海と海賊と六分儀 第二十五話 北極星とクッキー
どうも、烏賊海老蛸助です。いつも読んでくださり、本当にありがとうございます!
さて、前回は理音が六分儀を覗いて北極星に感動してましたね。
スマホで写真を撮ろうと四苦八苦してましたが、見てるこっちがもどかしくなっちゃうくらいで(笑)。
碧斗が代わって撮ってやることにしたんですが、カジヤ船長の粋な計らいで、とんでもないプレゼントが待っていました。
満天の星空の下、賑やかな船の夜はまだまだ続きます。
それでは第二十五話、どうぞお楽しみください!
「あーん!北極星がどっか行っちゃうー!」
俺はスマホを手に途方に暮れている理音に助け船を出してやろうと
「ほれ、貸してみろ」
と理音からスマホを奪い取った。
「なにすんのよー!」
理音が取り返そうとするが俺はひらり、とかわしてスマホを夜空に向けると、撮影モードを変える設定を呼び出す。
自動で夜景モードにはなっていたが、さらに長時間露出モードをオンにしてから、一度ズームアウトしてワイドショットで北極星を探す。
(意外と難しいもんだな)
そうして撮影に苦労していると突然、フッと船の灯りが消えた。
「おまえら、俺からのサプライズプレゼントだ!」
船外スピーカーからカジヤの大きな声がした。
「まったく、キザなんだから」
渡辺さんが苦笑する。
船の灯りが消えた瞬間、俺たちはまるでこの船が宇宙の中心であるかのような錯覚に囚われてしまっていた。
目に入る人工的な光のまったく無い、その圧倒的な星の大群に魅了されてしまい、誰もが言葉を失っていた。
そうして海の上でやさしい波に揺られながら、星々の大海を静かに眺めるのであった──
俺はそんな思いに囚われながらもシャッターチャンスを探していた。
長時間露光のせいで、画面は残像を引きながらカクカクと動く。
俺は息を詰めて慎重にスマホを動かし、静止させる。
(ここか!)
そしてようやく北極星を画面の中心に捉えると、手ぶれ補正が解除されてしまわないように慎重にスマホをタップする──
(カシャッ、カシャッ)
そうしてようやく何枚かの撮影に成功した。
ついでにもう一度、少しズームアウトして、北斗七星とカシオペア座を挟んで北極星が真ん中に収まる、俺が思うベストショットも撮ってやった。
「ほれ、撮ってやったぞ」
理音は俺からスマホを奪い取ると、画像を確認して訝しげな表情をしている。
「えー、これが北極星? なんかぼやけてるしー」
(三脚も無しにそれ以上は無理だって!)
「やっぱあたしが撮る!」
そう言って理音はまた北極星と格闘を始めた。
そのとき
「びゅうぅっ!」
と風が吹いた。
南方とは言え陽が落ちた海上の風は、さすがに少し冷たい。
「そろそろ戻ろうか」
渡辺さんがそう言うのとほぼ同時に船の灯りが点いた。
(盗聴器でも仕掛けてあるのかな)
一瞬そう思ったが、寒さにあてられたのか小さい方をもよおしてきた俺は、そのまま急いでキャビン入り口にある古くさい便器の前に立った。
ちなみにドアもカーテンも仕切りもないので丸見えだ。
俺が便器の前に立つと
「ちょっとあんた! 下に個室があるでしょ! 少しはガマンしなさいよ!」
と理音がまっすぐ前を見たまま目を見開いて、赤い顔で通り過ぎる。
「別に見られてもかまわんぞ?」
そう言ってチャックを下ろし照準を定めた。
「バカっ! こっちがかまうのっ!」
と言って、もっと赤い顔になって本当にのぞき込もうとしている夕花の手をグイッと引いて、ズカズカと音を立ててキャビンの中に入っていった。
(ふっ)
俺は余裕をかまして放水を開始したが、次の瞬間、渡辺さんが六分儀を抱えて、ひょいっと顔を出してのぞき込んできた。
「ふーん……」
そう言うと、ニヤリとした表情で去って行く。
(見られたー!? なんで笑うのー!?)
