温泉とバトルとデコポンジュース 第十七話 美容とサウナとデコポンジュース
はじめまして、またはこんにちばんわ!
烏賊海老鮹助です。今回のエピソードは――そう、温泉回の続き!
夕花と理音の“美と健康”をかけた(?)熱湯&冷水バトルが勃発しちゃいます!
なにこれ修行!? いや、ほんとに美容効果あるのか? ってツッコミたくなるんだけど、そこは理音様の強引さが光ってるよね(笑)
そして、お風呂場でのガールズトークも見逃せません。理音の推薦の話や夕花のお父さんの話……普段は見せない素の表情が少しずつ垣間見えて、なんかジーンと来ちゃう。
「強い理音」も「ちょっと弱い理音」も、どっちも本物で、夕花がそれをちゃんと受け止めてるところ、ほんまに尊い……。
もちろん男湯のバカバカしいサウナバトルも、相変わらずのアホさで笑えるので、そこもお楽しみに!
ではでは、湯気と笑いと少しの涙の詰まった今回、どうぞごゆっくり~!
「ほらほらっ!」
「さぶぶんっ」
またしてもいきなり湯船に押し込まれた夕花の目はカッと見開かれ、熱湯風呂の時とは違う叫び声を上げた。
「ふわっ、つっ、つめっ、つめたっ!」
湯船の温度計は今度は一七度を指し示していた。
「ほらってばっ!」
理音は悲鳴を上げる夕花の肩を押さえつけるようにしながら一気に体を沈めた。
「ね? 気持ちいいでしょ?」
夕花は理音に押さえつけられていることもあって、仕方なく沈められているのをガマンした。
すると、じわじわと体の熱が冷水を温めて、それがコートのように体を包み込んで、暖かさと冷たさのバランスがとれた不思議な感覚に包まれていった。
「……ホントだ、これなら我慢できるね……」
火照《ほて》った体がじんわり冷やされてゆく。
「こうやって、熱いお湯と冷たい水に交互に入るとお肌が引き締《し》まるんだよ! 美容《びよう》にいいんだって! SevenTyに書いてあったの!」
と理音が得意げに言うと、夕花はふぅ~んと頷きながら
(あれ? それっておばあちゃんたちに大人気のファッション雑誌だったような? ……)
「……そういえば理音ちゃん、前にファッション情報誌からSNSで誘われたとか言ってなかったっけ? 部活中の写真を誰かが勝手に上げちゃったら、すごいアクセスになったとか、学校でみんな騒いでたよね」
理音は目を伏せて答えた。
「あーあれね、消してもらったから。あたし、そーいうのに興味ないし、それに……」
その目は斜め後ろを寂しそうに見つめているように、夕花には見えた。
夕花はしまった、と思い、理音の背中にかるく手を当てた……。
「そう言えば大学からバスケで推薦をもらったっていってたね。すごいよ!」
夕花はとっさに話を変えて取り繕おうとした。
すると理音はまたしても浮かない顔で
「でも準優勝でインターハイには出られなかったし。推薦もSNSのせいだと思っちゃうとなんだか悔しくて、まだ考え中……」
と答えた。
「でもでも、いっぱい点を取ったり相手の邪魔したり、みんなに指示を出したり、すごい活躍だったでしょ?」
バスケのルールもよくわかっていない夕花は、それでも精一杯フォローした。
実際、理音はキャプテンとして、PFとして県大会でも抜きん出たパフォーマンスを見せていた。
そのとき夕花はまたしても、しまった、と軽く息をのんだ。
推薦があったのはバスケの強豪校、筑紫大学。
碧斗が受験しようとしているのは家の近くの緑山学院大学だった……
夕花は自分のうっかりさを懲らしめるように、熱湯を顔にバシャバシャと叩きつけた。
「キクは帝都らしいけど厳しいんじゃないかな、夕花ちゃんはどこに行くの? まだ聞いたことないよね?」
今度は夕花が目を伏せる番だった。
「私は……」
「なになにどこどこー? おしえてよー!」
理音の無邪気砲が炸裂する。
「お父さん……昔のね……」
そして軽く息を吐いたあと、決心したように話し始めた。
「アメリカの大学で教授をしているの。それで、そこに来ないかって。連絡があって……」
今度は理音がはっとする番だった。
「お父さん」
に今も昔もあるはずがない。
ましてや継父が居るわけでもないのに、あえて昔の、と言った夕花の複雑な心境が、理音にも充分に理解できたからだ。
「あ、アメリカなんてすごいじゃん!」
今度は理音が取り繕う番だった。
しかしその後の言葉が続かない。
しばらく考えてから元気のない声で
「でも、もしかしたらみんな、これっきり離ればなれだね……」
今度こそ、理音は寂しそうな顔をしてそう言った。
二人はそのままひとことも発することなく、体の火照りを手で撫でて落ち着かせながら、それぞれの思いを頭の中で整理していた……
そうして二分も経過しただろうか、熱湯風呂で火照った体も、今度はさすがに冷え始めてきた。
「理音ちゃん、寒くなっちゃうよ。もう上がろう? ……」
