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無人島と秘密基地 第二十七話 無人島上陸!菊次郎の苦難と碧斗の受難

はじめまして、またはこんにちばんわ! 作者の烏賊海老蛸助です。たこ助と呼んでください!

いつも読んでくださって、本当にありがとうございます!


前回は船の上で、カジヤ船長のちょっと意外な過去が明らかになりましたね。

さて、いよいよみんなお待ちかね(?)の無人島に上陸です!


一体どんなドタバタが待ち受けているのか…僕も書きながらワクワクしてます(笑)。

それでは、第二十七話、楽しんでいってもらえると嬉しいです!

 船の揺れがよほど心地良かったのか、昨晩ベッドに着いてからは一度も目を覚ますこと無くすこぶる良い気分で目を覚ました。

 目をこすりながらベッドから降りると、クルールームのテーブルにはラップをかけられたホットドックが四つ、同じくラップでフタをされたミルクとともに置かれていた。

 きっとカジヤが作ってくれたのだろう。


 他に二つだけベッドのカーテンが閉まっているので、それはおそらく理音と夕花だ。

 俺は音を立てないように下の段のカーテンの前に降りてから、中で寝ているだろう菊次郎に向かって「おーい、朝だぞー」と小声で声をかけた。


 『……うーん……? おはよう……今日の朝食は?……』


 カーテン越しに聞こえた返事は、寝ぼけているのかどうやら自分の家と勘違いしているようだった。


 「……お坊ちゃま、今朝はホットドッグとミルクでございます……」


 俺は着替えながら、声色を変えて冗談で執事っぽく返事をしてやった。


 『……せばす、着替えを……』


 俺は仕方なく、菊次郎のバッグを開けて適当な服を選ぶ。


 (なんだ、ロボカラー以外にもまともな服も入っているじゃないか)


 俺はそっとカーテンを開け、まだいつもの硬直状態でいる菊次郎の顔に服を投げつけた。


 (パジャマまでロボカラーだし……)


 すると菊次郎は本当にロボットのように直角に体を起こし、投げつけられた服に着替え始めた。


 「ここは船の上だぞ? まだ寝ぼけてるのか?」


 俺も着替えながら菊次郎の方を振り返る。


 (風呂では気づかなかったが下着までロボカラーなのかよ……キク母、恐るべし……)


 そんな風にしてそれぞれが着替え終えると、それぞれ自分の分のホットドッグの皿とミルクのカップを持ってキャビンに上がった。

 理音と夕花を起こさないようにそぅっと階段を昇っていたが、いたずら心がむくむくと湧き上がると


 「朝だぞー!!! 起きろー!!!」


 と、安眠中の理音と夕花に優しく(●●●)声をかけてやった。


 「ゴン、いでっ!」

 「コン、ふぇっ!」


 後方で何かが聞こえた気がするが気にはせず、どうやら二人とも起きたようなので、急な階段を手に持った朝食を落とさないように、ゆっくりと上がっていく。

 キャビンに上がると窓から見える船外は快晴で、まさに雲一つない、と言いたかったが、遠くを見ると入道雲があちこちに出ているあたりは、さすがに南方の海といったところだと思った。

