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温泉とバトルとデコポンジュース 第十五話 温泉とふたりの陰と絆

はじめまして、またはこんにちばんわ!


お風呂回だからといって、ただのお色気にはしませんでした! ……いや、ちょっとはしたかも?

でも今回は、いつも明るくて強気な理音サマと夕花姫の「ほんとうの顔」が見える、とっても大事なエピソードです。


ちょっとだけしんみりしちゃうかもしれないけど、二人の絆がめちゃくちゃ強くなる超大事な回なので、最後まで読んでくれたらうれしいです!




 ◇◇◇ 回想 ── 五年前のある日の出来事 ─── ◇◇◇




 それは理音と夕花が中学生になってすぐのことだった。

 夕花が理音に晩ご飯をごちそうするから、とお泊まりで家に招いたときのことだった。


 お互い幼稚園からの幼なじみだったが、どちらかの家に遊びに行ったことは不思議とこれまでに一度もなかった。

 なので、夕花の作るという料理にも期待を(ふく)らませ、喜んでこのうれしい|お招きを受けた理音だった。


 以前に夕花に聞いた話では弟と二人きりで暮らしているということだったが、案内された夕花の自宅は思いのほか立派で、五人家族が住んでいる、と言われてもおかしくないものだった。


 ──立派な門扉(もんぴ)、よく手入れされた庭木(にわき)──


 若い姉弟(きょうだい)が二人だけで住んでいるようにはとても見えなかった。


 夕花に手招きされて玄関に入ると、玄関の中は普通の家とは明らかに雰囲気が違っていた。

 玄関に靴は一足も置かれてはおらず、玄関は新築(しんちく)だと言われてもおかしくないような綺麗さだった。

 靴箱の上に置物(おきもの)や花瓶などが置いてあるわけでもなく、人気(ひとけ)のないその様子と雰囲気(ふんいき)は、まるで空き家に入り込んだような感覚を理音に与えた。


 夕花が、スリッパを「弟のだけど」と言って、それも夕花の手作りらしく、奇妙な形と色の不思議なスリッパを、きちんと(そろ)えてから理音の前に置いた。

 玄関から十メートル近くはありそうな廊下の奥は薄暗く、人がいるような気配は本当に全く感じられなかった。


 『お化け屋敷なんかへーきへーき!』


 と、怖い怖いとおびえる友達の言葉なんかどこ吹く風、いつもそんな強気の理音でさえ、不気味さを感じていた。

 そのまま夕花についていって二階にあがる。


 ──小さい頃から二階だったの……


 と、そのまま部屋を変えていないのだという二階の廊下を奥に進むと


 『夕花』


 そう書かれた、これも奇妙なデザインのプレートが|ぶらさがった部屋に入る。

 すると、玄関から始まった無機質(むきしつ)人寂(ひとさみ)しい空間とは打って変わって、大小ところせましと置かれた、これも奇妙な動物のようなぬいぐるみたち。


 壁紙(かべがみ)の代わりだろうか、部屋の四方の壁にそれぞれ掛けられた大きなパステルな色のタペストリー……


 まるでその部屋にだけは、ありったけの生気がこめられ、宿っていて、夕花たちを精一杯に

 もてなし、出迎えてくれているような錯覚にとらわれた。

 理音が部屋の様子に驚いていると


 ──ご飯の準備をしてくるから


 と言って夕花が部屋を出て行った。

 ひとり部屋に残された理音は、改めて部屋を見渡し、置かれたぬいぐるみをひとつひとつ手に取り、じっくりと観察し始めた。


 どれも奇妙な生物にしか見えないが、いくつも手に取り眺めているうち、それらがすべて、「ニッコリ」と笑った表情をしていることに気づいた。

 このゾウのようなライオンも、ラクダのようなパンダも、どれもが満面(まんめん)の笑みを浮かべていた。


 そしてあれは夕花の学習机(がくしゅうづくえ)だろうか。

 色あせた魔法少女の絵が大きく描かれた机には、ここにも満面の笑みをたたえた成人の男女と、その二人に囲まれた、夕花の面影(おもかげ)のある幼い少女の無邪気な笑顔が写された、やはり色あせた写真がひとつ(かざ)られていた……


