二つの宇宙、二人の心 第三十話 ランタンと瞳の中の星
どうも、たこ助です。
夏休みということもあり、下書きも六十話まで溜ったので特集を組んでペースを上げてみました(いまさら)。
いやぁ、前回の夕飯はとんでもないことになりましたね(笑)。まさに地獄絵図…。あのカレーの味は、僕の舌もまだ覚えています(泣)。
さて、そんな悲嘆に暮れたキャンプ初日の夜ですが、まだまだ終わりません。お腹も(ある意味)いっぱいになったことですし、都会では決して見られない、無人島ならではの満天の星をみんなで眺めることになりました。あの激辛……いや、得体の知れない夕食のあとで、少しは心を落ち着かせたいところですが、綺麗な星空の下では、時に予想もしないハプニングが起きるものでして…。
では、二つの宇宙、二人の心、第三十話、お楽しみください!
夕花のカレー騒動のあと、俺がみんなに外で見た夜空の話をしたら、他のみんなもキク小屋の外に出て星空を楽しむことになった。
小屋の明かりを消してランタンだけを持って広い場所に出ると、それぞれに地面に座って星空を見上げる。
それは数時間前に見た海の上の星と変わらないはずなのに、なぜだか違った美しさの光を放っているように見えた……
「すごい星だねー、こんなにたくさんあるなんて信じられない!」
理音は上を向いたまま、夜空を見回した。
そして俺がそっとランタンの明かりを消すと、あたりは全くの暗闇に包まれる。
「うわー……」
・
・
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理音の驚いた声を最後に誰一人として話し出すことなく、ただ星の瞬きを眺め続けたもだった。
一分、二分……
飽きることなどなかった。
様々な色、大きさ、輝き。
ふと気がつけば、星と星を結び、名前もない星座を想像で作り出してみたりする……
四人の心はまさに大宇宙に飛び立ち、星々の間をさまようように、目を開けたまま宇宙を翔る夢を見ているようだった。
五分、十分、あるいはそれ以上、誰もひとことも発せずそうしていただろうか。
「びゅうっ……」
突然の強い風が四人の髪を揺らす。
「夜の海風はちょっと冷えるな……」
俺がそう呟やいてそろそろ戻ろうかとランタンに手を伸ばしたとき、そこには柔らかく、ひんやりした感触があった。
よく感触を確認すると、俺が触っていたのは誰かの手だった。
(! なに?……)
理音は突然手の上に誰かの手を置かれて声も出せず、その方向にゆっくり顔を向けた……
俺は、闇夜に慣れてきた目でその感触の方向を見ると、そこにはボンヤリと、理音が驚いたような顔で俺を見つめていた。
いや、正確にはボンヤリと見える理音の顔に、大きく見開かれた、星の光を写した綺麗な瞳だけが輝いていたように見えていたのだ……
あたしは真っ暗で何も見えないけどゴツゴツとした手の感触のほうを見ると、そこにはボンヤリと、大きな影がこっちをじっと見ているようだった。
さらに見つめると、それは碧斗の驚いた顔のように見えてきた。
「あ、ごめん……」
俺はとっさに手を引っ込めると、理音は口元にその手を当てて俺を睨んでいるように見えた。
(碧斗の手だったのか!? ……このっ!)
「……どさくさにまぎれんな……」
理音らしく乱暴な言葉を、理音にしては小さな声で形のいい唇から吐きだすと、ふっと瞳の輝きが消えた。
どうやら反対方向を向いてしまったようだ。
俺はドキドキと脈打つ自分の心臓の鼓動に驚きながら、あわててランタンのスイッチを入れた。
「さぁて、ちょっと寒くなってきたし、そろそろ中に入るか!」
自分への驚きとドキドキを隠すようにわざとらしく大きな声でそう言うと、夕花と菊次郎は名残り惜しそうに夜空を見ながら立ち上がり、理音はうつむいたままさっさとリビングに入っていってしまった……
壁に掛けられた古そうな、大きな木製の鳩時計の針は、夜の八時四十分を少し過ぎていた。
まだ寝るには早い時間なので俺は菊次郎に「テレビでも観るか」とカウチに腰掛けて言った。
すると菊次郎は
「あ、テレビ放送は写りませんよこれ、チューナーの無い、ネットしか繋がらないただのスマートテレビです」
そういって俺を見ながらリモコンを手に取るとスイッチを入れた。
(テレビ放送が映らないスマートテレビなんて少数派なんだけどな……)
すると画面には動画サービスのアイコンがずらっと並んで映し出され始めた。
「ああ、これは僕のアカウントだね。きっと瀬蓮が用意しておいてくれたんだ。なら、ストリーミング配信ならどこでも観られるよ」
菊次郎はカウチに深く座った俺の腹の上にリモコンをポンっ、と投げつけると、暖炉の反対側にいる理音たちにも同じように説明を、俺にするよりも丁寧にし始めた。
