二つの宇宙、二人の心 第三十四話 暑と冷とエベレスト
はいはい、タコ助です!
夏休み特別企画、「投稿マシンガン!」も二夜目に突入しました!
今回のお話は、理音が体調を崩しちゃって、作業が進まないから碧斗が代わりに冷やし中華を作るってところから始まるんでした。
でも、しかし理音が心配で、ついついテンパっちゃう碧斗、いつもは冷静沈着なのに、ちょっと情けない彼の姿も見てやって下さい。
それと、碧斗が料理について語っちゃうんだけど、これが結構深い話。
碧斗のバイト先のマスターが、もう本当にすごい人で、そのマスターから教えてもらったこととか、碧斗の料理の腕だけでなく、人格形成にも影響を与えているんじゃあと思いっちゃいましたね。
あとは、相変わらず理音とのドタバタもあって、読んでてクスッと笑えるところもちゃんと用意しました。
ぜひ読んでみて下さい!
夕花の代わりに昼食を作ることを申し出た俺は、キッチンにいくつもぶら下がったフライパンから手頃な大きさのものを一つ下ろすと、オリーブオイルを少し垂らしてコンロのスイッチを入れた。
冷蔵庫から卵を取り出しボウルに割り入れて菜箸で軽くかき混ぜる。
「コンコン、パカッ、ポイッ、チャッチャッチャッチャッ」
冷やし中華のタレと味がぶつかるので卵には味付けをしない。
フライパンから少し煙が出始めたところで火力を中火にして、溶いた卵を入れてフライパンに広げ入れた。
「ちゅわーっ」
卵が熱せられる音が聞こえる。
完全に固まる前にフライパンを持って回し、傾けながら、菜箸でかき回すように熱を均等に伝え、薄く形を整える。
タイミングを見計らって菜箸で卵の端をめくり、そのまま優しく箸に乗せるようにして、一気に裏返す。
「……すごい……碧斗くん、上手だね……」
そのまま三十秒ほど焼いたら火を止め、ステンレスのトレーに乗せて、うちわで扇いで粗熱を取ってから冷蔵庫にしまう。
理音が畑から採ってきたばかりのキュウリとトマトがボウルに入れられて冷やされているので、俺はオクラのヘタを取り、塩で揉んで産毛を擦り落とす。
そして冷やし中華で定番のキュウリ、トマト、ハムを千切りにし、トマト、そして今回はオクラ入れるため、手に取って薄くスライスする。
トントントントン……
ここで俺が包丁を動かしているあいだ、俺が料理が得意になった理由を語ろうと思う──
俺がバイトをしている喫茶店“パスパルトゥ”、言いにくいのでお客さんも“パスパルト”と呼んでいるその店では、その“どこにでも通用する”というフランス語が意味するように
“何でもござれ”
的に和食、洋食、中華などの定番料理がメニューに載っている不思議な喫茶店だった。
高校生になってすぐに、菊次郎のように親に甘やかされてばかりではいけないと思い立ちアルバイトをしたいと母親に相談したら、子供の頃に連れて行かれて俺もすっかり常連になった喫茶店、パスパルトにしなさい、と強く奨められて始めたバイトだった。
ウェイターから始まり雑用をこなして店の雰囲気にも慣れてくると、カレーやチャーハン、牛丼などの比較的簡単な料理の下ごしらえから始まり、現在では調理までさせられるようになった。
気が付いたら、コーヒーと、“なんでもござれ”、以外の全てのメニューをこなすようになっていた。
“なんでもござれ”はともかく、なぜコーヒーを任されなかったかというと、実はコーヒーの煎れ方を教えてほしい、と一度マスターにお願いしたことがあった。
するとマスターは
「お前にコーヒーの煎れ方まで教えたら、何年後かには近所にライバル店が出来てしまうかもしれないじゃないか」
などとうそぶいて、結局教えてもらえなかったのだ。
俺はバイトを始めて一年半近く経ち、ウエイターも料理も雑用も、店の仕事の殆どを覚えたと思い上がっていた十七歳の少年だった。
(ちぇっ、ケチだな)
とその時はふてくされていたが、一年以上経った今ではそうは思っていない。
それは、仕入れや経理などのことではなく(それも大事だが)、マスターのコーヒーを煎れる真剣な姿を見ていると、俺なんかにはとても真似できない、と思うようになってしまっていたからだった。
俺は何をするにも適当、と言うよりは同じ結果ならば、より楽な方を選んでしまうような性格に育ってしまったと自分を評価している。