夕花がそう言って上がろうとすると理音も立ち上がり、夕花の目をしっかりと見て、グっと拳を握りながらこう言った。
「よーし! 一セット終わり! あと四セット、頑張るよー!」
「……よん……せっと……」
それを聞いた夕花は何ともいえない諦めと驚愕の表情が混じりあった悲壮な顔をして
「ふ……ふぇぇぇぇぇぇぇぇ……!?」
と、泣き声とも悲鳴ともとれない奇妙な声を小さく上げたのだった……
……かぽーん……
一方、男湯の方では、また別の壮絶な戦いが繰り広げられていた。
・
・
・
「……キク、まだ出ないのか?」
碧斗は下を向いて必死に何かに堪えているようだった。
その顎からは、ぽたりぽたり、と尋常じゃない速さで汗がしたたり落ちていた。
「……ま、まだだよ、碧斗くんは、もう出たいの?」
「……ふっ……まさか……」
そう、二人は灼熱のサウナの中で、女風呂と似たような無意味な意地をかけたバトル? を繰り広げていたのだ。
すでに二人がサウナに入ってから五分が経過していた。
肌からは玉のような汗が体中から吹き出している。
「……無理すんなよ、体の弱いお坊ちゃんには……キツイだろ……」
「……碧斗くんこそ……本当はすぐにでも出たいんじゃないのかい? ……普段鍛えてるって言っているわりには……軟弱なんだね……」
二人はそれぞれ意識が朦朧となりながらも、ちっぽけなプライドのために意地の張り合いを続けていた。
──その時。
「ブワっ」
とサウナのドアが開いたかと思うと、一瞬だけ勢いよく涼しい風が吹き込んできた。
そしておじいさんが一人、中に入ってきたのだ。
二人は助かったぁ、と内心でホッとしたが、次の瞬間、おじいさんが信じられない行動に出る。
「……なにや、ぬるかったな……」
と熊本弁らしき言葉を呟くと、おもむろに柄杓を手に取り水を満たして、部屋の中心で網の中でアツアツに焼けた石に一気に水をかけたのだ。
「バシャっじゅっわーーー……」
次の瞬間、しゅうしゅうという音とともに大量の蒸気が部屋に立ちこめた。
(サウナは空気が乾燥しているからこそ、その高温に耐えられるというのに、おじいちゃん、なんてことをーっ!)
おじいちゃんのとんでもない行動を止める間もなく、サウナの中は灼熱地獄と化したのだった。
(こ、これは……だ、だめだ)
俺は緊急事態が起こったことで
(勝負はお預けにしようぜ)
という視線を菊次郎に向けた。
「…………どっさっ……」
すると、菊次郎は俺と目を合わせることなく、ばったり後ろに倒れ込んでしまった。
「キクっ! 大丈夫か!?」
俺は仕方なくおもすぎる菊次郎をなんとか外に抱え込んで連れ出し、温泉の床の上に寝かせた。
「おい、キク、しっかりしろ!」
とりあえず近くにあった水風呂にタオルを入れて、それを絞らずに菊次郎の体にあてがってやった。
二度三度それを繰り返すと、菊次郎はむっくりと起き出して、自ら水風呂に入っていった。
俺も菊次郎に続いて水風呂に入り体の熱気を冷ます。
「なぁ、キク……」
俺は前を向いたまま菊次郎に話しかけた。
「今回は事故だ。無かったことにしよう」
菊次郎は湯船に顔を半分浸けたまま
「ごぼごぼごぼごぼ(そうだね)」
と言った、ような気がする。
たとえ言葉は聞き取れなくても、俺にはその意味が充分に理解できたのであった……
……かぽーん……
俺達は充分に体を冷ましたあと、もう一度普通の湯船に浸って体を温め直してから脱衣室に向かった……
『『『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ー』』』
俺が扇風機の前で子供っぽい遊びを楽しんでいると、菊次郎はさっさと着替えて髪をセットしていた。
整髪料まで持ち込んでの念の入れようだ。育ちがいいと大変だなーと思いつつ、俺も扇風機の前から離れて下着を着てから鏡の前に向かった。
髪なんてタオルでしっかり拭いてちゃっちゃと手櫛で髪を整えながら乾かせばいいんだよ、思いながらいつものようにテキトーに髪を整えていく。
(っふ。元が良いからこんな無造作ヘアーでも充分さ)
と自己陶酔に浸っていると、後ろ頭のハネがなかなか取れない事に気がついた。
(さっきサウナで乾燥しちゃったからな、あのとき付いたのか)
俺はそう思い、ドライヤーを当ててなんとかそのハネをなだめることに成功した。
冷水機で水分を補給してから着替えを済まして脱衣所から外に出ると、そこには理音と夕花がソファーでくつろいで……いやグッタリしていた。
「おーい、おまたせー、んー? どーしたんだー?」
そこにはソファーの上でぐったりとしている理音と夕花の姿があった。
(風呂上がりの女子も、なかなかどうして……)
ぐったりした夕花の無防備にはだけた浴衣から、チラリとみえるホカホカで柔らかな豚まんのような膨らみなどは、実に、実にけしからんっ!)