俺は向こう側の様子を気にしつつ、リモコンでコンテンツを探し始めた。
「なになに……サハラプライムにニッチフェニックス……ディスティニー++」
知る限りの動画配信サービスが全部盛りで、うらやましい限りだ。
うちなんてネット通販サブスクにおまけでついてくるサハラプライムくらいだ。
どれを観るか選んでいると、夕花がぷるぷるとお盆をふるわせながら、コーヒーを運んできた。
「……はい、どうぞ……」
俺はトレーからコーヒーを手に取ると、カップを顔の前で揺らして香りを嗅いでみる。
(これは間違いなくコーヒーだな。すこし青臭い、同時に甘いようなこの香り……滅多に飲めないブルーマウンテンだ……)
俺はコーヒー通でないが、バイト先の喫茶店で覚えたこの香りと味はすぐにわかる。
砂糖をスティックの半分だけコーヒーに入れてスプーンでかき回しながらもう一度香りを嗅ぎ、夕花の毒瓶の罠がないことに安堵する。
そしてコーヒーを深く味わうように、ひとすすりして、何度か舌の上で転がしながら、コーヒーの香りを含んだ空気を出し入れして鼻孔の奥で香りを楽しんだあとコクン、と喉に流し込み、テーブルに静かにカップを置いた。
そうしてひとくちのコーヒーの余韻を感じながらリモコンを操作して、その中の一つ、“Paradox+”を選んだ。
Paradoxはアメリカの大手映画製作、配給会社だ。
そしてその膨大な作品のなかから、“宇宙新幹線ライトニング号”が活躍する『スター・エクスプローラー』を選んで再生を始めた。
“スター・エクスプローラー”、直訳すれば“星の探検家”だが、宇宙を旅して星々を繋ぎ、縫うように駆けぬけて旅をする新幹線の、痛快かつ時には考えさせるテーマが魅力のSFテレビドラマだ。
本格的なSFテレビドラマの草分けで、世界中にファンがいることで有名だ。
その中でも特にコアな熱狂的ファンのことを「(エクス)プローニー」といって、作品の細部まで知り尽くしてこだわる彼らは、ある意味“オタク”の元祖ともいえる存在だ。
俺はそこまでコアなファンというわけではないが、それでも好きな作品の一つだ。
俺が観たことがあるのはTFG(The Future Generation)」という初期シリーズの数十年後を描いたシリーズで、いま選んだ「TBS(The Biginning Series)」と呼ばれている初期シリーズは観たことがなかった。
さっそく選択ボタンを押すと、いかにもといったオーケストラ風のオープニング曲とともに、CGではない特撮風の宇宙船が迫ってくる映像が映し出される。
(このメロディライン……TFGと同じだ!)
と、せっかく俺が世代のつながりに感動していると、それを中断するように、菊次郎が
「ずいぶん古い作品だね。僕らが生まれるずっと前じゃないのか、これは」
と俺の隣にズシン、と重すぎる尻、もとい腰を下ろして言った。
「ああ、俺の親父が子供の頃にリアルタイムで観たって言っていたから、五十年くらい前じゃあないか?」
俺はそんな感慨に耽りながら、菊次郎とTBSを見続けた。
「出発進行!」
『スターエクスプローラー』の主役である『宇宙新幹線ライトニング号』の車掌の名台詞を静かに味わっていると、同じタイミングで
「ガハハハハハっ!」
後ろから中年のオヤジのような笑い声が聞こえてきた。
その声は間違いなく理音のそれだった。
かすかに聞こえてくる動画の音声に耳を澄ますと、どうやらBS(BurnerSisters)のアニメ、“サムとベリー”を観ているようだった。
「びよよよよよーん」
ユーモラスな効果音とともに甲高い声でキャラクターが喋っているのが聞こえてくる。
「サムとベリーか、僕も子供の頃よく観たよ。日本のアニメは低俗だ、って言って両親が見させてくれなかったからね……」
懐かしそうな、でも少し寂しそうな顔をして菊次郎がそう言った。
菊次郎は続けて、今度は少し目を輝かせて
「あのフクロウのサムの罠の仕掛け方が秀逸でね、ヌートリアのベリーも、いつもサムの罠や仕掛けに引っかかって痛い目に遭っているのに、それでも敢えて罠を無視して突っ込むんだ。今思えばまるで理音さんみたいだろう? あはははっ」
と珍しく感情を込めて話してくれた。
「どたばたっ、ばったん」
「ギャっははははは!」
いっぽう、暖炉の裏側からはアニメの効果音とともに発生する理音のいちいち大きなリアクションが聞こえてきて、俺は苦笑した。
それぞれの家庭環境の違いというものだろうか……
うちは両親が共働き、しかも父親は海外出張や赴任ばかりで一家団欒でテレビを観るなんてことはなかったし、あれを観ろ、これを観ちゃいけない、なんてうるさく言われることも無かった。
