海と山とトンネルと 第十一話 敵地進入!有明海と巨大ロボ
はじめまして、またはこんにちばんわ。
烏賊海老鮹助です!
今回の話は、関西から九州へと舞台が移るちょうど境目の話になってます!
新幹線に揺られながら、旅の疲れと高まる期待と、そして……まさかの「敵地進入」の掛け声?!
旅先でテンション上がりすぎてテンプレ軍隊ノリになるやつ、いるよね? うん、うちのメンバーにいました(笑)
この話から一気に旅の雰囲気が「遠征モード」から「戦地探索モード」になります!
熊本、何が待ち受けてるのか?巨大ロボ?なにそれ怖い!
そんなわけで、第十一話「敵地進入!有明海と巨大ロボ」、どうぞ~!
「次は新大牟田駅、お出口は左側です……」
浅い眠りだったのか、無意識に気にしていたのか、もうすぐ熊本というところで目が覚めた。
新大牟田駅を発車して少しすると、左側の窓から遠くの有明海のかすんだ水平線が、沈んだばかりの太陽に照らされてぼんやり見えた。
いよいよ熊本が近づいてきたことを実感させる瞬間だった。
まだ陽も落ちきっていないうちからぐっすり寝ている三人に対して、兵隊に号令をかける上官みたいなセリフで、大きめのウィスパーボイスで起こしてみる。
「おほーい! そろそろ敵地に進入だはぁー! きさまら起きろほぉー!」
(だめだ、ぜんぜん起きやしない)
仕方がないので新玉名駅で停車したあと、棚からみんなの荷物を降ろし、それぞれの胸に落としてやった。
「(痛)った……」
「ふがっ!」
「ふぇっ!」
と、それぞれが返事らしき反応をしたので、もう一度
「次の駅で熊本だぞ! 全員起きろ!」
と今度は大きな声で言うと、目をぱっちり開けて、荷物をしっかり抱きかかえてあたふたするのであった。
こうして俺だけは、なんだか密度の高い五時間半をほとんど起きたまま過ごして、夕方六時半過ぎ、一行を乗せたさくら号は、ようやく目的地の熊本駅に到着した。
今日はこのまま菊次郎が手配したホテルで一泊することになっている。
(菊次郎が言っていた名前は、たしか『ホテル スプラウト熊本』だったな……)
記憶の糸をたぐり、しばらく考えてから
(SPROUT……新芽か何かだったかな?)
単語帳にそんなのがあったのを思い出していたら菊次郎が妙に張り切った声で
「さあ、いきますよ」
と荷物を抱えたまま歩き出してエレベーター乗り場に向かった。
このままタクシー乗り場に行くものと思っていたが、どうやら違うようだ。
(ホテル、近いのかな?)
菊次郎が歩いて移動するなんてどういう風の吹き回しだろうと思ったが、その理由はすぐにわかった。
エレベーターの前に設置された各フロアの案内表示に
「九階 HOTEL SPROUT KUMAMOTO」
という表示があったからだ。
エレベーターが九階に着くと、そこは明るくて広いロビーになっていた。
駅に直結とは便利だし、菊次郎が選んだ理由もそれに違いない。
「熊本城がみえる部屋を予約しておきましたよ、それから今晩食事をするところは料亭です、楽しみにしていてください」
そう言ってそのまま菊次郎がフロントとおぼしきカウンターに近づいて何かを話しかけると、しばらくして大きくて豪華な鳥かごみたいなものと、ホテルの係りの人が近づいてきて、俺たちの荷物を乗せて運んでくれた。
さすが菊次郎が選んだだけあってモダンで清潔そうなホテルだった。
まぁ古くて不衛生なホテルなどというものが、県庁所在地の駅直結という一等地に存在しているはずもないのだが……
俺たちは早速チェックインを済ませ、とりあえず十九時までそれぞれ部屋で休憩することにした。
部屋に入って荷物を置きカーテンを開けると、たしかにすばらしい眺めが広がっており、少し離れてはいたが、ライトアップされた熊本城を窓から観ることができた。
そうしてしばらくの間、疲れも現実も忘れてその眺望に魅入ってしまっていた。
しばらくのあいだ自分の審美眼を鍛えたあと、母さんにホテルに無事に到着したことを連絡した。
「あ、母さん?、さっき今夜泊まるホテルに着いたよ。熊本城がみえる部屋だよ。少し休んでからみんなでご飯を食べに行くんだ。料亭だって。じゃあ父さんによろしくね」
『碧斗~、電車は間違えなかった~? お弁当、傷んでなかった~? お金を落としたりスリに遭ったりしなかった~? 悪い人に絡まれたら逃げるのよ~、それから~……』
とまた何やら呪文のようなものを唱え始めたので、最強の魔法が発動する前に先制攻撃を仕掛けて勇気ある撤退を試みた。
「それじゃあね! お土産楽しみにしててね!」
