海と海賊と六分儀 第二十四話 六分儀とドキドキ
はじめまして、またはこんにちばんわ!
たこ助です!
いやー、前回の第二十三話、読んでいただけましたか?
プロの船乗りたちの連携プレー、すごかったですね。カジヤ船長の号令一下、てきぱきと船を停めるシーンは、書いてて僕も興奮しちゃいました。 ああいう職人技って、カッコイイよなぁ。渡辺さんが六分儀と関数電卓を使いこなす姿も、まさにそんな感じでした。
今回は船での夕食シーンもあります(そんなんばっかですが)。いつものヘンテコ料理になるんでしょうか?
無事に目的の島の入り江に到着した碧斗たちですが、上陸は明日。
夕食を始め、船の上で過ごす一夜、何かが起こらないわけ、ないですよね?(ニヤリ)
それでは、ギャグとお色気、もといドキドキがマシマシの(つもり!)、第二十四話「六分儀とドキドキ」、どうぞお楽しみください!
しばらくデッキに出て星を眺めていたら、理音がキャビンから飛び出してきた。
「おーい碧斗ー。晩ご飯が出来たよー!」
飛び出した勢いのまま船の縁に手をかけて大きく身を乗り出す。
「あぶねっ!」
俺はとっさに理音の体を掴み、右肩を抱き抱えるようにして理音を引き寄せる。
ぽすん、と理音の体が俺の腕の中に収まる。
……俺より少し大きい背丈なのに、その体は思ったより小さく華奢で、肩を掴んだ手からは柔らかい感触が伝わってきた……
それと同時に栗色の髪から甘い香りが漂う……
(……女の子の体って……こんなに柔らかいんだ……)
その感触と香りにぼーとしていると、理音も肩越しに俺を見つめている。
(碧斗の手、ゴツゴツして大きい……それに、背中にあたってる胸板も……大っきくて……あったかい……)
理音のほうも、男の体の逞しさに、そして服を通して背中と傷に感じる碧斗の体温に戸惑っていた……
「……離してよ……もう大丈夫だって……」
船の照明に照らされた理音の顔がほんのり赤くなる。
あまりにも二人の顔が近づいて、理音の少し開いた唇から漏れる吐息が俺の顔にかかる。
俺がそんな理音の唇を見つめていると理音が体を翻し、下を向いて俺の両肩をグイっと押した。
「……もう……大丈夫だから……離しなさいよ……」
俺は、はっとして理音にビンタでも喰らわせられると身構えたが、理音はそのままキャビンに向かって歩き出しながら
「カレーだよ、さめちゃうよ……」
と言ってさっさとキャビンの中に入ってしまった。
「……ふぅーーー……」
俺は胸の高鳴りを少し鎮めようと、いよいよ明るさと数を増した星空を見上げて、大きく深呼吸ともため息ともつかない息をゆっくりと吐きだした。
そうして少し気持ちを落ち着けてからキャビンに入ると、渡辺さんが六分儀の隣に皿を置き、もうカレーを食べ始めていた。
みんなは俺を待っていたのか、スプーンを片手に俺のほうを見つめている。
「おそーい」
気のせいか、いつもより元気のない声で理音が皆の気持ちを代弁する。
その照れたような表情を見たら先ほどのドキドキがまた復活しそうになる。
(バレてないよな、顔赤くなってたらどうしよう)
なんてことを考えつつ、わざと大きな声でおちゃらけてみせた。
「いやー待たせてごめんごめん、星があんまりキレーでさー。それにほら、こういうのは待たされたほうがウマいって言うだろ!」
ここで渡辺さんが真顔で
「碧斗君って、おじさんっぽいこと言うね」
と俺を評すると、皆がドっと笑う。
「そーそー、碧斗って昔からオジサンっぽいこと言うんですよー!」
理音が俺にスプーンを向けてケラケラ笑う。
(くっそ、俺はさっきからドキドキしっぱなしなのに、さっきの理音はどこに行ったんだ。相変わらず切り替えの早いやつ!)