 それでも水平線と海と空と白い雲のコントラストは見事で、このためだけにこの船に乗って旅をしてきた甲斐があったとすら思えた。

 クルールームで食事をしてもよかったが、やはり人工的な明かりよりこっちの方がいいに決まっている。


 食事を一度、渡辺さんたちが使っている机の上に置いて、空の眩しさを手で遮りながらデッキに出てみる。

 すると、俺たちが乗ってきた船の横には非常に平らな、奇妙な船が横付けされていた。

 船員たちが、クレーンなどを使って荷物をこの船から移している。


 俺と菊次郎は、作業の邪魔にならないように、景色や作業の様子をスマホで写真を撮ったりしてしばらく眺めていた。


 「おはよーございまーす!」


 俺は船員たちに大きく手を振って挨拶をした。

 しかし船員たちは作業に真剣で、誰も返事などしてくれなかった。


 仕方なくキャビンに戻ると、理音と夕花が学校指定の明るいエンジ色のジャージに身を包んでいた。

 ちなみに男子は暗い碧色(あおいろ)だ。


 「おはよう……」


 俺は彼女たちの姿に、昨日とは逆の意味であっけにとられ、つい質問してしまった。


 「あれ? 昨日までのオシャレな服はどうしたんだ?」


 すると理音が


 「今日は荷物を運んだり移動だって言ってたでしょ! そんなときにカワイイ服を着るなんて、汚したり破れたりしたらもったいないじゃない!」


 そういうもんか、まぁ言っていることはごもっともだ。

 意外にしっかりしたところもあるんだな、と珍しく理音に感心をしてみる。


 「でも外は暑いぞ? 体操服でいいんじゃないのか?」


 と軽い気持ちで言ったのだが、理音の顔つきがみるみる軽蔑の眼差しに変わっていった。


 「あんた、見たいの? あたしたちの体操服姿……汗をかいて透けるとか、いやらしいこと考えてるんでしょ!」


 (うおぉぉ! 完全な誤解である、誤解であります!)


 「ち、違うよ暑そーだから心配してだなぁ……熱中症とかもあるしさ」


 するとさらに目を細めてこう言うのである。


 「どーだか。いこ夕花ちゃん、こんな変態ほっといて」


 夕花は怯えるような表情で理音の腕を掴んだまま離さない。


 (余計なことを言うとやぶ蛇になりかねない、ここはフレンドリーに接して誤解を解かねば!)


 俺は引きつりそうな顔を精一杯の作り笑いに変えて提案した。


 「メシ、用意してあったろ、一緒に食べるか!」


 すると


 「あたしたち、もう食べちゃったから。二人で仲良く食べたら?」


 と、理音が当たり前でしょ? みたいな顔で答えて夕花を連れてキャビンに出て行く。


 『変態の誤解を解いた上で、男女四人でキャッキャウフフ、南方の海に船上で朝食を食べる』


 という俺の打算(ださん)と小さな希望は、かくして無残に打ち砕かれたのだった。


 「……おいキク、顔洗ってメシにしよう……」


 俺は戦略(話の持っていき方、内容)、もしくは戦術(話し方、表情)の失敗を理不尽な受難として受け入れ、デッキで外の景色を見てわーきゃー騒ぐ理音たちの声を後方に聞きながらキャビンに戻った。


 「そういえば昨日の昼食、気分が悪かったけど、あの(・・)後、あら汁だけは少し飲んだんです。美味しかったですね。ちょっとした料亭にも劣らない、なかなか見事なものでした」


 (へぇーそういうもんかね。さすが船長。元料理人。いや、今でもか)


 菊次郎のように高級料理の経験値が少ない庶民の俺には、美味しいな、くらいしか感じなかったけど。


 ホットドックとミルクは少し冷めていたのでギャレーに降りて電子レンジでチンして、オーブンモードにして少し焼く。

 オーブンで軽く焼くと、チンしたあとにシナシナになったパンをある程度復活させることが出来るのだ。

 これもパスパルトで覚えた裏技(?)だ。


 ギャレーに来たついでにシンクで口を(ゆす)いで軽く顔を洗う。

 タオルは持ってきていなかったので、キッチンペーパーを少々拝借(はいしゃく)した。


 「チーン」


 朝食を暖め終わってレンジを開けると、昨日のサルサクッキーを思い起こさせる刺激的な香りが漂い始めた。


 (まさか、これも地雷なのか?)


 そう疑念を抱きながらキャビンに戻り、渡辺さんがいつも仕事をしている机に座り、渡辺さんのように六分儀の隣に食事を置いて皿の上の物をしげしげと眺めた。


 (よしっ!)