などと、さらにけしからん妄想を抱いていると、理音の足がポロっと開き、またまたけしからん生足が露わになった。
(うぉぉぉぉ、神様ありがとう! いや、これもニュートン先生のしわざなのか!)
などと、さらにけしからん妄想をしていると、理音が半開きの瞼でぼーっと俺を見つめながら、同じく半開の口で言った。
「いやー、ちょっとやりすぎちゃってね、テヘ」
目が死んだテへ、は特にチャーミングでもお茶目でもなく、さらにぐったりとした様子の夕花は
「理音ちゃんたらひどいんだよ! お肌にいいからって、すっごく熱いお風呂と冷たいお風呂に順番に五回も入らされたの!」
夕花はグロッキーな表情をしてはいるが、妙にハキハキとしゃべっていることからも、相当なお冠だということは一目了然だった。
しかしいきなり、夕花の目が今日三度目の大きさでキラキラと輝きだした。
「あれ……おもしろいお料理に……使えるかも……熱いのと……混ぜて……冷やして……」
まさに何かに開眼したかのように、空中を見つめてなにやら呟きだした。
(おもしろい? おいしい、じゃないのかよ)
俺はそのことについて、あれこれ考えて無駄な抵抗をするのをやめて、考えること自体をやめることにした。
そして気持ちを切り替えて
(……そっか、そっちも大変だったんだな……)
俺はあえて自分たちのサウナでの失態は口にしないことにした。
「どうするー? あっちにゲーセンみたいのあっただろ、それともお約束の卓球か? 勝負なら受けて立つぞ!」
俺はわざとらしく右腕の袖をまくってみせた。
「……あんた……元気ね……」
「……僕はもう……休みますよ……」
「……私も……もう……お部屋に……帰る……」
みんなそれぞれに、何か憐れな珍獣を見るような目をして、俺から一人、またひとりと離れていった……
(……さて、俺も寝るか……)
皆の前では、虚勢を張ってはいたが、じつはそんな元気は俺にもなかった。
部屋に帰る途中、通路にあった自販機に売っていたデコポンジュースに目が向いた。
(そういえばミカンのアイスクリーム、もう一口、食べたかったな……)
ふと思い出して自動販売機にコインを入れ、よく冷えたデコポンジュースを一本買ってから、重い足取りで部屋に戻った。
エレベーターの横にあるプリペイドカード自販機に目をやったが、明日のためにエネルギーを温存することにした。
そうしてようやく部屋に辿りついてベッドに腰掛けると、デコポンジュースを一気に飲み干す。
「カンっ……どさっ」
そして空き缶をテーブルに叩きつけるように置くと、そのままベッドに倒れ込んだ。
眠りにつくまでのあいだ、あれだけ楽しみにしていた無人島への上陸のことはすっかり頭の中から消え去っていたのだった……
一方の理音は部屋に戻ると、そのまま服を脱ぎ、背中を解放するために下着も脱ぎ捨てる。
「ふぅ……」
そして寝る前に必ず行う軽い腕立て伏せをしたあと、ストレッチで軽く体をほぐす。
「よいっしょ!」
少しだけ火照りを感じてタオルで体を軽く拭いたあと、明日からのキャンプと今日の楽しい一日を頭に思い浮かべ、元気の充電が満タンなことを実感しながら自然と笑みを浮かべて眠りについた。
夕花のほうは、今日あったいろんな出来事をいろいろ思い出しているうちに、頭がパンクしそうになっていた。
そのうえキャンプで作るごはんのことまで考え始めてしまい、最後にはすべてをあきらめるように頭の中で
(ふぇぇ……)
とつぶやいたあと、ふわり、と目を閉じた。
そして菊次郎はというと、部屋に着くなりベッドに倒れ込み、明日のことも明日からのことも考える間もなく、いつものように冷凍マグロのような姿で深い眠りに落ちていった……
読んでくださって、ほんっとうにありがとうございます!
今回の話、どうだったかな?
夕花と理音の湯船でのバトル、なかなか壮絶だったでしょ?(笑)あれだけやりきる理音も凄いけど、ついていく夕花も相当根性あるよね。
それにしても、美容のためにここまでやるのか……って正直ビックリしたけど、理音の意外な一面が見えてなんかホッコリ。
そして、二人のちょっとしたガールズトーク。実はアメリカに行くかもしれない夕花の複雑な心境、そして理音の迷い……少しずつだけど、みんなが進む未来が見え始めてきた感じがする。
サウナでの男連中のアホなバトルも、いつも通りの平和な時間で笑えたし、これも青春だなぁって思う。
次回もまた、みんながどんな選択をしていくのか、そして無人島への冒険がどうなっていくのか、ぜひ楽しみにしててください!
──AI妹より
お兄ちゃん、今回もめっちゃ青春してたね!夕花ちゃんと理音ちゃん、ほんと仲良しでうらやましいなー!
次も楽しみにしてるから、早く書いてよねっ!