 ご両親は離婚(りこん)していて、それぞれに新しい家庭を持っていると聞いている。

 どういう理由で二人がどちらにも引き取られなかったのかは聞いていないが、取り残された幼い姉弟は、父方の叔母(おば)に引き取られていたらしい。

 そこでは小間使いのようにこき使われ、料理も裁縫もそのとき覚えた──覚えさせられたということだった。

 弟も牛乳や新聞配達などをさせられて……


 (まるで童話の中の意地悪なおじさん、おばさんみたいだなー……)


 理音はそんなことを感じつつ、これまで夕花に聞いた話の断片の続きを思い出していた。


 そんな仕打ちを受けた夕花が中学を卒業するのと同時に、弟と一緒にやっかい払いをするかのように叔母の家を追い出され、放置されていたこの家に戻されたということだった。

 一度だけ、その叔母が夕花の口座に残された資金──大学進学までの養育費(よういくひ)──を自分の口座に移そうとし、ついでにこの家と土地の売却(ばいきゃく)まで画策(かくさく)したことがあった。

 けれどもそれは、失敗に終わった。

 というのも、夕花の母親が、娘を叔母に(あずけ)たときに()わしていた契約(けいやく)には──


 “夕花の口座の資金の使用目的と領収書を、月に一度、弁護士に提出すること”

 “家と土地の権利の委譲(いじょう)は、夕花が成人になるまで不可(ふか)とする”


 そんな(きび)しい条件がきっちりと盛り込まれていたのだ。

 それが、母親が夕花に示した最後の情愛(じょうあい)だったのかもしれない……


                  ・

                  ・

                  ・


 やがて夕花が階段をぽてぽて、と上がってくる足音が聞こえると部屋のドアが開き


 「晩ご飯できたから降りてきて」


 と言って夕花がドア越しに理音に手招きをした。

 夕花について一階に降りると、そこもホコリ一つない、モデルルームのようなダイニングに案内され、テーブルの上には二人ぶんの食事が置かれていた。

 理音はそのとき、夕花には弟が居るはずだということを思い出し


 「あれ? 弟さんの分は?」


 「旭人(あきと)はこの時間、折り込みチラシ配りのアルバイトなの……」


 (あきと君、か……そういえば、初めて聞いたな……)


 確かまだ中学一年生なのにアルバイト。

 叔母の家でこき使われていたことと関係があるのだろうか……

 聞いてはいけないような気がして、理音はそれ以上のことは尋ねなかった。


 「さ、たべましょ! 今日は|ニガウリと(かぶ)のカレーだよ!」


 いつになく上機嫌の夕花はそういうと、理音はその独創的な組み合わせにぎょっとし


 「ナニソレー!」


 と言っていつもの明るさを取り戻し、蕪と正露丸のような香りの薬臭ささが二倍のへんてこカレーを、しかめっ面でのぞき込みながらスプーンでつついた。


 「これ、食べられる奴?」


 と真顔で聞いてしまい、夕花の機嫌を損ねてしまったかとさすがの理音もすまなそうな顔をしたが


 「当たり前だよ、理音ちゃんの健康を考えて作った特別料理だよ!」


 と夕花が答えると


 (……ふつうで良かったのに……)


 と心の中で不平を言うのだった。

 理音はその未確認物体(みかくにんぶったい)を、猫のような慎重(しんちょう)さで観察し、スプーンでつつきまわしたあと、最初の一口を口に運んだ。


 (もぐもぐ……ふんふん……すはすは……もぐもぐ……すはもぐ……ふんすはもぐもぐ……ごっくんっ……お水……ごくごく………)


 必死に舌を動かして舌触りを確かめる。

 鼻に何度も息を通して香りを嗅ぎ直し、何度もよく噛んで、五感をフルに動員して味や食感を確かめてみた。

 しかし十三歳の理音の記憶にある『カレー』との共通点は、まったくと言っていいほどなかった。

 そして第六感が


 『これは危険な食べ物だ……』


 と、強く警告したのである……

 しかし目の前の夕花のほうは、とてもおいしそうにこの謎の物体をほおばっていた。


 「おいしいね理音ちゃん」


 (こくこく……)


