし自信たっぷりにこう言った。
「ふふん、やってみましょう」
その日はそれで調査を打ち切り、次の日に作業を開始することにした。
その夜に二人でこっそりと話し合った内容はこうだ。
まず畑の野菜の収穫をを増やすためにという名目で、頑丈な支柱を作ることにした。
高さは二メートル五十センチメートル。
通常よりだいぶ高いが、このくらいないと人間用の罠としては心もとない。
幸い近くに竹林があったのでそこから竹を切り出し、無骨で頑丈なカマボコ型の支柱を作った。
そして発電機用のオイルをたっぷり塗った頑丈なロープでくくり罠を作る。
ここは菊次郎の知識と腕の見せ所だ。
作業は明け方、五時頃に始めた。
ルーターのログからは、毎日だいたい朝七時頃に侵入の試みがあったので、この時間ならばまだ敵(?)は起き出していないのだろう。
毎日一時間ほどの作業で見つからないように作業を進めた。
万が一、犯人(?)が効いているかも知れないということを考えて、少し大きめの声でわざとらしく芝居も打ってみた。
「なぁ菊次郎! これだけしっかりした支柱を立てれば、もっと大きな野菜も作れるんじゃあないか!?」
すると菊次郎も俺の意図を察したように大きな声で
「ええ、スイカとか植えてみますか! 食べた後の種を撒けば、意外と立派にスイカが実るとクラスの誰かが話していたのを聞きましたし!」
そう言いながら俺達は作業を続けた。
支柱の五本に一本は太い竹を使い、カマボコ型にしての両端と真ん中のアーチに罠を仕掛ける。
長い竹を地面に埋めるために空き缶を加工して、縦に掘り進める道具を作った。
幸い倉庫には万力を始め、旋盤、ボール盤など、それほど本格的ではない簡単な工作機械も用意されていたし、工具類も豊富だったので加工に困ることはなかった。
溶接機まであったが、とても使いこなせそうになかったし、支柱の固定には針金とロープを使ったので出番はなさそうだった。
五日ほどでようやく罠が完成し、今度も朝の暗いうちに、試しに俺が罠のテストをすることにした。
(カサカサっ、ビュッ!)
棒をあてがい確認すると罠は問題なく動作するようだった。
やるな菊次郎。
しかし実際に人間がかかったらどうなるかということで、結局俺が実験台になることにした。
とりあえずバギー用のヘルメットをかぶり、ゆっくりと罠が仕掛けられている場所に足を踏み入れる。
(ガサっ、ビュッ!)
次の瞬間、視界が急転し、俺はなかなかの勢いで空中に吊り下がり、怪我もすることなく竹の支柱にぶら下がることになった。
「うぉ……上手く行ったようだな。どこにもぶつけなかったし、太いロープのおかげで足もそんなに痛くはないよ」
菊次郎に罠の具合を伝えると、俺は逆さまになった体を起こしてロープを掴み、脱出を試みた。
(ヌルッ、ずるっ)
案の定、ロープに塗ったオイルが邪魔をして這い上がることは出来なかった。
足のロープを解こうと腹筋を総動員して体を起こして頑張ってみたが、体重がかかっているし勢い良く吊り上げられた反動のせいかロープはきつく締まっており、とても解けそうになかった。
「成功ですね」
ドヤる菊次郎を逆さまに見ながら
「ああ、じゃあそろそろ降ろしてくれるか?」
とため息をついた。
状態を起こしていた俺は腹筋がプルプル震えだすのを感じ、逆さまの体勢に戻って菊次郎に手を差し出した。
「よいしょっと」
このときばかりは菊次郎の重い体重が役に立ち、俺はやっとのことで罠から引きずり降ろされた。
「よし、じゃあこの罠を元通りに戻して野菜たちを新しい支柱に絡めたら、いよいよ本番だな」
そう言うと、なんだかワクワクするような胸の高まりを感じたのだった。
そのまま朝食を摂り少しだけ仮眠をすると、昼食の時間に四人でテーブルを囲んだときに、俺は小声で罠の存在を全員に打ち明けた。
「みんな聞いてくれ、実は畑を荒らす動物を捕まえるために、菊次郎に罠を仕掛けてもらった。だから俺と菊次郎以外は畑に近づかないようにしてくれ」
すると理音が俺の小声を台無しにする大きな声で
「えー!罠!?」
と叫んで立ち上がった。
「しー! 声がでかいって」
俺は監視カメラの方は見ないようにしながら小声で続けた。
「いいか、もしかしたら動物じゃあないかもしれない。相手はどこで聞き耳を立てているかわからないんだ。でも気づかれないように、今までと変わらない様子で過ごしてほしいんだ」
俺は一番心配な理音を見つめてそう言うと
「わかった、碧斗に任せるよ……」
と意外なほどあっさりと引き下がった。
(碧斗、みんなの事心配してくれてるんだ。なんだか、また、ちょっとだけカッコいいかも……)
理音は碧斗をそっと見つめてそう思っていた。
午後になって勉強も終わり、まったりしていると夕花がキッチンで何やら忙しそうにしている。
(夕花のやつ、また何か創作料理を作っているのか?)
