56話 仲直り
「峰山さん!?」
僕は倒れている彼女の元まで近寄り体を持ち上げる。
体は氷のように冷たく、髪や服は未だに乾いていない。服は制服のままなので帰ってきてすぐにそのまま倒れたのだろう。
「峰山さん大丈夫!? 目を覚まして!!」
「うっ……ゲホッゲホッ! 生人……さん……?」
揺さぶりながら大声で呼びかけると、死んでいるわけではないので流石に目を覚ます。
しかし声は非常に弱々しく、顔も赤く咳をしている。どう見ても風邪、しかもかなり症状が重たいものだ。
「とりあえず救急車……いや近くの病院の人呼ぶよ!」
僕は美咲さんに連絡しようとしたが、峰山さんが僕の腕を掴みスマホを取りに行くのを止める。
だがその力はいつもの彼女からは考えられないほど弱く、振り払おうと思えば容易にできそうだ。
「だい……じょうぶです。ちょっと……体乾かしてきます」
彼女は立ち上がったが今にも倒れてしまいそうで、そんな不安定な姿勢で風呂場まで向かっていく。
心配でついていこうとしたが流石に脱衣所に入るわけにもいかず、このままほったらかして帰るわけにもいかないので僕は部屋の中でただじっと待つ。
心配でそわそわして、部屋の中を歩き回ったりして待って、三十分程経ったところで峰山さんが部屋に戻ってくる。
顔色はちっとも良くなっておらず、今もちょっと風が吹いただけで倒れてしまいそうだ。
「まだいたんですか……もう大丈夫……ですから……帰ってもらっ……」
大丈夫と言いつつも、話している間に何度も体が傾きついには倒れ頭をタンスの角にぶつけそうになる。
「危ないっ!!」
咄嗟に体が動いてくれて、僕は彼女の体を抱き抱えギリギリのところで角と激突するのを防ぐ。
このまま立たせたらまたいつ転んで頭を打つか分かったものじゃない。なので僕は彼女をベッドまで運び毛布をかけてあげる。
「ゴホッ……すみ……ません」
「お礼はいいよ。困ってる人を助けたいっていう、自分がやりたいことをやってるだけだから」
彼女はもう意識が朦朧としていて、表情が緩くなっていて目もしっかり開けていない。
「何か食べ物とかいる?」
「は……い……」
病気の時って何を食べれば良いんだろう……お粥とかかな?
「お粥作ろうと思ってるけどそれでいい?」
「はい……ありがとうございます」
僕は自分の部屋から病気に効きそうな食材を持ってきて早速調理を始める。
まず炊いたご飯をお湯を沸かした片手鍋に入れる。追加でネギやキャベツに玉ねぎを細かく刻んだものを入れて煮込む。
そこに醤油や砂糖などの調味料を入れかき混ぜる。味が良い感じに染みてきたところで火を止めおたまでお椀にお粥を入れる。
「はいできたよ」
それを少し冷ましたところで峰山さんのところに持っていく。
峰山さんはベッドから降りるのも辛そうだったので、ベッドの中に入っているままお椀を渡す。
「いただきます」
彼女は上半身だけを起こし、僕が作ったお粥を食べ始める。少しずつ、少しずつだったが味わってよく噛んで食べる。
「……がとう」
段々と顔色がマシになってきたところで、彼女が不意にぼそぼそと呟く。
僕は集中してたわけでもないのでその一言を聞き逃してしまう。
「ごめん。今何か言った?」
「いえ……なんでもありません」
お粥を食べ終わり僕は彼女の食べたお椀を洗い片付ける。
「あの……少しあなたを頼ってもよろしいでしょうか?」
「うん!!」
待ってましたかと言わんばかりに僕はその言葉に反応してベッドまで駆け寄る。
「まず先程はその……突き飛ばしてしまって申し訳ございませんでした」
「いや別にいいよ。峰山さんにもそれなりの事情があったんでしょ?」
僕は彼女の謝罪などどうでもよいので適当に聞き流して、早く僕を頼ってほしいと期待の眼差しを送る。
「あの時学校で電話をかけてきた相手はわたくしの姉なんです」
峰山さんのお姉さん。確か若くして会社の一部の経営を任されている程の天才で、峰山さんは彼女に嫉妬心を抱いていたはずだ。
「そのお姉さんがDOを辞めろって言ってきたの?」
「はい……そうです」
実の姉から、劣等感を覚えている対象からそのように告げられた。これは精神的にかなり辛かっただろう。
「それでもちろん断ったんですけど、色々あって今週の土曜に直接会って話すことになったんです」
「それって大丈夫なの? 直接会うって峰山さん辛くはないの?」
電話を終えた後の彼女の精神状態は非常に不安定だった。そのことを考えると今の峰山さんがお姉さんに直接会うのは心配に思われる。
「ですので……生人さんもついてきてくれませんか?」
「僕がついていく?」
「はい。その……あなたがいれば心強いので……一緒にいてくれるだけでありがたいです」
彼女は恥じらうように言葉を詰まらせながら喋る。それでも勇気を振り絞って言ってくれた。僕を頼ってくれた。
「なら任せてよ! 僕は何があっても峰山さんの力になるから!」
彼女の手を取り伝える。僕がいると、僕がついているんだと。
「ありがとうございます」
「どういたしまして!」
また前の関係に戻れた僕達はそれから他愛のない会話をし、気づけば日付を跨ごうとしていた。
峰山さんの顔色はすっかり良くなっており、今は気持ちよさそうに寝ている。
「おやすみ峰山さん」
僕はもう大丈夫だと思ったので、自分も部屋に戻り寝ようとする。
しかしこの部屋を出られなかった。立ち上がり際に手を掴まれる。
「え?」
手を掴んだのはもちろん峰山さんだ。力強く掴むその姿には僕を絶対にここから出さないという意思が感じられる。
「行かないで……一人に……しないで……」
彼女は目を覚ましていなかった。無意識に、自然と口からその言葉が溢れ出ていた。
深層心理にある、彼女の本心から出た言葉なのだろう。だから僕はそれに快く応える。
「うん……一人にしないよ」
手を繋がれたままベッドの側に座り、僕はそのまま眠りにつくのだった。