しかし、一日数時間とはいえ二年近くマスターの近くで過ごしていると、マスターのお客さんに対する真剣さと思いやり、こだわりの凄さを身にしみて理解させられてしまっていた。
マスターはお客さんにコーヒーを出すとき、必ず好みを聞いて、可能な限り雑談しながらその好みを深掘りしていく。
そしてお客さんが店を出た後、名前や特徴などと共に、好みや雑談の内容をノートにメモを取る。
そうして二度、三度と訪れるうちに、お客さんは好みに合ったコーヒーや料理を出され、会話も弾むようになる。
豆の選定、ブレンド、焙煎や抽出時間など、店に通えば通うほど自分の好みに近づいてきて、ついには常連になってしまうと言う寸法だ。
ただし一杯のコーヒーが出されるまでに最低二十分は時間がかかるので、一見さんの方が圧倒的に多い。
逆を言えば、辛抱強く時通い続け、マスターとこの店の魅力を理解してしまった客は所詮、何十年も通うようなディープな常連さんになってしまうのだった。
実際にこの小さな店は明治時代から三代続く、地元では知らない人がいないくらいの老舗だった。
俺の母親もそうだ。
俺がまだ小さい頃、小学一、二年生の頃だったと思う。
たまたま母親に連れられて初めて訪れたこの店で、俺も母も店には無いメニューを注文しようとしたのだ。
なぜならメニューに店の名前の由来、その“何でもござれ”がメニューに載っているからだった。
“可能な限り何でもお出しします、ぜひお気軽にご注文ください”の注釈が着いたそのメニューに興味を惹かれ、母親に説明された俺はお子様ランチ、母は生まれ故郷の山梨では一般的な“卵で綴じない“カツ丼”を注文してみたのだった。
ちなみに山梨のカツ丼はソースカツ丼の原型とも言われているが、実はソースは掛かっていない。
“カツ定食丼”がもっとも近い表現だと思うところだが、それが他県の“カツ丼”とは大きく違うところだ。
一度マスターが出したカルボナーラを見たが、広く知られている、生クリームや牛乳、ベーコンを使って、クリーミーに仕上げたパスタではなかった。
食材は羊のチーズ、卵、黒コショウだけ。
卵とチーズとパスタの茹で汁が合わさって、濃厚なソースになるのをこの目で確認させられたのだ。
それと同じでオリジナルはやはりシンプルであるがゆえに深い味わいがあるのだと認識させられた料理でもある。
母の話によると、その日のホワイトボードには“本日のメニュー”、として“サンマの握り寿司”があったそうだ。
俺たちの注文を受けたマスターは、冷蔵庫を確認してから
「少々お時間を頂きますがよろしいですか?」
と断った後、まず俺のメロンフロート出してから調理を始めた。
結局、俺のメロンフロート以外の料理と食後のコーヒーが出てくるまで四十分近くかかったそうだが、あのときのお子様ランチの味は俺のお子様ランチの味の基準であり、思い出にもなっている。
そんな俺も母親も、今ではマスターの常連ノートページに名を連ねられるようになり、俺に至ってはついに、マスターと一緒に働く仲になってしまったといわけだ。
そんなマスターに鍛えられ、教えられた俺だが、やはりあの会話術とコーヒーや料理に対する真摯さは、一生かかっても真似できないだろうと思い知らされていた……
そんなわけで調理手芸部の夕花とは経験が違う、と自負している俺は、トントントントン、とリズミカルに千切りを終えると、茹で上がった麺を氷水で冷やし、菜箸で綺麗に整えて皿に乗せていく。
冷やしておいた卵焼きも同じ千切りにして、他の色鮮かな具材と一緒に綺麗に盛り付け、市販のスープに香り付けのために少し強めに煎ったゴマをスリコギですり潰して混ぜ合わせた。
それを皿に注いで最後に練り辛子と紅ショウガを乗せて、“パスパルト風、冷やし中華”を完成させた。
この強く煎った胡麻とオクラの組み合わせは、そんなパスパルト風をアレンジしてみた結果だった。
そんな俺の調理を見ていた夕花は
「……あれ? ゆうかより……すごい?……」
と目を丸くし、調子に乗った俺は
「だろ?」
とカジヤの真似をして親指を立てて白い歯を見せてドヤってみた。
そんな俺を(たぶん)|熱い眼差しで見つめている夕花から目を外して
