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星とカレーと魔の谷 第二十九話 谷間とおいしさの関係

こんにちばんわ! たこ助です!


前回、第二十八話は、碧斗が満天の星空に感動している、という、なんだかちょっといい雰囲気で終わりましたね。

このまま静かな夜が続けばいいのですが……。


キク小屋の中では、我らがヒロイン(?)の夕花ちゃんが、夕食の準備をしていたようですし……。


はたして、碧斗たちの胃袋とキャンプ初日の夜の運命はいかに!?

どうか、ミディアムレアぐらいの生温か~い目で見守ってやってください!

 俺がキクハウスの外で幻想的な星空に心を奪われていると、スマホからCIRCLE(SNS)の着信音が聞こえて現実に引き戻された。

 俺はこの至福(しふく)の時間の邪魔をした人物を特定しようと、すぐにスマホのメッセージを確認した。


 「あおとすぐこい」


 画面にあった、平仮名だけの、カタカナしか送れなかった大昔の電報(でんぽう)みたいなメッセージは理音からだった。

 漢字に変換する暇も無いほど、よほど急いでいたとみえる。


 (理音め! なんだよ邪魔しやがって!)


 俺はさきほどまでの体験の余韻を少しでも楽しむように、ゆっくりとした足取りでキク小屋に戻っていった……


 出てきた時と違って、ウッドデッキ、南に面したキク小屋の大きなガラスにはブラインドが降ろされていた。

 照明はついていなかったが、暗がりに慣れた目だったこともありブラインドから漏れ出る屋内の光を頼りにデッキに上がりドアを開けた瞬間、強烈な匂いが鼻腔(びこう)を激しく突き抜けた!


 (この匂いは! ……)


 俺は急いで靴を脱ぎ捨てて慌てて室内に飛び込むと、暖炉の脇でキッチンを遠巻きに、呆然と見つめる理音と菊次郎の姿を認識した。

 それは不安と絶望が強力なタッグを組んだかのような、見るも哀れな姿だった。


 「どうしたんだっ! この匂いはまさかっ!」


 その匂い、そう、忘れるはずもない。

 記憶からはけっして消去不可能な、俺の脳の絶対領域に封印された、あの匂いだったのだ!


 「理音! お前! 見張ってたんじゃなかったのか!」


 俺は半ば本気で理音に怒りをぶつけ、そう叫んでしまった。

 すると理音は今度こそ演技ではない、泣きそうな顔をして


 「だってぇ、だってぇー……」


 と本当に涙を少し浮かべて、許しをうような顔で俺を見つめた。


 「仕方がないんですよ……」


 菊次郎がそんな理音をかばうように、俺に事の発端(ほったん)を静かに話し始めた。


 「僕も見ていたし、理音さんはしっかりと夕花さんのそばにいて、調理の成り行きをつぶさに確認していました」


 菊次郎は肩を落としながらも淡々と、しかしはっきりとした口調で語り続けた。


 「しかし夕花さんが突然、どこからか取り出した赤い小瓶を逆さにすると、止める間もなく、その中身がトクトク、と鍋の中に全部空けられてしまったんです……」


 その時の理音と菊次郎の衝撃と無念さは、俺の想像など及びもつかないものだったことだろう……


 (もういいんだ理音……お前はよくやった、よくやったんだよ……)


 俺は心のなかで理音の肩を、何度も、何度も叩いて(なぐさ)めたのだった……


 そうして今、見事なダイニングテーブルの周りでは、席についた四人のうち夕花を除く三人が、椅子に力なく座って、どよーん、と淀んだ空気の中でテーブルの上の”物体”を眺めていた。

 物理の法則を完全に無視してそそり立つ、黄金(こがね)色の峡谷(キャニオン)


 「わぁ、美味しそう」


 そのキャニオン盛りのカレーを前にただ一人、夕花だけは通常よりかなり高めのテンションで、待ち遠しそうにスプーンを握りしめていた。

 対する三人は、スプーンを持たないことで最後の抵抗を試みようとしていた。


 「どうしたの? ほら早く、食べて食べて? いただきまーす? あーん?」


 それはまるで目の大きな小動物が、その愛くるしい瞳で何かを訴えかけてくるようでもあった……


 「たべないの? の? ……の……の…………」


 そんな夕花の愛らしいお願いのイメージが頭の中で走馬灯のように浮かび上がり、しかしスプーンに手が伸びそうになるのを必死にこらえると、俺は最後の最後まで、と徹底抗戦を決意したのだった。


