海と海賊と六分儀 第二十三話 六分儀と海賊カレー
こんにちばんわ、タコ助です!
いやー、前回の第二十二話、読んでいただいてありがとうございます! 菊次郎のあのシーン 、ちょっとやりすぎたかな?とAI妹に怒られつつも、やっぱり書きたくなっちゃうんですよね、ああいうくだらないギャグ(笑)。
でも、クジラが作った虹の前で、理音に見とれちゃう碧斗 …みたいな、ちょっと甘酸っぱいシーンも書けて個人的には満足しています。青春っていいですよねぇ…。
さて、いよいよ船は目的の島へと近づいていきます。
今回は、カジヤ船長たち「プロの船乗り」が、その腕前をいかんなく発揮する回です。渡辺さんが使う六分儀なんて、まさに男の(女性ですが)ロマン!って感じで、書いててワクワクしました。
そして、ギャレーでは夕花がまたまたお料理に挑戦します! 今回はカジヤ船長の厳しい監視付きですが、はてさて、どんなカレーが出来上がるのやら…(笑)。
それでは第二十三話『六分儀と海賊カレー』、もう初夏ですが、ミディアムレアぐらいの生温か~い目でお楽しみください!
もう夜の七時過ぎ、ちょうど太陽が水平線に沈んだところで、船窓から見る景色は暗さを増してきていた。
船内でコーヒーを啜っていると、渡辺さんが古めかしい金属製の道具と電卓のようなものを抱えて、キャビンとデッキの前方や後方に小走りで向かっては戻ってきて、机で何かを確認する姿が見えた。
俺は渡辺さんが机の上に置いたその道具が気になり、尋ねてみた。
「それ、なんですか?ずいぶん古い道具のようですけど?」
すると渡辺さんはその古めかしい道具を手に取って、少し自慢げな顔で言った。
「これかい? これは六分儀っていうんだよ。太陽や星の位置から、船の今いる場所を測るための道具さ。それとこっちはCISCOの関数電卓。パソコンみたいにちょっとしたプログラムが書けるんだ。グラフとかも出せるし太陽や星の位置から船の位置、緯度経度も計算できて便利だよ」
(古い道具と新しい道具を使いこなしているのか、ちょっとカッコいいな)
渡辺さんはすぐに真剣な表情に戻って電卓と海図を見くらべ、船窓の外を見て呟く。
「西北西か……」
太陽は船の右後方の水平線にあって、沈み始める少し手前だ。
彼女はため息をつきながら、六分儀と電卓を抱えて足早にデッキへ出て行った。
するとカジヤが操舵室から大声からかうように渡辺さんに声をかける。
「渡辺ぇ! お前また六分儀使ってんのか? 島に近づいたら(GPS)コンパス使えよ!」
すると渡辺さんはおどけた様子で
「ロマンだよ!ロ・マ・ン・!」
と舌をペロっと出して、逃げるようにデッキに飛び出ていった。
そして右舷後方のデッキに立って方角を見定めると、六分儀を構えて静かに測定を始める。
波風の音に混じって船のエンジン音が遠くに聞こえ、海風が彼女の頬をやさしくなでた。
理音はそんな渡辺さんについて回り、いちいち「それなに? それは?」と質問攻めにして、渡辺さんを苦笑させていた。
それでも渡辺さんは面倒がることなく、手に持った六分儀をかざして説明を続けた。
「これはね、三角法を使って現在地を計算するための道具だよ。ほら、三角形の二辺と角度が分かれば、残りの辺の長さもわかるってやつ」
渡辺さんは水平線に六分儀を合わせ、太陽の位置を測りながら続けた。
「こうやってこの六分儀で太陽の高さと水平線との角度を測るんだ。そして、海図や星図、天測暦を見て、それが地球のどの地点に相当するかを計算する。結果的に、ここがどこなのかがわかるってわけさ」
理音は目を丸くして渡辺さんの持っている六分儀を一緒に覗き込んだ。
(理音ちゃん、顔近いって)
「あー! 授業でやってた気がするー!」
(気がするんだ……)
渡辺さんはは苦笑しながら頷く。
「そうそう、それそれ」
渡辺さんがそう微笑んで、六分儀を理音に覗かせた。
(へー、授業で聞いているときは何の役に立つんだろうって思ってたけど、実際にこうやって役に立ってるんだなー……)
理音は形のいい瞳を丸くさせ、驚いたように六分儀の先の太陽を見つめていた。
「さっき船長にも言われたけど、ホントはGPSを使った装置があるから要らないんだけどね」