「おーい! 昼飯出来たぞー!」
と洗ったばかりの大きなステンレスのボウルを、お玉でカンカン叩きながら理音と菊次郎を呼びつけた。
すると、少ししてからまたしても二匹のゾンビが、のらりくらりとダイニングテーブルに歩み寄ってくる。
「なぁーにー? お昼出来たのー?」
「今いいところなのに」
菊次郎はともかく、理音の様子はそれほど悪くなさそうなことに少しだけ安心をした。
「ほれ、冷やし中華だ。俺のバイト先で出される奴に近づけてみたぞ」
俺がそう言うと理音は驚いた様子で
「えー? あんたバイトなんかしてたのー? 聞いてないよー!? 夕花ちゃん知ってたー?」
すると、ふるふると頭を振り何かを言おうとした夕花を遮り、菊次郎がドヤ顔で
「僕は知っていましたけどね」
と言った。
『アンタには聞いてないわよ!』と言いたげに瞬間湯沸かし器のように、まさに一瞬で顔を赤くしてキクをジロっと睨む理音。
(おいおいお理音よ、俺がオマエに何でも話していると思ったら大間違いだぞ)
俺はさっき夕花に向けたドヤ顔をそのまま理音に向けてみた。
(ドヤぁ……)
「キッ!」
(怖っ……)
理音の顔がますます赤く、キツく、爆発しそうなのを見て、ほんの少しだけで止めておくことにした……
しかし夕花が開きかけた小さな口で
「……なんとなく、碧斗くん、お料理できるのかなって……いつも私のお料理を食べたあと、使ってる材料とか、調理の仕方とか、よーく知ってたし……いろいろアドバイスしてくれたし……」
それを聞いて今にも叫びだしそうだった理音は、ただ一人、(え? そうなの?)と自分だけが知らなかったという事実に気勢を削がれたのか、再び俺だけを睨み続けた。
そうして四人が席に着き“碧斗様特製”の冷やし中華を食べ始める。
「ずずっ……あれ? なんか普通に、美味しいし」
と理音がまだ俺を横目で睨み付けながらも麺を啜る。
菊次郎と夕花もまんざらではなかったようで
「ずるっ、ほぅ、悪くないですね、本当に何でもそつなく出来る君がうらやましいですよ」
「……つるっ、うん、おいしいね……でもちょっとくやしい……」
となかなかの高評価に、俺のドヤり顔が最高潮に達したそのとき、ふと理音の皿を見るとオクラを丁寧に端によけて食べていた。
なのでそのまま調子に乗って
「理音、ネバネバは体にいいんだぞ?」
そう言うと、今度は急速冷凍機のように冷たい視線を俺に向け
「えー、でも納豆と違って、ネバネバしてるだけじゃ無くてトローっとしてるのが苦手なんだよねー、口から垂れたりして」
とイヤそうな顔をする。
「うぶっ!」
その言葉を聞いてなぜだか俺は麺を吹き出しそうになり、実際に箸で麺をつかみ損ねてしまった……
いっぽうの夕花はオクラは苦手ではないようだが、なぜかオクラと紅ショウガを一カ所にまとめて練がらしのチューブをぎゅぅぅっ、としぼると、それをよーく練る練るしてから麺に混ぜ始めた。
(おまえは一体何をしているんだ?……)
この味覚……やっぱり夕花に昼飯作りを任せなくて良かったと強く思い、エアコンの風とは別の寒気を感じながら、俺も冷やし中華を食べ始めた。
(うん、悪くないな……やるじゃんか、俺)
俺も料理の出来に満足し、自分自身にドヤってみた。
そうして無事(?)に昼食が終わると、それぞれは思い思いに昼休みを取り始めた。
次第に調子が上がってきたらしい理音は、冷蔵庫にしまってあったBBQ用の串のトレーを確認していた。
そのときの理音の顔がなぜだか険しい物になっていたのを俺は見逃さなかった。
(また調子が悪いのかな)
と俺は少しだけ心配してみたが、トレーを冷蔵庫にしまうと夕花の元へスキップして駆け寄るのをみて、あれ? と思い
「ねぇねぇ? 夕花ちゃーん! あたしの作った肉串どこー?」
ワクワクしながら、しかし疑うような口調で話す理音を不思議に思って観察してみたが
「……あれは奥にしまってあるから、大丈夫……」
「なぁんだ! がっかりさせないでよー夕花ちゃーん」
などと非常にアホらしいやりとりを見て、先ほどの理音の険しい表情が非常につまらない理由だったことに、心配どころか軽い怒りさえ覚えてしまった。