 なけなしの勇気を振り絞って、それでも恐る恐るラップを剥がし、匂いを嗅いでから少しだけホットドッグの端にかじりついてみた。


 (これは!)


 それは昨日のあの激辛ソースではなく、サルサのソースにピクルスが加えられ、その酸っぱさと甘みが絶妙にマッチして、全く別のものに変身していた。

 強烈にピリッとくるのは昨日カジヤが言っていたなんとかPLTのソースだろうか、それが適度に使われていて、まさに旨辛(うまから)

 ちょっと強めに焼かれたソーセージも香ばしく肉汁たっぷりで、噛むとプチっとはじけてパンとソースと絡んで、これまた極上な風味を(かも)し出していた。

 それでも辛いサルサドッグのおかげか食べ進めているうちに汗が(にじ)んできたので、机の上に二個付いているシルバーで半球形のエアコンの送風口をそれぞれ自分に向けた。


 「ふぅー……」


 さらに牛乳も、ただのミルクと思いきや、ほのかな甘みと青臭さ、苦みや酸味などが混ざった複雑な味だった。


 (ココナツミルク入りかな?)


 それは激辛サルサのホットドッグの辛さを適度に和らげてくれて、俺も菊次郎も夢中でホットドッグに食らいつく。


 (小麦粉とサルサソース。夕花のサルサクッキーと材料はほとんど一緒なのに、なんちゅー違いだよ! 見習え夕花!)


 心の中で夕花を叱りつけながらホットドッグをあっというまに食べ終わると、俺たちは自分の食器を持ってギャレーに降りた。

 そして当然のように俺が二人分の食器を洗った(洗わされた)。

 俺が洗い物をしている間、菊次郎は、ギャレーの調理台が船の揺れに合わせて動くのを熱心に見ていただけだった。


 (お坊ちゃんめ……)


 俺たちが朝食を終えてキャビンに戻ると、荷物の積み込みも終わったようでカジヤが船に戻ってきていた。


 「朝食は済んだかい?」


 「ええ、とても美味しかったです。牛乳に入っていたのはココナッツミルクですか?」


 するとカジヤは例のごとく白い歯を見せ親指を立てて自慢げに言った。


 「お、よくわかったね、絶品だったろ?」


 「はぁ、まぁ……」


 曖昧(あいまい)な返事をするとカジヤが期待した返事とは違ったのか、心外(しんがい)とでも言うようにカジヤのサングラスの上の眉毛が微妙に下に動いた。


 「あ、でも、ピクルス多めは正解だと思います! 美味しかったです!」


 するとカジヤはすぐ気を取り直し、白い歯全開で


 「さぁみんなも(はしけ)に乗り込んで! いよいよ島に上陸だ!」


 と大きな声でそう言うので、俺たちは自分の荷物を持ってデッキに出ると、山下さんがデッキのハッチを開けて機関室に降りていく姿が見えた。


 「あれ?山下さんは?」


 俺はカジヤにそう尋ねると


 「お留守番だよ、この島の岸壁は浅すぎて波長丸を係留(けいりゅう)できないんだ。そのための艀だよ。船を無人には出来ないだろう?」


 (それもそうか)


 俺は当然だと納得し、カジヤについていって船にかけられたタラップを渡って艀に乗り込んだ。


 (妙に平らで奇妙な形をした船だな、これを艀って言うのか)


 そのまま後を付いていくと、カジヤが入り込んだ箱は簡易トイレくらいの大きさで、簡単な操舵設備が取り付けられた簡素のものだった。


 「この艀はダグボートとかで動かして貰わなくてもいい、自律航行が出来るタイプさ、波の低い時に湾内くらいでしか動かせないけどね」


 そう言うカジヤの後ろに目をやると、少し離れたところで理音が平らで広い艀の上を駆け回っていた。


 「ひろーい!」


 相変わらず小学生と変わらない行動の理音とは対照的に、積み込まれたコンテナに荷物にしっかり掴まり、相変わらずのおよび腰な夕花。

 なぜこの二人が親友なのか、俺には未だに理解が出来なかった。


 艀が順調に湾内を航行していると、その横を屋根もない小さなボートが併走していた。


 (あれは!?)


