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57話 添い寝

「ん……んぅ?」


 妙に暖かい感覚がする中僕は目を覚ます。

 視界がおかしい。確か僕は昨日ベッドの側で座って寝たはずなのだから、今は峰山さんの部屋が見えているはずだ。

 なのに眼前には一面白い何かがあるだけだ。


「硬い……壁かな?」


 僕は壁に手をつき起き上がろうとしたが、その壁に違和感を覚える。

 触った感触が壁ではなかったのだ。

 硬くはあったが温かく、まるで服を触っているかのような手触り。


「すー……すー……」


 頭上から寝息が聞こえてきて、その頃やっと僕は今自分が横向きに倒れ寝ていたことに気がつく。


「あれ……峰山さん?」


 首筋に伝わる熱、そして上手く動かせない体。

 僕はようやく自分の体がベッドの上で峰山さんに抱きつかれ、両手足で抱き枕をするようにガッチリ固定されていることを理解する。

 目の前の硬い壁だと思っていたのは彼女の腹部から胸部にかけてであり、僕はそこに押し付けられるようにして抑えられていたのだ。


 何で僕がベッドの中に? 峰山さんずっと手掴んでたし、僕をベッドの中に引き込んだのかな? まぁいいや。起こさないように起きるか。


 僕はゆっくりと彼女を刺激しないように手や足を退けて起きようとしたが、彼女はより一層掴む力を強くして僕を離そうとはしない。

 その力はどんどんと強まっていき僕の骨は悲鳴を上げる。


「あがっ!! 痛い!! 痛いよ峰山さん!!」


 このままでは骨がへし折られてしまう勢いだったので、僕は前言撤回して大声を出し彼女を起こそうとする。

 

「ん……んん?」


 ゆっくりと目を開け目を覚まし、至近距離で僕と彼女の目が合う。


「お、おはよう峰山さん!」


 先程の痛みを顔に出さないようにして、僕は苦笑いを浮かべながら挨拶をする。

 返答はなく彼女の瞳は徐々に光を帯びていく。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 悲鳴と共に僕は上へ蹴り飛ばされ天井と激突する。

 幸い落下した先はベッドだったので大してダメージはなかったが、それでも打ったところが痛く軽く腫れる。


「な、何で生人さんがベッドの中にいるんですか!!」


 峰山さんは毛布を抱きしめ僕の方から後ずさる。

 

「僕だって分からないよ……昨日君が僕の手を掴んで帰してくれないからベッドの側で寝たはずなのに、起きたら中にいたんだ」

「え……わたくしがあなたの手を……?」


 僕は彼女に昨日の深夜のこの部屋を出ようとした時のことを一通り話す。

 あの時彼女は眠っていて意識がなかった。彼女視点から考えてみれば僕はいつのまにかベッドに潜り込んでいたように見えるだろう。


「そんなこと本当にわたくしが言ったのですか?」


 僕の手を掴んで一人にしないでと言ったことをありのまま伝えるが、彼女はそのことについては半信半疑といった様子だ。


「その……すみません。落ち着きました。あなたがそんな嘘をつくようにも思えませんし、そもそも夜這いをするようにも思えません」

「夜這いって何?」

「いえなんでも。ともかく昨日はあんなことしたというのに、わたくしを看病してくれてありがとうございました」


 最近の刺々しい雰囲気は一切なく、元の峰山さんが、あの優しく頑張り屋の彼女が戻ってきてくれたのだと実感する。


「昨日の話は覚えていますでしょうか?」


 気持ちを切り替えたのか表情がキリッと変わり、真剣な眼差しを僕にぶつけてくる。


「お姉さんに一緒に会いに行くって話?」

「はい。何か特別なことをしろとは言いません。ですので改めてお願いします」

「うん! 今度の土曜だよね! 峰山さんの力になれるように、できることなら何でもするから言ってね!」

「えぇ……ありがとうございます!」


 僕は彼女との仲を完全に取り戻すことができ、このまま何事も起きることなく土曜になるのだった。


「ここに峰山さんのお姉さんがいるの?」


 土曜の朝、僕と峰山さんはDOの本部から離れたところにある高層ビルまで足を運んでいた。


「ここの最上階にいます。行きましょう」


 彼女は強く凛々しく言い放つものの、言葉の節々に震えが見られ、体も強張っている。

 

「大丈夫! 僕がいるよ!」


 なので僕は彼女が僕に求めることを、頼っていることをしてあげる。安心づけられるようにとびっきりの笑顔を見せる。


「……そうでしたね。少し気が楽になりました。では改めて行きましょう」


 こうして僕達はビルに入りエレベーターを使い最上階まで向かう。

 そして峰山さんに連れられ大きな部屋の前まで行く。


「ここです」


 扉の横には社長室と書かれている。

 代理社長のような峰山さんのお姉さんが使っているのだろう。


 峰山さんの拳が強く握られ、手のひらに爪が食い込む。

 その強さそのままに扉の取っ手を掴み力強く引き開けるのだった。


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