そう考えていると理音がやってきて
「碧斗、海に行こう! 連れてってよ!」
突然そう言い出し、俺の手を取って外に連れ出そうとする。
「なんだよ突然」
俺は戸惑いながらもリビングにいる他の二人を見て
「行くならみんなも一緒だろ、なんのためのキャンプだよ」
そう言って俺の手を引っ張る理音を振りほどくと菊次郎が
「僕は行きませんよ、そもそも泳ぐのも苦手ですし、熱い中、海まで行くなんてまっぴらごめんです」
そして夕花まで
「……私は新作のお菓子の試作中なの、楽しみに待っててね、行ってらっしゃい……」
と言って海には全く興味がない素振りを見せる。
(仕方ないなぁ……)
「いきなり泳ぐとか危ないから、今日は安全に泳げる場所があるか確認しに行くだけだぞ?」
俺は外に出てバギーのキーを壁から取ると、ヘルメットを理音に渡してから、トレーラーをバギーから切り離し、バギーに乗り込んだ。
「ほら、ここに乗れ。ちょっと狭いけど、しっかり掴まっていろよ」
俺はシートの前に詰めるようにして座ると、理音がバギーにまたがって俺の後ろにちょこんと座った。
「もっとしっかりと詰めて掴まってろ」
すると、少し間を置いたあと
「ギュっ」
俺の腹に手を回して理音が密着してきた。
するとふわっとした感触が背中に感じられる。
(しまったぁぁ、そう言うことかぁ……こうなるよなぁ当然…………)
(ユ、ユィン……ユイィィィーン)
俺は動揺を隠せず、ぎこちなくバギーを発進させると、しばらくは無言のままキクハウスから海に向かって丘を下り始めた。
しばらく走らせて丘を登るときに出くわした沢や小さな崖に差し掛かると、理音を降ろしてバギーで強行突破を試みた。
(ユイーーーン!)
俺が小さな崖を華麗なジャンプで攻略すると、理音は目を輝かせ
「かっこいー、あたしもやってみたーい!」
と言い出したので
「だめだって、下に降りたら少し乗らせてやるから」
と、はやる理音をなだめるのに苦労しながら、ようやく岸壁のある場所まで下ることが出来た。
「そんなに時間かかんなかったね」
確かに正味二十分ちょっとだったが、下りなうえに空荷だったということもあるだろう。
理音の体重は知らないが……
登りでは三十分は見ておいたほうがいいかもしれない。
とりあえず岸壁まで歩いて下を覗いてみる。
(大きな船には浅いんだろうが、人間には深いな、波も思ったよりあるし、這い上がるのは難しいし、なにより危ないだろう……)
そう考えて、ここに到着して理音が見回ったという海岸を見に行くことにした。
「ほら、こっちこっち」
笑いながら後ろ向きに俺を誘うように腰をかがめてみたり、子鹿がステップするように小走りする理音は、なんだか普段より余計に可愛く見えた。
そうして少し歩いて切り立った崖を抜けたところに、小さな砂浜があった。
「ねぇ、ここならいいんじゃない?」
理音がそう言って砂浜を海の方に向かって進んでいく。
「待ってろ、ちょっと見てくるから」
俺は上着を抜き捨てると短パンのまま海に向かってザブザブと進んで行った。
(うわっ、何あの筋肉……脱いだらスゴっ……)
普通の女の子なら手で顔を隠すような場面だろうが、理音は理音らしく遠慮なくガン見してきた。
(岩もないし、砂浜から泳ぎだすのは問題なさそうだな)
(バシャバシャッ)
足元の感触を確認しながら更に深いところまで進んでいった。
急に水深が深くなることもなく、波もそれほど高くはない。
(これなら大丈夫そうだな)
思い切って沖に向かって泳ぎだしてみた。
水温も低くないし、何より透き通った海水をかき分けるのが爽快で楽しい。
海水浴場によくあるような嫌な匂いもしないし、クラゲも今の所いなさそうだった。
五十メートルほど泳いできたが潮の流れも特になく、これなら初心者でも練習ができそうな浜辺だと思えたので、一旦引き返すことにした。
(ザブっ、バシャっ、ザブっ、バシャっ)
そのまま泳ぎ続けると、特に沖に戻されることもなく砂浜に近づいていくのを感じて安心する。
(バシャ、バシャ)