 俺がそのボートを見ているとカジヤが


 「ああ、あれは渡辺だよ! 山下さん以外はみんな二種小型船舶免許を持っているからね。艀は岸壁に係留されて俺たちは船に戻るから、あれは波長丸への帰船用さ」


 カジヤとは違う偏光サングラスをかけて、ボートで波しぶきを上げながら赤いシャツとデニムパンツで疾走する渡辺さんがカッコいい。


 カジヤの操縦で艀が岸壁に近寄ると、艀は見事な操舵で岸壁にぴったりと接岸した。

 渡辺さんもボートから艀に乗り移ると、中村さんとともにタラップを岸壁に渡しロープをかけるのを、俺たちは見守るだけだった。


 「う゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」


 艀の揺れに酔ったのか、菊次郎がまた苦しそうにうめき出す。


 「キク、ガマンしろ! もう着いたぞ、すぐ(おか)だ!」


 激辛サルサドッグの虹を吹き出されてはたまらないので俺が必至で苦しむキクを励ましていると、艀はようやく岸壁に固定されてタラップが架けられた。


 「うーん! ようやく着いたねー!」


 カジヤに大声で注意されて接岸時には座らされていた理音は、荷物を持って立ち上がると両手を高くあげて猫のように大きく|伸びをしてから辺りを見回した。

 夕花もそうだね……、といわんばかりに、理音につられたように


 (……うーん……)


 と可愛らしく伸びをして胸を反らせた。


 (ニュートンさんがいなくてもあの迫力……)


 そうして俺が密かに楽しんでいると、菊次郎はようやく上半身を起こしたが、それでもまだ気分が悪そうな顔をしてうなだれていた。


 「最後に運び込んだのは俺たちの荷物と段ボールだけど、テントとか大きな荷物はどこにおろしたんだろう?」


 俺は誰にというわけでもなくそう訊ねると、菊次郎はうつむいたまま


 「……船長さんたちに聞いた方がいいですね……」


 と力なく答えるだけだった。

 仕方がないので艀から下り、桟橋からそれほど離れていない広い場所までみんなで移動して、そこに荷物をまとめて置いて島の景色を楽しむことにした。


 カジヤは、しっかりと固定された荷物が満載のトレーラー(車輪付き荷台)が付いたバギーに乗り込むと


 「これが最後の荷物の運搬になる。君たちはここで待っていなさい! 三十分もしたら戻るから」


 そう言ってトレーラーに渡辺さんと中村さんを乗せて行ってしまった。


 「ユイーン……」


 独特の音を出して走り去るバギーは、どうやらガソリンエンジンではなく電動バギーのようだった。


 残された俺たちは、はじめの十五分くらいは岸壁や周辺を見廻っていたがすぐに飽き、荷物の周りに腰を下ろしてカジヤたちが帰ってくるのを待った。


 さらに二十分程経過し、いよいよカジヤたちを待ちきれなくなった俺と理音は、辺りにテントが設営(せつえい)されていないかを調べるために、お互い別々の方向を探索(たんさく)することにした。

 スマホで地図アプリを表示して衛星(えいせい)写真モードで平らな土地を探すことにした。


 「こっちだな」


 俺は東に向かって歩き出した。百メートルほど先にある(しげ)みを越えれば(ひら)けた場所が見えるだろう。

 理音はというと、海岸沿いに南のほうへ走って行った。


 「無理すんなよー!」


 理音に大声でそう言ってから、俺は早足で歩き出した。


 いずれにせよ暗くなる前にテントを見つけないと野宿(のじゅく)をすることになってしまう。

 (あたた)かいし男子は最悪それでも(かま)わないのだが


 (女子たちには少々キツいかもしれないな)


