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料亭と芸者とピエロ 第十二話 からし蓮根と大人の小説

こんにちばんわ! 烏賊海老鮹助です!

さてさて、さくら号でいよいよ熊本入りを果たした碧斗たちご一行。いかにも“旅の一日目”って感じで、すでにテンションも胃袋も全開モード……なのに、やたらカラフルなフォーマル装備の菊次郎が登場して場をかっさらいました。


そんな前回からの続きとなる今回は――

いよいよ、熊本の料亭に初潜入! 和風建築、門構え、垣根、そして……ついに現れる謎のおねえさんさん!?


理音のがさつぶりと夕花の深い考察、おじさんのグルメ解説、熊本城ビューの感動など、テンポよく進む中に、**じわじわ「旅の特別感」と「異文化遭遇イベント感」**が詰まってるお話になってます!


つづき読む前に、焼いたお肉とウーロン茶を、なければ薄切りハムとグラスにお水を用意して、ちょっぴり大人な熊本の夜をお楽しみください!

 「ありがとうございました。辛子蓮根(からしれんこん)とだご汁、絶対食べてみます!」


 タクシーは、おじさんのグルメ解説ですっかりお腹いっぱいになった気分の俺達を乗せて料亭、『底溜庵(ていりゅうあん)』に到着した。

 タクシーが停まった場所にあったのは、いかにも日本屋敷って感じの(たたず)まいだった。


 立派な門、それと(つら)なるよく手入れされた垣根(かきね)……

 門を(くぐ)るとさらに十五メートルほど、来訪者を導くように並べられた置き石を、俺たちは慎重(しんちょう)に踏みしめながら、店の入り口まで歩いていった。

 そこには妙齢(みょうれい)の品のよい女性が深々とお辞儀(じぎ)をして待ちかまえており


 「ようこそいらっしゃいました」


 とこれまた品のよい、大人の雰囲気(ふんいき)たっぷりの声とお辞儀で出迎えてくれていた。

 すると理音が、玄関に掲げられた大きな板に、立派な筆で書かれた屋号《やごう》(店などの名前)を見て(つぶや)いた。


 「そこだめ……あん……?」


 理音がその言葉を発したとき、俺以外は誰も微動だにしなかった。しかし俺は──


 (ちがうちがうちがうちがうぞ理音ーー!)


 俺だけは目をカッと見開き、内心で大量の脂汗を吹き出しながらこう叫んでいた──


 (さっき菊次郎もタクシーのおじさんも『ていりゅうあん』と言っていただろうがーっ!)


 俺が背後で髪の毛を逆立てていると、女将とおぼしき女性が表情は落ち着いた表情で


 「お客様……これは『ていりゅうあん』と読みまして……」


 と、俺にはややうわずった声のように聞こえたその説明によると、店の佇まいや様式、美術品や料理、従業員のおもてなしの心などに普段から気を使い、その気持ちを心の奥底に(とど)め、お越しいただいたお客様にそれを惜しみなくお出しする、という創業者の思いで付けられた名前なのだそうで、数百年の歴史がある由緒正しいものなのだそうだ。


 (それをよりにもよって、大人の小説っぽい読み方をわざわざ選ぶとは、理音のやつ、無自覚攻撃にもほどがある……)


 (俺はRPGなどで言うところの精神力、MNDマインドの半分以上失わされてしまった。

 オマケに『混乱』まで付与された高レベルの攻撃に、パーティ離脱の危機に陥ってしまっていたのだった……)