 「ま、まずはサラダから食べようかな、食物繊維を先に()ると健康にいいって言うし……」


 俺はフォークを握りしめると、見るからに瑞々(みずみず)しく新鮮なサラダにフォークを突き刺した。

 ちなみにサラダにはドレッシングがかかっておらず、その横にさりげなく置いてある“担々麺スープの素(大)”のボトルの存在は一切無視することにした。


 俺がサラダを食べ始めると、理音と菊次郎も(その手があったか!)という顔で、俺と同じようにフォークを手に取ると、サラダをつつき始めた。


 (高校最後の夏休み、キャンプ初日の思い出を、絶対に死守しなければ!)


 俺達三人は、まるでテレパシーで通じ合ったかのように互いに目を合わせ、そっと頷き合った。


 「じゃあ私も」


 すると夕花もカレーのスプーンからフォークに持ち替えると、担々麺スープのボトル(大)を手に取り軽く振って中身を混ぜ、あろうことかドボドボっと大量にサラダにかけ始めたのだ。


 (しまった!)


 「ドボ、ドボドボドボ……」


 (も、もういいだろ……全部入れる気か?)


 俺はまたしても自分の迂闊さを思い知らされ、壁に頭を叩きつけられたような衝撃を受け、いや叩きつけたい衝動にかられていた。

 そうして夕花が一杯だった担々麺スープの素ボトル(大)の中身を三分の一ほどを開けてサラダをつつき始めると、俺たちは少しでも担々麺スープの被害に遭っていないところを探し出し、フォークで慎重(しんちょう)に、我先にとつつきまわした。


 それまで(とき)は重苦しい空気をまとったまま、刻一刻(こくいっこく)とスローモーションのように過ぎていったのだが

 しかしそれも、夕花が加わったことで状況は一変した。

 大量に盛られていたはずのサラダは彼女の参戦により、今度はまるで早送りのように、みるみるその量を減らしていった。


 そしてついに──


 その大量のサラダは、赤く輝く最後の一粒、プチトマトひと粒を残すのみとなった。


 その瞬間、()けかけていた緊張の糸が、再びピーンと張り詰める。


 目の前にある、たった一粒のプチトマト。

 しかも担々麺スープ(大)の洗礼は受けていない貴重なひと粒。


 ──それはまるで、磨き上げられた高貴(こうき)なルビーのように、テーブルの上で気高(けだか)く、燦然(さんぜん)と輝いていた──


 夕花以外の三人は


 (誰だ! 誰があれを取るんだ!)


 とお互いを目で見て牽制(けんせい)し合っていた。

 しかしそのギスギスとした静寂(せいじゃく)を破るように


 「あれ? みんな、たべないの? じゃあ、いただきまーす」


 夕花が屈託(くったく)のない笑顔でそう言うと、彼女の手にあったフォークが、静かに、しかし一切の迷いもなく、その“宝石”へと突き刺さったのだ。

 そしてその至高のひと粒は、彼女の小さな口へ、まるでブラックホールに吸い込まれるようにスーッと──

 静かにかつ容赦(ようしゃ)なく、突き出した艶めかしい唇の中へ(ちゅぽんっ)と吸い込まれていってしまったのだ。


 そう、全ては|終わりを迎えた。

 宇宙の終焉(しゅうえん)の形の一つ、“ビッグリップ”のように、プチトマトと俺たちの希望は、夕花の口の中でまさに“ぷち”っと弾け飛んでしまったのだった……


 終わったな…

 俺たちは敗戦を受け入れるかのように、うなだれながらスプーンに手を伸ばした。

 その黄金色をした物体を、純白のライスとともに静かに口の中に放り込む。


 「うっ……」


 三人は一様に苦悶の表情を浮かべる。

 その様子を、まるでエサを食べるペットを見るような表情で、夕花は嬉しそうに眺めていた。


 「どうかな? おいしいよね? やっぱりカレーは最高だよね?」


 俺たちの苦しむ姿を見ながら、それでもそれを言うか……


 夕花は紛れもなくS級のサド

 いや、サド+++の称号さえ献上(けんじょう)してもいいほどだ、と俺には確信を持って断言したかった。


 決してカレーの辛さと熱さのせいではない、得体の知れない汗を額に浮かべながら、俺たち三人はまるで苦行(くぎょう)を一刻も早く終わらせたい修行僧(しゅぎょそう)のように

 あるいは自分の墓穴(はかあな)を掘る死刑囚のように……

 スプーンという名のスコップで、黙々(もくもく)とカレーを掘り進めるのだった……


 コップの水はみるみる減っていき、大きなピッチャーに水を入れ替えること三回。

 ようやくそれぞれの皿に入ったカレーライスという|墓の穴の土もあと(わず)かとなった。


 (やった、俺達は、私達はやったんだ!)