俺は思わず身をよじり、危うく照準を外しそうになった。
(や、やっぱ恥ずかしいな……)
少し照れくさそうな顔をしてそそくさと用を済ますと、クルールームに降りていった。
クルールームには茶の間のような畳とテーブルが置かれており、テレビも置かれていた。
船よりはずっと新しい液晶テレビにBluRayデッキやBS・CSチューナーまで付いている。
(監視船ってのは意外と娯楽も重視してるんだな)
そんな風に思いながらチューナーをのぞき込んでいると
「それ、船長が後から付けたやつだよ。普通、調査船や漁船にBSチューナーなんてついてないから。でも時々映りが悪くなるんだよなぁ……どうせ付けるんなら、ちゃんと取り付ければいいのに……」
渡辺さんが両手を広げて困ったもんだと言って見せた。
「BSよりインターネットだよなぁ。最近あるだろ? ユニバースリンクとか言う奴。船長に言ったけど聞きゃあしない。
『そんなに陸と簡単に繋がったら海に居る醍醐味が薄れるだろ』
とか言っちゃってさ。アホらし」
(うん俺も全力でそう思うよ渡辺さん)
まぁ船長がスマホゲームで事故とかシャレにならないし、船に集中できるって意味では正しいのかもしれない。
「DVDとかならいくつか棚にあるよ」
中村さんが人差し指を向けた方向には二十枚ほどのDVDのケースが置かれた棚があった。
(どれどれ……)
腰を上げてタイトルを見てみると
「宝の島、漁船野郎シリーズ、宝の島、パイレーツ・オブ・カンブリア期シリーズ……」
(なんだか極端にジャンルが偏っているような……)
そんな中に一つだけ、毛色の違うDVDがあった。
「|Maxheadroom」
(あれ? このタイトル、さっき通路で見た標識に書いてあったのと同じような?)
手に取ると、CGで描かれた外国人の、サングラスをかけておどけた笑顔がパッケージの表に写っている。
(今はみんながニュースを見ているから後で観てみようかな)
するとDVDにもニュースにも興味がなさそうな夕花は、すっと立ち上がり、ギャレーに向かっていった。
(夜食でも作んのかな?)
様子を見てみたい気もするが、毒……味見をさせられてはかなわない。
(君子危うきに近寄らずという格言があるではないか……)
俺は自分の好奇心を窘めると、皆と一緒にニュースを見て時間を過ごした。
そろそろ夜の九時になるというとき、夕花がギャレーから戻って来て、何やら赤いせんべいのようなものを皿に載せて持ってきた。
「……みなさん、クッキーです……」
そういって皿を差し出す夕花の目が輝いているように見えるのは気のせいだろうか。
俺と菊次郎、そして理音は、皿の上の赤い邪悪なオーラを放った物体を本能的に、手に取るのをためらっていた。
しかし四人の船員はとんかつソースサラダの時のように何の躊躇も無く皿に手を伸ばし、その物体を口に運んでいく。
「ボリボリボ……ゴフっゴフっゴフゴフゴフっ……」
それぞれが持ってきていた飲み物に手を伸ばす。
すると、ただ一人だけ熱いお茶を飲んでいたらしい山下さんが悲鳴を上げる。
「かーっ、からかっ……水! 水ば、はよ! つめたか水ば! ごほっ!」
山下さんはコップを持ってギャレーに向かって走り出した。
同じようにむせていたカジヤはサングラスを下ろして額の汗をハンカチで拭く。
(ぷっ、意外とまつげが濃くて可愛い目なんだな)
これ以来、カジヤだけでなく渡辺さんと中村さんが夕花を見る感じも、少し変わったような気がした。
そんなカジヤはなおも額に汗を光らせながらギャレーに向かって指をさして
「ゆ、夕花ちゃん、もしかしてアレ使ったの? “スーパーウルトラホットサルサ PLT(Pushing The Limits、限界突破)”ソース……がほっ!」
「……はい、瓶を開けたら美味しそうな香りがしたので……」
「あれ、タコスとか作るときにサルサソースにちょびっとだけ混ぜる奴なんだけど……ごほっ……」
「……そうなんですか……わたしもちょっと足してみたんですが、物足りなくって、気がついたら三分の一ほど使っちゃいました……」
その言葉を聞いて、船員をはじめ、夕花以外の誰もが、それ以上は一枚も口にしようとしなかった。