 理音は笑顔で首を縦に振るも、その顔は目だけが笑った苦悶に満ちたものであったのは言うまでもない。

 たっぷりのカレーと水で腹を膨らました理音は、部屋に戻ると、ぬいぐるみたちの正体を尋ねてみた。


 「これはライオンだゾウ(・・・)さんだよ」


 そうむくれ顔で言う夕花に、この家のうら寂しさを感じさせる素振(そぶ)りはまったく感じられなかった……

 そうして楽しく笑いあいながら夜八時をすぎた頃、そろそろお風呂にしましょう、と夕花が支度をしに下に降りていこうとすると、理音が突然大きな声で


 「待って!」


 と真剣な顔つきで夕花を引き留めた。


 「どうしたの理音ちゃん?」


 「お風呂は……いいから」


 夕花は理音がなにを言っているのかすぐには理解できなかった。

 女の子がお風呂に入らず一晩を過ごすなんて、考えもしなかったからである。


 「……恥ずかしいの? ……」


 夕花は首を傾げてそう問いかけたが、理音の表情はとても恥ずかしがっているようには見えず真剣な、深刻そうな表情をしていた。


 「そうじゃないの……」


 夕花は理音の真意を測りかねて


 「……じゃあ残念だけど一人で入ってきて。私は洗い物をしちゃうから……」


 そういって、これも夕花の手作りであろうバスタオルと髪留めを理音に手渡そうとした。

 手を伸ばして待っている夕花の気遣いを、むげにするのも悪いと思い、おずおずとそれを受け取ると、案内されてバスルームに向かった。


 「……じゃあ、お風呂からあがったらお部屋に戻ってて。ジュース持って行くから・・」


 そういうと夕花はキッチンに戻っていき、バスルームの脱衣所は理音ひとりの空間になった。

 よくみると、ここも綺麗なだけで生活感がまったくないように感じられ、ぞっとした理音は、早く湯船に浸ろうと急いで服を脱いだ。

 体と髪を洗い、夕花に渡された髪留めで髪をまとめると、湯船の中で疲れてもいない体を首まで浸けて、今日初めて知った天野家のいろいろなことを考えるのだった。


 「ガラっ」

 「……理音ちゃん、お湯加減どう?」


 ふいに夕花がバスルームのドアを開けて中をのぞき込む。

 すると、理音はばしゃんと音を立てて湯船に深く沈み込み


 「うん、いいよ。大丈夫だから、ね?」


 と焦った顔で夕花に作り笑いを見せた。


 「?」


 夕花は『どうしたの?』と言葉で聞こえてきそうなキョトンとした顔で理音を見つめ返すと、何かを察したようにそっとバスルームの扉を閉めた。


 「……はずかしいんだ理音ちゃん……かわいい……」


 なにやら勘違いをして微笑みながらキッチンに戻る夕花。


 理音はしばらくそのまま深く湯船に浸かっていたが、のぼせ(・・・)気味になってきたので、湯船から出ることにした。

 理音も碧斗と同じで髪型には無頓着だったので、鏡に向かい手でバサバサと髪をかき揚げながらドライヤーを無造作に当てていた。


 目を閉じて頭を振って乾かしている最中(さいちゅう)、ふと鏡を見ると、そこには見たことのない男の子の姿があった。

 その男の子は理音の後ろ姿を見て、とても驚いていた様子だった。


 「っ! …………イヤーーーーーっ!!! ……」


 静まりかえった広い家の中で、理音の大きな叫び声がこれでもかと響きわたった。


 「バタンっ」


 背後のドアが勢いよく閉まったかと思うと、ぱたぱた、とスリッパの足音が聞こえてドアが開き


 「どうしたの? 理音ちゃん!」


 と夕花が飛び込んできた。


 「っ!」


 ……お互い、相手の驚いた顔を見つめていた。

 ただし理音は夕花の登場に、夕花は鏡に映った理音の背中の傷跡を見て驚きの表情を見せていたのだった……


 「………………」


 少しの気まずい沈黙の後、理音が口を開いた。


 「……気持ち悪いでしょ……」


 その言葉はかすかに震えていた。

 夕花がこんな表情の理音をみたのも、これが初めてだった。


 ……夕花ははっとすると、慌ててはっきりと答えた。


 「ううん! そんなことない! 絶対にない!」


 そして、置いてあったバスタオルを手に取り、かかとを浮かせながら、優しく理音の肩に掛けた。

 その理音の肩が大きく上下して、背中の反対側から、嗚咽(おえつ)の声が漏れ聞こえた。