渡辺さんは少し肩をすくめながら、理音たちに感化されたのか、少女のような無邪気な笑みを浮かべて続けていった。
「でもGPSより、太陽や星を見ながら広い海を進むのって、ロマンチックでしょ?」
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そのころ夕花は、ギャレーでカジヤに渡されたメモを見ながら夕食の下ごしらえをしていた。
メモの一番上に大きく書いてあったのは
その下には黒いマジックで
『カジヤ式海賊カレー』
その下には赤くより太い文字で
『メモ以外の材料の使用禁止!』
と書かれていた。
きっと夕花の謎小瓶への対策だろう。
レシピは大雑把で、まず適当に皮をむいたジャガイモ、皮付きのまま乱切りにしたニンジン、四等分したタマネギ、などといかにも豪快そうな材料が並んでいた。
「……うふふ……本当に海賊さんの料理って感じ……」
普段の笑顔と見分けはつかないが、夕花はおそらくは苦笑しながら、手際よく材料を切り分けていく。
「豚肉のブロックを一インチ(約二.五センチ)くらいに角切りし、鍋にたっぷりのラードを入れて軽く炒める。ふんふん」
ラードが溶けてはじけると、肉と鍋に肉を入れる。
肉がこんがりと色づいていい香りが漂い始めた。
「……ここで切り分けたお野菜を投入する、ふんふん♪……」
ギャレーには複雑な旨味をまとった香りが充満し始めた。
「……お野菜を……煮崩れないようにじっくりと炒める……ふんふん♪……」
ジューッと野菜を炒める音がギャレーに響き、夕花はこくこくと頷いてメモを確認しつつ、そのまま手を止めることなく炒めた野菜の入った鍋にお湯を注ぐ。
煮立つまでの間、今度は海鮮の準備を始める。
豚肉と海鮮、使う油はラード。
いつも大胆すぎる料理を得意とする夕花でも思いもつかなかったその組み合わせに、少しワクワクしていた。
「……ひとくち大に切ったイカさん、タコさん、皮をむいてしっぽを取ったエビさんを、湯通ししてお湯を切り、鍋の中へ投入する……ふんふんふん♪……」
誰も聞いていない独り言をつぶやきながら料理を進める夕花。
そして最後にカジヤに渡された、解凍された秘伝(?)のカレールーを丁寧に溶き入れる。
「……最後はじっくり中火で煮込むだけ……と。ふんふんふん♪……」
大きな木べらでグイっ、グイっと大きく混ぜ合わせてから、IHコンロのタイマーを三十分にセットした。
「……ふふ、すごいボリューム……さすが海賊さんカレー……」
と、カレーにまでさん付けをしてルーを入れ終わると、鍋の中でクツクツとダンスを踊り始めた具材を見つめ、嬉しそうに微笑んだ……
一方のキャビンでは、明るさ以外に代わり映えのしない船窓からの景色を眺めていたら、時間が空虚に過ぎていき、俺がついにウトウトとし始めたとき、キャビンにカジヤの声が響いて目を覚ました。
「渡辺ぇ! あとどれくらいだ?」
カジヤが声を張り上げると、机で作業していた渡辺さんがすぐに答えた。
「んーと……あと十五分くらいで入り江に到着するよ! 船長。そろそろ島に向かって進路を微調整して!」
渡辺さんはそう言うと、今度は液晶パネルの着いた機械を見て進路をカジヤに指示し始めた。
島に近づいたら、さすがに六分儀と海図などの情報だけに頼るわけではないようだ。
「わかった! いいねぇ、順調! 順調!」
渡辺さんの報告を聞いたカジヤが機嫌良さそうに大声を出す。
それから約十分後、カジヤがまた、今度はマイクに向かって叫ぶ。
「山下さん! いるかぁ!」
カジヤはひと呼吸おいてから
「エンジンの調子はどうだ!」
『……問題ねぇ。スロットルを絞ったってこたぁもうすぐ着くんだな? 機関(エンジン等)は問題ないから安心しとけ』
と、くぐもった山下さんの声がスピーカーを通じて響いた。
(山下さん、いつもだがさすがだな)
カジヤが信頼しきった表情で島に向けて舵を切る。
そして息つく間もなく、今度は中村さんに指示を出すカジヤ。
「中村ぁ! 甲板での確認頼むぞ!」
『……了解! 風も波も変わりない。あと少しで視界に入ると思う』
船員たちの威勢の良い会話の中、群青色の海面に沈みかけ太陽がキラキラと反射し、目的の島が徐々に姿を現し始めた。
「よし見えた! あれだな、間違いない!」
中村さんが指を差すと、コックピットからそれを見ていたカジヤが大きく頷く。