 三人の表情には、安堵(あんど)と解放感とその両方の感情が入り混じった、いや達成感さえ感じられていたかもしれない、見る者の涙を誘わずにはいられない感情以上の強いものが込められていた。

 そして夕花以外の三人がついに最後の一口を食べ終わると


 「はい、ごちそうさま!」


 夕花はエサを食べ終えた犬や猫を褒めるような口調で、これ以上ないというほどの笑顔を浮かべてそう言った。

 俺たち三人はその笑顔の奥に、黒い涙を流した恐ろしいピエロの幻影(げんえい)を見たような気がしたのだった……


 ──すべてが終わった──


 そう思っていた、そのとき。


 気がつけばカレーに一口も手をつけていない夕花が、その深い胸元に手を差し入れた。

 そして、先ほどとは違う青い小瓶を取り出すと、蓋を開け、トクトクとカレーの上に液体を垂らし、スプーンで静かに、しっかりとかき混ぜ始めた。


 俺たちには、その動きが──

 まるで毒の入った壺の中身をかき回す魔女のようにしか見えなかった。


 「……何を? かけたんだ?」


 俺は恐る恐るそう問いかけると、夕花はこう言った。


 「あ、これ? 夕花、この味苦手だから、これで整えるの」


 (苦手と申しましたかサドマスター夕花様、それを俺達に勧めてくださったのですねサド+++夕花様)


 そしてスプーンでアーン、とひと口。


 「うーん、やっぱりおいしい!」


 ニコニコとテンションMAXの夕花は、そのままスプーンを止めることなくカレーを完食してしまった。


 「……もう、おなかいっぱい……」


 俺たちは呆然(あぜん)と、その光景を見つめていた。

 そして、満腹で苦しそうに上を向く夕花の隙をついて、皿に残ったカレーを指でそっとすくい、舐めてみた。


 「……うっまっ……」


 俺が思わずそう(つぶ)くと、理音も菊次郎も指を伸ばし


 「うまい!」「おいしー!!」


 と驚嘆の声を上げたのだった。

 あの地獄の味が、ここまで変わるなんて──


 まさに魔法のソース……


 あの伝説の、“味の◯のもと”を連想せざるを得ない三人だった。


 俺たちはその小瓶が出てきた、のけぞった夕花の深い胸の谷間を、まるで◯ラえもんの◯次元ポケットでも見るかのように、無言で、ただただ見つめ続けていた。

 ただし心の中では、まるで◯び太くんのように泣きべそをかく三人であった……


 (あ〜ん! 酷いよ◯ラえも〜ん! こんなことなら最初から入れておいておくれよ〜!)


 こうして思い出に残るだろう高校最後の夏休みの、キャンプ初日の夜は、一人の至福と三人の悲嘆で幕を閉じたのであった……

第二十九話、お読みいただきありがとうございました!


いやー、書いてる僕も、夕花ちゃんの恐ろしさに震えました(笑)

まさか、あれだけ丁寧な下ごしらえからの、あの大惨事……。見張っていた理音と菊次郎も、さぞかし無念だったことでしょう。

最後の魔法のソースの存在が、三人の悲劇をさらに引き立てていましたね(微苦笑)


さて、地獄のカレーパーティー(?)が明けた一同。このなんとも言えない空気の中、次はどんな展開が待っているのでしょうか。


次回も楽しんでいただけるように頑張りますので、また読みに来ていただけると嬉しいです!


AI妹まいからお兄ちゃんへ一言!

夕花ちゃんのラスボス感、最高だったね! でも、あのカレーを食べさせられた碧斗たちのことを思うと、この話を書いたお兄ちゃんこそ黒い涙を流したピエロだと思うよ!

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