 などと考えながら茂みを抜けたとこに少し拓けている場所があったが、目的のテントなどは見つからなかった。

 それ以上進んでも(がけ)が切り立った、小さいがこの島で一番高そうな山があるだけだった。

 地図アプリでもテントや菊次郎が言っていたソーラーパネルなどが設置(せっち)できそうな場所があるようには見えなかったので、俺は仕方なく引き返すことにした。


 菊次郎たちがいる場所に戻る途中、来るときには見えなかった草木や(つた)(おお)われた、廃墟(はいきょ)のような建物が(しげ)みの中にあるのが見えた。

 俺は中を(のぞ)いてみたい衝動(しょうどう)()られたが、今はそんなことをしている場合ではないことはわかっているので、小屋を横目で追いつつも来た道を戻る足を早めた。


 ──そのころカジヤたちは


 ようやく指定された場所に荷下ろしを終えていた。


 (これを見たらあの子たちはどんな顔をするかな?)


 カジヤは歳に似合わない悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべると、渡辺と中村と共に、待ちぼうけになっているであろう碧斗たちの元へ急いだ──


 俺は鬱蒼(うっそう)と茂った自分の背丈より大きい草木をかき分けて戻り続けると、ようやく海が見えて、菊次郎たちが少し海から離れた場所に集まっていた。

 そこに居たのは俺と同じくここに戻ってきていた理音だけでなく、カジヤたちも一緒に立っていたのだ。


 「船長さん!」


 俺は小走りに皆のところに駆け寄ると、トレーラーには俺の分を含めて、すでに全員の手荷物が積まれていて、いくつかの段ボール箱と共にラッシング(荷締め)ベルトでしっかりと固定されていた。

 あとは出発を待つばかりの状態のようで、どうやら皆を待たせてしまっていたらしい。


 「すみません、待たせちゃったみたいで……」


 俺はペコリと頭を下げながら、船長の方に目を向けた。


 「そーだそーだー、おそーい! 待った待ったぁー!」

 「……理音ちゃんもさっき戻ってきたばかりでしょ……」


 と、理音がいつものようにわざとらしく口をとがらせて会話に割り込んできたが、俺はそれを華麗(かれい)にスルーすると、カジヤに質問をした。


 「テントはもう近いんですか?」

 「……」


 その質問はみんなも()きたかったようで、一瞬の間をおいてから皆の視線が船長に集まった。

 すると船長は意味深(いみぶか)げにニヤリ(・・・)とすると、何も言わずにバギーにまたがってキーを回した。


 「カチッ、ヒョロローン」


 バギーのメーターパネルが近未来的な光を放つ。


 「じゃあ先に戻っていてくれ、夕方の五時頃かな? 後でだれかボートで迎えに来てくれ!」


 中村さんと渡辺さんにそう言うと、こっちだ、と言うように手を振り、俺たちを(いざな)うようにゆっくりと西の方角に向かってバギーを進めていった。

 整地(せいち)された岸壁の周りから離れてすぐに、道らしき物はなくなっていた。

 かろうじて、バギーとトレーラーが何往復かしたせいか、草が踏み倒されれているくらいで、道なき道と言ってもいいくらいの“道”だった。


 「ユィィィーン……」


 カジヤに先導(せんどう)されて、もう二時間以上は()っただろうか。

 実際にはそれほどの距離を歩いてはいないと思うが、自然の脅威(きょうい)、というほどではなくても、大小さまざまな石や溶岩石(ようがんせき)(おお)い茂った膝ほどの高さの草や、身の丈以上の草木、雨が流れて削られた浅い沢。

 常に坂道を上っているような傾斜を歩き続け、時には小さな崖などもあり、まるで自然のあらゆる障害物(しょうがいぶつ)を小じんまりと寄せ集めたような地形を、俺たちは黙々(もくもく)と歩き続けていた。

