55話 もう疲れた
「うーわ最悪。雨降り出したよ……ウチ今日傘忘れたのに……」
授業が終わりみんなが帰ろうとしたところ、急に大雨が降り出し窓を閉めても音が教室内に響く。
「岩永さんの家ってここからどれくらいだっけ?」
「自転車で三十分くらいだから結構しんどい」
もしこの雨が止まないとしたら、三十分間雨を浴び続けることとなる。そうしたら確実に風邪を引いてしまうだろう。
「生人くんはいいなー。DO本部に帰れば良いから走って数分くらいでしょ?」
DO本部があるビルまでは走って少し。多少は濡れるがすぐにシャワーを浴びれば問題ないだろう。
「あっそうだ! 今度返すから生人くんの傘貸してよ! DO本部まで一緒に帰ってさ!」
「あーごめん実は保健室の先生に峰山さんが起きなかったら運んどいてって頼まれてて……先にビルに行ってて待っててよ僕もすぐ行くから」
「オッケー。じゃあ先に行ってるね!」
僕も傘を忘れてしまったので先に岩永さんにビルまで向かわせ、峰山さんを運んでから合流して傘を渡すことにする。
岩永さんと別れて保健室まで向かっている最中。ある女性の声に足を止めてしまう。
「……ごろ……ていないから……」
走っていたせいでよく聞こえなかったが、その声は間違いなく峰山さんのものだ。
「あっみね……」
僕は誰も使わない裏口の近くにいた彼女に話しかけようとしたが、直前で踏み止まってしまう。
彼女はスマホで誰かに電話をしていた。そして敵意剥き出しでまるで近づいてくるもの全てを傷つけるような空気を纏っており、正直僕は萎縮してしまった。
しかしその場に留まり耳に神経が集中してくれたおかげで電話の内容は聞き取れるようになる。
「それで前から言ってた件だけど、少しは考えてくれたかしら?」
通話の相手は女性で丁寧な口調だ。その声に聞き覚えはない。
「何度も言いますが、わたくしはDOを辞めることなどこれっぽっちも考えていません」
え? 峰山さんがDOを辞める?
電話の内容は信じたくないものだった。峰山さんが誰かからDOを辞めるように言い迫られている。
もし彼女がいなくなってしまったら、その考えがよぎった瞬間胸が苦しくなり寒くなってしまう。
「そう。でも最近……生人さんと椎葉さん。あの二人はあなたより才能があるように見えるけれど? あなたはもうあそこにはいらないんじゃないかしら?」
非常に冷たく、頑張りたいと思っている峰山さんにとって残酷な言葉を電話の主は投げつける。まるで自分のことのように怒りを感じ、僕は拳を強く握り締める。
「あなたに何が分かるんですか……ふざけないでよ……!!」
峰山さんのスマホに小さなヒビが入る。手が震え、歯がガタガタと音を立てている。
「その件も含めてまた会って話しましょ。それじゃ切るわね」
電話が切れたのか、例の女性の声は聞こえなくなる。それと同時にスマホに入った亀裂が一気に広がりスマホがひしゃげる。
その一部始終を見て、僕はどう声をかけていいか分からずその場に固まってしまう。
「っ!? 生人さん……聞いていたんですか?」
廊下に戻ろうとしたのか、振り返った彼女と目が合ってしまう。
「…………」
彼女は何も言わず僕の横を通り過ぎていく。そのまま下駄箱の方まで行ってしまう。
「み、峰山さん待って!」
根拠も何もないがこのまま行かせたら、彼女を一人にしてはいけないと思い呼び止めるが、彼女はその言葉を無視し去ろうとする。
それを追いかけ下駄箱まで来たが、僕が靴に履き替えているうちに彼女は傘も使わずに大雨の中早歩きで進んでいく。
その方向はDO本部がある方向ではない。
「待って……待ってよ!!」
僕は走って追いかけ何とか追いつき彼女の手を掴む。
「お願い……僕を頼って!! 僕はいつでも峰山さんの味方だから。力になってみせるから!!」
「うるさい!! どうせあなたもわたくしの前からいなくなるくせに!! どうせいなくなるなら関わってこないでよ!!!」
乱暴な言葉遣いと共に、僕は彼女に突き飛ばされその場に倒れる。
地面に張った水と泥が跳ね僕の服を汚し、彼女を見上げることによって目や口に次々と遠慮もなく雨が入り込んでくる。
「もう……放っておいてくださいよ」
彼女は目に涙を浮かべていた。それは雨ではない。確実に。
僕は拒絶された。差し伸べた手を振り払われた。強く……強くそうされてしまった。
そのことにショックを受けている間に彼女は走り去ってしまう。どこかに。
降り続ける雨の中どれだけの時間が経ったのだろうか。気づけば僕はDO本部のビルの前まで歩いていた。
「あっ! 生人くんおそーい! 何して……って体ビショビショじゃん!? どうしたの!?」
全身ずぶ濡れで汚れている僕を見れば、誰だって心配になるし岩永さんが驚くのも当然だろう。
「傘は田所さんって人に貸してもらえたから大丈夫だけど……それより生人くん大丈夫? 顔色も悪いし早く着替えた方が良いよ」
「うんそうさせてもらうよ……また明日ね」
「う、うん……」
岩永さんは僕が見えなくなるくらいまで心配そうにして外から見送ってくれた。
部屋に入りシャワーを浴び、それから全身を脱力させベッドにダイブする。
最近空回り続きだな……キュリアを二度も逃したり、峰山さんに拒絶されたり……なんか疲れたな。
そのまま僕は眠り九時頃に目を覚ます。また突き放されるかもしれないが、それでも峰山さんのことが心配になってしまい気づけば彼女の部屋の前まで来ていた。
また嫌がられるかもしれない、今度はもっとキツイ言葉をぶつけられるかもしれない。
そうだとしても心配で耐えられなくなりインターホンを押してしまう。
「あの……峰山さん? もしかしてまだ怒ってる?」
反応はない。僕の声だけが響く。
まだ帰ってきていないのか、それとも寝てしまっているのか。
どのみちもうここに居ても仕方ないので僕は自分の部屋に帰ろうとする。
「あれ……扉が開いてる?」
よく見ればやっと分かるくらい少したげ扉が開いており、峰山さんにしては珍しく不用心だなと思いつつ扉に手をかける。
勝手に入るわけにもいかないので閉めようとしたが、その時つまづいてしまって扉を押してしまい部屋の中が見えてしまう。
「おっとっと……危ない危な……」
転ぶまではいかなかったが、そんなことは目の前の光景によってもうどうでもよくなる。
峰山さんが部屋の真ん中で倒れていた。ずぶ濡れのまま死人のように静かに眠っていた。