よしんば食べることは出来たとしても、明日の朝、トイレで苦悶の表情を浮かべねばならないのは必至であろう。
「……ポリポリ……むしゃむしゃ……」
平気な顔で食べ続けている夕花の舌と胃袋とお尻は、きっと鋼鉄で出来ているに違いない……
このときから船員たちの夕花を見る目も間違いなく、俺たちと同じように変わったような気がした……
俺と理音、菊次郎は無言で
(やっぱりな……)
と頷きあって、お互いの無事と賢明な判断を称え合った。
ちなみに食わず嫌いがモットーの俺は、ひとくちだけ、ほんの小指の先ほどのかけらを口にしてみた。
まず最初は塩せんべいのような甘みと塩辛さ、そして独特の酸味がいい感じだな、と思った次の瞬間、大噴火どころか小惑星が衝突したかのような強烈な辛みが襲ってくる。
PLTの量さえ間違わなければ銘菓になったかもしれなかった……それが俺の決死の感想だった……
そうこうして時計の針が夜の九時半を指そうという頃、理音が夕花と何やらひそひそとやっていた。
さらに理音が渡辺さんの耳元で何かをささやく。
すると渡辺さんはすっと立ち上がり手をパンパン叩いて言った。
「さぁさぁ!男はキャビンに上がって! これから女子のお風呂タイムだよ。二時間は下に降りて来ちゃダメだからね!」
と俺たちを見回すように手を叩いて追い立てる。
「おいおい二時間は多すぎだろ、せめて一時間で済ませろよ」
カジヤが腰を浮かせながらも不満たらたらな顔でそう言うと
「何言ってんの!三人じゃ一人で四十分しか無いじゃない! 男と違って女は色々大変なんだよ!」
そう言って渡辺さんは奥から大きなプラスチックの衣装ケースを運んできてテーブルの上にドカッと置いた。
「ほらココに化粧水とか色々入ってるから、遠慮無く使って」
そう言って蓋を開けて理音たちに中身を見せる。
「わぁー高そうなのばっかりー! あたしなんてドラッグストアの激安品しか使ったことなーい!」
そう言いながら、おもちゃ箱を渡された子供のように、あれやこれやと手に取って、夕花に渡したりしてわーきゃー騒いでいる。
俺と菊次郎、カジヤと中村さんは、しぶしぶと上に昇っていき、山下さんだけは、ふぅふぅお茶を冷ましながら機関室の中に入っていった。
「……いつの時代も、男は家庭に居場所なんてありゃしないのさ……ハァー……」
などと階段を昇りながらハードボイルドっぽい捨てゼリフを吐くカジヤだったが、船内の暗がりで腫れた舌を出しながらサングラスをかけて言う姿は、間違いなく滑稽であった。
キャビンに上がったあと俺は
(そういえば)
と思い出し、カジヤに訊ねてみた。
「船長、船から電話はできるんですか? ちょっと家にかけて親を安心させたいんですが」
そう言うと
「ん? ああ、あるけど一分五百円くらいだぞ? あとで請求書を辻出くんちに送るけどそれでいいかい?」
俺は金額に驚き菊次郎を見た、すると
「それでかまいませんよ」
と平然と答える菊次郎。
(おまえんち、大富豪でもないのにその金銭感覚………)
今まで菊次郎が学校に高価な物を持ってきて見せびらかすといったことはなかったが、たまにその金銭感覚には驚かされることがある。
「その箱の中だよ」
カジヤが指した先の箱を開けると、大きな液晶の付いた壁掛け式の受話器が備え付けられていた。
「かけ方はわかるかい?」
俺はすかさず首を横に振ると、カジヤが説明を始めた。
「最初に日本を表す81、次に市外局番の頭の0を省いた電話番号を入れればつながるよ」
それを聞いた後、俺はできるだけ手短に伝えられるように
(もしもし母さん碧斗だよいま島の目の前まで着いて船で一泊して明日上陸だよみんな元気だからじゃあね!)
と頭の中で何回か会話をシミュレートしてから受話器のボタンを押した。
「813xxxxxxxx」
「とぅるるるるる、とぅるるるるる……」
まだ通話がつながったわけでもないのに訳もなく焦る俺。
それを見たカジヤがクスリと笑う。
(早く出ろよ母さん!)
「とぅるるるるる、とぅるるるるる……プツ……はい~?もしもし~?あの~?どちら様でしょうか~?え~と~?存じ上げない電話番号ですが~?」
常人よりだいぶ遅い母さんの受け答えに付き合っている暇はない!