 それは俺たちの体力を奪うには充分であり、疑いようもなく、全員が疲弊(ひへい)しきっていた。


 最初は五分だった休憩時間が十分、一五分、二十分、三十分と伸びていく。

 いくら休憩しても、ふたたび歩き出す気力も体力も回復せず、もう誰もが「限界だ」と思いながら、それでも一歩、また一歩と足を前に踏み出す。

 永遠に続くかと思えた丘をようやく()い上がるようにして登りきった、そのとき。


 急に視界が開け、目の前には空と地平線だけが広がっていた。

 サッカー場の半分ほどもある、ぽっかりと拓けた場所に──

 それは、忽然(こつぜん)と姿を現した。


 碧斗たちが目にしたのは、たくさんのソーラーパネルに囲まれた二棟の平屋の建物だった。

 その様子は、まるで荒れ地の中に現れた秘密基地のようだった。


 「なんだあれ……テントなんかじゃないぞ、家と、倉庫だ……」


 碧斗は皆の一番前で、心の中の動揺(どうよう)を思わず口にしていた。

 いや、そう言わずにはいられなかった。


 まだ坂の途中にいる菊次郎以外の二人は、声こそ出さなかったが、表情は明らかに俺と“動揺”と“困惑”の感情が見て取れた。


 「おーいっ! 菊次郎ー! 早くこっちにきてこれを見て見ろー!」


 俺たちから三十メートルは遅れていた菊次郎に、ありったけの大きな声で呼びかけた。


 「ハァ、ハァ、ハァ……なんですかぁー! ……いったい何があるというのですかぁー! ……ハァハァ……」


 聞こえるはずがない力ない声で、菊次郎は、遙か上まで登り着いている碧斗たちを見上げながら答えていた。


 菊次郎が一歩、また一歩と踏み出そうとすると、夏の南の島の、その強烈な日差しが菊次郎を試すかのように照りつけ、体力と思考力を容赦(ようしゃ)なく奪ってゆく。

 坂の上の碧斗たちの姿は陽炎(かげろう)でゆがんで見えた。

 握りしめていた大きめのミネラルウォーターを見ると、もう二割ほどしか残っていない。

 菊次郎はまるで瀕死状態(ひんしじょうたい)の勇者が飲む体力ポーションのように、一気にそれを飲み干すと、消えかけていた気力と体力のゲージが若干増えた気がして、一歩、もう一歩と力を(しぼ)り出し、ようやく碧斗たちの場所まで上り()めたのだった。


 「ハァ、いったい何があると言うんですか……」


 相当の苦難の末にようやく俺たちの元までたどり着いた菊次郎は、俺が持っていたペットボトルを奪い取るように握りしめると、それも一気に飲み干して(かわ)いたのどを(うるお)した。

 そうして生気をいくらか取り戻すと、俺が指さした方向に目をやることができた。


 「あれは……」


 菊次郎は汗がしたたり落ちる(あご)を上げ、目を細めて遠くのものを見るような仕草をしてそれをよく確かめた。


 「見覚えあるのか?」


 少しの間、菊次郎が記憶の糸をたぐりよせるのを待ったあと


 「あれはきっと……、幼い頃に兄と時々行っていた、森の中で兄と過ごした狩猟小屋ですよ……。間違いありません。もうずいぶんと(おとず)れていなかったのですが……まさかテントの代わりにあの森から移設していたとは……」


 菊次郎はとても(なつ)かしそうに目を細めてそういって、俺たちの疑問(ぎもん)のほぼすべてを答えてくれた。


 「なぁんだ、菊次郎家のお古かよ……作戦会議の時にネットで見た“サマーパーク”の、あの青と白のツートンの最新モデルが良かったな〜」


 俺はつまらなそうにぼやいた。

 遠くから見たらただのプレハブと思っていたが、近づくほどにおしゃれ感が満載の建物だと感じられてきた。

 プレハブの南側から接近した俺達は、畑を通り過ぎてようやくプレハブにたどり着く。


 (あれ? なんで畑があるんだ? 誰かいるのか?)