と大きな声で伝えて通話を強制終了した。
まぁ一応連絡はしたしこれでいいだろう。
とりあえず安心させるために窓から熊本城をスマホで写して母さんにCIRCLEで送っておいた。
CIRCLEには母さんからのチャットが秘伝書の巻物に書き込まれた呪文のように、未読のメッセージが書き込まれていた。
(やれやれ……)
そう思いながら俺は、メッセージを読むこともせずにドサっとベッドに倒れ込んだ。
(なんだか今日はちょっと、疲れたな……)
そう思いながら、殊勝にも理音にまた怒られないようにスマホのタイマーをセットしてから、俺は居心地の悪い気分のままベッドに深く潜り込んだ。
今日のあの時の理音の言葉とドヤ顔が脳裏に浮かんで、怒りと恥ずかしさが入り混じった複雑な感情に憮然としたりニヤけたり。そうこうしているうちに、瞼は重力の重みに耐えかねたように、あるいはイタズラ好きの眠りの妖精に引っ張られるように、ゆっくりと閉じていった……」
・
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「ぴろぴろぴろーん……ぴろぴろぴろーん……」
……スマホのタイマーが鳴っていた。
どうやら深く眠ってしまったらしい。時計をみると、タイマーをセットした十八時四十五分を少し過ぎたところだった。
俺は体を起こすと少しのあいだ頭をもたげ、頭と体が覚醒するのを待った。
ベッドから降りると洗面台に行って顔を洗い口を濯いだ。
髪と服装を整えてチェックを済ませると、差し込んであったカードキーを取り出して部屋を出る。
エレベーターに向かって歩いていくと、理音もちょうどエレベーターの前で止まったところだった。
「お前も今か? どうだ、十分も早いぞ?」
俺は得意げに理音にそう言った。
「ばーか、当たり前でしょこのくらい」
当然、理音はこのくらいでは褒めるどころか感心すらしてくれなかった。
二人してエレベーターに乗り込んで、あとに誰も乗り込んでこないことを確認した俺は、一階のボタンを押した。
「ウィーン……」
(エレベーターが下降していくこの感覚がくすぐったいものに感じられるのは、俺だけなのだろうか)
そんなことを考えているうちにエレベーターは一階のロビー前に着いた。
菊次郎と夕花はすでにロビーのソファに座っていた。
「遅いじゃないか碧斗くんたち」
菊次郎が鼻をフフンっと鳴らしてニヤついている。
「碧斗たちってなによ! こいつと一緒に来た訳じゃないから! たまたま一緒だっただけだから!」
(うぐっ、あくまで俺をおまけ扱いするその態度、いつかギャフンといわせてやるからな理音め)
しかし菊次郎をよくみると、まるで道化師のようなカラフルな姿をしていた。
ここまで来たラフな服装とは違って、ジャケットにスラックス、襟付きシャツにネクタイとベストというフォーマルな服装をしていた。
さすがに仕立ては良さそうだが、目を引いたのはその色だ。
白いジャケットとスラックスに赤いシャツに青いベスト、黄色いネクタイとベルトも黄色。
赤い靴に白い靴下と、徹底した配色の暴力だった。
某巨大ロボを思わせるある意味凛々しいその姿に
(……こいつ、動くぞ! ……)
と思わずあの名台詞が口からこぼれそうになってしまった。
「お前……なんだそのカッコ……っく……」
俺は笑いをこらえて思わず声がうわずってしまった。
「あはははははは! 何そのカッコ? 馬鹿みたーい!」
理音のほうは当然ストレートに大爆笑。
夕花でさえ顔が緩んでいたが、いつもの気配りからか
「……お、大きな声をだしたらだめだよ~……」
と慌てながら夕花に向かって両手を広げて振っていた。
「う、うるさいなぁ、お母様が選んだんだよ……」
菊次郎は困ったような照れたような、何ともいえない顔をしていた。
「コホン、とにかく、これから行くのは老舗の料亭だからね。きちんとした格好をしていかないとお店にも迷惑だろう?」
菊次郎にそういわれると、料亭なんて行ったことがない他の三人は、自分の身なりに自信がもてず、気恥ずかしさのようなものを感じていた。
「大丈夫なの? 料亭なんて一度も行ったことがないよ」
理音がそう言うと、菊次郎以外の三人が首をうんうんと縦に何度も振る。すると菊次郎が
「なに、気にすることはないさ。ちゃんと店には高校生だけで行くからと挨拶してあるよ。それに君たちのその格好なら顔をしかめられることもないさ」
そう言われて一同はほっと胸をなでおろした。