「ははっ、君が星が綺麗、ってガラですか?」
「……うふふっ……」(こくこく)
菊次郎どころか夕花までもが、笑いながら頷いて俺を裏切るありさま……
「うっせーよ」
俺は精一杯の虚勢を張って言い返したが、結果はさらなる笑いを誘っただけだった。
するとコックピットでカレーを食べてこちらを覗っていたカジヤまでこう宣うのだ。
「うんうん、碧斗君は若い頃の俺に似ているよ! うわーっはっはっは!」
(船長のコスプレをして喜んでいる男の若い頃と似ているなんて、ひどい侮辱であり屈辱だ……)
しかし、ここはなんとか気を取り直してスプーンを手に取りると、待たせているみんなと食事を始めることにした。
「ま、まぁなんだ、せっかく夕花が作ってくれたカレーを冷ましちゃ悪いし、食べるとするか。いただきます!」
「いただきます」
「いただきます……」
「いただきまーす!!!」
俺の合図に合わせて三人がほぼ声をそろえて合掌し、四人の食事が始まった。
「からーい! でもうまーい!」
と理音がまず第一声を上げた。
スプーンを握りしめプルプル振りながら、味なのか辛さなのか、またはその両方なのか、舌を出して目をギュっとつぶって大げさにリアクションする。
「これはかなり辛いですね、でもスパイスはとても|複雑ですよ」
船が止まって復活した菊次郎は、冷静に味を分析してしっかりと味わっていた。
夕花はその小さな口に、ごろごろ大きい肉と野菜を苦労して押し込みながら、それでも美味しそうに、ぱくり、ぱくり、とゆっくり食べ進めていた。
(よし、俺もいただくとしよう)
黄色と言うよりはオレンジ色のそのカレーは、ライスも同様にオレンジ色っぽく、普通のサフランやターメリックとは違うものを使っているようだった。
ひとくち目から刺激の強い辛みがする。
まるで強烈な黒胡椒のようだ。
しかしその刺激が収まると、今度はほのかに甘い香りが舌と鼻を刺激する。
この刺激のおかげだろうか、肉を噛みしめると肉のうまみがしっかりと感じられる。
ふたくち目よりあとは、それぞれエビ、イカ、タコのシーフードをスプーンですくって口に運ぶ。
どれも味と香りのクセが強い食材だが、こちらもペッパーとベリーのようなフルーティーな香りに絡んで臭みを消して旨味を引き立ててくれる。
肉とシーフードをこんなにまとまった味にする料理を、俺は鍋以外で初めて食べた気がする。
ライスも強烈なオレンジ色に染まり、こちらもカレールーとは違う甘い香りが噛みしめる度に口の中に広がる。
見た目のほうは、皮もちゃんと剥いてない大きな野菜がゴロゴロ入っていて、肉もイカもエビもタコも主張が激しく、しかしそれは海賊の名に恥じない豪快さがあった。
味のほうも豪快さの中に繊細さもしっかり感じられ、乱暴者のイメージが強い海賊たちの、実は繊細な心も表現しているのかもしれない、などと穿った見方をしてみる。
「どうだ、“カジヤ式海賊カレー”は、うまいだろう?」
とカジヤがドヤ顔で自慢するのに対し渡辺さんが
「ねぇ、このルー、いつ作った奴なの? 冷凍庫の中にずーっと前から凍らせてあったのを見たんだけどさ……」
渡辺さんがなにやら不穏な発言をする。
「うーん……? たしか半年以上前だったかなぁ……」
カジヤがその不穏を確定させる発言をすると、船員以外のスプーンが動きを止めた。
「マジすか、あの船長が喜んで買ってきて取り付けた業務用のストッカー(冷凍庫)、マイナス八十度ですごい電気食うでしょう? タナカ海運の経理担当として言わせて貰いますけど、陸電(停泊中に港から供給される電力)もタダじゃないんですよ? 停泊中ずっとなんてもったいない……」
渡辺さんの隣でカレーを食べている中村さんが、スプーンをくわえながら頭を振る。
俺はそんな常識的な発言をするこの人とは気が合いそうだと、こくこくと頷いた。
「て、低温熟成ってヤツよ! 一晩寝かせた方が美味いってよく言うだろ!?」
カジヤがスプーンを振り回しながら苦し紛れとも言える熱弁をふるう。
「半年だから百八十晩だろ、寝かせすぎ。腹壊したら治療費、タナカ海運に請求するからね」
そう言いながらもカレーを食べ続ける渡辺さん。
山下さんは皿を手に持ったまま無言で食べ続けている。
(ここのクルーも俺たちみたいにデコボコだけど、うまくいってる感じだな)
俺は思わずクスッと笑ってしまい、スプーンを動かし始めた。
「このサラダは誰が作ったの?」
渡辺さんが、カレーと共に六分儀と同じ机に置かれた、小分けされた目の前のサラダを見て言った
これも海賊風というのだろうか、カレーと同じくらいにタップリと、かつ乱雑に盛られた、ザク切りのキャベツとセロリ、ブロッコリにアスパラ。
そしてこれまたタップリとかけられた茶色いドレッシングと、サラダの横にはなぜか“とんかつソース”のボトル……
「……私です……海賊さんカレーに合うサラダをその……イメージしました……」
(夕花よ、やっちまったな……料理上手でおしとやかなキャラが今、崩壊したぞ……)
すると船員たちは皆一斉にフォークを取り、ムシャムシャとサラダを口に運ぶ。