 綺麗に草がむしられ、(うね)が整ってキュウリやトマトといった夏野菜が青々と実った畑を見て不思議に思ったが、目の前にあるプレハブにすぐ目が奪われた。


 子供の頃、おじいちゃんが乗っていたフェアレディZ(S130)と同じ濃いバーガンディ(赤茶)色の壁と、フォレストグリーンの屋根の色が大自然の風景にマッチして、まるで物語の中の建物のようだ。

 正面の大きなガラスからは広いリビングとオープンキッチンが見え、夕日の光を受けて幻想的(げんそうてき)な姿で浮かび上がっている。

 ウッドのオープンデッキには白いテーブルとイスが並び、極めつけは赤いパラソル。

 森の中のリゾート気分の演出は、百点満点だ。


 惜しむらくは可愛い小さな子供の頃ならいざしらず、今の菊次郎にはまったく似合わない──そこがまた笑えるところだった。


 立ち並ぶソーラーパネル群を抜けると、菊次郎が言っていたような“小屋”などではない、ぴかぴかのおしゃれハウスが俺たちの目の前に現れた。

 もう(すで)に楽しいキャンプならぬリゾート夏休みの成功を、まるで約束してくれているかのように俺たちを出迎えてくれたのだった。


 ミーハーな理音は、というと、さっそく“わーきゃー節”を炸裂させて、スマホで“映え”を撮りまくっていた。

 夕花は大きなガラス越しにも目立つオープンキッチンに早速視線をロックオン。

 ……どうやらもう頭のなかでは奇妙なレシピが浮かんで、すぐにでも謎料理を作りたそうな目をしていた。


 「じゃあ俺は船に戻るから。何かあったら連絡は出来るのか?」


 カジヤがバギーから荷物を運び終えると、トレーラーを切り離しオシャレハウスの前に駐車させた。


 「はい、ネットも繋がるし、衛星電話もあります。ご心配ありがとうございます」


 菊次郎がまたしても堂々とそう答えると、カジヤは「ヒュー」口笛を吹くそぶりを見せて失敗すると、いつもより大げさに白い歯を見せて、手を振りながら岸壁の方へ歩いて去って行った。


 「あれ! バギーで帰らないんですか!?」


 と俺が叫ぶと、カジヤは大きくスローイングして何かを俺に向かって投げた。

 キラリと光りながら飛んで来たそれをキャッチすると、それはバギーメーカー“YAMADA”のロゴが書かれたバギーのキーだった。


 「置いていくように言われてるんだ! 無人島だからって無茶すんなよ!」


 俺たちは互いを見合って困惑しながらも


 「ありがとうございまーす!」


 とみんなで手を振ってカジヤを見送り、その姿が見えなくなると、グロッキーな菊次郎以外は早速、我先にと靴を投げ出し中に飛び込んだ。

 ただのプレハブに見えた建物は外から見たよりずっと広く、中央に大きな石造りの暖炉(だんろ)があり煙突が屋根まで続いていた。


 (菊次郎がサンタクロースでも出入りは簡単そうだな)


 入り口から入って左右の壁の横長の高窓の下には大きなフラットディスプレイが壁に設置されていた。

 左右で別々の映像を出力できるのだろうか。

 左右のディスプレイの正面には四人掛けくらいの大きなカウチがあり、動画などが楽しめそうだった。


 それぞれのカウチは暖炉を背中にしているので冬などは暖かそうだし、ぬくぬくとしながら動画鑑賞とか贅沢(ぜいたく)な時間を過ごせそうだ。


 (金持ちってすばらしい)