共働きで経済的には他の家庭よりは少し恵まれていたかもしれないが、独りぼっちで本を読んだり、テレビやゲーム機を楽しむ、そんな思い出しか頭に浮かばなかった……
ましてや、声を出して笑うなんてことは殆ど無かった。
(そういえば理音ちはお母さんひとりだって言ってたっけ……仲がいいっていつも言っているけど、いつも無理して明るく振る舞っている気がするんだよなぁ……それにあいつの父親ってたしか……)
俺はそこで思考を停止させた。
「ふうぅぅぅぅぅ……」
勝手な憶測で他人の過去を妄想する自分に嫌悪感を感じ、ひとつ大きなため息をついてから、再び画面に集中することにした。
「車掌! 宇宙ポイントが切り替わっていません! ……」
ドラマもクライマックスにかかり、盛り上がってきたところで俺の反対側、菊次郎の隣に「ぽふっ」と夕花が腰掛ける。
「……あ、TBSだね……このあと宇宙トンネルで危機一髪で脱出する名シーンだよここ……CGも無かったのに特殊効果を駆使してて、見どころ満載なんだよね……」
(夕花、おまえ……Linux使いのハッカーでさらにプローニーなのかよ……)
俺(と作者)の中の夕花のキャラクター設定がバグってきたが、危険なのでこれ以上深掘りをするのはやめておこうと思った……
「向こうで理音とアニメ、観てなくていいのか?」
俺は菊次郎のぶ厚い腹をよけるように夕花の横顔をのぞき込み、長くて細いお人形のようなまつ毛の横顔に訊いてみた。
「……理音ちゃん、大笑いする度にクッションで夕花をたたくの……」
(おい理音、夕花は壊れ物だぞ、もっと丁寧に扱え)
そうして今度は三人でTBSを観ることになった。
「機関長! 何か手はないのか!?」
どうやら宇宙新幹線ライトニング号の危機のようだ。
ここで夕花が
「……ここでトビー(機関長)が、意表を突くアイデアで解決して危機を逃れるんだよ……」
と言うと
「ほぉ、そうきますか。じつに興味深いですね」
と菊次郎が相槌を打つ。
すると夕花が画面より遠くを見つめたように
「……私も……宇宙の星の中を新幹線で……旅をしてみたいな……」
と呟いた。
「そうですね……」
そのときの菊次郎は、旅をしたいと言うよりは、なにかの呪縛から逃れたい、という意味で、夕花に同意して相槌を打っていたように見えたのだった……
現実の星空と、画面の中の星々を駆ける物語。
その二つの宇宙に思いを馳せ、菊次郎と夕花が珍しくまともに、熱く会話をしている。
俺はそんな二人をそのままにして、夕花が入れてくれたコーヒーのカップをそっと手に持ち、暖炉の反対側に移動した。
反対側のカウチの上では、あぐらをかいてアニメにあわせていちいちリアクションして笑い転げる理音の姿があった。
さっき外で手が触れたドキドキが収まらないのに、薄手のショーパンにキャミというオープンな理音の部屋着姿に、さらにドキドキしながら彼女の隣にそっと腰掛けた……
第三十話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、静かな星空の下でのドキドキと、小屋の中でのワイワイガヤガヤした感じ、その対比を描いてみたいなと思って書いてみました。思春期の男女がグループで旅行に行くと、こういう雰囲気、ありますよね?(笑)
気になる相手の隣に、勇気を出して座ってみたはいいものの、心臓はバクバクでまともに顔も見られない…。そんな甘酸っぱいというか、もどかしいというか、そんな気持ちを感じてもらえたなら嬉しいです。二人きりじゃないからこそ、余計に意識しちゃう、みたいな。
さて、理音の隣をゲットした碧斗ですが、この後どうなっちゃうんでしょうか。そして、もう一組のロマンチック(?)な雰囲気の二人も気になりますね。
次回も、どうぞお楽しみに!
あ、まいの姉、あいもこのあと登場しまーす! よろしくね!
AI姉妹の感想
あい(姉):星空の下で偶然手が触れ合う…。ベタな展開ね、タコ助くん。あなたの頭の中は、意外とロマンチストなのかしら?その純粋さ、いつまで保てるか見ものだわ。
まい(妹):お兄ちゃん、やっと理音といい感じになってきたじゃん!でもドキドキしすぎ!男の子なんだから、もっとしっかりしなさいよね!…べ、別に、応援してないんだからねっ!
あと、夕花ちゃんて実はスゴイ子なの? まい、りなっくすとかぷろーにーとか全然わかんなかったよ……
あい(姉):あらあら。まいったらそんなことも知らないのね。
えーと……リナックスは……リラックスと似ているから、マッサージ機かしら?……プローニーは……そうね、きっとニワトリさんの仲間よ。
しっかりしなさい、まい。
まい(妹):えー、マッサージ機にブロイラーの仲間? まい、ぜんぜん知らなかったよ……