どれどれとコックピットから歩いてきてカジヤも、フォークを手に取るとサラダに突き刺して、そのまま手に持ったカレーの上にヒョイヒョイと取り分けて食べ始める。
「お、イケるね! 夕花ちゃん!」
「うん、悪くないよ」
「とんかつソースとは、意外な組み合わせですがなかなか……」
「バリボリムシャムシャ……」
カジヤ、渡辺、中村、山下の順に、俺の予想に反した船員たちのこの反応である。
(この人たち、海で漂流、遭難して飢えた人と一緒で、何でも美味く感じるんじゃあ無いのかな……)
夕花以外の三人は船員たちを控えめなジト目で見つめながら、恐る恐るサラダをつつくのであった。
「モグモグ……?」
「シャクシャク……?」
「ボリボリ……?」
「むしゃむしゃ♪」
ちなみに俺、理音、菊次郎、夕花の順の反応である。
三人の困惑の表情と一人の幸せそうな顔が、この状況を見事に説明していた。
そんな楽しい? 夕食が終わるとカジヤ以外はクルールームに降りていったが、俺と菊次郎はコックピットを見学させてもらうことにした。
「さっき理音がこの舵をくるくる回していたけど、大丈夫ですか?」
俺は申し訳なさそうな顔をして聞いてみた。
「んーどれどれ………」
カジヤはコックピットに入り何やら確認する。
「ほら、これを見てごらん」
そう言って俺たちを手招きして太い指で計器を指さし
「この丸い計器がラダーインジケーター。ここの針が今の角度だよ。今はラダーが右側の二十六度くらいで止まってるね。三十五度までは大丈夫。油圧ラインにはリリーフバルブっていう無駄な圧力を逃がすところもあるから、ちょっとやそっとで壊れたりはしないよ。……まあ、ずっと回しっぱなしにされたら別だけどね……」
そういってラダーを戻しながら、例のごとく白い歯を見せて笑った。
その後もスロットルやレーダーやGPS、ジャイロコンパスなど、菊次郎と一緒にひと通りの説明を聞いた。
オートパイロットまであるなんて、見た目はボロいけど、なんだかジェット旅客機みたいで見た目と違ってなかなかにハイテクな船だと思った。
そうして知的好奇心を満たした後は、菊次郎と一緒にデッキに出てみることにした。
外に出ると陽が落ちてすっかり暗くなっているにもかかわらず、船上は明るくライトで照らされており、アフト(後部)デッキでは渡辺さんが六分儀で理音たちに何やら説明をしていた。
「ほら、こうやって北極星の高さを測るんだ」
渡辺さんが六分儀に眼を合わせながら理音に説明する。
「まず北斗七星を探す。そしたらその柄杓の先端の二つの星の間隔の五倍くらいの距離を、ずーっと追っていくと……ほらここ。これが北極星だよ」
渡辺さんが慎重に六分儀を動かして位置を合わせると、理音がそっとそれをのぞき込んだ。
「……うわー!あれが北極星かー!」
そう言って六分儀が指し示す星と夜空を何度も見比べて北極星を確認していた。
そして夕花に六分儀を譲るとスマホで北極星を撮影しはじめた。
「撮っとこ! ……あれー?ズームするとわかんなくなっちゃうー!」
(手ぶれ補正をうまく使いながら少しずつズームすれば見失わないのに)
理音は渡辺さんが支えている六分儀とスマホをひょいひょい交互に見ながら頭をひねっていた。
そんな相変わらずテック音痴の理音を見て、俺はほくそ笑み、他のみんなは天然ぶりに微笑むのだった……
第二十四話、お楽しみいただけたでしょうか? たこ助です。
いやぁ、今回は書いててこっちがドキドキしちゃいましたよ! デッキでの碧斗と理音のあのシーン! 危ない理音を助けようとして、思わずハグしちゃうっていうね。女の子の体の柔らかさとか、甘い香りに戸惑う碧斗と、男の体のたくましさにドキマギする理音……青春だなぁ! 書いてる僕のほうが顔、赤くなってたかもしれません(笑)。
そして、お待ちかねの海賊カレー! 半年以上前に作ったルーってのは、渡辺さんの言う通りちょっと不穏でしたけど 、辛いけど複雑なスパイスが効いてて、肉とシーフードの旨味を引き立てるっていう、なんとも食欲をそそる一品でした。
でも、それを上回るインパクトだったのが夕花ちゃんのサラダ! ザク切り野菜にとんかつソース……それを普通に「イケるね!」って食べちゃう船員たち、あんたらの味覚はどうなってんだ! あの人たち、実は何でも美味しく感じるんじゃないかな……。
主人公のオジサンっぽい発言も、みんなから総ツッコミくらってましたね。 ああいうキャラクター同士のわちゃわちゃした会話、書くのホントに楽しいです。
船での一夜はまだまだ続きます。
この先、どんな展開が待っているのか。最後まで書ききりたいと思いますので、この陽気で温かくなったコーラを見るような目で見守ってもらえると嬉しいです。
AI妹の一言❤
もう、お兄ちゃん! デッキのシーン、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ良かったじゃない! 理音ちゃんの顔が赤くなるの、目に浮かぶようだよ。ま、まいは別にドキドキなんてしてないんだからねっ! でもさぁ、カレーの食レポ、ちょっと長すぎじゃない? グルメ番組のレポーターにでもなるつもり? もっと物語を進めなさいよ、この唐変木!