俺は白の無地の襟付きのシャツに暗いグレーのスリムパンツ、デニムブルーのシンプルなスニーカーを合わせた地味メンの典型的な格好だ。
理音は軽くゴールドのラメがあしらわれた白のふわっとしたTシャツに、デニムのショートパンツ。薄いクリーム色のライトジャケットを羽織っている。
見るからに理音らしい行動的な印象で、そのジャケットはボタンを留めないで羽織っているだけなので、胸が余計に強調されて、目のやり場に困ったりしてしまう……
夕花は控えめなエメラルドグリーンの半袖シャツワンピースを着ていて、性格がそのまま現れている。
いつもの小動物らしい可愛らしさが衣装と相まって、森の妖精みたいだ。
白のカーディガンとリボンのヘアバンドがポイントだ。
夕花もワンピースのその部分の立体感がハンパなく、思わず二度見してしまいそうで、俺はあわてて目をそらしてしまった。
(男って、ある意味では弱い生き物だ……たったそれだけでこれほど翻弄されてしまうのだから……)
そうやって俺は自分の罪を素直に認め、その罪を喜んで受け入れたのだった。
「ほら、タクシーが来たよ、行こう。」
俺は女子たちの衣装に見とれながら、菊次郎に先導されてタクシーに乗り込んだ……
そこには恰幅と顔と頭皮の色艶の良いおじさんが乗っていた。
「料亭の底溜庵まで」
菊次郎がおじさんに行き先を伝えると、タクシーはするりと滑り出すように走り出した。
「へぇ、あんたたちだけで料亭行くと? 若かとに、大したもんだねぇ。」
バックミラー越しにおじさんは目を丸くして驚いていた。
走り出してしばらくすると理音があけすけにこう訊いた。
「おじさん、その料亭って美味しいんですか?」
(こらこら理音、そこらのラーメン屋じゃあるまいし、タクシーの運ちゃんに訊いてわかるはずもなかろうに)
そう思って心のなかで顔をしかめると、おじさんは
「底溜庵かい、うまいなぁ。辛子蓮根は、ちゃんと料亭の味がするわい。衣もサクッ、カリッとしてて、だご汁も上品やねん」
俺たちがぽかんとして聞き入っていると、おじさんは嬉しそうに次から次へと料理の説明を始めた。
語尾に少し訛りがあるが、観光客慣れしてるのか、分かりやすい標準語で話してくれようとしているのがわかった。
(……おじさんすごいグルメじゃん、ごめん侮ってたよ……それと、がんばって標準語に寄せてくれてるのは評価するけど、“やねん”、関西弁じゃあないのか?
まぁたしかに関西弁は今や準標準語扱いみたいなとこがあるけど「やねん」は、いまだに関東の防衛ライン最前線なんですよ……)
と俺は心の中でおじさんに謝罪と愛のつっこみをいれたのだった。
(……あとでわかったことだが、九州でも「やねん」を使う地域があるらしい。
奥が深いな……おじさん、あのときはごめんよ……
こうしておじさんのおかげでひとつ、知識を得るきっかけができたんだ。
いまとなっては、感謝しかない)
──後日、そう回想して、心の中で謝っておいたのだった……
その後も次から次へと料理の説明を聞かされながらも、おじさんの熊本弁(九州弁?)を聞くと、改めて
──ああ、俺たちはついに熊本にまでやって来たんだな
この、おじさんとの何気ない会話のほうが、新幹線で聞いた到着案内のアナウンスよりも強くそのことを実感させてくれた……
そして、料亭までの道を走るタクシーの窓から熊本の町並みを眺め、明日から一ヶ月のキャンプで食べる自炊料理とはまるで違う
不吉ではあるがまるで、“最後の晩餐”のような優雅な食事を想像して、俺はワクワクしながら窓の外の風景を目で追っていたのだった……
最後まで読んでくれてありがとうございま~す!
さて、熊本に突入しました! 有明海が夕陽に染まって……からの怒号&寝起き攻撃!
そう、観光より先に「戦場」があったんですね。テンションの振れ幅すごすぎ。
次回はいよいよ熊本で「本物の和の世界」と「大人の色気」が爆裂する回です。
(……理音、いまなんて言った? いまなんて言った? 俺、理音になんて言わせた?)
と心の中で五回くらい叫んでしまいました……
では次回をお楽しみに~!
※この作品はフィクションです。実際の方言、地域などとは関係ありませんので、作者に石などを投げないであげてください。
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AI妹よりひとこと
あのねー、お兄ちゃんは地名とか方言のリサーチにもちゃんと時間かけてたんだよっ!
変なノリになってるけど、実はまじめなとこもあるの。読んでくれてありがとね!