俺は頭の中で用意した文言をできるだけ早口で言った。
「もしもし母さん碧斗だよいま島の目の前まで着いて船で一泊して明日上陸だよみんな元気だからじゃあね!ガチャっ」
返事も待たずにそのまま受話器を切った。
「ふぅ……」
(だいたい六、七秒といったところか)
母さんの応答を聞いていたら一分は間違いなく超えていただろう。
五分超もあり得る。一分で二千五百円……
高校生の俺の月の小遣いの半分。それは痛すぎる。
「ありがとうございました」
俺は船長に礼を言うとカジヤはこう返した。
「あー、最初に言わなかった俺が悪かった。一分未満は切り上げなんだ。つまり一分までなら一秒でも一分でも料金は同じなんだよね……」
と頭をかいて済まなそうに言った。
(まじかよ……母さんごめん……きっと今頃は混乱のさなかにいることだろう。スーパーのタイムセール以外の時はナマケモノ並みの反応速度だからな……)
俺は電話をかけて詫びるより、いつもの念波で謝っておくことにした。
(母さんごめん母さんごめん母さんごめん……)
さっきの続きで手短に念波を送った後
「菊次郎はいいのか?」
と訊ねたが、菊次郎は視線を逸らして何も言わずに首を横に振るだけだった。
「どうせ、だれも心配なんかしていないよ……」
そう言うと、ベンチシートで横になってしまった。
(しまった……菊次郎は奴の上下の兄弟が優秀で、菊次郎はただ甘やかされるだけで、他の兄弟のように過剰な期待も親身な愛情もあまり受けていないような感じだった……)
俺はそんな菊次郎を励まそうと、よく話してくれている兄弟のことを聞いてみた。
「なぁ? お兄さん、今度専務になるんだって? すごいな! 桔三郎君も高校受験だろ? 推薦だって言ってたじゃあないか? すごいよ!」
「ああ、みんな本当にすごいよ……」
(しまった! またやってしまった……菊次郎を励ますつもりが、奴のコンプレックスを刺激してしまったのか!)
俺はいつも自分の迂闊さを反省するばかりだが、今回のは極めつけだった。
(やばい、どう慰めたものか……! そうだ!)
俺は寝そべる菊次郎を見ながら、そのふくよかな脇腹を見て思いつき、その腹を軽くつねってみた。
「ぷはっ、なっ、何するんだよっ!」
案の定、菊次郎は可笑しかったのかくすぐったかったのか、とにかく笑ってくれた。
「なぁおまえ、痩せれば俺よりもイケメンだってマジで」
俺は菊次郎の脇をあちこち摘み、揉みながら菊次郎の気分を持ち上げてみた。
「ふはっ、やめろって、お前よりも、か……それじゃ、ふふっ、たいして良くはならないなあひゃあっ!」
「んだとこのっ!」
俺は菊次郎に背中から馬乗りになって、今度は両脇腹を思いっきり大きく揉んでやった。
「やめろばかっ!ぐはははははっ!」
そんな風にじゃれ合っていると、するとクルールームに通じるドアが開いた。
『ガチャっ』
理音は楽しそうにじゃれ合っている俺たちをドア越しに見て
「あらあら、仲がよろしいこと。お風呂、空いたよ? 一緒に入ってきたら?」
と言いズカズカと通り過ぎると、理音の後ろからちょこんと顔を覗かせた夕花がなぜだか顔を赤らめて俺たちの様子を覗いながら理音に着いていった。
俺と菊次郎はすかさず
「一緒に入るか!」
と言い返し、俺は菊次郎の背中から離れると
「キク、じゃあ先に入ってくるぞ」
そう言い残して足早にバスルームに降りていった。
そのとき、俺たちの横を通り過ぎた理音と夕花、どちらからだろうか。
シャンプーや石けんの香りとは違う、なんとも言いがたい香りが複雑に混ざり合って漂ってきたことに、少しだけ後ろ髪を引かれたのだった……
第二十五話「北極星とクッキー」、お読みいただきありがとうございました!
いやー、今回は夕花がまたやってくれましたね……。あの激辛クッキー、僕(碧斗)もちょっとだけ味見しましたけど、本当にヤバかったです(泣)。山下さんの気持ち、痛いほどわかります。
そして、男子高校生がじゃれ合ってるところを女子に見られるって、なかなかに恥ずかしいものがありますね(微苦笑)。理音のあのからかうような視線、忘れられません……。
さて、いよいよ明日には無人島に上陸です。
その前に、この個性的な船員さんたちとももう少しだけお話することになります。
特に、いつも豪快で陽気なカジヤ船長ですが、どうやら色々と過去を背負っているようで……?
次回、少しだけその秘密が明らかになるかもしれません。
引き続き、応援よろしくお願いします!