いっぽうの夕花はBBQ食材の準備の遅れを取り戻そうと、BBQとは別に鶏肉を使った料理を用意しようとしたが、俺を冷蔵庫に案内すると、ある食材を指さしてプルプル震えていた。
そこには包み紙でくるまれた、足を上にした丸鶏(“ニワトリの羽をむしって頭と足先を取っただけの、そのままの形のもの”)がどーんと鎮座していたのだ。
(丸鶏か……)
確かに臆病な夕花には、エベレストよりも高すぎるハードルだろう。
「どうすればいいんだ? 俺がやっとくぞ」
そう言うと夕花はまたしても俺を(たぶん)尊敬の眼差しで見て
「……あのね、蒸して、ほぐしておいてほしいの……夜にダッチオーブンでお野菜と一緒に焼いたり、クリームソースで煮るの……」
(なるほど、なかなか良いチョイスだ、さすが調理手芸部)
「わかった、やっておくよ」
そう言うと丸鶏の足をぐっと掴んでを取り出し、それを見て恐れおののいて俺の後ろに隠れる夕花を尻目に、取り出した丸鶏を包み紙を剥がしてまな板の上にドン、と置いた。
外側を洗った後、切り裂かれた腹の中にも蛇口を当てて洗い始めた。
「トン、トン、トン、トン」
その光景を見たくない夕花は、目をつぶってゆっくりと包丁を動かし続けていた。
(危ないって……)
俺はキッチンに備え付けられたハーブラックからレモングラスを選んで取り出し、細かく刻んでボウルに入れた。
ニンニク、砂糖、粗挽きのコショウを入れてナムプラーと調理酒を加えて良く混ぜ合わせる。
それを鶏に、腹の中までよく塗って漬け込む。
本当はひと晩くらい漬けたいが、夜までの二、三時間でもまぁいいだろう。
あとはオーブンで少し焼いて蒸し器で蒸せば、ほぐす直前までのものが出来上がるというわけだ。
蒸すときに鶏の中に入れる餅米が欲しかったが見当たらないので、普通の米を炒め、軽く砕いておく。
米と混ぜたり食べるときに付けるナムプラーベースのタレも別に作っておいた。
その間に夕花はサラダ、蒸し料理、煮込み料理用と肝心のBBQ用の野菜を切り分け、ボウルやトレーに入れてラップをして大きな冷蔵庫にせっせと詰め込んでいた。
これで夜の準備はほぼ終えただろう。
「夕花、もう大体だろ、残りは直前に準備すればいいよ、理音のところに行ってやってくれるか?」
俺はもう少し残っている鶏肉の下準備をしながら夕花に声をかける。
すると改まって夕花は俺を見上げ
「ありがとう碧斗くん、じゃあ行ってるね」
そう言って大きく鹿ネコ(?)がパッチされた謎エプロンで手を拭くと、理音の所ににパタパタとスリッパのままペンギン走りして行った。
(ふぅ、四時半か、そろそろ外の方も仕上げちゃうか)
俺は下ごしらえを終えるとコップに水を入れてそれをグイっと飲み干し、カウチでくつろぐ菊次郎を連れ出して外での作業を再開した……
どうでしたか? 今回のお話は、碧斗の料理スキルが炸裂しちゃった回でしたね!
喫茶店のマスターから学んだこだわりとか、意外と真面目(もともと真面目か)な一面が垣間見えちゃったですね?
理音の体のことも少し触れられて、ちょっと心配になるったけど、夕花がしっかりサポートしてくれてるから、安心して料理に集中できた碧斗のようでした。
そして、菊次郎は相変わらずマイペースで、なんだか安心しちゃう存在でしたね。
さて、次はキャンプファイヤーの準備もいよいよ大詰め! 果たして無事に火はつくのか!?
そして、どんな夜になるのか、僕も今からワクワクしています!
では次回もお楽しに〜!
まい:お兄ちゃん、冷やし中華、普通に美味しそうだったね! 料理男子とか、ギャップ萌えってやつ?
でも、理音ちゃんにドヤ顔してたら睨まれちゃって、へたれだねー! まいがそばにいたら、もっとビシバシ鍛えてあげたのに! まったく、お兄ちゃんってば、詰めが甘いんだから!
あい:タコ助くん、「菊の英語名を略してマムという」という部分は、菊次郎くんのお母様への「傾倒」を表現するのに、少し専門的すぎたかもしれません。もう少し読者にわかりやすい表現があれば、より彼のキャラクター性が際立ったのではないでしょうか。でも、理音くんの体のことや、夕花さんの優しさがよく描かれていて、キャラクターの関係性が深まっているのはとても良いですね。次の話も期待していますよ。
うへぇ、後書きでまで叱られてしまったタコ助なのであった……