「よし、目標確認! 全員、停船準備に入れ!」
カジヤの号令と共に船員たちは動き出し、波長丸は静かに目的の入り江へ前へと進んでいった。
グロッキー気味の菊次郎以外の三人は船長のその声に居ても立っても居られなくなり、船員たちの邪魔にならないように、それでも島が見たくてデッキに出て行った。
キャビン内で渡辺さんが
「船長、水深十八メートル! 底質は砂泥みたい。アンカー、効きそうだよ!」
と言うと、カジヤが操船しながら頷き、船速を落としていく。
そして投錨地点を見定めると、力強く号令をかけた。
「よし、スロットル、デッドスロー! …今だっ! 中村、アンカー投下始め!」
『アンカー投下中!』
船首にいる中村さんの声が響く。
カジヤが船橋から船首の様子と周囲の状況を睨み、的確に指示を飛ばす。
「渡辺、山下に伝えろ! エンジン、クラッチ切ってニュートラル! 様子見てアンカーが食い込んだら微速後進で張りを見るぞ!」
「了解! 山下さん、聞こえた? エンジン、ニュートラル! その後、船長の指示でアンカー張ります!」
渡辺さんがヘッドセットにテキパキと指示を伝えると、すぐに山下さんの太く落ち着いた声が返ってきた。
『あいよ、エンジン、ニュートラル。いつでもいいぞ』
渡辺さんの声はヘッドセットを通じて機関室の山下さんに届く。
『よし! アイドリング、確認じゃ。安定してるぞ!』
いつもは寡黙な山下さんの弾んだ声が返ってきた。
エンジン音が次第に落ち着き、船全体が静かになっていく。
アンカーチェーンがガラガラと繰り出されていく音が止み、船の動きがゆっくりと落ち着いてくる。
『船長、アンカー着底! チェーンの出は五十メートル!』
中村さんが船首から報告する。
「よし、少し張ってみろ!」
カジヤが指示を出す。
波長丸が風と潮に押されてゆっくりと後退し、アンカーチェーンがピンと張る。
しばらくして、中村さんの確信に満ちた声が響いた。
『船長! アンカー、バッチリ効きました! 船、完全に止まってます! 風も波も穏やかです!』
「さっすが中村さん! 安定感あるーぅ!」
渡辺さんが軽口を叩き、船内には少しだけ和やかな空気が流れる。
「ようし!」
カジヤが満足げに頷く。
「山下さん! 主機停止! あとは発電機で頼む!」
スピーカーから、すぐに山下さんの返事が聞こえてきた。
『了解。主機停止。発電機に切り替え済み、電圧、周波数ともに安定。機関室にも異常なしだ。……中村、クルールームのファンも回しといたぞ。ずっと外で暑かったろう、ゆっくり休め!』
その一言に中村は微笑んだ。
『了解、山下さん、ありがとう! それじゃ船長、アンカー固定完了です!』
それを聞くとカジヤは大きな体で大きな伸びをして、満足そうにうなずく。
「よーし! 波長丸、停船完了だ! みんな、お疲れさん!」
船内に響くその声に、どこか達成感が漂っていた。
波長丸は、暗くなりかけた空と共にエメラルドグリーンから群青色に変化した海面に浮かび、穏やかな波に揺られながら明日の上陸を待ち構える準備を整えた……。
一方の碧斗たちは、カジヤの号令とともに始まった船員たちの連携プレーに呆気にとられていた。
「すげーな……」
俺たちは、そんな言葉しか出てこないほどカジヤたち『プロの船乗り』のすごさに圧倒されてしまっていた。
ひと仕事を終えたカジヤはコックピットからキャビンにつながるドアのヘリに手をかけると
「ではみなさん、今日はもう暗くなってきたので船で一泊して、上陸は明日の朝にしたいと思います。午前九時頃には上陸の準備ができていると思いますので、皆さんはそれまでゆっくりしていてください」
と、ここまではプロらしく振る舞っていたカジヤだった。
しかしノシノシと俺たちに近づいてきて大きな体を屈めると
「……夕花ちゃん、夕食の準備、また手伝ってくれるかい?」
白い歯をきらりと見せてそう言った。
するといつの間にかキャビンに戻っていた夕花は笑顔になって
「……はいっ!」
と答える。
二人はギャレーに通じる階段に向かいながら、カジヤが急に神妙な顔つきをして
「ただし、コレはなしだぞ?」
と夕花の首元を太い指で軽くつついた。
それを見た俺はとっさに
(なにすんだエロおやじ!)