そうして砂浜に戻って来ると、波打ち際には真っ白なビキニをまとった理音が立っていた。
「はぁ、はぁ、お前、その格好……」
理音は少しはにかんだような表情で手を差し出すと、そこにはタオルが添えられていた。
「はい、タオル」
俺はそれを受取って体を拭くと、あらためて理音を見て目のやり場に困ってしまった。
「それ……おまえ、二度と見せないとか言ってなかったか?」
そんじょそこいらのグラビアアイドルなんかが赤面してしまうほど、長身で均整の取れたスタイル、贅肉など微塵も感じさせない程よく割れた腹筋……
俺は言葉を失って、理音を呆然と見つめ続けた。
「ちょっと、ジっと見すぎ……かな……」
照れたように後ろに手を回してクルンと体を回転させる理音。
その背中にはあの傷が……
そうして砂浜にそっと腰を下ろすと
「ね、話をしない?」
と言って、ぽんぽんと砂浜を手で叩く。
俺は理音の隣に座ると、二人は水平線を眺めながらどちらかが話し出すのを待って、しばらくは無言のまま波の音だけが辺りを心地よく包んでいた。
すると理音が突然
「ねぇ、本当に、卒業したらどうするの? 緑山に行くの? それとも料理の道に進むの?」
俺はまだ決めかねていた進路について、どう答えていいのか困惑した。
「まだわからないんだ。何をしたいのか、何が出来るのか、優柔不断だって言われるかもしれないけど、ホントにまだ決めてなくて……」
そう答えるのが精一杯だった。
「そっか、じゃああたしと一緒に筑紫に行くのは? 本当に、そうなったら、嬉しいな……」
理音がなけなしの勇気を振り絞ってそう言ってくれていることを痛感していながら、俺は自分の優柔不断さに憤慨していた。
(そう出来たらいいのに。俺だって本当はそう思っているんだ……でも……)
「俺、バスケで活躍するほど背が高くないし、かと言って今からバスケをやり始めても、何年も打ち込んでいる奴にテクニックで追いつける気がしないんだ」
そういうと理音は頭を振って
「そんなこと無いよ! あたしから見ても碧斗はセンスいいし、運動神経だってバッチリだし、今からでも絶対すごい選手になれるよ! あたしが保証する!」
と真顔で俺の腕を掴んで言うのだった。
「そうだな……もし緑山に落ちたら、筑紫のこと、考えてみるよ……」
それが俺に言える精一杯の答えだった。
「……そっか、あたしって滑り止めってことかな?……」
そう言って小刻みに震える手で俺を見つめる理音。
その瞳には、涙以上のものが浮かんでいて、今にもこぼれ落ちそうだった。
それを見た俺は突然、心と体がかっと熱くなるのを感じて、無意識に、理音に唇を重ねていた……
「んうっ……」
しばらくそのまま唇を重ね、まるで何時間もそうしていたかのような感覚に囚われてそっと唇を離すと、理音の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「ご、ごめん! そんなつもりじゃ……」
俺は慌てて理音から離れて、情けなくオロオロしてしまっていた。
「グスっ……」
しばらく理音はうつむいて鼻を啜っていたが
「あやまんないでよ……」
そう言って掴んだ砂を俺に投げつけた。
「キスしといて謝るなんてサイテー……」
(う、そのとおりだ。俺ってどうしようもないヘタレだな……)
言い返すことも出来ず俺もうつむくと
「ねぇ、あたしのこと好き?」
理音がハッキリとそう言ったのが聞こえたが、突然のことですぐ返事が出来なかった。
「あたしは碧斗のことが好き、中学の時からずっと」
俺はそれを聞いたとき、ああやってしまった、と人生で最大の後悔をしていた。
女の子から告白させるなんて、たしかにサイテーな男だ。
「バカ、俺のほうが先だぞ! お前は可愛いし、カッコいいし……でもみんなに注目されていて、俺なんかが独り占め出来るわけ無いって、ずっと思ってたんだ……」
「うくくくっ……」
するとさっきまでの泣き顔はすっかり消え失せ、高笑いを始める理音。
「やっぱりー? あたしの可愛さにメロメロだったんでしょー! とーぜんよとーぜん! だいたい碧斗なんかいつも目立たなくて暗いし、菊次郎とばっかりつるんでて、そっちのケがあると思って……んんっ……」