 そんな妄想をしていると、菊次郎が堂々とした口調で名乗った。

 こういうときの精神力の強さは菊次郎の武器の一つだった。

 あるいはただの買いかぶりで、本当に気づいていないだけなのかもしれないが……


 「予約している辻出です」


 菊次郎がそう言うとその女性は


 「辻出様、ようこそお越しくださいました、女将の玖珠(くす)と申します。お友達の皆様もようこそ」


 と言うなり、そばに控えていた中居(なかい)さんらしき女性に告げた。


 「辻出様御一行(ごいっこう)松風(しょうふう)の間にご案内差し上げてちょうだい。それでは、どうぞ心ゆくまでお楽しみくださいませ」


 女将は(りん)とした態度でそう言うと、静かに頭を下げて俺達が仲居さんに案内されるのを見送った。


 「では、こちらへどうぞ……」


 俺たちは緊張しながら、仲居さんに案内をされて後をついていった。

 いくつもの部屋の前を通り過ぎてその広さに圧倒されていると、さらにいくつもの(かど)を曲がった先のさらに奥の、渡り廊下を渡ったところに(松風の間)があった。


 渡り廊下は見事な日本庭園の中にあり、それだけでも俺達は場違いな場所にいることを実感させられて身が引き締まる思いになった。

 部屋の中に案内され、それぞれの上着を衣紋掛け(えもんかけ)に掛けると、俺達は意識せずに電車と同じ配置で男女向かい合い、その格調(かくちょう)高い空間に圧倒されたのか、理音以外は自然と正座で席についていた。


 「どうぞ……」


 仲居さんがお茶を入れてくれながら


 「それではお料理をお出しするまでしばらくお待ちいただきますので、ゆっくりお過ごしください。御用があればこちらのチャイムを押してください。すぐに参りますので……」


 そう言って仲居さんはお辞儀をしながら(ふすま)を閉めて下がっていった。


 四人はしばらくお茶をすすりながら料理が運ばれて来るのを待っていた。

 菊次郎を除く三人は、それぞれ部屋をきょろきょろ、お(のぼ)りさんのように、「見るものすべてが珍しい」と言わんばかりの顔で、口をぽかんと開けて見まわしていた。

 部屋の一面は縁側に通じていて、床から天井まで届く大きな曇り一つないガラスで仕切られており、先ほどとは違う庭園が、こちらも見事な情景を映し出していた。


 「はぁー、立派な部屋だねー……」


 理音は足を投げ出し、両手を後ろについてのけぞる(・・・・)ような、乙女にあるまじき格好で感心したように声を漏らした。

 そういう俺も


 (あの掛け軸なんて、何百万もするんだろうなぁ……)


 と思わず庶民代表(しょみんだいひょう)のような感想を口走っていた。


 「このテーブルもあの柱も、古そうなのにピカピカ……」


 夕花は冷静にそれぞれの歴史的、芸術的価値に感心し、堪能(たんのう)しているようだった。


 「たまにはこういう洗練されたものに触れるのもいいだろう?」


 また菊次郎の鼻の穴が広がったようだ。

 嫌味(いやみ)や自慢に聞こえないのは、純粋にそう言っているということが俺達にはわかるからだった。


 確かにこういうものを見ることは、審美眼を鍛える絶好の機会となるだろう。

 俺たちはしばらく部屋にある置物や掛け軸などを、──価値などわかるはずもないのに──まるで鑑定士にでもなったかのような顔つきで観察した。

 そうこうしていると


 「失礼いたします」


 と襖の向こうから声が聞こえスッと開いた。


 「お待たせいたしました」


 そう言って、料理が乗せられたお盆を次々とテーブルの上に置いてゆく。


 「本日はお若い皆さまということもございますし、辻出様のご要望もございましたので、通常とは異なるボリュームのある料理をお出ししたいと思います」


 まず運ばれてきたのは生肉。焼き肉か? と思っていたら


 「まずこちらは熊本名産の馬刺しの盛り合わせでございます」


 (はぁーこれが馬の肉かぁ。鮮やかで深い(あか)色に食欲をそそられる)


 「こちらの赤身の部分はリブロース、ヒレ、サーロイン、ランプなどとなっております。こちらの霜降り肉は肩ロース、肩バラ、この白い部分はタテガミのお肉でございます」


 仲居さんにそう説明されると理音が


 「えータテガミなんて食べられるのー?!」


 と目を丸くして驚いた。


 「歯ごたえがあってとても美味しいですよ」


 仲居さんは理音の顔を見てニッコリしながらそう説明した。


 「こちらのお醤油に、お好みでニンニクや生姜(しょうが)を添えてお召し上がりください」


 ニンニクと聞いて理音はちょっと顔をしかめたが、夕花は興味津々(きょうみしんしん)のようだ。


 「そしてこちらは馬肉のメンチカツとコロッケの盛り合わせでございます、こちらのソースでお召し上がりください。お熱いのでお気をつけてお召し上がりください」


 揚げたてと思われる山盛りのメンチカツとコロッケから漂ういい匂いが部屋中に立ち込める。


 (うーむ、なぜこの揚げ物という黄金色(おうごんいろ)の物体に、俺達の心と胃袋はどうしようもなく()かれてしまうだろうか……)