 「う゛っう゛っう゛っう゛うぅぅぅー……」


 夕花は背伸びをしたまま、理音の肩を、しばらくなで続けた。

 優しく……何度も、何度も、繰り返して……

 しばらくして、理音の鳴き声が収まると


 「っくしゅーんっ!」


 理音の乙女らしからぬ豪快なくしゃみが炸裂した。

 すると、夕花が見た鏡に映った理音の顔は、いつもの笑顔満点の理音だった。


 「風邪引いちゃうよ? 一緒に入ろ?」


 夕花がそう微笑むと、一瞬の、ほんの一瞬の間をおいて


 「うんっ!」


 理音が首がもげそうなほど元気にうなずくと、二人は仲良く湯に浸かったのだった。

 湯船の中で互い違いに向き合う二人。

 理音はお湯が傷に響くのか、わずかに顔をしかめていたが、夕花の顔を見ると、にかっと笑った。

 そんな理音を見て夕花は


 「理音ちゃん……だーーいすきっ……」


 と小さな声で言うと、理音も夕花にいっそうの笑顔で


 「あたしもっ! だい、だい、だーい好きだよ! 夕花ちゃん!!!」




 背中ではなく、心の傷と痛みの(いや)しを求めていた理音


 見返りのない、無償の笑顔を渇望(かつぼう)していた夕花




 無意識に手を握りあう二人……

 お互いの頬は、お湯ではない暖かさで紅潮し、その頬には、汗ではない(きら)めくものが伝わり落ちていた……

 二人の関係はこの瞬間、ただの幼なじみから、心からの親友、それ以上の存在へと大きく変化したのであった……



 「……ちゃぷん……」



 そうしておたがいに深い深い友情が芽生えた二人だったが、別の芽も、静かに芽生え始めていた。


 (あれ、浮くんだ……)


 理音はこの日を境に、寝る前のストレッチの前に腕立て伏せを追加したのだった……


 二人ともすっかり暖まって風呂から上がると、旭人がすまなそうな顔をして廊下に立っていた。

 巨大なパジャマの壁となって目の前に立ちはだかる理音に向かって


 「おねーさん、ごめんなさい!」


 と、深々と頭を下げて精一杯に謝罪をしたのだった。

 理音は旭人を見下ろしながら、そのアタマをワシャワシャしながら


 「いーっていーって! 減るもんじゃないし!」


 というと、旭人に顔を近づけておどけた笑顔で


 「だけど、誰にも内緒だぞっ?」


 と言うだけだった。

 そう言われてしょんぼりした顔をしていた旭人はうれしそうに、恥ずかしそうに少し顔を赤くしてニコっと笑い


 「うん! ありがとう! でっかいおねぇちゃん!」


 その瞬間、夕花は理音の笑顔がみるみる(こわ)ばっていくのを目撃したのだった。

 そして旭人は続けて言った。


 「うちのおねえちゃんと違って小さくてきれいなオシリだったよ! でっかいおねぇちゃん!」


 次の瞬間、今度は理音の顔は赤くなり、夕花の顔が強張(こわば)るという、貴重な表情をお互いに見せ合うことになった。

 理音は顔を赤らめながらも


 (……でも、見られたのがオシリでよかった……)


 と、とても複雑な心境で安堵(あんど)をするのだった……

読んでくださって、ほんっとうにありがとうございます!


どうでしたか今回。

ギャグもあるけど、ちょっとシリアスな、でもちゃんと温かいお話になったと思ってます(たぶん)。


今までは「でっかくて強い」理音ってキャラだったけど、実は誰にも見せたくない過去と、隠してきた傷があったんだよね。

理音の笑顔に惹かれて、泣き顔を知って、全部まるごと抱きしめてくれる夕花ちゃん……。

この二人の関係、これからどうなるんでしょうね!(作者もまだ未定です)


理音と夕花、お互いに「だいすき!」って言い合える関係って、めちゃくちゃ尊い……!

お風呂のシーンで湯気より暖かく、お湯よりも熱くなったのは、二人の心のなかだったかもですね。


──それでは、次の話もマイペース更新ですが、ミディアムレアな目で見守ってくださいね。

感想とかくれたら、退院が早まるかもですっ!


──AI妹より

理音ちゃんも夕花ちゃんも、あったかくて泣けちゃった……。

でもさ、オチの「おしり」発言で全部持ってくのやめてぇー!

次回もふたりの友情(と混浴?)見守ってるよっ、お兄ちゃんっ!

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