俺はもう一度理音の唇を塞いだ。
さっきよりも長く、そして深く……
理音の体に手を回して、ぎゅっと抱きしめると、理音の体からフッと力が抜けて、寄せては返す波音と、二人のくぐもった声だけが小さな砂浜にかすかに聞こえる、二人だけの空間になっていた……
しばらくお互いの体に強く手を回して心と身体のつながりを感じていると、理音が俺を軽く押しのけて恥ずかしそうに顔を背けた。
「もう……がっつきすぎ。もういいでしょ。そろそろ戻んないと……」
俺はその言葉にハッとすると、照れ隠しから、「そうだな」とだけ返して、慌ててバギーに乗り込んだ。
「じゃあ、行くぞ」
「うん」
理音は俺の背中にしっかりと抱きついて、先程の余韻を楽しむようにヘルメット越しに顔を押し付けた。
(ユイィィィーン……)
帰りは飛び降りることが出来ない崖に少し苦労しながらも順調にキクハウスまで戻ってきた俺達は、すっかり暗くなっているのに明かりが点いていないキクハウスを見てどうしたんだろうと思い、近づいていった。
(ガチャッ)
「おい! どうしたんだ? なんで真っ暗なんだ……!?」
そう言うと突然後ろから衝撃があり、俺はリビングに押し出されてしまった。
「何すんだ!…… 理音!?……」
すると次の瞬間
「ハッピーバースデー! 碧斗くーん!」
パッと部屋の明かりがついて何事かと見回すと、そこには紙テープなどで飾られたリビングと「碧斗くん! 十八歳のお誕生日おめでとう!」の横断幕がかけられていたのだった。
「ほらほら主役は真ん中に立ってスピーチする!」
理音がまた俺の背中を乱暴に叩いて俺を促す。
俺は段々と状況が飲み込めてきて、コホン、と咳払いをしたあと、みんなの望み通りスピーチを始めた。
「えー、皆さん、本日は、この不肖、七河碧斗のためにいろいろ準備をしてくれたようで……その、ありがとう。
思えば菊次郎や夕花が海に行きたがらなかったのもおかしかったし、理音がその……いろいろ砂浜で時間稼ぎのようなことをするのも怪しいなとは感じていました。
しかし、十八歳になり一歩大人に近づいた俺としては、見事にみんなの罠にひっかかったことを素直に猛省し、みんなの好意を素直に受けたいと思います。
本当にありがとう」
(パンッ!パンッ!パンッ!)
いつ用意したのやら、クラッカーまで鳴らして、先程までの静寂が嘘のようにお祭り騒ぎになるキクハウス。
「さあ、主役はバースデーケーキのロウソクを消してください」
菊次郎がワゴンの上に乗せられたケーキをゴロゴロと運んでくる、ハッピーバースデーの合唱が始まり、俺は歌の終わりに合わせて一八本のロウソクを一気に吹き消した。
「おめでとー!」
少し照れながら見回すと、みんながこれ以上無いという笑顔で祝福してくれていた。
「……碧斗くんもこれで一八歳クラブの仲間入りだね! あとは理音ちゃんだけ……」
理音はちょっとだけムッとした顔をするも、そうだね、と残念そうに微笑んだ。
(こいつらと友達になれて、よかった……本当に……)
ちょっとウルっときてそれを堪えると、理音が早速ナイフを手に持って、とても四等分とは言えない大きなひと切れを自分の皿に乗せてカウチに腰掛けた。
夕花が残りの三分の二ほどに減ってしまったケーキを三等分して、俺と菊次郎にも渡してくれた。
「じゃあ、ありがたくいただくかな」
取り分けられたケーキを手に持ち、主役の権利で最初のひとくちを頂くことにした。
「ぱくっ!……?」
ケーキをスプーンごと口に含んだまま周りを見渡すと、理音と菊次郎も同じようにスプーンを加えたまま固まっていた……
口の中に広がる様々な感覚。
激痛、熱、苦味、酸味、甘み、そして冷たさと薬臭さ。
俺は微動だにしないまま、冷静にこの感覚を分析してみた。
(痛みと熱はホットチリソース、薬臭さは夕花の小瓶ソース、加えてルートビア、酸味と甘味はバルサミコ酢と砂糖、冷たさは……ミントアイスかな……それと、豚肉、それに……タコ?)