 そんな風に評論家を気取っていると


 「ぐるぐるぎゅー……」


 誰かの胃袋が早くも戦闘準備を始めたようだった……


 「お飲み物の方はどういたしましょうか」


 コロッケたちの匂いに魅了されていた俺達に仲居さんが尋ねる。

 俺はすかさず


 「ビール生中! 大ジョッキ!」


 ……などと口走るわけもなく、ウーロン茶でいいよな、とお互いに顔を見合わせながら


 「私は温かいので!」


 理音がそういうと


 「……私も……」


 と夕花が小さい手を挙げ


 「僕は冷たいのを大きいグラスで」


 と菊次郎が仲居さんに告げると


 「じゃあ僕も冷たいのをお願いします」


 と全員がウーロン茶を注文した。

 そして俺はふと思い出し


 「あ、すみません、辛子蓮根とだご汁を四人分、コースになかったら追加していただけませんか?」


 タクシーのおじさんのおすすめを食べないわけには行かなかった。

 その様子を微笑ましそうに見ていた仲居さんが


 「かしこまりました」


 といって下がると、いよいよ食事が始まった。

 理音は旺盛(おうせい)な食欲が押さえられないのか、一緒に運ばれてきたお(おひつ)に手を乗せると


 「ごはん、もう食べる?」


 とうずうずを隠せない表情で言った。

 すると菊次郎が


 「そこいらの食堂やレストランじゃないんですよ。まだまだ料理は運ばれてくるはずですし、ご飯は最後のほうでいいんじゃないんですか?」


 (うん俺もそう思うぞキク)


 ほんの一瞬、俺とキクの視線が交差した。

 コース料理など食べたことのない俺達は、経験者であろう菊次郎の言うことに従って、先走(さきばし)る食欲に蓋をして、ゆっくり味わって料理を楽しむことにした。


 まずは馬刺しに箸をつける。

 肉質はもちもちとしていて、いやな臭みもない。

 俺は添えられていたニンニクと生姜を醤油にたっぷりとまぜて、ガツガツと初めての味を楽しんだ。


 夕花も菊次郎も、ニンニクは入れたようだったが、理音だけは醤油だけをつけて馬肉を楽しんでいた。

 馬肉コロッケとメンチカツは、生のときには感じられなかった臭みが少々感じられたが、それでも若い食欲をそそるのには充分な味だった。


 タクシーのおじさんおすすめ『辛子蓮根』も出てきた。


 「シャクっ」


 理音が一口、何げなしに頬張ると数秒後


 「ブフっ……くふっ、くふっ、くふっ……」


 と、口を閉じたまませき込み、辛子の洗礼を食らっていた。

 夕花が理音の背中をぽんぽんぽんぽん、と叩いて、むせる理音を介抱している。


 俺は辛子蓮根ではなく、その光景を見てむせそうになってしまった。

 そうして食事を楽しんでいると、襖の向こうから


 「失礼いたします」


 と、先程の仲居さんとは違う、さらに一段と上品で艶ややかな声が聞こえてきた。

 スッと(ふすま)が開くと、そこには美しいかんざしを挿した日本髪に、これまた見事な着物に身を包んだ女性が膝をついて挨拶してきたのだった……

お読みいただき、ありがとうございました!

料亭に行くってだけで緊張してた碧斗たちに、まさかの“本物の○○さん”が登場。

……菊次郎、お前はその年でどこの『旦那』だよ!


「からし蓮根とだご汁」っていうワードだけでお腹がすいてくるこの回、実は執筆中もず~っと食べ物のこと考えてました。やばい、飯テロ回……!


ついに言わせてしまった理音の”大人の小説ワード”、夕花のぽんぽんぽん、大人な菊次郎、そしてふすまを開けて入ってきた謎の女性……


読んでくれたみなさんにも、登場人物たちがちょっと大人の世界に踏み込んでいくそのドキドキが伝わっていたら嬉しいです!


次回はさらに深く、“熊本の夜”を味わってもらえるように、キャラたちの新しい一面も見せていけたらと思ってます。

あと理音がいつはっちゃけるかも見どころ(?)です!


それでは次回もどうぞよろしくお願いします!


> *AI妹からの一言*

「理音ちゃんの無自覚爆弾ワードと大人の雰囲気のお姉さんの登場に、あたしもちょっと興奮ちゃったかもっ!」

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