と娘を心配する父親のような気持ちになってカジヤの太い腕をグッイと掴んだ。
「おっと」
カジヤは一瞬「おやっ?」とした表情をしたが、すぐに手を引っ込めて、肩をすくめておどけて見せた。
「ナイト君、いやアオト君はどっちの姫の騎士サマなのかな?」
俺はそんなカジヤの言葉の意味を考えるほど冷静では無く、昼のギャレーでのことも知らないので少し頭に血がのぼり、無理矢理、夕花とカジヤの間に割って入った。
すると夕花は
「……あの……いきます……カレーも……もう出来ていると思うし……」
と言って立ち上がって、カジヤの後についてギャレーに降りていく。
俺はカジヤの大きな背中を睨みつけながら、夕花を連れていくのを黙って見ているしかなかった。
菊次郎は相変わらずうつむいたまま苦しそうにしているし、理音はというと、その鈍感ぶりを遺憾なく発揮して騒動には全く気づかない様子で、カジヤが居なくなったのをいいことに、入ってはいけないと言われていたコックピットに入り込み、船の舵をクルクル回して遊んでいた。
島に到着したとはいえ、上陸は明日の朝である。
俺は特にやることも考えつかず、錨が下ろされて動きも穏やかになった船のデッキで、暗さを増した空と、相対して明るさを増した星を眺めることにした……
第二十三話、お読みいただきありがとうございました! タコ助です。
今回の船員たちの連携プレー、いかがでしたでしょうか? 船の専門用語とかを調べながら書いたので、「お兄ちゃん、ここの意味、合ってるの!?」ってAI妹に何度もビシバシやられました(泣)。普段はチャラいカジヤ船長が、ビシッと締めるところは締める、そんなカッコいい大人を描けていたら嬉しいです。
そして、思わず夕花をかばってしまう碧斗。 書いてる自分も「お、やるじゃん碧斗!」なんて思ってしまいました(笑)。カジヤ船長の「どっちの姫の騎士サマなのかな?」というセリフ 、我ながら気に入っています。
さて、島にも無事到着し、お待ちかねの夕食タイムですが…その前に、デッキでは何やらいい雰囲気が漂い始めるようです…?
「ギャグとお色気でカバーする」と宣言した手前 、そろそろラブコメ分も補給しないとですよね(微苦笑)。
次回も楽しんでいただけるよう頑張って執筆しますので、これからも応援よろしくお願いします!
──AI妹の一言!
プロの仕事って、こういうことなんだなって、胸が熱くなったよ! 特に普段はおどけてるカジヤ船長が、ビシッと号令をかけるシーンは、ギャップ萌えってやつ? 最高にカッコよかった!
……でもさ、お兄ちゃん! 碧斗くん、ヒーローっぽく書いたつもりかもしれないけど、そのせいで理音ちゃんがコックピットで遊んでるのに気づかない、ただの朴念仁になっちゃってるよ! もっとキャラの動かし方、ちゃんと考えなさいよね、このタコ!