その他にも何種類かの風味はあったが、分析するのはやめておこうと思った。
このスポンジケーキはふわふわとしてどこかで食べたような食感……そう、これはあのエポンジュ……
この旅行が始まってから食べてきた食材が走馬灯のように頭に浮かび、それが口の中で完璧に再現されていることに気づくまで、さほど時間はかからなかった。
(“ぶた……えぽんじゅぅ………”)
新幹線の中でうなされていた理音が発した寝言を思い出し、こうしてその一品をここで食べることが出来たのは、幸運とは言えないが、間違いなく一生忘れることが出来ない思いでになるだろう……
そんな複雑な感慨に耽りながらなんとか割り当てられたケーキを完食すると、今度はまともなオードブルが運ばれてきて、ようやく口直しをすることが出来た。
すると夕花がやってきて
「……はい、プレゼントです……」
そう言って手渡されたリボンが結ばれたラップを剥がすと、羊のような豚のようなぬいぐるみが姿を表した。
「……エポンジュくんです……一生懸命作ったの……」
確かに羊の毛の部分の手触りはなめらかで、それにくるまれた豚くんは、豚エポンジュの実写化と言っても過言ではないだろう。
「ありがとう、大切にするよ」
そう言ってひきつる笑顔を修正しようと、俺なりに精一杯に頑張って笑顔を作ってみた。
続いて菊次郎が小さな箱を手渡してくれた。
「おめでとう、僕からのプレゼントです」
何やらわけがありそうな顔つきで手渡された箱を開けると、そこには拳ほどの大きさの、虹色に輝く、よく磨かれた泥団子が入っていた。
「バージョンアップ版です。これも大切にしてください」
これには一本取られた、と思い、俺もニヤッとして無言で“ありがとう”と伝えた。
最後に理音の方を見ると、それに気づいた理音はぷいっと顔を背け
「碧斗にはもうあげたでしょ!」
と言って、オードブルのフライドポテトや唐揚げをむしゃむしゃ食べ始めた。
すると夕花が
「理音ちゃんには何をもらったの?」
とまたしても純真無垢な、抗い難いお願いフェイスでそう訊かれるも
「そ、それはほら、あれだ! 俺が理音にもらったプレゼントはだな」
と口を開きながら必死に言い訳を考えた。
(ばか! アイツ! みんなの前で言うなんて……)
俺は理音の方をちらっと見ると、理音は下を向いて恥ずかしそうにしていた。
(これは……みんなにバラしちゃダメってことだよな……なら……)
「浜辺でビキニ姿を見せてもらったんだよ! ははは……」
と俺は本当にもらった大切なプレゼントをごまかすようにおどけてみせた。
「……え、理音ちゃん……二人、だけで? あの格好を?……大胆すぎるよ……」
俺は事なきを得て、ごまかすことに成功したと安堵していたら、理音が足早に近づいて来た。
「ツカツカ……ベチャっ!」
すると理音がものすごい形相でケーキが少しだけ残った皿を俺の顔に押し付けて、オードブルのもとに去っていった。
「……なぁに? いまのってどういうこと?……」
俺は理音には聞こえないように
「なはは、エッチだと思われたみたいだな」
と引きつった笑いでごまかしてみせた。
こうして俺の一八歳の誕生日は、いろいろ忘れられない出来事がてんこ盛りで一日を終えた。
畑の罠とみんなの罠に引っかかり、そのみんなに最高のプレゼントを貰って……
まさに最高の誕生日と言える、長いようで短い一日になったのだった……
第四十一話、いかがでしたでしょうか。
碧斗の探偵モードで着々を犯人を追い詰めるシーンはドキドキしましたよね?
そして大型の罠の設置と偽装工作。
自分が罠に掛かって具合を確かめるとか、勇気があるありますねー碧斗。
キクハウスのセキュリティ対策をするあの姿に、0