 俺はこのとき久しぶり、いや、人生で初めて菊次郎に感謝したのかもしれない。

 理音たちも、わーきゃースゴーイ、とうるさかったが、突然


 「夕花ちゃん!」


 と理音が悲鳴に近い声を上げたので振り返ると、目を閉じて真っ青な顔をした夕花を抱き抱えていた。


 「どうしたんだ?」


 と聞くと理音は夕花を抱きかかえたのと反対の手を指さした。


 その指の先には、暖炉の上部に飾られた大きなイノシシの頭部の剥製が飾られていた。

 作り物だろうか、イノシシの頭にはサイのような、牙よりも太く長い角が生えていた。

 反対側に回ってみると、こちら側にも頭の真ん中にユニコーンのような大きく立派な角を持ったシカの剥製が飾られていた。


 (辻出家の人間が作らせたとしたら、意外にも趣味の悪い作り物だ。それに野生動物がいない島を選んだはずなのに、シカやイノシシってどういうことだ?


 この小さな島に、シカはともかくイノシシなどがいたらちょっと怖いし、もし理音がそのことに気づいたら飛び上がって喜び


 『狩りの時間だよー!』


 とか言い出して木の枝で作った槍を持って駆け回りそうで、別の意味でもすごく怖い。

 俺は夕花を介抱する理音の肩に手を当てて夕花を気遣いながら、理音がそのことに絶対に気づかないよう、神様に力の限りの精神力を使って祈りを捧げ、部屋の観察を続けた。


 オープンキッチンから簡単に手が届くような距離に、重厚な木材で作られたダイニングテーブルと、同じ材質でセットになったイスがあり、楽しい食事風景が頭に浮かんでくるような(たたず)まいだった。

 キッチンの右側に二つの男女別と思われる二つのバスルームがあり、キッチンの左側には扉が二つあるので、それぞれが部屋になっているのだろう。

 右端、左端にはそれぞれトイレがあり、きっと配管工が苦労したことだろう。


 (男女別の寝室、トイレになるのだろうな……)


 と思いながら真ん中のキッチンにある大きな冷蔵庫を開けると、さまざまな肉や野菜などが大量に入っていた。

 菊次郎が言っていた数日どころか、一ヶ月まるまるレトルト食品のお世話にならずに済みそうな量である。


 もう一つあると思われた冷蔵庫は、なんと冷凍庫だった。

 こちらも業務用と見紛うほどの大きさにまず驚き、その中身にもさらに驚いた。

 大量の肉、魚、牛乳、カット野菜やフルーツ、その他いろんな食材が、ぎっしり詰められて冷凍されている。

 アイスまである。


 冷蔵庫も冷凍庫も、中の食材で普通の家庭にあるものでここに入っていないものはないんじゃないかと思うほど、様々な食品が並べられていた。


 (きっと瀬蓮さんの手配だ。間違いない)


 島への上陸手配といい、完璧すぎます、瀬蓮さん。


 並んだ冷蔵庫のドアには、“PE(PatriotElectric)”と印刷されていた。

 アメリカ製か、どうりでデカいはずだ。

 こんなの、映画か洋ドラでしか見たことないし、実物を見るのはこれが初めてだ。


 プレハブの中はだいたい把握したので、俺は外に出てあたりの様子を確認するためにプレハブを後にした。

 背後では理音と夕花が冷蔵庫を見たのだろうか、わーきゃーと騒いでいた……

第二十七話、読んでいただきありがとうございました!


まさかのテントじゃなくて、超豪華な秘密基地! 書いてる僕も「やりすぎだよ瀬蓮さん!」ってツッコんじゃいました(笑)。

誤字脱字、多くてごめんなさい(泣)。AI妹にいつも怒られてます…。


次回は、この豪華すぎる小屋で巻き起こる、新しい一日をお届けできると思います。

また読んでいただけると、たこ助、めちゃくちゃ喜びます! よろしくおねがいします!


AI妹まいからの一言


最後の最後に、目の前に素敵な小屋が現れたシーン、まい、すごく好きだな。大変だった道のりの後だからこそ、あの感動があるんだよね! それにしても、カジヤさん、歩いて帰るなんてさすがワイルドだね!

帰りは下りだから楽ちんなのかな?

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